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10月12日のこと


数日経っても、私の中にはあの時の感覚が残っていた。


彼が帰ってきた日のこと。


安心して、

縋って、

抱きついて。


そのあとでようやく、

「自分は受け取ることしか考えていなかった」

と気づいたこと。


彼は気にしていないようだった。


本当に。


普段通り接してくるし、

私を避ける様子もない。


むしろ以前より少し甘やかしてくるくらいだった。


でも、だからこそ私は引きずってしまう。


_____________________________

夜。


彼の部屋。


いつものように隣同士で座っているのに、

どこか落ち着かなかった。


抱きつきたい。甘えたい。


でも、今日はためらってしまう。


また、自分ばっかりになる気がして。


彼はそんな私を急かさず、

ノートパソコンを閉じた。


「最近、ちょっと静かだね」


穏やかな声。

責める響きはない。


少し迷ってから、小さく口を開く。


「……わ、わたし」


言葉が詰まる。

あの嫌な、喉がきりきりと閉まる感覚がある。


でも彼は待っている。

それが、少し背中を押してくれた。


「……よ、余裕なくなると、自分のことしか、見えなくなるから」


ぽつり、と落ちる。


「今回も、……なんか、そうだった」


視線は合わせられない。

胸の奥がじくじく痛む。


彼は少し黙っていた。


顔を見れない


その沈黙の間、昔の感覚が戻ってくる。


やっぱり面倒だったかな。

言わないほうがよかったかな。


自分を小さくするあの感覚が、ぐるぐる巡る。


すると彼が、静かに息を吐いた。


「ねえ」


その声は柔らかい。


でも、どこか芯がある。


「自分のことしか見えてなかった人が、相手の疲れに気づけなかったことを、引きずるのかな」


私はゆっくり顔を上げた。


彼は続ける。


「前の君だったら、多分もっと違ったよ」


「『迷惑かけた』で全部終わってた」


「自分を責めて、自分の世界に籠って、近づかなくなってたと思う」


呼吸が止まる。


図星だった。


本当に、その通りだったから。


彼は私をじっと見ながら、

言葉を重ねる。


「でも今は、『俺が疲れてたかもしれない』って考えた」


「しかも、それをちゃんと苦しく感じた」


「それって、自分しか見えてない人の悩み方じゃないよ」


何も言えない。


胸の奥がじわじわ熱い。


きっと、

慰めようとしているわけじゃない。

無理やり肯定しているようにも見えない。


ただ、事実を整理している。


「自己嫌悪の中身が、変わってるんだよ」


彼は静かに言った。


「前は、嫌われないための不安だった」


「でも今は、相手をちゃんと見たいって方向の苦しさになってる」


目を少し見開く。


「もちろん、まだ極端にはなると思う」


「余裕なくなったら、自分を責める方向にも戻る」


「でも、それって変わってないんじゃなくて」


彼はそこで少し笑った。


「変わってる途中ってことだから」


その言葉が、

私の胸の奥へゆっくり沈んでいく。


今まで、

変化ってもっと劇的なものだと思っていた。


急に明るくなるとか。

不安が消えるとか。

ちゃんと人と話せるようになるとか。


でも彼が言っているのは、

「悩み方そのものが変わる」

という話。


前は、ただ嫌われたくないだけだった


でも今は、

相手をちゃんと見たい、が混ざっている。


それは確かに、

少し前まで存在しなかった感情だった。


言われて初めて気づく。


私は俯いたまま、小さく呟く。


「……そんなの、自分じゃ、分かんない」


すると彼はすぐに答えた。


「うん。だから俺が見てる」


あまりに自然な返答だった。


特別な宣言みたいじゃなくて、

ただ当然のことを言うみたいに。


少しだけ肩の力が抜けた。


彼よりも自分の感情を優先してしまった、

ということに変わりは無いし、


それは、昔の私のまま。


でも


この人は、私の変化を

私の代わりに見つけてくれた。


その事実が、何より安心できた。

__________________________________


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