繰り返される違和感
■第2章
目が覚める。
視界の端に、デジタル時計の数字が入る。
7:32
――またか、と思う。
一瞬だけ。
でもすぐに、その感覚が薄れる。
体を起こす。
カーテンの隙間から光。
昨日と同じような朝。
いや、“昨日”という概念自体が曖昧になる。
一度、目をこする。
もう一度、時計を見る。
7:32
今度は、はっきりと違和感が残る。
「……同じだ」
小さく呟く。
ベッドから降りる。
顔を洗う。
水の冷たさは同じ。
でも、どこか現実感が薄い。
机に戻ると、紙がある。
昨日と同じ位置。
手に取る。
日付。
場所。
時間。
――違う。
場所が違う。
時間も微妙にズレている。
しばらく見つめる。
「……なんだよ、これ」
答えは出ない。
机に戻す。
制服に着替える。
動きはいつも通り。
でも、少しだけ遅れている気がする。
校舎前。
同級生がいる。
こちらに気づくと、当然のように言う。
「遅い」
「そんなに遅れてないだろ」
「ううん、ちょっとだけ」
笑う。
最初から距離が近い。
違和感のない距離。
歩きながら、彼女が言う。
「ね、今日さ」
「うん?」
「たぶん同じの選ぶよ」
「何が」
「ごはん」
何も決めていないはずなのに、そう言われる。
「なんで」
「分かるから」
迷いがない。
店の前に着く。
彼女が言う。
「ここでいい?」
ちょうど同じことを考えていた。
「……いいよ」
店に入る。
席に座る。
メニューを開く。
まだ決めていない。
そのはずなのに、
「これにしよっか」
指を差される。
ちょうど見ていたもの。
「……それでいい」
考える前に口が動く。
「やっぱり」
彼女は満足そうに笑う。
まるで最初から決まっていたように。
水が運ばれる。
グラスに手を伸ばす。
「冷たいよ」
彼女が言う。
「……当たり前だろ」
「うん、でもちょっとだけ冷たすぎるかも」
飲む。
確かに少し冷たい。
「でしょ」
当然のように言う。
会話は続く。
途切れない。
考えなくても続く。
むしろ考える隙がない。
楽だ。
楽すぎる。
「ね」
彼女が言う。
その瞬間、少しだけ体が固まる。
「……今」
思わず声が出る。
「うん?」
「今、それ言うな」
自分でも意味が分からない。
「え?」
彼女は首を傾ける。
その動きが、どこか既視感を伴う。
そして、
「今、同じこと思ったでしょ」
言う。
同じ声で。
同じタイミングで。
「……っ」
息が詰まる。
グラスを置く音が、やけに大きい。
「なんで」
声がかすれる。
「なんで今、それ言った」
「え、なにが?」
本気で分かっていない顔。
それが一番おかしい。
「さっきも」
言葉が途切れる。
記憶が曖昧になる。
でも確かに“あった気がする”。
「同じの、あっただろ」
「ないよ」
即答。
迷いがない。
「……いや、ある」
頭の中がぐらつく。
何かがずれている。
でも掴めない。
「落ち着いて?」
彼女が少し近づく。
その距離。
その動き。
全部が、さっき見た気がする。
「……触るな」
言ってしまう。
一瞬、空気が止まる。
言いすぎたことだけは分かる。
「……ごめん」
小さく言う。
呼吸が少し乱れる。
「俺、ちょっとおかしいかも」
笑おうとする。
うまくいかない。
それでも、会話は続く。
まるで何もなかったように。
店を出る。
夕方の光。
色が強すぎる気がする。
歩く。
並んで。
「楽しかった?」
「……まあ」
「だよね」
当然のように笑う。
その笑い方が、少しだけ怖い。
駅前。
人の流れ。
ベンチが見える。
一瞬、誰かが座っているように見える。
目を逸らす。
もう一度見る。
誰もいない。
「じゃあ、また」
「うん」
別れる。
背中が消える。
振り返る。
もういない。
家に帰る。
机の上に紙。
手に取る。
日付。
場所。
時間。
全部、今日と同じ。
さっきの場所。
さっきの時間。
一行だけ、増えている。
「まだ続く」
しばらく動けない。
呼吸だけが少し早い。
「……終わってないのか」




