第31話 対決②
皇宮で働いているというルトガーの知り合いの掃除メイドは、なんとフローラだった。
ローゼがルトガーにお願いして「頼りになる掃除メイド」と引き合わせてもらったとき、思いがけない再会に危うく泣きながら彼女に抱きつきそうになった。
今世ではまだ面識がなかったので、ぐっと堪えて我慢したが。
この聖女の儀式に先立つこと数日前。
ローゼは皇太子に動かぬ証拠を突きつけるため、掃除メイドのフローラにある頼み事をしていた。
フローラは前世では離宮に軟禁された皇太子妃の担当メイドだったが、今世ではローゼがテオフィルと結婚しなかったため、皇宮の掃除を担当していた。
それはとてもありがたかった。
テオフィルが毒を隠した小部屋にも、掃除の名目で入れたから。
ローゼはまっすぐにテオフィルを見て、黒ずんだ銀の皿を突きつけた。
「殿下、あなたはお忍びで街に行き、舶来品の毒薬の小びんを買った。皇宮の使われていない小部屋の棚にしまっておいたそれを昨夜取りだし、この大聖堂に忍びこみ、聖別されていた聖餐のパンに毒を仕込んだ。そして、皇宮に帰ると元の棚に毒を戻したのです」
「無礼な! 私はそんなことは断じてしていない!」
近衛騎士の壁に守られながら、テオフィルは額に青筋を立てて叫んだ。
ローゼが尋ねる。
「昨夜、東棟の小部屋には入られてないと?」
「そんなところに入った覚えはない」
「左様ですか……それでは、靴底を見せていただけますか?」
「なんだと?」
「殿下のその編み上げ靴の、底です。昨夜、このお掃除メイドのフローラが、東棟の小部屋に茶殻を撒いておいたのですよ——お部屋のお掃除をするために」
テオフィルの美しい顔から血の気が引いていった。
「……茶殻など、その辺にも落ちているだろう。私の靴底についていたからと言って……」
「いいえ、殿下。皇宮内はたくさんの使用人が常に塵一つなく磨き上げておりますし、フローラが蒔いた茶殻は少々特殊なものですの。お湯を注ぐと美しい青色のお茶が出る、舶来品のお茶ですわ」
ローゼがエリアスと市場に行ったときに買った茶である。
美しい青い茶。
青い花びらから作った茶葉も、当然青い。
目を細め、テオフィルに微笑を向ける。
「そういえば、殿下も舶来品がお好きなようですが……奇遇ですわね?」
「……っ!」
「すでに帝国軍により、東棟の小部屋の棚に保管されていた毒の小びんも、証拠品として抑えてあります。ラベルの製造番号をたどれば、あなたがお買い求めになったもぐりの薬商に行きつくかと」
「黙れ、黙れ! これ以上こんな茶番に付き合っている暇はない。大司教、儀式の続きを!」
静かに成り行きを見守っていた大司教は、首を横に振った。
「殿下、これは、私には神の思し召しのように感じます。事がはっきりするまで、儀式は一時中止としたほうがよろしいかと」
「なっ……」
大司教にまで冷たい目を向けられたテオフィルは、自分を守る近衛騎士たちに命じた。
「貴様ら、今すぐあの不敬な女を黙らせろ!」
近衛騎士たちが目を見合わせる。
すかさずローゼが近衛騎士の一人に叫んだ。
自分の夫である、エリアスに。
「お願い、エリアス!」
彼はこんなときだというのに、どこか甘い笑みを浮かべた。
「承知した、わが妻」
不意打ちの笑みと呼び方に、ローゼの頬が淡く朱に染まる。
あちこちから吹かれた口笛を無視しながら、エリアスが部下に目配せした。
厳粛な儀式の日でも、金髪の癖毛が鳥の巣のようにもじゃもじゃになっている部下だ。
その部下が「失礼」と言いながら、皇太子をうしろから羽交い絞めにした。
「なっ……貴様ら……!」
自らの護衛であるはずの近衛騎士から拘束され、テオフィルが目を剥く。
エリアスはそんなテオフィルの編み上げ靴をひょいと持ち上げた。
靴底を確認する。
「これか」
テオフィルの靴底には青い茶殻がしっかりと付着していた。
すかさずフローラが、持っていた盆の上の青い茶殻をエリアスに見せる。
「騎士様、これが昨夜お掃除に使った茶殻でございます。……まあ、殿下のお靴の底についているものと、まったく同じもののようだわ!」
フローラが驚いたように叫んだ。
少々棒読みだが、礼拝堂中に響きわたるような甲高い声で。
次の瞬間、大聖堂は民衆の怒りの怒号に包まれた。
「違う、誤解だ! 聞いてくれ!」
テオフィルの叫びは、人々の轟くような怒声にかき消された。
もじゃもじゃ金髪の近衛騎士は、すでに拘束を解いている。
だがテオフィルは完全に孤立無援だった。
隣にいた聖女ヘルミーネさえ、いつの間にかどこかに姿を消している。
逃げ足の速い聖女だった。
フローラはローゼに振り向き、花のような笑顔を見せた。
ローゼも彼女に笑い返す。
今世でもフローラはローゼの話をしっかりと聞いてくれて、皇太子の横暴に怒ってくれて、喜んで協力を申し出てくれた。
感謝してもしきれない。
大好きだ。
そのとき、テオフィルが獣じみた怒号を放った。
「傭兵部隊、出てこい! 私を陥れようとしているこいつらを殺せ!!」




