第27話 嵐が来る前に①
ローゼがブランシュ男爵家に身を寄せるようになり、二週間が経った。
その間にイルムヒルトは再度大聖堂で聖女判定を受け、彼女が触れた聖水晶は真っ赤に光り輝いた。
そして、前代未聞の二人目の聖女として教会に認められ、翌週には聖女の力を解放する儀式を執り行うことが決まった。
儀式にはイルムヒルト本人はもちろん、皇太子テオフィルと現聖女のヘルミーネも出席することになっている。
聖女を連れてきたローゼとエリアスも、カリエール司祭の口添えにより、儀式への参加が認められた。
聖女の儀式では、間違いなく皇太子が何か仕掛けてくるだろう。
エリアスは一日も欠かさず任務のあとでブランシュ家に立ち寄り、その日得た情報をローゼとイルムヒルトに共有していた。
テオフィルが財務卿をはじめとした諸卿を全員罷免したこと。
その後、なにやら裏で怪しい動きをしているらしいこと。
今日も夕刻になると、ブランシュ家を訪れたエリアスが居間に通され、ローゼとイルムヒルトの向かいのソファに座って告げた。
「殿下が極秘裏に外国人傭兵部隊と接触した形跡がある」
「外国人傭兵部隊?」
ローゼが素っ頓狂な声を出した。
「なぜわざわざ外国人傭兵を? 聖女の儀式を妨害したいなら帝国軍を使えばいいのでは……」
「殿下が軍務卿も罷免してしまったため、帝国軍の指揮権は現在凍結状態になっているんだ。皇太子といえど、皇帝の玉璽入りの勅書でもなければ軍を動かすことはできない。今は近衛騎士ですら好き勝手に使えないだろうな」
「ああ、なるほど」
自業自得ということだ。
それに、外国人傭兵を頼らざるをえないほど追い詰められているということでもあった。
聖女ヘルミーネが現れた以降も、テオフィルの父である皇帝は病に侵され臥せったままだ。
ヘルミーネは力不足なのか怠惰なのか、いまだに皇帝を癒やせずにいる。
そこへ、新たな聖女が降臨した。
皇帝にとっては福音だ。
その儀式を邪魔する勅書に署名と玉璽をくれとは、いくら厚顔な皇太子でも言えないのだろう。
それにしても——。
(外国人傭兵を雇う? なんて無謀なの。そんなの、ほとんど自殺行為じゃない)
帝都では正規軍以外の者には武装権が認められていない。
しかも帝国民ですらない外国の傭兵部隊を帝都に引き入れたとあれば、皇太子自身が騒乱罪や、下手をすれば反逆罪にも問われかねない。
(……まあ、反逆をするつもりなのでしょうけど。皇帝陛下を救えるであろう聖女のイルミを、傭兵まで使って害そうとしているのだから……)
ちらりと隣のイルムヒルトを見る。
彼女は不安そうな水色の瞳をローゼに返した。
瞬間、ローゼはイルムヒルトの手を両手でぎゅっと握った。
ブランシュ男爵家に身を寄せていたこの二週間、イルムヒルトとはパジャマパーティーも枕投げもしてすっかり仲良くなった。
今日の夕飯も二人で厨房に立って作った。
イルムヒルトの料理の腕はローゼといい勝負で、「スープに塩と砂糖を間違えて入れてしまったの……」と真っ赤になって謝る彼女に、ローゼの胸はきゅんとした。
かわいい。
絶対に私が守る。
ローゼはまっすぐに友人を見つめて言った。
「大丈夫。あなたには指一本触れさせないわ」
「……ありがとう、ローゼ」
ほほえみ合う二人のあいだに、余人には入り込めないような親密感が漂った。
正面に座るローゼの夫、エリアスが咳払いをした。
女子二人が思い出したように揃って彼を見る。
どことなく居心地悪そうに、エリアスが話を続けた。
「実は、殿下の怪しい動きはそれだけじゃない。最近、お忍びで街に出ているようなんだが、近衛騎士も連れずに出かけていて、何をしているのかこちらでは把握しきれていない」
「お忍びで? ……街になんの用事かしら」
ローゼは首をかしげた。
皇太子は買い物に行く必要などない。
皇宮には最高級の物がなんでも揃っているし、もしもなければ、商人を呼びつけて持ってこさせればいい。
それができないような品物を買いに行ったのだろうか。
エリアスも同じことを考えていたようだ。
「十中八九、後ろ暗い用事で行ったんだろう。非合法の物品を買うか、公的にはできない依頼をするか」
「きっとそう。でも、その内容がわからなくては手の打ちようがないわね」
「たしかに。ここで後手に回るわけにはいかないんだが……」
エリアスとローゼは同時にテーブルに目を落とし考えこんだ。
皇太子はイルムヒルトを狙うだけではなく、ローゼのこともおそらくまだ諦めてはいないだろう。
先日クロイツェル家に送りこんだ私兵が失敗した以上、今度はさらに踏みこんだ手を使い、ローゼを手に入れようとするはずだ。
黙って聞いていたイルムヒルトが、にっこり笑った。
「こういうときは、きっとルトガーさんが頼りになるわ」
ちょうどそのとき、居間の扉が開いてルトガーが入ってきた。
今日もジャラジャラした光り物を輝かせている。
彼は笑顔で「よう」と片手を上げると、猫背で大股で歩いてきて、空いている一人掛けのソファにどかっと腰を下ろした。
それから一同を見回した。
「皇宮で働いてるやつから情報が入った」
ローゼは顔の広いルトガーに、皇宮の使用人に知り合いはいないか尋ねていたのだ。
そのとき彼には、死に戻りの部分を除いた事情をすべて説明した。
彼は皇太子の横暴と聖女の不正に怒り、俺に任せろと快く請け負ってくれた。
そしてどうやら、何か情報を伝えに来てくれたようだ。
待ちきれないという風にローゼが尋ねた。
「ルトガーさん、どんな情報なの?」
「いいか、よく聞けよ」
彼は無精髭の顔でぐるりと一同を見渡し、神妙に告げた。
「皇太子は街のもぐりの薬商で、舶来物の毒の小びんを買ったらしい。少量で人ひとり殺せる、劇薬だ」




