第23話 大聖堂にて
翌日はエリアスが非番の日だった。
いつも彼は早起きをして皇宮に仕官するのだが、今日はいつもより遅く起きてローゼと軽い朝食をとり、並んで歩いて大聖堂に向かった。
広場にある大聖堂は朝の光を浴び、高い尖塔を聳えさせていた。
印象的な薔薇窓に、数えきれないほどの彫刻に囲まれたファサードはいつ見ても壮麗だ。
今は朝のミサの時間帯で、信徒たちがぞろぞろと中に入っていく。
ローゼもエリアスと共に扉をくぐり、今まさにミサが行われている礼拝堂の末席にそっと腰を下ろした。
ミサを執り行っているのは、ローゼに神学の妃教育を授けた司祭だった。
カリエール司祭。
五十がらみで体格がよく、白髪に眼鏡をかけた穏やかで優しい男性だ。
聖壇の向こうで祈祷書を読みながら、良く通る声で説教をしている。
ただ——その声と表情に、ローゼはかすかな違和感を覚えた。
皇宮でローゼに神学を教えていたときのカリエール司祭は、まっすぐにローゼの目を見て、自信に満ちた態度で教えを垂れていた。
それが今、この大聖堂を見渡すまなざしはどこか落ち着かない様子で、高い穹窿天井に響く声には張りがなかった。
ローゼは小さく呟いた。
「どうしたのかしら」
「何が」
隣に座っているエリアスがこちらを見て、小声で尋ねる。
ローゼも小声で言った。
「司祭様、なんだか元気がなさそう」
「……そうだな」
エリアスが遠い聖壇に立つカリエール司祭を見やる。
それからローゼに何か言おうとしたが、説教が終わり祈りの時間になった。
彼は祈るふりをして頭を下げ、同じく頭を下げているローゼの耳元に口を近づけて囁いた。
「あとで話を聞きに行こう」
「……っ」
低く押し殺した声と、耳にかかる吐息に心臓が飛び上がる。
ローゼは赤い顔でこくこくとうなずいた。
エリアスは顔を離し、何事もなかったかのように目を閉じて祈りを捧げている。
その横顔の形のいい鼻梁や赤銅色のまつ毛に思わず目を奪われかけ、ハッと我に返って、自分も急いで顔を伏せた。
(私ったら神様の家で何を……)
エリアスが平気な顔をしているのがなんだか悔しい。
ぎゅっと目を閉じ、カリエール司祭に教わった聖句を心の中で唱えた。
それからすぐに祈りの時間は終わり、全員で聖歌を歌いながら献金箱を回し、散会となった。
ぱらぱらと礼拝堂を出ていく信徒たちをしばらく黙って見送ってから、二人は席を立った。
聖壇で祈祷書や聖歌集を片付けているカリエール司祭のもとに、ゆっくり歩いていく。
近くまで行くと、彼がローゼに気付いて柔和な笑みを浮かべた。
「おや……ローゼ嬢ではないですか。お久しぶりですね」
「ご無沙汰しております、司祭様。今は結婚してクロイツェル夫人になりました」
「ああ、そうでしたね」
ローゼが小さく腰を沈めて挨拶すると、司祭は視線を彼女の隣に立つ赤髪の男に移した。
公爵令嬢が婚約破棄され、臣下の騎士に与えられたという醜聞は、当然この司祭の耳にも入っているのだろう。
エリアスが騎士の礼をする。
「近衛騎士エリアス・クロイツェルです」
「はじめまして、カリエール司祭です。お二人揃ってミサに来ていただけるなんて、うれしいですね」
エリアスと司祭が握手を交わした。
口では喜んでいるが、司祭の目は落ち着きなくエリアスとローゼのあいだを行ったり来たりしている。
「今日は少しお聞きしたいことがありまして。このあと、お時間をいただいてもよろしいですか?」
「……ええ、もちろんです。それでは奥の応接室へどうぞ」
一瞬、司祭の鳶色の瞳に警戒の色が浮かんだ。
だが如才ない彼はすぐにそれを消し、微笑を浮かべて二人を案内した。
通されたのは簡素な応接室だった。
テーブルを挟んでソファに座る。
ローゼの隣にはエリアス。
修道士が茶を運び退室した。
カリエール司祭はローゼを見て慎重に口を開いた。
「私にお話とは、どのような?」
「単刀直入に申し上げます。ヘルミーネ様と男爵令嬢イルムヒルト・ブランシュが受けた聖女判定についてです」
司祭の表情が強張った。
嘘をつけない性格なのだろう。
ミサでの威厳はすっかり消え、目が落ち着きなくさまよっている。
それを見たエリアスが、ぽろりと言った。
「……不正、したんですか」
「なっ……!」
司祭の色白の顔がたちまち真っ赤に染まった。
普段は穏やかな彼が、わなわなと震えながら身を乗りだし、強い口調で反論する。
「何を言っているのですか! わ、私が不正など、そんなことをするはずがないだろう!」
ローゼは内心、頭を抱えた。
エリアスのこのいかにも騎士らしい実直さは美徳だが、時と場合というものがある。
(ここは私の出番ね)
司祭に見えない位置でエリアスの上着の裾を引き、目で合図を送った。
私に任せて、と。




