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断罪のシレネ〜神を否定した人間の物語〜  作者: 蒼月ケン


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episode11 レジスタンス

 黄金色の液体が輝くグラスを光にかざした。


「…毒は入ってないでしょうね?」

リヤシはふっと笑った。

「まさか。僕にとって有能な人を殺すメリットはないよ。」

「あんた…意外と腹黒いわね。」

「さて、何の話かな?」


 私とリヤシの間にドス黒い絆が形成された瞬間だった。そんな絆、簡単に裂けることはできるだろうけど利用しきって切ってやるわ。


――一口、口に含んだ。

 現代のビールのような喉を刺す刺激はない。代わりに、熟した果実のような香りと、どろりとした麦の濃い甘みが舌に絡みつく。

後味に追いかけてくる鋭い苦味。……けれど、前世で飲み干してきた「付き合い」という名の泥水や、今世で味わわされた絶望に比べれば、こんなものシロップのようなものだ。

「……悪くないわね。」

前世の安酒より、よっぽど「命の味」がする。


「…悪くないわね。」

「気に入ったってことでいいのかな?」

「言ってないわよ。まぁありがたく頂くわ。」

「素直じゃないね、君は。」


 半分飲み干したところでグラスを置いた。

「…で、さっきあの変態(ハクレ)が私に『マナとは根本的に違う"何か"を持ってる!』って言ってたけど、なんなの?」

指差した先にいるハクレはよだれを垂らして口を開こうとしたがリヤシは手で止めた。

「ハクレの話は難しいからな。僕から話すよ。」

腕を組んで話を思い出しながら口をポツリと開く。

「まず、世界は『マナ』と呼ばれる魔力が溢れている。それをごく一部自由自在に操れる人がいるんだ。」

「えぇ、教会の幹部が使ってたわ。おかげで痛い目に遭ったわ。」


 …教祖直属幹部、ラリウッド。

雷で私を散々痺れ倒したあいつ。私を見下す目がまるで悪を見ているようだった。次会ったら顔面をぶん殴ってやるわ。


「ああ。マナに属性があって、僕とマリィは風。ミモザが炎。他にも雷、水があるんだ」


 そういうとマリィは自慢げに手の上のみ空気の流れを変えて見せた。

「…あいつは?」

白髪をいじっていじけてる女を指すと、ぱぁぁぁと顔を輝かせて立ち上がった。

「はいはいは~い!あたいはありません!けど、あたいには"技術力"があるんで!例えば…」

「もういい。分かった。」

「ひどい!まだ途中なのに!」

ハクレが頬を膨らませて拗ねた。


「……ハクレ、そこまでにしろ。君の技術自慢はもういい」


リヤシは溜め息混じりにハクレの頭を軽く小突くと、カウンターの下から、手頃な厚みのある木の板を取り出した。そして、それを私の目の前に差し出す。


「シレネ。君のその『力』……一度、ここで見せてもらえないかな」

「はあ? 何よそれ。採用面接の実技テストのつもり?」


思わず前世のワードが口を突いて出た。リヤシは「サイ…ヨウ……?」と不思議そうに首を傾げたが、すぐに真剣な目に変わる。


「言葉の通りだよ。君が世界の『バグ』だというなら、その実力をこの目で確かめておきたい。これから命を懸けた作戦を行うんだ、お互いのスペックは正確に把握しておきたいからね」


スペック、ね。本当にいちいち不愉快な業務命令ノルマを思い出させる男だわ。


 私はふん、と鼻で笑うと、差し出された木の板を睨みつけた。わざわざ立ち上がるのも面倒くさい。

私はカウンターに肘をついたまま、空いている右手を軽く振り上げ、差し出された厚板に向かって、ただ振り下ろした。


パキィィンッ!!!


乾いた、けれど尋常ではない破壊音が酒場に響き渡る。

リヤシが持っていた木の板は、綺麗に真っ二つに割れた……なんて生易しいものじゃない。私の拳が触れた中心から、まるで爆弾でも破裂したかのように、粉々の木片となって四方に消し飛んだのだ。


 「うわぁお! やっぱりマナの波形は一切ナシ! ただの純粋な物理的圧力だけで、木材の分子結合を叩き潰したよ! あはは、最高!」


 ハクレが魔眼鏡まがんきょうをカチカチ鳴らしながらカウンターの上で飛び跳ねる。リヤシは、木粉まみれになった自分の手を驚愕の目で見つめ、それから私の拳に視線を移した。

「…なるほど。人間の力をはるかに超えてるね。昔からこんな芸当はできた?」

「出来るわけないでしょ。」

昔からこんな力があったらとっくの昔にグリジアを殴り飛ばしてるわよ。


 …けど本当に突然こんな馬鹿力を手に入れた。

 驚く彼らを余所に、私は自分の右手の拳をじっと見つめた。

この力は、自分でもよくわかっていない。

教会でシスターたちに理不尽に殴られていた頃の私は、ただの非力な孤児の少女だった。

前世だって、朝から晩まで机に向かってパソコンを叩くだけの、運動不足な事務職のOLだ。筋肉の塊であるはずがない

でも私の中で一つ思い当たる節があるのは、"前世の記憶を取り戻したこと"だ。


 異世界転生ではないけど、記憶を取り戻したことで何かトリガーが働いたとすれば…非科学的だがあり得なくはないかもしれない。そう思考が働いた。


「シレネ…!手見せて…!」

 ミモザがシレネの手を両手で包むように触れてきた。

「触るな!!…治療とか罪滅ぼしするつもりでしょうけど、そんな善行私には意味ないわ。」

手を振り払うとミモザは胸の前に手を組み、そっと呟いた。

「罪滅ぼしとか…思ってない。私はただあなたが心配で…。」

「いらない。私に治療は必要ないから。」

「でもっ…!」

ミモザに背を向けてリヤシと目を合わせた。


 「この通り傷一つないわ。だから治療はいらないって伝えといて。」

「直接言えばいいのに…。」

リヤシは困ったように眉を下げて頭を掻いた。

背後でミモザが傷ついたように視線を落とした気配がしたけれど、知ったことじゃないわ。話しかけるだけで時間の無駄よ。


「黙りなさい。あんたは契約通り、私にグリジアまでの最短ルートと飯を用意すればいいの。……で、そこの不気味なのは何て言ってるわけ?」

 顎でマリィを指すと、彼女は感情のない目で私を見つめ、淡々と口を開いた。

「教会の地下。中継魔道具。……壊せば、街の洗脳、解ける。シレネなら、物理で、行ける」

「……なるほどね。不気味だけど、あっちの聖女サマよりはよっぽど話が分かりやすくて助かるわ」

 すると、カウンターに押し付けられていたハクレが、へらへらとした顔で魔眼鏡(まがんきょう)をカチカチと鳴らした。

「うう~、あたいを無視して作戦会議なんてひどいな! あたいの技術がなきゃ、地下の魔力トラップの配置も分かんないんだからね! だから……お願い、もう一回その腕で締めて!」

「……本当に反吐が出る変態ね。リヤシ、この騒がしいのを黙らせて、さっさと地下のマップを私に回しなさい。今夜中に面倒ごとを片付けるわよ」

 リヤシを顎で使い、ハクレを睨みつけ、マリィの言葉だけを拾う。

 アットホーム? 仲良しグループ? そんなもの、ヘドが出るわ。

 私はこの有能なトカゲ(レジスタンス)の尻尾たちを骨まで利用して、グリジアの首を狩りに行ってあげる。

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