episode12 自尊心の崩壊
※注意※
本編には過激な暴力描写が含まれます。
苦手な方は閲覧をお控えいただくか、ブラウザバックを推奨します。
また、本作はフィクションであり、暴力行為を助長する意図はありません。
作中の行為を現実で真似することは絶対におやめください。
教会の地下通路は、冷たい静寂に包まれていた。
「こちらシレネ。第3チェックポイントを通過。警備の騎士は2名、すでに気絶させたわ。……拍子抜けするほどガバガバなセキュリティね。あと3分で中継魔道具に到達するわ」
耳元に装着した、ハクレ特製のジャンク無線機に向かって淡々と報告を入れる。
一般人なら近づくだけで脳が焼き切れるという高密度マナの結界。それが張られた通路を、私はマナ・ゼロの特性を活かして文字通り「素通り」していた。前世のブラック企業の、パスワードが『1234』だった共有サーバー並みのガバガバさね。
だが、無線越しのレジスタンスのアジトから返ってきたのは、リヤシのひどく硬い声だった。
『……シレネ、そのまま待機しろ。進むな』
「は? 何言ってるのよ。目の前に中継魔道具があるのよ? さっさと終わらせて帰させなさいよ」
『シレネが優秀なのは認める。だが、いくらなんでも順調すぎるんだ。あの教会が、街のインフラ中枢の防衛をここまで疎かにするか?……何かが引っかかる。胸の悪寒が止まらない』
『リヤシ! 大変、地下の魔力波形が変わったわ!』
無線の向こうでハクレの悲鳴のような高速テンションの声が重なる。
『これ、侵入を防ぐ結界じゃない! 侵入したものを閉じ込めるための――「檻」の形に変化してる!』
『チッ、罠か! マリィ、ミモザ、野郎どもを呼び集めろ! シレネの救出に走るぞ!!』
リヤシが椅子を蹴立てる音が響き、通信が激しいノイズに変わる。
「...今更引けるわけないでしょ。」
私はフンと鼻を鳴らし、目の前の重厚な扉を蹴り開けた。
そこは、不気味な青白い光を放つ巨大な結晶――「中継魔道具」が鎮座する最奥の部屋だった。これさえ壊せば、街の住人の洗脳は解ける。
「私の『バグ』の拳なら、これもワンパンよ」
私は肉体のスペックを極限まで引き上げ、踏み込みと同時に渾身のストレートを魔道具のコアへ叩き込んだ。
ガキィィィン!!!
不快。
鼓膜を鋭く刺すような金属音。
破壊の快感ではなく、骨の芯まで響く拒絶の衝撃が腕を駆け抜けた。
「――っ!?」
熱い。
拳の感覚が消える。
見下ろせば、破れた皮膚から真っ赤な液体が飛び散っていた。
砕けない。それどころか、あまりの衝撃に前腕の骨がミシ、と嫌な音を立てて軋む。
拳の骨は粉々に砕け、手首はあり得ない方向に折れ曲がり、前腕の骨が皮膚を内側から突き破りそうに歪に突き出していた。あまりの激痛に、脳のヒューズが一瞬でぶっ飛ぶ。
魔道具の表面には、マナの光すら発しない、透明で冷徹な「何か」が張り巡らされている。これは魔術の障壁じゃない。世界そのものが「破壊不可」と設定している絶対的なルール(理)だ。
物理法則の範囲内で肉体を強化するだけの私の拳では、世界の仕様そのものを書き換えるようなこの壁には、1ミリの傷すらつけられない。
「え……? 砕けない……? なんで……!」
ふざけるな。
焦りが、怒りが、心拍音をドクドクと跳ね上げる。
無機質な透明の壁に向かって、何度も、何度も拳を叩きつけるが、びくともしない。
パチ、パチ、パチ。
嫌悪感。
背後の暗闇から響いたのは、反吐が出るほど嫌味な拍手の音だった。
ゆっくりと歩み出てきたのは、あの不敵な笑みを浮かべた男――ラリウッドだった。
「素晴らしいフットワークだ、シレネ。わざわざ警備を緩めてやった甲斐があったというものだ」
心臓が跳ね上がる。
「……どうだ? 我が教会が誇る『絶対に破壊できない理』の味は。貴様のような規格外のネズミが、必死に爪を立てる姿は実に滑稽だな」
彼の合図とともに、部屋の入り口から重厚な鎧に身を包んだ騎士団が次々と現れ、肉の壁を作って退路を完全に封鎖した。完全な密室。完璧な包囲網。
「さあ、この前の屈辱を果たさせてもらおうか。今回は血をすべて入れ替えるまで絞り尽くしてやる」
ラリウッドの手元で、狂暴な紫色の雷撃が爆ぜる。
逃げ場のない密室。容容赦のない高電圧。
「が、あぁぁぁっっ!!」
焼ける。
全身の細胞が、沸騰したように熱い。
痺れ。
神経の疼き。
呼吸困難。
衝撃波。
防ぐことも、避けることもできない。激しい衝撃とともに視界が点滅し、床の冷たい石畳へと叩きつけられた。胃の奥からせり上がってきた生暖かい塊を、そのまま床へ吐き出す。
床に伏せ、吐血する私を、ラリウッドは見下ろして冷酷に笑う。
(また……これ、か……)
視界が歪む。
暗闇の向こうから、前世の記憶がフラッシュバックする。
理不尽な仕様変更。絶対に達成できない納期。使い潰され、ボロ雑巾のように捨てられたあの夜――。
「やはりただの出来損ないか。まぁいい、さよならだ」
ラリウッドがトドメの雷撃を掲げた、その瞬間だった。
ドゴォォォォン!!!
激しい爆炎。
部屋の分厚い扉が、背後の騎士団ごと吹き飛んだ。
「――シレネ!! 助けに来たぞ!!」
煙の中から飛び出してきたのは、大剣を構えたリヤシだった。その背後には、風の刃をまとうマリィ、そして武器を手にした30人のレジスタンスの仲間たちがいた。
「なっ、反逆者どもが……!?」
驚愕するラリウッドの雷撃を、リヤシは大剣の腹で身を挺して受け止める。凄まじい衝撃波が部屋を揺らす。
「……シレネ。退避。……ここは、任せて」
マリィが私の身体を抱え上げ、即座にミモザが駆け寄る。
「大丈夫!? 痛いよね、すぐ治しますね……!」
過剰なまでの善意の口調。
その優しさに、私の胸の奥で不信感と困惑が同時に渦巻く。
(なんで……? 利用価値のなくなった、失敗した部下なんて、切り捨てればいいじゃない……。なんで私を、助けるのよ……!)
彼らはラリウッドを倒すために来たんじゃない。ただ、ボロ雑巾になった私を回収するためだけに、戦力を集中させて敵の包囲網を力ずくでこじ開けたのだ。
前世の常識が通用しない彼らの温かさと、他人の優しさへの猛烈な警戒心。
そして、私をハメたラリウッドへの、腸が煮えくり返るような凄まじい怒り。
「リヤシ! 長居は無用だ、引くぞ!」
「応よ! 全員撤退だ!!」
煙幕の魔道具が炸裂し、視界が真っ白に染まる。
リヤシの太い腕に抱えられ、急速に遠のいていく意識の中で、私は必死に彼らの顔を見た。みんな、私を助けるために血を流し、傷ついている。
感謝と、それ以上の敵意。
二つの感情が、私の胸の奥で、ドクドクと不気味な音を立てて膨れ上がっていくのを感じながら、私は深い闇へと意識を失った。




