episode10 グリジアに反する者
「話 終わった?」
「ええ。」
カウンターに足を運ぶと、マリィが眠たそうな表情で頬に手を置く。ミモザとの会話をまったく気にしていないようだ。
まぁ深く聞かれなくてこっちは好都合だけど。
マリィはカウンターの机に寝っ転がり、その近くにハクレがカウンターに座る。その背後では気まずそうな表情を思い浮かべた黒髪の男が立っていた。
「……済まない。二人の間に、俺たちが踏み込めないほど重い過去があるのは察する。今は深く追求しないよ……ミモザが望まない限りは、な」
視線が私から外れた。きっと私の背後にいるミモザと目を合わせたのだろう。言っておくけど、いつでも制裁できるように全方位警戒を怠っていないわよ?
「…俺はリヤシ。見ての通りこの『はみ出し者』共を束ねている責任者だ。単刀直入に言わせてもらう。シレネ、君のその『力』…俺たちの目的のために貸してくれないか」
「…は?」
力を…私に貸せ?何を言っているんだ、この男は。けど私はすぐ殴りかかるような馬鹿な真似はしない。
「…理由は?」
リヤシはシレネの目を見てしっかりと答えた。
「ここは教会を滅ぼす目的を集めた、『レジスタンス』だ。君のような力を持つ人を集めて、教会の破壊を考えている。」
「…へぇ、それでわたしの『力』が必要というわけ?」
鼻で笑ってやった。
元社畜の私からすれば、「力を貸してくれ」なんて言葉は「タダで残業してくれ」と言っているのと同義よ。
けれど、リヤシは怯まなかった。彼はカウンターの隅に置かれた、使い込まれた街の地図を広げた。
「ああ。俺たちには『魔術』を使える者は数人いる。だが、どれほど研鑽を積もうと、教会のシステム……グリジアが作り上げた『マナの法』の中での力に過ぎない。ラリウッドのような化け物には、正攻法じゃ一生かかっても届かないんだ」
リヤシが地図の数箇所を指差す。そこには小さな印が点在していた。
「ここにいるのは俺たち4人だけじゃない。各地の路地裏、廃屋……全部で30人ほどの仲間が潜伏している。皆、教会に人生を壊された『生きた』人間だ。だが、彼らもまた、街全体を覆う洗脳の糸に怯えながら暮らしている」
「……30人。世界を支配する教会を相手にするには、随分と心許ない数字ね」
「全くだ。だからこそ、君という『例外』が必要なんだ」
その時、机に突っ伏していたマリィが、面倒そうに顔だけをこちらに向けた。
「シレネ 例外 魔術 使わない けど戦える グリジアの支配 抜けた あり得ない バグ」
「…普通に喋れないの?」
「無理。 疲れる 話すの 無駄」
要するに私に魔術とかのマナはないけど、グリジアの洗脳が効かない珍しい個体。とでも言いたいのかしら。
…背中にヒヤリと冷や汗がした。
「何で知ってるの?私が洗脳を抜けたこと。」
話の内容によってはあなたの顔に穴が開くといわんばかりに拳を握る。
すると、冷たく重い雰囲気を壊すように甲高く明るい声が響いた。
「はいはいは~い!!あたいのおっかげ~!」
「…は?」
カウンターを軽々と飛び越えて、銀髪の少女――ハクレが私の目の前に着地した。
彼女は鼻頭に乗った、分厚いレンズの奇妙なメガネを指先でクイッと押し上げる。そのレンズの中では、無数の目盛りのような光がカチカチと不気味に明滅していた。
「あたい特製の『魔眼鏡』! これがあればね、体の中を流れるマナの波長が丸見えなんだから!」
ハクレは私の顔が触れそうなほどの距離まで近づくと、レンズ越しにじろじろと私を舐め回すように見た。
「普通、グリジアの『血』を打たれた奴はね、全身の血管にドロドロした嫌~な魔力がこびりついて、思考回路をハックされちゃうわけ。……でも、君は違う。グリジアのマナが、内側から湧き出す『何か』に押し出されて、霧散しちゃってるんだよねぇ」
「……何よ、それ」
「もっと面白いのはさ……」
ハクレがニヤリと、実験動物を見つけた子供のような無邪気で残酷な笑みを浮かべる。
「君、マナがゼロなんだよ。魔術の回路が一本も通ってない。なのに、教会の警備を抜け出せるほどのパワー。あはっ、最高! 理論上、君は存在しちゃいけない幽霊みたいなもんだよ!」
「……マナがない……?」
私が呆気にとられている間にも、ハクレの興奮は加速していく。
「あたいの憶測は三つ! 一つ、魔術そのものを無効化する異常な耐性がある! 二つ、マナとは根本的に違う何かを持ってる! 三つ……」
ハクレがいきなり私の服の裾を掴み、ぐいっと捲り上げようとした。
「もともとの身体構造が、筋肉の塊で出来たバケモノか! さあ見せて! その腹筋と背筋、あたいが直・接、確かめてあげるから!」
「っ……! このっ、セクハラ野郎が!」
――ガシィッ!
脳が考えるより先に、前世の護身術と今世の生存本能が身体を動かした。
ハクレの手首を掴んで捻り上げ、そのまま彼女の身体をカウンターに叩きつける。
「あだだだだ! 痛い、関節折れる! シレネちゃん、腕固め強すぎ!えへへ!」
「触るなと言ってるでしょ……。次やったら、その気味の悪いメガネごと指を全部へし折ってあげるわよ」
「はぁ……。悪いなシレネ。こいつは数値化できない謎を見ると、見境がなくなるんだ」
リヤシが疲れ切った手つきで目元を押さえながら、ハクレの襟首を掴んで引き剥がした。
背後では、ミモザが「あ、あの……二人とも落ち着いて……」とおろおろしているけれど、その声すらも今の私には不快なノイズでしかない。
私は乱れた服を整え、冷めた視線で彼らを見渡した。
「話の内容はある程度分かったわ。でも私はあなたたちと行動する気はない。」
「誤解しないでくれ。君を兵隊にするつもりはない。俺たちが欲しいのは、教会の防壁をぶち抜くための『暴風』だ。君は君の好きなように動けばいい。俺たちはその背後で、君が暴れやすいように舞台を整えるだけだ」
「……舞台?」
「ああ。君が単身で教会に乗り込んでも、数に押し潰されるか、ラリウッドのような上位魔術師に絡め取られるのがオチだ。……だが、俺たちが陽動を仕掛け、情報網を駆使して包囲網に穴を開ければどうだ?」
リヤシは地図の一点を指差した。
「君は最短距離でグリジアの首まで辿り着ける。君は復讐を果たし、俺たちは支配の元凶を失った街を奪還する。……どうだ?君にとって最善の策じゃないか?」
「……随分と物分かりがいいのね」
私は腕組みをして、カウンターでなおも恨めしそうに私の手首(の筋肉)を見ているハクレと、眠そうなマリィ、そして……視線を合わせようとしないミモザを順に見た。
「…………いいわ。ただし私の邪魔をしないこと。あなたの仲間が危険な目に合っても無視する。グリジアを殺すことだけが私の目的だから。」
リヤシはふぅとため息をつくと、カウンター越しに、安物のエールが入ったグラスを私に差し出した。
「…歓迎するよ。ようこそ。『エラー』。」




