15. 死の王
ハァ、ハァ、ハァ……!
激しい息遣いが聞こえる。
自分が、領主リアナが走り、オルロカルネ城の地下書庫に向かっている。
敵は既に城内にまで侵入している。
慈悲なき狂信者達。彼らの神の名と正義を叫びながら、この城を魔の城と呼び、女子供に至るまで惨い拷問にかけ殺している。
国王はある宗教に傾倒し、国の民すべてにそれを強いた。権力者の、司祭達のためだけにある宗教。
弱者は搾取され、すべての男は奴隷に、女は慰み者にされるだけの宗教。
まず父が固辞した。邪教と断じ、王を批判した。
王は親友だったはずの父の訴えを聞かず、あまつさえ……処刑したのだ。
リアナは父の跡を継ぎ、断固として立ち向かった。民を守るため。
その結果がこれだ。王は皆殺しの暴挙に出たのだ。
「あの力を……!」
書庫に辿り着き、最奥の部屋の鍵を開ける。
そこにあるのは一冊の本。
子供の頃父に聞いた禁断の力。それがこの本にある。
死の王。それを降ろした者は冥界の力と不死の軍団を操り、あらゆる敵を討ち倒すと言われる。
だが、輪廻の輪から弾き出され、永遠に苦しみ続けることになるとも。
「そんなもの……!」
地獄は、今、ここにあるのだ。
領主の務めを果たすため。民を救うためならば。
リアナに迷いはなかった。
──────
これがリアナの魂、リアナの記憶か。
彼女の誤算は、彼女の領民達こそが不死の軍団になるなどと知らなかったことだ。
現実に引き戻された俺は、凄まじいまでの冥力が身体中から溢れ出ているのを感じる。
死の王。その正体は、リアナと同じように民を持ち、失い、復讐のみを胸に抱いて死んでいった王達の魂の集合体。
リアナが眠っていたのは、全ての生ある者を復讐の暴走から守るため、だったのだ。
その激しい怒りと憎悪の渦の中で、しかし俺は流されることはない。すべての魂を喰らい、その身に収めるための器。それがこの体だからだ。
「ゾン、貴様、その力は……!?」
「これが死の王だ。悪いなギンゲイド、アレを、オーク達を殺す」
その言葉と共に、城のある一帯は現世から切り離される。冥界の具現化。死の王のフィールドだ。
俺は冥力を足に込め、跳ぶ──一瞬にして邪竜の眼前に現れた。
邪竜は吼え、俺を喰らおうとその顎門を開けるが、捉えられはしない。それを躱し、額に手を当てる。
「哀れなオーク達よ。眠れ」
額から死の力を流し込む。
邪竜の素材にされたオーク達の魂は悲鳴を上げている。俺はそれを解放してやるだけでいい。
オーク達の体を死の力が伝い、息の根を止めていく。
邪竜はやがて動きを止め、解けるようにオーク達の死体が落ちていった。
そしてその魂は幾筋もの光の線となって俺の体に吸収されていく。
「おお……同胞達が……解放されていく……だが……」
ギンゲイドの呟きがこの距離でも聞こえる。
そう、魂は俺に集まっている。彼らは自由になったわけではない。
オーク達は殆どが邪竜になっていたようだ。生き残りはもはや戦意がなく、武器を捨て投降している……アンデッド相手に滑稽にも見えるが、ガラン達は投降を受け入れているようだ。あいつらも大概変わっているな。
『ゾンさん、領主様が……!』
「ああ、今行く」
アネッサから念話が入り、俺は天守に向かった。
と言っても冥界化しているこの城内で死の王の力を振るえる俺なら一瞬で着くわけだが。
「こちらから邪魔するよ」
バルコニーから入った俺を出迎えたのはアネッサと……リッグスの憤怒の表情だった。
「ゾン、貴様……領主様をどうした。先程領主様の気配がなくなった」
「ああ、喰った。彼女の希望でな」
「な……なんだと……? 貴様、何という……何ということをしてくれたのだ……!」
俺はベッドに寝ているリアナに歩み寄る。リアナからはもはやなんの力も感じない……死んでいる。
「貴様! 近寄るな!」
「まあ、慌てるなよ……屍体反魂術」
俺が手をかざし、術を唱えると……リアナの目が開いた。パチクリと瞬きし、上体を起こす。髪は死の王の証であった紫から、彼女本来の金髪に戻っている。
「領主様!」
「私……ゾン殿、これは……?」
「よく考えれば最初からおかしかったんだよな。ニムダもギンゲイドも、俺が魂を喰ったはずなのに何故か屍術で本人の魂が宿っていた。だからリアナでも出来ると思ったんだ」
「……? つまり、貴様は喰った魂をまた出すことができるということか?」
お前、自分の敬愛する主君をゾンビのゲロみたく言うなよ。
「俺自身もどうなってるのかはよく分からんが、喰った魂の力は俺の中にある。魂の本体と言うべきかな……それの分身を体に宿らせているようだ。……ちょっと外についてきてくれるか」
全員を連れ、天守の外に出た。
外にはギンゲイドが座り込んでおり、オーク達の死体……邪竜の残骸を眺めている。
とりあえずそれは後にして、俺が向かう先はエイとシイのところだ。
エイとシイはニムダ達の死体を整える作業を終えてギンゲイド同様に座り込んでいた。
ニムダはギンゲイドの炎術で真っ黒焦げだ。
300年寝ていたせいで自力で歩けないのか、アネッサに肩を貸してもらっているリアナが問う。
「ゾン殿、ひょっとして……」
「ああ。屍体反魂術」
俺の体の中から一つの魂が分かたれ、目の前の死体に注ぎ込まれていく。
すると、黒焦げ死体がひょっこりと起き上がり臣下の礼をとった。
「再びお呼びですか、マイロード」
「お前も大概、しぶといな」
ニムダの魂はギンゲイドの炎術によって浄化された。だがそれは俺の中にある本体から分かれた分身だった。再び魂を吹き込んでやったことで、蘇ったのだ。
「今度は絶対服従ではないのですな」
「支配は解いた。俺が憎ければ攻撃してきても構わんぞ」
「なあに、アンデッドもなってみれば思っていたよりいいものですからな。それに……我が主君の行く末を見届けたいですから」
黒焦げゾンビ……いや、黒焦げリッチがニヤリと笑う。
「ビイさんとデイさんは……」
アネッサの問いに、俺はかぶりを振った。
「あの二人は俺が魂を喰ってない。別の魂を喚ぶことはできても、復活は無理だ。……浄化された魂は輪廻の輪に戻ったはずだ。あのまま眠らせてやろう」
そしてその仇はこちらを見つめている。
……さて、この戦争の後始末をつけるとするか。




