精霊と精霊
最初に見たのはソマリだった。
ショッピングルールを見回っている途中だった。二番街で見るはずがないものを見た。
鬼気迫る表情に、いたずら好きのソマリもさすがに気圧された。
何かを決心した目だった。基本はおっとりしている性格の精霊だが、そんな精霊にあんな顔ができるのか。
以前の休暇中に見た野良精霊でもあんなにマタタビを吸ったような表情はしていなかった。
ガシャン。音が鳴る。その方を見る。
「勘弁してくれ。」
子供がひっくり返した細々とした商品を誰にもばれないようこっそり戻す。子供の方が自分なんかよりもよっぽどいたずら好きだった。
片付け終わった時には、その精霊はどこにもいなかった。
休暇をもらったアメショーは前足の爪を地面に引っ掛けて大きく伸びをした。
体がほぐれて、血流ならぬ人気流がよくなったような気がする。
激務を終えて見上げる夜空は綺麗だった。
頭上では星が輝く。あれはプロキオン、あれがペテルギウス。あと一つがシリウス。
人間はこの三つの星で三角形を作っているらしかった。もちろん私は勉強していたからこの三つの星が冬の大三角とわかるが、こんなに無数に星があるなら、何百、何千と星が作れてしまうではないか、と常々思う。
最初に星座図鑑を見たときにはひどく戸惑ったのを覚えている。星と星の間に線がないからだ。
そもそもだ、私は思うのだ。せいぜい十個やそこらの星を繋いで何々座とかいうなら、思い切って百個くらい繋いで、正確にその動物や生き物を浮き彫りにしていったほうがいいのではないか。『ケンタウルス座』だけだ。私が認めているのは。おひつじ座とか人を馬鹿にしているとしか思えない。棒だろう。ほぼ。
そんな疑問や反感を持ってしまうとは、やはり私は星なんて眺めるのは性に合わない。
仲間からは気取っているだの高飛車だの言われるが、意外とそんなわけでもない。
ただ、また星なんて眺めている所を仲間に見られれば、何て冷やかされるかは分からない。
急いでやる予定もないので、体を休めるためにとりあえず本部に戻ることにした。
てちてち、という音が出そうな歩きかたで向かう。
ゆっくり向かっていたので、午前九時くらいに本部前の河川敷に着いた。
ふと、左前方に影が見える。ものすごいスピードで本部から遠ざかっていく。精霊だ。すごく大きな荷物を背負ってる。
ただ、何か、逃げているようにも見えた。
今日も今日とて暇だ。シャムは口の奥が見えるほど大きな欠伸をする。
まったり寝て、起きたら周りを見渡し、たまに見回る。と言っても見回るほど人もいないからほとんど散歩に近い。
冬になって、めっきり人が減ってしまった。
この寒波だ。仕方ない。でもありがたい。
この仕事の良いところは暇なところだけではない。本部がかなり近い場所にある。
困ったことがあればすぐに駆け込める。もっとも困ったことはこれまでに一度もないのだが。
三百メートルほど向こうには、とてつもなく大きな我々精霊達の本部がある。人間には何もない原っぱに見えるのだろうが。
高い塔のような建築が三本聳え立っている。
その三つの塔は互いに橋のような連絡通路でつながっている。
人間に分かりやすいものに例えると威厳がなくなってしまいそうなのでなるべく言いたくはないが、大きな大きなキャットタワーのようなものだ。
本部で事務仕事をしている精霊たちが背中に箱を背負ってせわしなく書類を運んでいるのがここからギリギリ見える。
塔の上の方で、ふかふかのクッションにくるまりながら指示を出す上級精霊に顎で使われるのは大変そうだ。あそこでは絶対働きたくない。
お、本部に戻っていく精霊だ。ん、まて、みたことあるな。アメショーじゃねぇかよ。
川沿いをのんびり歩くアメショーがいた。
日光で照らされた姿が川面に反射する。なんだか幻想的だった。いちいち絵になる奴だ。
当人はこれで気取ってないというのだから流石に疑う。
とはいえ嫌な奴ではない。暇だし声でもかけてやるか。
もう一度大きな欠伸をした。動く決意をして立ち上がったところだった。
轟音がした。
初めてこんなに大きな音を聞いたので、ぎょっとして小さく跳ねてしまう。
その事件が起きてから二時間が過ぎた時だった。ソマリは「そんなまさか。」と伝達係の精霊から聞かされた時に言った。ただでさえ人手不足になって忙しいというのに。しかし起きた事が大きすぎてそんなことを言っている場合ではなかった。これは精霊界を大きく揺るがす事件だ。
そしてそれを引き起こしたのが先ほど見た精霊ということ。確かに見たけども、そんなことをしでかすとは毛ほども思ってなかった。
とりあえずどうすればいいか、伝達係に聞く。
「急いできてください。」自分が言ったところで何とかなるとも思ってなかったが、とりあえず急いで本部まで走る。
「どうしてこんなことが起こっている?」マンクスはあっけにとられる。小説家、田中がこの私のおかげで立ち直り、新刊まで出すに至ったことを誇らしく本部に報告しに行くつもりだった。
だがその本部が目の前で崩壊していった。
取り壊すビルのように根元がぽっきりと折れてそのまま下に沈んでいった。
大地を穿つような轟音とともに瓦解した。
ものの数秒で今までのすべて、本部の座に座るという夢さえも砕けていった。
ただ一つ分かることは、すぐに本部勤務の精霊をあの瓦礫の山から救出しなくてはいけないということだ。
前にはただ茫然と立ち尽くす精霊がいた。
本部に帰るはずだった精霊か。
「君、一緒に来てくれ。人手がいる。助けなくては。」
「あれは、もう、手遅れではないですか?」
どこか達観すらしている精霊にパンチする。
「うるさい!行くぞ!」叱責する時間すら命取りだ。
「は、はい。」ともに疾走する。
本部跡地に着くなりすぐに、二匹で瓦礫に埋まっている精霊を次々と助けだす。
中には多少の怪我をしている精霊もいるが、さすが本部で働いている精霊というべきか重傷者はいなかった。
「助かったよ。マンクス君、よく助けてくれた。」救出された肥満体系の上級精霊が言った。
「本部で何が起こったんですか?急に凄まじい音がして、何が何だか。」
「本部の動力庫が爆破された。何者かによって。」
この本部は増築に増築を重ねて、今にも倒れそうな状態だった。それでも増えていく精霊のために無茶な増築が重なり、補強程度に使われていた人気を、全面的に使うようになっていった。
そしてその人気は動力庫、別名、木天蓼倉庫から供給していた。正に、心臓部が狙われたというのだ。誰が、こんなことを?
「あの、」先ほど私と一緒に助けたアメショーという精霊が口を開ける。
「差し出がましいようですが先ほど、私、本部へ向かってくるとき、本部とは反対に走り去る精霊を見ました。しかも本部が崩れる前に、あらかじめわかっているみたいに逃げるように走っていきました。もしかするとその精霊が犯人かもしれないです。」早口になりながらもしっかりと報告してくれた。これは重要な情報だ。
「そうか、どの方向へ行った?」
「あっちのほうへ。」手を向けた方向にはビル群が広がっていた。流石にすぐには見つからなそうだったが方向が分かるだけでも追跡がしやすくなる。
「丁寧にありがとう。だがなぜ、なんというかその、そんなに気品のある喋り方をするんだ?」
「そんなつもりはないんですけどね…」アメショーはとても不服そうだった。
捜索隊を編隊しよう、と言い始めたのはマンクスという精霊で、それは、ことが起こってから一時間経ったときのことだった。
「このような事件を起こした精霊は必ず捕まえなくてはならない!しかし、逃亡してしまった以上、一匹で都会かを探すのはさすがに難しい。だから、皆で力を合わせ、見つけ出し、必ず裁きを下す!」と息巻いていた。
本部で働く精霊はマンクスの良く通る声と風采の良さに魅了され、やる気に満ち溢れていた。互いに、やろう!だとか、必ず復讐を!などと声を掛け合って団結している。
「我々には心強い味方がいる!なんと、犯人を目撃しているアメショー君だ。」
どよめきが起こっている。アメショーもどうしたらいいか分からなそうにしている。
「どんな奴だ!?」「舐めたマネしやがって。」「なんでお前が捕まえなかったんだよ!」
次々に精霊達は怒りを口にした。団結、といえば聞こえはいいが、憤怒の塊の大きな怪物がうごめいているように見えた。獲物がいればすぐに大軍で纏わりつき、骨も残さないといった具合だ。
「静かに!私から説明しよう。彼が見たのは白毛の精霊で、大きな荷物を背負っていたらしい。そして北の方角へ逃げた。」マンクスの一言で静かになる。
「私とアメショー君を中心に隊を組む。しかし他は全員本部勤務のものになってしまうのか。ここらに詳しいものがもう一人暗いほしいな。」
精霊達の中に紛れているシャムは嫌な予感がした。大騒ぎになっているから野次馬に来たものの、捜索隊?犯人捜し?まっぴらごめんだ。
いつ抜け出そうかと見計らっていたのだが、よくない方向に話が進んでいそうだった。
「それならば、」マンクスの後ろで、瓦礫から見つけてきたクッションにふんぞり返っている上級精霊が口を開いた。
「確かそこの河川敷に、シャムだったかな、そんな名前の精霊がいたはず。そいつを君の部下として付けさせよう。ここらにも詳しいはずだ。」
顔が引きつる。楽な仕事をやりたいのに。
「ありがとうございます。誰か、シャム君をここに連れてきてくれ。」
マンクスの指示で、はい、と一匹の精霊が
俺の管轄の方に走っていった。
「君たち三匹が犯人を見つけてきた暁には、管理職を任せてもいいと思っているんだ。忙しくなるから覚悟しとけよ。」捕まえるどころか出発すらしていないのに上級精霊はマンクスの肩を叩き発破をかける。
頼む、やめてくれ、忙しいのは嫌だ。思わず言ってしまいそうになるが、なんとか堪える。まずは戻らなくては。
マンクスが皆に語り掛けているのを横目に、そっとその場を離れた。
大人数の捜索隊を組むといっても、方向だけで、目星がついているわけでもない。地道な聞き込みや、隠れていそうな場所を虱潰しに見ていくしかなかった。
そもそも私が見たという情報も確かなものではないし、ひょっとすると北という方向も途中で進路を変えているかもしれない。そうしたら我々の努力も無駄になってしまう。
犯人は本部を壊すことで何がしたかったのだろう。目的が分かれば大体の犯人像が分かる。
「面倒なことに巻き込まれたよな。アメショー。」隣の同僚のシャムが私に話しかける。
精霊の中では二番目に付き合いが長いので正直心強い。
「そうですね。しかしこんなことになってしまった以上、誰かがやらなくてはいけないことです。」
私の正論にシャムは不満げに口を尖らせて、鼻から息を吐いた。
「あの居酒屋へ向かいましょう。情報を聞くならまず居酒屋と、本で読んだことがあります。」酒場はトラブルが多いから、必ず精霊一匹以上が配属されている。
小さな大衆居酒屋の暖簾の下をくぐる。」 「すみません、本部が壊された件で何か知ってることはありませんか?」
入ってすぐ、カウンターの上に座っている
精霊に聞く。
「なぁんにもしらねぇなぁ。ぎゃくにこっ
ちが聞きてぇぐらいさ。」とは言いつつもあま
り興味はなさそうで、テレビに夢中になっている。おだやかな波のような喋り方をする精霊だった。事件については伝達精霊達から聞いているが、特に自分には関係ない、という様子。
後ろでは店主と客が野球中継を見ながら応援している球団の話をしている。どうやら勝ってはいるものの、二点差ではまだ安心できないらしい。知らないが。
「そうですよね、失礼しました。」
「ん、なんかあったら、教える。」
一帯の居酒屋を聞きまわった後も精霊を見つけては聞き込みをしたが、大した情報は得られなかった。
時折、他の捜索隊の報告も入ってくるが、目新しい情報はない。
「まぁそんなにすぐは見つからねえって。ゆっくりいこうぜ。」
「ゆっくりしていたらますます見つからなくなってしまいますよ。」
「それもそうかもしれない。」けど、と続けようとしていたが中断した。
後ろから来た人間二人にぶつかりそうになったので二匹は左右に分かれて避ける。
スーツに身を包んだ男女。
「もう肩は大丈夫なの?まだ一か月も経ってないけど。」女が男に話しかける。
男は無表情だが怒ってはおらず、会話を楽しんでいるようだった。
「少し痛むが、問題ない。」
「そ、ならいいわ。新しく手配した部屋は気に入った?」
「まぁ、前よりは少し狭いが、問題ない。そのほうが落ち着く。」
「ちゃんと寝れてる?子供みたいに魘されてない?」
「うるさい。」口では言うがそうは思ってなさそうだ。
「そういえばタバコはやめたの?なんで?」
「うるさいぞ」仲睦まじく追い越していった。男の方にどこか見覚えがあった気がするが思い出せず、シャムとの会話を再開する。
「何の話だっけか。」
「けど、なんですか?それはそうなんだけど、と続けようとしていたじゃないですか。」
「思い出した。けど、こんなに広い都会で一匹の逃げた精霊なんて見つかるのかね。せめて野良か、仕事してる奴かさえ分かればいいのに。」
確かに同意する。見つかるわけがないと。
やり場のない怒りをそらすためにこうやって取り敢えずで行動しているのではないか。
あの事実を知ってしまってからは、そう思わずにはいられない。
捕まらなくてももはやどうでもいいかな、と思いながらも探す。
私はアメショー君から聞いた犯人と思わしき精霊の特徴を何度も心の中で復唱し、刷り込む。
ホワイトの白い被毛、中型、足が速い、大きな荷物。だがその特徴は珍しくなかった。
探し始めてから三匹の白毛に声をかけたがどれも違う。大体精霊界に何匹の白毛がいるのか考えたくもない。
部下を街へ散開させて各地に聞きまわらせているが大した情報もない。
それはアメショー君もシャム君も同じなようだ。
この件は出世がかかっている。何としてでも見つけだし、捕まえなくては。
本部に少しだけ残っていた木天蓼を背中に背負って街を探索していた。
北、と言われて随分と来てしまった。もう少し行けば県境に差し掛かる。
一度引き返し、ビル群の方を探しなおすことにした。
ビルからビルへ飛び移り、隅々まで探す。
一棟のビルを探し終えるのは私が木天蓼を背負ったなら二分もかからない。
社員証が必要なロックのかかっている扉も木天蓼の力を惜しみなく使い、すり抜ける。
ここはオフィスビルのようだった。
デスクが並び、その上には書類が山積みになっている。紙の山を倒さないよう注意を払いながら、机の下や部屋の隅のロッカーを素早く確かめる。
真ん中の机に向かおうとしたところ、常識らしき人間が部下らしき人間を怒鳴っている。
いったん足を止めて耳を傾ける。」
「止めれると思ってんのか!お前みてぇな半端者、どこも雇っちゃくれねぇよ。」声を荒げて部下を責め立てる。
部下のサラリーマンは疲労の溜まった表情をしているものの、その目はしっかりと上司を見つめていた。
「いえ、辞めます。何と言おうが、言われようが。」
「辞めさせるわけないだろ、お前、」と立ち上がろうとした上司に一言言い放つ。
「労基。」
「あっ、な、お前、」言葉の途切れる上司。
「それでは、今までお世話になりました!」
上司に背を見せてエレベーターへ向かう。
私は話が終わったのを見計らって、いないとは思いつつも、上司の机の下を覗く。
当然いるはずもなく、そこには少しの空間と埃があるだけだった。
伝達係が来る一時間前。
賑わうショッピングモールは土日だからか、いつにもまして混み合っている。が、幸い大きなトラブルも揉め事もない。
家族連れが多いから穏やかなのかも、という意味のあるかどうか怪しい考察をする。何か起きれば対処するだけだ。
一番街の三階、ゲームセンターを見回っている。ソマリは客の表情を見て不満を抱えている人間がいないか確認して回る。
中には景品の取れないクレーンゲームに腹を立てる客。すこしだけ取りやすいようにずらしてやる。
プリクラを撮ってはしゃぐ女子高生。なんで土日なのに制服を着ているのだろう。今はやりの制服プリというやつか?
音楽ゲームの上手なプレイを録る中年男性。
ゲームに夢中な人間の財布を盗る女。
いろいろな人間が楽しんでいる。
いや、まて。
危うく見逃すところだった。
いたずらはシャムも好きだが、人のものを盗むというのはさすがに度が過ぎている。
跳躍し、スリを働く女の手を強くたたく。
女の手から財布が落ちる。
女の肩がビクリと揺れ、体がこわばった。
しかし女はすぐさま拾い、客に声をかける。
「これ落としましたよ。」
この女は常習犯なのか、少しでもバレるリスクがあるならその危険は冒さないということなのだろうか。
客は盗られることなんてことはいざ知らず、「わっ、ありがとうございます。」と呑気に返す。
更なる制裁も考えたが、おとなしく返すなら許してやろう。ただ見張っておかなくてはな、と思った。
そう思ってあとをつけているのもつかの間、遠くから、ソマリを呼ぶ声が聞こえてきた。
おそらく三番街からを担当しているペルシャの声だ。
三番街まで歩いていく。
途中で親子とすれ違う。小さな花束を持ち、子供は満面の笑みを浮かべている。花屋から出てきたところのだったようだ。
「この花あげたら、ママ喜ぶかな。」無邪気に父に話しかける。
「そうだね、絶対喜ぶと思うよ。でも、ヒロ、その花落とさないようにね。僕が持とうか?」少し心配そうな父親に元気に返す。
「大丈夫!ぼくのお金で買ったんだもん、自分で持つ!」
「すっかりお兄さんだなぁ。」子供の成長を喜んでいるようだった。
微笑ましい親子を通り過ぎると三、四番街を担当しているペルシャがこちらに向かって走ってきている。
「何かあったのか、こっちはスリの女を見張ってなきゃいけないいだけど。」
ペルシャは息切れしながら答える。
「五、六、七番街を担当しているラグドがいなくなった!」
「なんだって!?」驚きが口から出る。
「いまあっちは誰も見てない。だからソマリ、僕が見てくるから君は四番街までを頼んだ。」「わかった。」「ありがとう!迷惑をかけてごめん!」
子供の様な口調のペルシャしかし反面、礼儀正しいしっかり者だ。
そういえば。
言い忘れていたが先ほどソマリは見た。
管轄を離れてどこかへ行こうとする覚悟を決めた表情のラグドの姿を。
ヒゲがビリビリと震撼する。何か嫌なことが起こっていそうだった。
「少し休憩しましょうか。」アメショーにしては珍しいことを言っている。
アメショーの性格からして「我々が休んでいる暇などありません!こうしている間にも犯人はより遠くへ逃げ、場合によっては雲隠れしてしまうかもしれません。」とかくどくど言いそうだ。
見逃すリスクを減らすため、大体ではあるが横一列に隊列を組んで北上している。
それなのに、自分たちが止まったら包囲網に穴ができてそこから犯人がすり抜けてしまうリスクがあった。
でもそんなことはアメショーならわかっていることだ。
なんて思っている間にアメショーは路肩に腰を下ろしてしまった。通行人を細い目で見ている。今にも目を閉じて寝てしまいそうだった。
「仕方ないな、少しだけなら。」本来はサボりたがるシャムをアメショーがたしなめる立場なのに、それがいつの間にか逆転していた。
ずっと歩いていたので足がじんじんと痛んだ。座ったら足がとろけるような感覚がした。
溶けてしまった足が地面に張り付く。これではしばらく立てそうにないな。
隣ではアメショーが尻尾ブンブンと振りながら、目を閉じている。
シャムも同じく目を閉じる。街の喧騒と行き交う人々の靴の音。
大人数のタップダンサーがそれぞれ自由に木の板の上で踊ったらこんな音がなるだろうな。絵面を想像した。
ハットを被り、ベストを着こんだタップダンサーがうじゃうじゃと蠢き、周りと協調することもなく自分のダンスを披露している。審査員が三名小脇に座り込んでいるが一様に顔をしかめる。
そのうち一人が立ちこんなひどいコンテストは初めてだと匙を投げ、立ち去る。
それでも足を木板に打ち付け音を奏でるタップダンサー達。
客席にはシャムとアメショーだけだ。
なんで俺たちが見ているんだっけ。
思考がまとまらない。眠気が襲う。あと十秒したら目を開けよういやあと一分で。
まどろむシャムを現実に引き戻したのはアメショーの一言だった。
「少し愚痴を言ってもいいですか?」それは確かにシャムに放った一言だったが、ひどく儚げな独り言のようで、これもまどろみの一部かと思ったが、すぐに違うと分かった。
反射的に目を開き、左に首を傾ける
アメショーは固く目を閉ざしている。
意識はかえってはっきりしており、よく眠った朝よりも目覚めがよかった。
とはいうものの、覚醒したての脳では「いいよ。」と言うのが精一杯だった。
「前に私の先輩の話をしましたよね。電車の管轄をクビになった。」
「なんとなくは覚えてるけど。」微かに記憶の箱の隅に佇むエピソード。
「クビになったとだけ聞くと、無能なイメージを持ってしまうかもしれないですが、私にとってはとても尊敬できる優秀な先輩でした。私の事を強く叱ることもなく、いつも懇切丁寧に仕事を教えてくれました。すこし言葉遣いが粗野なところもありましたが、まったく気になりませんでした。むしろ私はこんな喋り方で、あなたたちにからかわれることもおおいですから、そんな口調にも憧れていました。」
「なんか悪かったな。」申し訳なくなった。
「気にはしてますけど、傷ついているわけではないので大丈夫ですよ。」にこやかに返されたので言葉に詰まる。精霊として器の大きさを見せられたような気もした。
「嫌味じゃないが、でもそんな優秀な先輩も野良になっちまったんだろ?」
「そうですね。でも、前にその件の裏の事情を知ってしまったんですよ。」アメショーの言葉に熱が籠っていく。珍しく、いや初めてか。アメショーが苛立っているのは。淡々としゃべっているが、その言葉に籠っている感情は冷たいコイルに電気が通り、どんどん赤熱していく様子に似ていた。
「駅にはホームというのがあるんですよ。乗り降りするための。」
「それぐらいは知ってるよ。」
「それは失礼。それでホームから飛び降りをした人がいて、監督不行き届きというので先輩はクビになったのですけど、実はホームにも精霊が配属されているんですよ。」
「つまりどういうことだよ。」
「つまり、ホームの飛び降りはホームにいた精霊の責任で先輩の責任ではない、ということです。」
「じゃあどうして先輩の責任になってクビになったんだよ。」
アメショーはようやく目を開けてシャムを見る。
「それは、後々調べてみれば簡単なことでした。ホーム担当の精霊が上級精霊になる予定だったからです。上はその精霊の経歴に傷をつけたくなかったのでしょう。結果先輩一匹の責任になった。」アメショーの怒りが最高潮に達している。
「分かった時点で上に報告しないのかよ。」
「言ったところで同じでしょう。その報告は上級精霊の耳に入り、揉み消される。最悪の場合、私もクビになり、先輩は消されるかもしれない。だからこの理不尽に耐えるしかないと思っていたんです。」しかし、と息継ぎをする。怒りがしぼんでいく。
「本部が崩れるのを見て、何というのでしょうか、とても清々しい気持ちになったのです。心を石にして、本当の気持ちを押し殺しながら働くことに疲れていましたから。」
「そっか。それは疲れただろうな。」
「そうなんです。」
「じゃあ、もう少しだけ休んでおくか。」
「そうですね。」アメショーはため息とは違う、安心した息を吐いていた。
私の右後方に位置している部下精霊から報告が入った。
怪しい精霊を見つけた。おそらく犯人だろう、と。
特徴が合致していたので声をかけたら、逃走したらしい。いまも精霊が犯人を追っていると。
「分かった。すぐに向かう。」と残す。
報告に来た部下が「私も向かいます!」と興奮気味に私に言ってきたが、「そのまま、君達は私の場所を代わりに捜索してくれ。」と言いつける。
「しかし、」「もし違う場合どうする?もしかすると本命を逃がすための囮かもしれないぞ。だったらここで隊列を崩すべきではない。そうだろ?」
「は、その通りです。」ばつが悪そうにする精霊。
「いや、勿論、君達を信頼しているからこそ残すんだ。私の代わりが務まる者だと信頼してだ。」と士気を上げる言葉を与えて飛び上がる。下から部下の声援が聞こえる。嬉しい限りだ。
報告が上がった場所へ向かう。
鍛えられた足に木天蓼のエネルギーが上乗せされて通常の精霊の六倍は速く、高く駆け抜ける。街の上空を、加速しきったカジキのように駆け抜ける。こんなに全力疾走したのは田中に追いつく時以来だ。
木天蓼の力で、一度跳躍してもなかなか高度が下がらない。
高速で過ぎ行くビルが流線を描いている。
このペースなら五分もかからない。
徐々に地面が近づいてくる。
着地し、数歩の助走をしてからまた飛び上がる。高く、高く。
それは不本意だが私の心境にも似ていた。
今までも大きな仕事を任されたことはあった。
先日までの田中の付き添いもそうだ。他にも、工事現場や病院など、人の命に関わる仕事が多かった。それだけ責任もあった。
仕事を終わらせたことを報告すると、上級精霊はぎこちなさそうに「あぁ、じゃあ次は、」と仕事をまた割り当てられた。
一度聞いてみたことがある。「私は何時になったら昇進するのですか」と。
上級精霊は面倒そうに「そのうち慣れるから、ね?」というばかりでいつまでも私が昇進することはなかった。
どんなに難しい仕事をこなしても、周りから優秀ともてはやされるだけだ。ただそれだけ。
それが今回、本部配属にしてやると私に言った。こんなにも心が跳ねることはない。
そう言っている間に、そろそろ報告の場所に着く。
探すまでもなく、前方の路地で追う精霊と追われる精霊が見える。
上空で容疑者精霊を追い越すと、ビルの壁面に四つ足をつけて、ほとんど垂直方向に壁を蹴る。
マンクスの体はどんどん地表近くになり、逃げている精霊の目の前に着地する。
足に強い衝撃が来るが、しっかりと木天蓼の力でカバーする。
「君が、本部をぶち壊してくれた犯人か?」思いきり凄んで言う。
「あはは、そうとも言いますね。」こちらの威嚇を意に介していない。ただ息切れがひどいようで、逃げることはなさそうだった。もっとも犯人の後ろにも精霊、正面をこの私が押さえ込んでいる。逃げられる訳もない。
「ひどいな、こっちは、少ない人気でやりくりして逃げてるってのに、木天蓼使って、追い込んでくるんだもん。」
私と犯人が睨み合う。
後方の精霊が緊張してる。
犯人のヒゲが動く。それを機に喋る。
「名前は?」声を低くして聞く。
「ラグド。」吐き捨てるように言う。追いお前、誰に物を言っているんだ。歯を食いしばって怒りを堪える。力を入れたら奥歯のかみ合わせがずれてガリッ、という音が漏れた。
ラグドが顔をゆがめるが気にしない。 」
「話を聞こうかァ」何とか怒りを鎮める。
ラグドはこちらをおちょくるようにして笑いながら言う。「人間はこういう時なんていうんだろうね。そうだ、『弁護士でも呼んでください』というのかね。
「笑えないな。」足を踏み出し、ラグドの首筋に手刀を叩きこむ。元々疲れ果てていたラグドは私の速度には対応できずに前足をモロに食らい、その場に気絶し倒れる。
叩いた位置と同じ場所に歯を食いこませて持ち上げる。本部まで連れていかなくてはならない。
もともとラグドを追っていた部下精霊が一言挟む。
「あの。」
喋るためにラグドを降ろす。「何だ」「代わりに運びましょうか?」「いや、いい。」
ただ本部までは結構な距離がある。この距離を運ぶ自信はなかった。木天蓼の中の人気もすでに尽きそうだ。
が、長年の経験が私に警告した。頼れるのはいつだって自分の力だけだ。
「この大切な役は私に任せてくれないかな。出世もかかっている。」あえて内情を話す。
納得したのか、してないのか、「はい…」と浮かない声で言う。
さて、運ぶか。再び首を噛む。遠くに本部近くにある電波塔がある。あそこまでワープ出来たらな、とありもしないことを考えた。
遠くに霞んだ高い塔が見える。実に六百三十四メートルの電波塔だ。
本部の二倍くらいはあるのではないか、あれだけ高くて大きな電波塔ならば電波だけではなく色々なものまで飛ばせてもいいのではないか。例えば本部への行き来をあの電波塔を使って瞬間移動とかできないものかな、なんて関係ないことを考えてしまう。全精霊が一度は同じことを思っただろう。
もっとも今は瞬間移動したところでその肝心な本部がないのだけれど。
「そろそろ着きますよ。」伝達係が言う。
静かにうなずく。
「でも正直、同僚が捕まって裁かれるところなんて見たくないけどね。」ソマリはそわそわ、落ち着かない。
二匹して、車の後部座席のシートに座りながら、なんだかんだ一時間くらいはやり取りしている。
首都高速道路とやらを使った方が走るより早いと伝達係が言ったから、その高速道路を走る車にお邪魔させてもらって来たが、ずっと座っているのはもどかしい。いっそのこと走ってきた方が気持ち的には楽だった。
「出ましょう」「そうだね」「ここまでありがとうございました。」伝令係は聞こえないというのに運転手に丁寧に言った。
二匹同時に手足を広げて飛び出す。
皮膜こそないものの、ムササビよろしくの格好と滑空。
後ろでは時速八十キロを超えるトラックが通っていった。
すぐに草原を駆けていくと、瓦礫の山と化した本部が見えた。
その山の上には十字架が立ち、そこに精霊が一匹、縛りつけられている。
ラグドだ。一目でわかった。毛並みは荒れ果て、ところどころ傷を負っている。
高さこそ違うけれど、大衆に注目され、掲げられているのが、ソマリの目には本部の代わりのように見えた。
有能と噂されるリーダー格のマンクスとやらが狙ってやったのなら業が深い。
精霊達は十字架の前に集まり、断罪を下すという声を上げている。
「静かに!」マンクスの声が十字架のまえから聞こえる。
ようやく近くまで来たソマリは集団の後ろに合流する。
「これより、この者に裁きを下す!本部をまんまと壊してくれた、この下衆にだ!」
歓声。
「どのように処刑するか。それはもう決まっている。それは後で発表するとして、まずはこの罪人、ラグドの惨めな言い訳を聞こうではないか。」
嘲笑。
頬と片目は晴れ上がり、口の端を切っている。捕まえられるときにやられたのか、縛られてからやられたのか。
それでも薄笑いを浮かべるラグド。
「この精霊界はあまりにも上級精霊に都合がよすぎる。私は力を以ってこの世界を正そうとした。しかしいきなり武力行使したわけではない。何度も何度も抗議をしてきた。私の管轄はショッピングモールだった。七つのブロックを三つに分けて分担していたんだ。」
と、そこでラグドはソマリと目が合った。ラグドは罪悪感か後ろめたさか、何に由来したものかは分からなかったが、思わず目をそらしてしまった。
ラグドは気にせずに続ける。
「自分だけがそのうちの三つを担当していた。他の二匹は二つだけなのに。しかもその三つの中には映画館まである。それ全部を一人でだ。たまに視察に来る上級精霊に相談してもまるで聞いちゃくれない。他の精霊に相談しても『自分は困ってないから』と感心すら持ってくれない。別に大変なことに怒っているというだけじゃない。というか主はそこじゃあない。自分は楽をしている割に現場の精霊に感謝もしなければ大して興味もない。そんな奴らばかりだ。だから当事者意識を持ってもらわなくちゃいけない。世の中にはこんなにストレスを抱えている精霊がいるんだぞ、と。」
「くだらない自己弁護はそれで終わりか?」鋭いマンクスの一言。
その言葉を聞いたラグドが元々うっすらと上げていた口角がこめかみ当たりまでに達したて、ついには大笑いを始めた。狂気的ともいえるラグドに、先ほどまで騒ぎ立てていた精霊達も顔色が悪くなり始めていた。
「だと思ったよ。こんなことが起こってもまだ改善しようとしない。俺さえ消滅させれば解決すると思っている愚かな精霊共め。おれを消したとしても第二、第三のラグドがあらわれるだろうさ。」
急にラグドは真顔になり、大きな声で宣言のように叫ぶ。比べるわけではないが、マンクスよりも通る声だった。怯え始める精霊も現れ始めた。
「各支部に爆発するように改造した木天蓼を仕掛けた!しかし、本部のように支部も崩れるわけではない!木天蓼『で』爆発するというよりは木天蓼『が』爆発するようになっている!」
「それは本当か!」クッションにふんぞり返っている上級精霊がいそいそと立ち上がる。
「えぇ。もし爆発したら、支部の精霊たちは皆、一匹残らず恍惚状態になる。そうしたら仕事どころではなくなりますね。人間界に与える影響も計り知れないでしょう。」
満面の笑みで歯をにゅっと剝き出しにして、すべてを嘲る表情をとる。
前に見た映画にバスの形をした猫が出てきたが、その顔に酷似していた。
猫は魔女の使いというのもあながち間違いではないのでは、と考えてしまう。
いや、今のラグドは魔女、というか悪魔そのものだ。
計り知れない気味悪さと、鉄をも溶かす怒りと、ドス黒く粘度の高い悪意がその場を包んだ。
つい先程まではラグドを捕らえたという喜びと復讐心で少し残酷な表情を浮かべていた精霊達も一様に顔を青くし、佇んでいる。借りてきた猫のようだ。
そしてそれはソマリとて例外ではなかった。
カチカチ、という音がどこからかした。
それは自分の歯が震える音だった。
あめしょーさん、おきてください。
待ってください、今はもう少し眠らせてください。ようやく安眠できたのですから。
ぺち。優しく触れられる。
「アメショーさん!早く起きて!」
パチリ。黄金色の瞳が開く。
体の中心に力が漲るまでに時間がかかる。
思考も鈍い。意識はあるが、発音しようとすると途端に言葉がふやける。端的に言えば、寝ぼけている。
「んあ、なんでしょ。」口に出してから、あまりに阿呆な喋り方だと恥じた。
誰だろう。名前は分からない。おそらく捜索隊の一匹の精霊だ。
隣では私と同じく寝起きのシャム。
「マンクスさんが犯人を捕まえたんです。犯人は今、本部でこうそくされています。」
「そうですか。」捕まってしまったのか。微かな失望が心の底に渦巻く。
「なかなか本部にいらっしゃらないな、と思っていたので、探しに来たのです。そしたらまさかこんなところでお休みになられていたとは。」少しだけ咎めているようだ。
「すみません、私も休まないままに駆り出されたものですから。」とはいえ、さすがに悪いと思った。「にしても、どうしてここが分かったんですか」
「居酒屋の精霊に聞きました。」
「なるほど」
大分目覚めてきて手足に力が入るようになってきた。手足をぐっぱぐっぱする。
「行きますよシャム。」声をかける。が、返事はない。
「シャム?」
ビクッと体を跳ねさせ、急いで毛繕いをするふりを始めた。
「いや起きてる起きてる。毛がな、乱れてたんだ。」絶対嘘だが、そういうことにしておく。話を聞いてくれたことですし。
方向を本部に合わせて走り始める。
「ダイヤといい、毛並みといい、乱れるのは嫌ですからね。」
優しくフォローするが、シャムは頓珍漢なことを言う。
「宝石が乱れる?」
何の話だろうか。何で急に宝石が出てくるのだろう。
「まぁ、そうですね。」適当に相槌を打つ。
「まぁ、そうですね。」隣を走るアメショーが返事をする。おそらく生返事。
最初はアメショーが寝ているのを見守ろうとしていたのだが、なんやかんやあって、寝た。しょうがないよね。なんかアメショーも優しいし。ラッキーと思っておこう。
ただ探しに来た精霊の視線が痛い。
横目でちらちらとこちらを伺っている。
「悪かったよ。寝てて。君たちが頑張ってくれてるのにリーダー格の俺らが寝てたら気に食わないよな。」機嫌をこれ以上損ねないように慎重に言葉を選ぶ。しかし目を細めた表情は変わらなかった。何を考えているのかは分からない。
ちょっぴり恐怖を覚えた。
シャムは「怖さ」には四タイプあると思っている。
一つ目、凶暴で誰かれ構わずに手を上げるタイプ。
二つ目、無表情からいきなり激怒するタイプ。
三つ目、無言で相手に暑を与えるタイプ。
四つ目、得体の知れないタイプ。
一つ目は外見で分かりやすい。その上単純でいなすこともたやすい。
二つ目のタイプは非力な奴が怖さを演出しようと必死になっているパターンが多い。殴れば勝てる。
三つ目は飛ばして、四つ目はまだ会ったことがないからわからない。例を挙げるならお化けとかになるのか。しかし自分たちを「精霊」というように、どっちかというと霊側の立場な気もする。酔って怖くない。
問題は三つ目だ。一番怖い。無言の圧というのか、縮こまってしまう。
そして縮こまっているので相手がさらに大きく見えてしまって、怖いったらありゃしない。この名前の知らない精霊はこのタイプに分類されるのだろうか。
みみっちくなってしまう。
「いや、申し訳ない。本当に。わざわざ起こされて。猛省してます。」ぺこりと頭を下げる。
「いいえ、謝る必要はないですから。」
だがそれ以上のことは言わない。
アメショーの方を見る。アメショーも俺の方をどうしたものか、という目で見てくる。
見られても困る、と言いたいが、それはアメショーも同じだろう。
はっはっは、ふっふっふ。
誰もしゃべらなくなり、息づかいだけになる。
先頭を疾走する精霊がペースを落とす。
疾走が走りに、走りが駆け足に、駆け足が小走りに、小走りが歩きになる。
またアメショーと目が合う。
(疲れたのかね)
(どうなのでしょう。そんなことはないと思いますが)
(じゃあ、なんで?)
そしてとうとう、足を止めてしまう。
「私の名前はスコティって言います。」
前触れもなく自己紹介。
「はぁ。」急になんだ、と思った。
「アメショーさんとシャムさんは、このままでいいと思いますか?」
「ん?」どういう意味だ、と思った。
「此度の件は、精霊界が変わるきっかけになるとは思いませんか?」
「思う。」そう言ったのはアメショーだ。
いつもの気取った喋り方ではない。気迫に満ちた若者のようだった。
「たとえ、精霊界が傾くことになったとしても、私は犯人、ラグドを逃がしたい。」
「逃がしてどうするつもりなんだ?」
「とりあえずは匿います。そうしてから、ある意味で精霊界に圧を与える、象徴的なものになってもらおうかと思ってます。」
「悪いことをするとナマハゲが来るぞ、的な?」
フッ、と息を吐く音。スコティが笑った。「そこは人間界で言うところの核爆弾みたいな、と言ってほしいところです。」
「先ほどまで、私がラグドを追っていたんです。この計画を聞いてほしくて。ただラグドは私を追手だと思ったのか、一目散に逃げて話を聞いてもらえませんでした。そうして鬼ごっこを続けているうちに、周りの精霊に知られてしまい、隕石のようにマンクスが駆けつけてきて、連れていかれてしまいました。隙を見てラグドを奪い返そうとしたんですが、流石は有能なマンクス、毛ほどの油断も見せませんでした。」
頭を左右に振り、残念そうにつぶやいた。
「だけれど、一匹では無理でも、三匹なら可能です。」
「三人寄ればなんとやらということわざもあるほどですからね。」アメショー。
「早起きは三文の徳、とやらでしょうか?あなた方は寝てましたけどね。」意地悪く返す。
「勘弁してぇ。」シャムは思わず懇願してしまう。
とにかく。スコティが仕切りなおす。
「やっていただけますか?」
「もちろんです。」アメショーはやる気だ。
シャムはまだ悩んでいたが、アメショーの先輩の話を聞いてしまっては後に引けないような気もした。
「分かったよ。面倒は嫌いだけど、アメショーのためにやるよ。」
「そういってくれると思ってました。」
「ちなみに。」
「はい?」
「どうして私たちにその提案を?」
「実は、本部で働いてるときに、あなたの先輩、マンチさんの話を聞いてしまって。」
アメショーの顔に皺が寄る。「そうだったのですね。」
「俺は?」
「あぁそれは。」「近くにいたので。」
あまりにあっけらかんと答えられてしまっては返す言葉が見つからない。
「さっそく作戦を練りましょう。」
まずはですね…
体の芯が冷える。何なのだ。
私が今まで見てきた精霊にここまで負の感情を持っている者はいなかった。
ただ一つだけわかるのは、この精霊だけは生かしておけない、ということだ。
だがしかし、木天蓼爆弾をどうするか。
部下に支部まで走らせるか?
上級精霊の帆を見るがカタカタ怖がって体を丸めているだけで役に立ちそうもない。
肝心の時に使えねぇな。
問題が山積みになったとき、私はまず優先順位を付けることにしていた。第一に、支部の精霊を逃がす。第二に爆弾を被害のない場所に移す。この悪魔の処刑は後でもいい。
即断即決、「すぐに支部へ行って精霊達を逃がせ!」と震えている精霊達に指示を出す。
「あの…」「何だ!?」
「誰がどこに行けば…」しおらしく耳をたたみ、指示を仰ぐ精霊に心底腹が立ち、怒鳴る。「んなもん自分たちで考えろ!」
すっかり萎縮した精霊達がどこに行くか話し合う。その話し合いも悠長なものだからさらに怒りを覚える。この無能どもめ。
「もういい!お前はここ、お前はあっち、震えてるお前、お前は向こうの支部へ走れ!」
と名指しで派遣させる。
私が憤慨している様子をラグドはにやにやと見つめてくる。その纏わりつく不安を振り払うために声を出す。
「早く行け!」
ラグドは慌てふためくのを見ながら回想する。思い出すのは会話しているシーン。」」
「聞いてくれないか、ペルシャ。君とソマリは二ブロックずつだが、自分だけなぜか三ブロックあるんだ。さらに映画館まで。私の負担だけ多くないか?」
「それはそうかもしれないね、でも、世の中にはもっと忙しい所もあるんだから、その程度で音を上げてどうするんだい?」
うるさい。自分はもっと楽なくせして。私に説教を垂れてくる。目障りだ。
「そうだな。この程度で音を上げるなんて、私もまだまだだな。」
「ほんとにね。気をつけてよね。」
あ?なんだよこっちが悪いのかよ。
全て投げ出したい。だが、それはよくない。困る人間がたくさんいる。良心の呵責。
「なぁソマリ、君の方は私と比べて楽じゃないか?」
今でも覚えている。気怠そうに答えるソマリを。
「いや、楽だよ。そもそもこんなモール、ひとりで見て回れるね。でもたくさんの精霊を配属してくいっぱぐれないようにしてくれてるのさ。なんだよラグド、上に不満か?」
じゃあてめえがやってみろよ。一、二番街は楽でいいよな。どうしてこいつらは他者を思いやれない。私が苦労しているからこそ、君たちが楽できているのだ。感謝しろとは言わない。だが愚痴くらい聞いてくれてもいいだろう?首根っこ嚙み千切れば理解するのか?
抑えろ。同僚だ。取り返しがつかなくなる。
別にこいつらだって本当にそう思ってはないはずなんだ。
情けない笑顔を浮かべる私。
「不満だなんて、そんな。」
「上級精霊に言ってみれば?誰かがなんとかしてくれるんじゃないか?」ひどく無関心な物言い。
私は君たちと仲良くしたいのだ。困っているときは助けてあげたこともあるだろう?
同僚とは何なのだ。
「すみません、少しいいですか?」恐る恐る言ってみる。
「何だね?」デブ精霊はゆっくりと首をこっちへ向ける。君なんかに興味はない、と言わんばかりの表情に憤りを覚えるも、一縷の望みをかけて直談判を試みる。
「…ということなんですが。どうにかならないでしょうか?」懸命に訴えたつもりだった。
「うん?あー、そうだね。頑張ってくれたまえ。」おそらく話すらまともに聞いていなかったのだろう。的外れなコメントを残して去っていく。
その傲慢な後ろ姿を見送る。
ふふ。
自然と笑みがこぼれた。右脳がストレスでチリチリと焼ける。微かな吐き気もする。
なるほど。そちらがそうくるのなら。
全てを壊してやろう。
ふふ。
「貴様、こんな時に何を笑っている!」
マンクスとやらが怒っている。
あぁ。顔に出てたか。
「悪かったね。」誤りはするが、尚も笑いは止まらない。
ふふ、ふふ、うふふ。
ソマリはマンクスの指示に従い、海沿いの支部に来た。この支部でも上級精霊が指示を出し、部下がせわしなく働いている。
声をかけやすいそうな、数枚の紙だけを運んでいる精霊に声をかけた。
よそもののソマリを疑っていたが、「本部から来たのですが。」という枕詞を付けると急に畏まって要件を聞いてくる。
「ここに怪しいものがあったり、怪しい精霊が来てないか?」パニックを避けるために、爆弾の事は伏せておいた。爆弾を見つけてから避難しても遅くはないと考えた。
「見かけてないっすね。不審者はまだしも、不審物があったらすぐに気が付く筈っすよ。なんせウチは海に近いから、セキュリティーにはかなり気を遣ってるんで。」
「なるほど?」この口ぶりからして本当に爆弾はないのか?
「そんなに不安なら、もっかい確認させますか?上級精霊も本部から使いが来たって言ったら動くと思うっすよ。」
「頼める?」もし見逃していたのならマンクスさん怒髪天となるのが分かり切っていた。
ひょいひょい、と上まで登っていった精霊が上級精霊に事情を話したらしく、しばらくすると支部にいる精霊全員が上へ向かった。
重い箱を持っていた精霊はその場に置き、重要そうな書類を運んでいる精霊も、海風に飛ばされないようにしっかりと石を置いてから向かった。
そして全員で支部全体を駆け回り隅々まで不審物がないか確かめていた。
遠目でみているとジオラマの上を小さな人々が這いまわるようにも見えた。
しばらくして先ほどの精霊が戻ってきた。
「やっぱりなんもないっすよ。」
「なるほど」
「何かあるんですか?」きょとんとした目でこちらを見つめてくる。
「いや、無いならいいんだよ。」
本当に無いようだ。
思考を巡らせる。ラグドがブラフを張った説。いや可能性は低い。あの狂気からすると本当に仕掛けているだろう。それなら、この支部には仕掛けられていないのか?そもそも支部は関東だけでもかなりの数がある。その全てに一見気が付かれないように仕掛けるとなるとかなりの労力になる。時間の関係でここには仕掛けられていなかった。そう考えるのが自然だ。それなら避難する必要もないだろう。
とにかく本部に戻り、マンクスさんに報告しよう。
急いで本部に戻る。
シャムは、ブラフでも仕掛ける時間がなかったというものでもない、三つ目の可能性には気が付いていなかった。
「ということで調べてもらったのですが見つからなかったのです。」と報告したかったのだが、マンクスは既にほかの精霊に目くじらを立てて怒りを発散させている最中だった。
なんでだ本当に調べたのかお前ら少しは役に立て頭が空っぽなのか指示を仰ぐな少しは自分で考えろ私が行った方が早い折角昇進がかかているというのに。
「まさかお前も『爆弾はなかった』とか言い出すんじゃないだろうな?」帰ってきた自分を見てマンクスさんは問いただす。
「すみません、見つかりませんでした。」
全身の毛を逆立たせてラグドに詰め寄る。
「見つからないといっているが、どこに仕掛けた!?」
すると、また笑っていなすのだろうな、と予想していたのに反して急に幼くなったような声を出すラグド。
「は、」
「は?」マンクスさんが聞き直す。
「いや、そんなはずはない。探せば見つかる場所にある。触らないと爆発しないようにしたからな。無論仕掛けている途中に見つかっては意味がないから少しは隠れた場所にあるが、見つからないということはない。」狂気は剥がれ落ち、疑問で頭を埋めている。
「じゃあなぜ見つからない!どこにある!言え!」
あの支部はそこに、あっちの支部は柱の裏、海沿いの支部は書類受けのしたくらいに、とすらすらと仕掛けたすべての位置を答えるラグド。
マンクスはその支部に出向いた精霊に次々と確認を取っていく。
「なかったです」「そこも見ました」「Ⓦ確かめましたが、そこには何も。」
疑い三割、怒り三割、気味悪さ四割をミキサーにかけたような声を出す。
「じゃあ、なぜ、無い!」
「もはや私も分からない、どうなっているんだ。」ラグドがそう言った時。
その時だ、大きな音がしたのは。
「まずは音で攪乱です。」スコティが地面に爪で絵を描く。
「ラグドは十字架にしばられているんですが、」と地面に「十」と刻む。
「その十字架の前に二匹、上級精霊とマンクスが立っています。」丸を二つ描いてその中に「上」と「マ」と書く。そして前に精霊達が並んでいます。
横長の楕円形を描いて、その中に精霊達、と書く。
「なので精霊たちの後ろにこっそり回り、アメショーさんがこの人気で作った風船を割ります。そうしたらきっと、その音に注目して十字架から注意が逸れます。そしてアメショーさんになんとか言い訳をたらたら喋ってもらい、しっかりと気を引いているあいだに、シャムさんと私でラグドを救出します。」
私は分かった。とうなずく。
「単純すぎやしないかい?」シャムが異を唱える。
「作戦は単純なほど、うまくいきやすいんですよ。」スコティは自信満々に言う。
「それで決まりです。大丈夫ですか?アメショーさん。」
私はどこか不安を感じながらも「えぇ」と返事をした。
スコティが準備した風船をアメショーがパン、と鳴らした。
シャムは予め鳴ることが分かっていたからそこまで大きな音とも思わなかったが、いきなり鳴ろうものなら耳を劈くような音に化けるだろう。
スコティの作戦通り、その場にいた全員が風船の方を見た。これでラグドの方を見ている者は誰もいない。
スコティとシャムが走る。二匹でラグドを縛る縄を噛み千切る。
それには気が付かずにマンクスは「何の音だ!?まさか爆弾か?」とアメショーに確かめた。
「いや、その、風船で遊んでたら割れちゃって、その、ちょっと、ね。」
大分見苦しい言い訳だ。もはや言い訳にすらなっていない拙い言葉に苦笑するが、その言い訳がバレたところで問題ない。逆に意味不明なことを言えばそれだけ時間が稼げる。
それにしても下手な嘘だ。
まぁその正直さが良い所でもあるんだけどな。呟く。
ラグドはなぜ助けられたのかまるで分っていなかっただろうが、変に騒ぎ立てずに無言でついてきてくれるのには助かった。
小声で、手足が痺れるな、と言っていたが走るのに問題はなさそうだった。
「おい、逃げたぞ!」という声に驚くがもう逃げきれる距離まで来ている。
「もう少しで本部の敷地外です」
隣でスコティがシャムとラグドを励ます。
「まだ走れそうか?」ラグドに声をかけた。
だが返答はせずに、ラグドは「前、」と言った。
何だ?前に誰かいる。
衝撃が首に走る。
地面が傾く。
地面が眼前にある。
意識が遠のく。
何がどうなっているのか、整理してもし切れない。
逃がしたはずのラグドを再び捕まえてきた精霊。地面に雑に置く。
それともう一匹、気絶しているシャムを運び、スコティを引き連れている精霊。
片方は私の良く知る精霊だった。
ラグドを無造作に置いて、私の方を見てこう言った。
「ようアメショー。また会ったな。」背中に大きな箱を背負っている。
「マンチ先輩、どうしてここに?」出てきたのはその一言。
「色々あんだよ。説明はこの灰色がしてくれる。」そう言うものだから私はそっちの灰色の毛をした精霊を見る。
灰毛の精霊はシャムを丁寧に寝かせた。首の数珠がカチャカチャと鳴っていた。
「まずはここの代表を出してほしい。」
先輩に「灰色」と呼ばれる精霊が追いついてきた精霊達に向かって呼びかけた。
「私だ。」と、マンクスが精霊達を押しのけて出てくる。
「この精霊が一連の騒ぎの元凶だろう?」
ラグドを指す。
「そうだ。こいつが本部を粉々にした。処刑するつもりだ。」
「そうか。」この灰色は無表情だった。
「そして支部すらも混乱に陥れようとしている。」
「木天蓼爆弾を使ってか?」
マンクスのヒゲが反応する。
「なぜ知っている?あの場には居なかったようだが。」
「マンチ、箱を開けてくれ。」
「人使いが荒いな。集めてくるだけでもかなりの労力だったのに。」
大きな箱を広げた。
出てきたのは大量の木天蓼だった。
そしてそのどれもが一目でわかる、なにか手を加えられているものだ。おそらく爆弾に改造されている痕跡だ。
「でも木天蓼爆弾、無かっただろ?俺が全部集めてやったからだよ。ご丁寧に爆弾も解除してやったよ。」先輩は木天蓼のてっぺんあたりを指さす。
全て同じように、穴があけられており、中の人気は抜けきっていた。
マンクスはそうじゃない、と目を鋭利にし、二匹を睨む。「そもそも、だ。なぜ爆弾が仕掛けられていたと知っているのか、ということだ。それを知らなければ回収はできない。」
マンチ先輩が怒りを隠そうともせずにマンクスに噛みつく。
「まずはありがとうございます、だろ?お偉いサン。」
「何だお前は。」つまらなさそうにマンクスは一瞥する。
「おい、かみ殺すぞ、」
灰色が間に入る。
「別に今回の事だけじゃない。全部知っている。本部の失態、不祥事、不手際を。それら全てを裏から補っていた。」
「そういう役職なのか?」
「いいや。ただの趣味だ。話を戻す。こちらは敵ではない。」
重い体躯で土を抉り、息切れしながらようやく追いついて来た上級精霊が到着する。
そして灰色の精霊を見るなり目を見開く。
「ロシアンか…?」
口を尖らせる。
「僕を知る人がいるとはね。」
「今までどこに、いやそんなことはいい。ロシアン、君は今すぐに上級精霊になってくれ。」
今度はマンクスが割って入る。「は、どうして私ではなくこんなぽっと出の奴に。」
「マンクス、静かにしていてくれたまえ、状況が変わったのだ、君に構っている暇はない。」
しかしロシアンは「いいや、ならないよ。僕は。そうやって現場で働く精霊にリスペクトのないあなた方に嫌気がさして逃げ出したんだから。」と断る。
「今はそんなことを聞きに来たわけじゃない。」「提案を、しに来たのだ。」
ソマリは命の恩人の言葉に耳を傾ける。
いつかのあの日、飢えて消滅しかけていた自分を助けてくれた精霊。
お礼を言いに出ていきたかったが、とてもそんな空気感ではなかった。
提案とは何だろうか。
「本部を立て直してあげます。だからラグドをこちらで引き取らせてください。」
それと、と上級精霊を指す。
「あなたは上級精霊から降りて、マンクスを入れ替わりで上級精霊に昇進させてやりなさい。」
「何を言って、」贅肉がたっぷりと付いたくちで抗議する。
「当然です。僕はあなたの悪行の限りを知っています。それをすべて、ここで暴露してもいいんですよ?まぁそしたら、どっちにしろ、精霊達に爪砥ぎ代わりにされて、上級精霊なんて続けられそうにないですけどね。」
それを聞いた上級精霊は苦しそうに、「分かった。」とだけ答える。
シャムは重い頭を持ち上げて目を開く。
側頭部にじんわりと鈍い痛みが広がっている。
「大丈夫だったか?」シャムの事を叩いた奴だ。
「だ、大丈夫なわけないだろ、」
「悪かったって、ごめんな。」頭をやさしく撫でられて膨らんでいた怒りもしぼんでいく。
「まぁ捕まえといてなんだけどな、灰色は悪くはしないと思うぜ。」
証拠はなかったが、この精霊が言うなら大偉丈夫な気がしてきた。
マンクスとその灰色が何やら喋っている声が聞こえてくる。
アメショーも隣にいた。
「マンチ先輩はあなたが寝ている間、ずっと見守ってくれていましたよ。」
「マンチ先輩って、その、お前が言ってた先輩ってまさか。」
「この先輩の事ですよ。」アメショーは笑顔いっぱいで答える。
「大方言いたいことは分かった。」
なるべく相手に主導権を渡すことのないように厳かな声を出すように努めた。
ロシアンの主張をまとめるならこうだ。
・本部を建て直す
・上級精霊をクビにし、私を据える
・ラグドの引き渡し
・ついでにアメショー、シャム、スコティの処分はこちらで決めるということ
三つは納得したが、ラグドの引き渡しだけは反対だった。こいつは生かしておくべきではない。
しかしロシアンは「ラグドは現状に不満を持ったからテロを起こしたのだろう?それなら君が不満のない精霊界を作っていけばいいだけの話だ。そうすれば再犯することもないだろうさ。そうだろ?」
「それにマンクス、君は怒りっぽいところはあるが確かに有能だ。リーダーの素質もある。もしいきなり上級精霊になるのが不安なら僕がサポートしてあげてもいい。」
そういわれてしまうと何も言い返せなくなってしまう。
「でもこれだけのことをしておいてなにもしなというのは…」と何とか反撃するが、それもロシアンは織り込み済みのようで、「僕が何も罰を与えないとでも?」と私を納得させる。
「まぁ、罰というほどではないけど、なにかお仕置きというか、反省程度の事は考えておかないとね。」
言い終わった時だ。
リズミカルに草原を駆けて、こっちへ向かってくる音がした。
おそらく、ロシアン以外皆気が付いていなかっただろう。私ですらも。
近くにボールが転がってきていることに。
犬が近づいてきて、ボールを齧ろうとしたがすんでのところで止め、こちらを見た。
「ワン!」こちらに向かって大きく吠えたので、ロシアン以外が、もれなくぎょっとした。
いつの間にか来ていたシャムが「勘弁してくれよ…」と弱々しくうなだれた。
ロシアンは宙を見上げて、あ!と一匹で何か閃いたようだった。
「いいことを思いついた」




