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8話

 フレイを追い掛け、部活棟を下る。アーサーは部室でまだやることがあるらしく、留まるらしい。

 それにしても、十階ともなると下るだけで少し疲れるな。確か三階あたりに売店があったはず、飲み物でも買うか。


 そうして売店の前で何を買うか悩んでいると、首筋にひんやりとした感触し声が飛んでくる。


「お疲れ!これあげるから許して!」


 振り返ると、フレイが舌を少し出しながら蜜柑のすりおろしジュースを指し出してきた。


「了解」


 元々、大して怒っているわけでもない。


「ありがと~、寛容で助かるよ~」


 と、無邪気に笑うフレイ。


「基本的にうちは週に三回、月曜と水曜、そして本日金曜日に活動してるから暇な時にでも来てよ!別に活動といっても、毎回魔道具を作ってるわけじゃなくてだらだらじゃべってるだけの時もあるから気軽にね」


「潰されそうなんじゃないのか?」


「ん~、まあ目の敵にはされてるけど。でも今すぐにってわけじゃないだろうし、急いで粗雑なものを作るよりもじっくりと練って高い品質のものを生み出した方が、結果的にこの研究会のためになると思うから。それに、貴族の協力者を作れたから当分は安泰だろうしね」


 いくら優秀な者が所属していたとしても、相手が平民であるならば潰すのは容易だろう。しかし、貴族が相手だとそうもいかない。貴族と敵対するというのは、その家ひいては所属する派閥ごと敵対しかねない行為からだ。慎重に行動しなければならない。

 自分達と違う価値観を取り入れたいという部分も本音ではあるのだろうが、おそらく貴族そのものを取り入れたいというのがより大きな本音なのだろう。


 言動や性格は策謀とは無縁の天真爛漫な印象だが、意外と権謀家な一面もある。その性格のズレに俺は怖さを感じるよりも、嬉しさを感じていた。フレイという人間をより理解できた気がしたからだ。

 以前は発言に込められた意図、人の心情というものにそれほど関心を抱いていなかった。それは、人の目を気にしないという意味ではなく勝手に決めつけていたという意味で。良く見える行いをすれば、良くみられると勝手に思いこんでいた。たぶん、根本では接する全ての人間を下に見ていたのだろう。


 だから、心情を感じとれたことが何より嬉しい。リーナの助言通りちゃんと、人を見れているってことだから。


「せっかく売店にきたし、何か食べる?」


「そうだな、お腹も空いてきたし」


 そうして、二人は売店前から伸びている長蛇の列の最後尾に並ぶ。しかし、五分経っても、十分経っても列が動く気配はなかった。


 前で何かあったのか?前方をのぞき込むと、何人かが揉めているらしい様子が目に映る。華美な装飾を見るに、その内の一人は貴族だろう。

 揉めている相手が貴族か平民かは分からないが、少なくとも一人は貴族が関わっている以上面倒な事案に違いはない。しかしだからといって、このまま放置もできない。俺は揉め事の現場へと、足を踏み出した。


 いざ辿り着くと、身長が百九十cmを優に超えるであろう大男が二人の少女を恫喝していた。服装から判断するに大男の方が貴族であり、少女達の方は平民だろう。


「そこをどけ」


「で、でも私達が最初に並んでて…」


「あぁ!並んでたら、売り切れちまうだろうが‼黙ってどけや‼」


 売店を見ると、期間限定かつ数量限定のパンが売り出されている。おそらく自らの棟では売り切れていたのでこちらに来たのだろうが、横暴に過ぎる。

 穏便に解決するならば列の順番を譲ればいいだけなのだろうが、彼女達にそれを促すのも違うだろう。どうしたものか。


 俺が対処について思案していると、いつまにか隣にいたフレイの横顔が目に入る。その表情を見た瞬間、背筋がゾクッと凍るのを感じた。

 彼女の表情は、今までの溌剌さを微塵も感じさせないような無の感情を表現していたからだ。瞳には何も移さず、面持ちからは何の情動も感じられない。


「まあまあ、落ち着きなよ~」


 両者の間に割って入ったのはフレイだった。その明るく朗らかな表情からは、先ほどまでの面影を一切感じ取れない。


 見間違いだったのか?


「そうだ、一旦落ち着こう」


 少し遅れて、俺も仲裁に入る。大男はキッとこちらを睨むと、凄みながら恫喝してきた。


「関係ねぇ奴がしゃしゃんな!カス共が‼」


 それでも、フレイは引く事なく妥協案を提案する。


「じゃあさ、この子達に余分に一個買ってもらってそれをあなたにあげる。これなら、どう?」


 いくら貴族であっても、ここまで理路整然と語られては引かざるを得ない。

 だが、プライドが理性を上回るような自尊心の塊のような奴には逆効果に映ってしまうこともある。自分の正しさを妨害された、そう感じてしまうのだ。


 そして、俺の予感は見事的中した。大男はさらに激昂し始め、列に並んでいた二人だけではなくフレイも含め口汚く罵り始めたのだ。


「誰に指図してんだ平民風情が!てめえらは俺様達に服従すべき存在だろうが!言う事だけきいてりゃいいのに、一丁前に口答えしてんじゃねえよあ゛あ゛‼!」


 怒りに身を任せつつも俺とは目を合わさないところを見るに、この場に自分以外にも貴族がいるということは認識してらしい。だったら。


 俺は売店に足を進め、こっそりとかつ手早く期間限定の品を買い、男に手渡す。


「はい。これでいいだろ」


 さすがに素性も分からない貴族と敵対まではしないだろう。おとなしく品を受け取ってくれるはず。しかし、予想を裏切って男の烈火は俺の方にまで飛び火してくる。


「引っ込んでろ低身長が!」


 確かに、お前と比べると背は低いがそれでも平均身長だ。バカにされる覚えはない。

 それにしても、どうやら彼の目的は期間限定の品から自分の怒りを払拭するという方向に移行してしまったみたいだな。いよいよ収集が付かなくなってきた。


 そう感じた直後さすがに自身も収集が付かなくなってきた現状に気付いたのか、無理やり決着を付けにきた。


「チッ。土下座して、許しを乞いながら靴を舐めろ。それからパンを渡せ。それで許してやる」


 何の非もない少女達に、膝を付かせ靴を舐めさせる。そんな行為は、貴族として以前に人として認められない。

 だが、俺まで激情に駆られてしまっては暴動騒ぎとなり、それを止めらなかった周りの責任問題になりかねない。最悪の場合、退学もあり得る。貴族を相手にするなら、慎重にならなければ。


 俺は大きく息を吐くと、頭を地に伏せた。


「悪かった」


 そして、パンを手渡す。そっと男の方を伺うと、僅かに溜飲は引いたもののまだ譲る様子ないようだった。…仕方ない。



「これ以上やるなら、家を巻き込む騒動になるぞ」


 男はその台詞に目を見開く。家を巻き込んだ騒動。それは、戦争すら示唆する言葉である。少し逡巡するような間の後、


「…チッ。これで勘弁してやるよ」


 少し引きつった表情をしながら手早くパンを奪い、足早に走り去っていったのだった。

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