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9話

「大丈夫だったか?」


 俺は絡まれていた少女達に声を掛ける。


「あ、ありがとうございます」


 震える声で答える二人。

 先ほどの大男がよほど怖かったのだろう。気の毒に。


「ああいう手合いは、どこにでもいる。あんまり、気にしない方がいいぞ」


 少女達を軽くフォローし、俺は列の最後尾へと足早に移動する。


「…ねえ、なんで助けたの?」


 その質問は、感情の籠っていない無機質な声色で投げかけられた。隣から聞こえたにもかかわらず、あまりにも普段とトーンが違ったため、発したのがフレイだとすぐには気付かなかったほどだ。


「なんでって、困ってたからな」


「ロべっちは、困ってたら助けるの?」


「まあ、そうだな」


「それが、平民でも?」


「貴族だろうと、平民だろうと変わらないだろ」


「…そう」


 同じく無機質な声と表情で、彼女はそう返す。その瞳の奥には、どす黒い闇が静かに澱んでいた。


「…ねえ!明日、時間あったりする?」


 先ほどまでの様子が嘘のように、フレイは明るく溌剌とした声で問いかけてくる。


「あ、ああ。あるぞ」


 そのあまりにも大きな変わりように、俺はわずかな恐怖を覚える。彼女はいったい何を抱えているのか。


「じゃあ、ちょっとあーしに付き合ってくれない?」


「何するんだ?」


「今日のお礼にさ、おすすめのご飯屋さんとか屋台とか、連れてってあげようと思って。もちろん、あーしの奢りで」


 そう言って、フレイはどこか得意げな表情を浮かべる。

 …気のせい、だろうか。そう思わせるほど、フレイはいつも通り明るく、屈託のない笑顔を向けていた。その笑顔に、俺は自然と気持ちを切り替える。


 城下町に出るのは久しぶりだ。町に詳しい彼女の案内で歩く街並みは、一人で見るのとは違った印象を与えてくれるかもしれない。それはきっと、この国や民を知ることにも繋がるはずだ。

 そう思った俺は、快く頷いた。


「いいぞ」


「じゃあ、明日お昼に校門前で。よろしくね!」



 ♢



「お待たせ~」


 学園の校門前で待っていた俺に、少女は明るく呼びかける。

 白い麻布の上衣を軽やかに着こなし、いつもの白を中心とした配色とは異なる淡い水色を基調とした丈短めのスカートを身に付けていた。


 スカートは普段の学園でも穿いているし、服装にも大きく変化があるわけでもない。にも関わらず、少し雰囲気が異なって感じるのは私服であるという点が影響してるんだろうな。

 そんなことを考えつつ、服の感想を述べるべきか迷っているとフレイから急かすように声を掛けられる。


「ほら、行こ!」


 彼女に連れられて訪れたのは、どこにでもあるような普通の定食屋であった。

 貴族の外食店は、たいていドレスコードが求められるような場所だから、こういう色んな人間が喧噪に包まれている場は新鮮だ。革命が起きた時はお店に入れるはずもなく、隠れながら野草を食べていたし。そういう意味でもこういった定食屋はやはり新鮮だ。


「この王都には沢山お店があるけど、あーし的にはここ!ミラの豊穣亭が一番のおすすめ! 全部ほっぺたが落ちるぐらい美味しいんだけど、中でもあーしのおすすめは野菜と肉をチーズに絡めてパンに包みながら焼き上げた野菜と肉のパイ包み‼」


 料理を思い出したのか空腹からか、彼女はもう待ち切れないといった瞳で紹介してきた。


「じゃあ、俺はそれを頼もう」


「了解!」


 フレイは元気よく返すと、店員を呼び止めた。


「すいませ~ん、野菜と肉のパイ包み二つ下さい!」


「はいよ!」


 店員は注文を受けると、素早く厨房へと消えていく。


 しばらくフレイと雑談をしていると、二人分の料理が熱々の湯気を立ち昇らせながら運ばれてきた。

 さっそく中を割ろうと、共に運ばれた木製のスプーンで料理をつつく。すると、まず熱されたチーズの良い香りが鼻孔をくすぐった。

 期待に胸を膨らませながら、口に料理を運ぶ。


「…美味しい」


 具材はじゃがいもと人参、そしてほうれん草。肉は豚、しかもあまり品質がよくないのか少し硬い。

 貴族の食事では全てが高級品であり、肉は口に入れた瞬間綻ぶほど柔らかく、野菜もアーティチョークやパセリなど市場では滅多に出回らないようなものばかりが用いられる。

 だけど、やはりこっちの方が美味しい。


 そう確信しながら、俺は目の前の料理をもくもくと食べ進めた。

 貴族の料理というのは食材の高級度合や見た目が重視され、味は二の次とされる。だからだろうか。この包みに込められた誰かに美味しく食べてほしいという想いが、まっすぐ伝わてきて美味しさを増長させているように感じるのは。


「どうだった?」


 一気に食べ終わった俺を見て、フレイがにまにまとした顔で問い掛けてくる。


「美味しかった」


「でしょ~」


 フレイは満足したような表情を見せると、勘定を済ませ外に出る。デザートの林檎のパイも気になったが、まあまた来ればいいか。


「ご馳走様。いい店を知れた、ありがとう」


「いいって!庶民の食事も捨てたもんじゃないでしょ~」


「そうだな、高級店の食事なんかよりよっぽど美味しかった」


 思わぬ返事に意表を付かれたのか、フレイは驚いた様子を見せる。


「貴族の料理より庶民の料理の方が美味しいなんて発言、普通の貴族なら考えられないよ。本当に変わってるよね、ロベっち」


 呆れたような表情をするフレイ。その瞳の中に、少しだけ複雑な感情が見えた気がした。


「さっ、次は出店通りに行こうか!」


「まだ食べるのか?」


「これから食べるのはデザートだから、別腹だよ!」


 気持ちは分かるが、昼食直後にとくそんなに動けるな。

 俺を先導するように歩き出したフレイは、あっという間にかろうじて姿が視認できるほどの位置にいた。彼女を見失わないように、人混みを縫いつつ小走りしながら追いかける。


 そうして追いついた時、俺の息は少し上がっており肩で息をしていた。鈍ってるつもりはなかったが、トレーニングが必要かもしれないな。


「遅いよ~ほら、はやく買お」


 息一つ切らさないまま、フレイは果実を天日干しして売っている出店に向かっていった。しかし店前に辿り着き値段と財布を何度か交互に見た後、苦々しい表情を見せる。どうやら、想定よりも高かったようだ。いくら出店といえど、甘味は貴重品であり高級品である以上当たり前ではあるが。

 俺はフレイを横切り、露店の店主に声を掛ける。


「干しクランベリー二っ…」


 注文し終わる前に袖を引っ張られ、最後まで言えずに体が傾く。


「あーしの分はいいって」


 申し訳なさそうな表情で呟くフレイ。


「さっき奢ってもらったし、ここは俺が出すよ」


「いや、いい」


 実は、この露店を俺は知っている。昔城をよく抜け出していた時、こっそりとここのクランベリーをよく食べていたのだ。

 酸味が強く、甘さが控えめなベリー系は干し果実の中では不人気であった。しかし、甘さも酸味も控えめかつ上手く配合が取れているこの果実はかなりのお気に入りだ。


 自分のお勧めを食べてほしい。そんな思いから再度購入を試みるも、また袖を掴まれ止められてしまう。しかも、先ほどとは比べ物にならないほど強い力で。


「ほんとにいいって。施しは、受けたくない」

 彼女の顔には普段のような多彩な変化はなく、むしろ温度さえ感じさせないような表情をしていた。一度覗き込めば飲まれてしまいそうな闇を携えた瞳が存在するのみ。

 その顔を見た俺は恐ろしさすら感じ、注文を自分の分のみに変更する。


「やっぱり一つで。…悪い」


「全然いいって!」


 一瞬見えた生命の感じられない表情が嘘のように、溌剌とした顔と声色で応答される。


 見間違い、ではないだろう。よっぽど、貴族に貸しを作るのが嫌だったのか。まあ後でどんな難癖を付けられるか、分かったものではないからな。

 でもわざわざこの店に来たり、今も少し名残惜しそうに店頭に並んでいる干し果実を見ていたりと、欲しいことには欲しいのだろう。ただ、貴族に貸しを作るのが嫌なだけで。だったら…


「はい」


 俺は手渡された干しクランベリーを二つに分け、片方を口の中に放り込む。


 相変わらず美味しい。甘さと酸味のバランスが丁度よく、思わず頬が緩みそうになってしまう。そして、もう片方を目の前のフレイに手渡す。


「今お腹一杯で。残すのもったいないし、もらってくれないか?」


「…そういうことなら」


 半分くらい入るだろ、と言いたげな目をしつつも、おとなしく受け取りそのまま口へと放り込む。


「っ、美味しい」


 フレイは悔しそうな表情を浮かべながら、食した感想をぼそりと述べた。口に合ったようで、何よりだ。


 干しクランベリ―を食した後はしばらく出店通りをぶらぶらと散策しつつ、店頭に並んでいる商品を見て回った。


 陽が陰りはじめ、時は夕刻を示す。出店も一通り見て回ったし、そろそろ解散だろう。そんなことを考えていると、足元に人影がぶつかった。


「っと」


 俺は少しよろめきつつも、ぶつかってきた相手に手を伸ばす。


「大丈夫か?」


 追突相手は五人程の子供だった。少しぼろぼろになった服装を見るに、平民それも貧民街よりの子だろう。


「っせーな」


 他の四人の視線を集め、右頬に切り傷の跡が残るリーダーらしき男の子が伸ばした手を振り払う。


 懐かしい。俺も子供の頃は、自分はとっくに大人で、誰の世話にもならない存在だと思っていた。あの頃の全能感は、今思えば少し危険なほどだ。何でもできる気がしていたのだから。

 まあ今となっては自分の無能さなんて嫌というほど分かり切ってるわけだが。


「そうか」


 俺は少し微笑ましい気持ちで去ろうとする。すると先ほどまで敵対心すら見せていた少年が、思い切りの笑顔でフレイに抱き着いた。


「っ、フレイ姉ちゃん!」


「「「「ほんとだ、フレイ姉ちゃんだ!」」」」

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