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5話

 一度目の人生で初めてナタリアに会った時も、ミリアリアに虐げられていた。その時も仲裁に入り止めたのだが、仲裁後に彼女から述べられた感謝の言葉を今でも覚えている。

 言葉自体はありふれたものであったが、誰かから感謝の念を送られた経験に乏しい俺にとってそれは心を照らすような印象深い出来事となった。


「大丈夫か?」


 俺はナタリアの方へ目線を合わせながら、尋ねる。この後彼女は柔らかく微笑みながら謝意を示すはずだが。


「チッ」


 返ってきたのは、心底気に入らないと言った表情で舌打ちをする姿だった。そして、振り返ることなく去ってしまう。

 想定との差異にしばらく呆然と立ち尽くしていると、リーナが隣に立つ気配を感じる。


「嫌われたみたいですね」


「きらっ」


「でもまあ、彼女を僻んでる貴族は多いですから仕方ないかもしれません。それに学園中で兄上殿は嫌われてるんですから、いちいち気にしても仕方がないですよ」


「…学園中で?」


「庶民ぶってるくせに税率一向に下げないとか、大して能力高くないくせに家柄だけで偉そうにしやがってとか、言い方がいちいち上から目線でいらつくとか、他にも…」


「ストップ。謝るからやめてくれ」


 そうか、嫌われてたのか。まあ、学園在籍中は誰にも話しかけられなかったし、聞こえるか聞こえないかの範囲で女子が何やらコソコソ話していた時点で察しは付いていた。しかし、それでも事実を突き付けられるとくるものがある。


 分かりやすく肩を落とし、俯く俺を気の毒に思ったのかリーナが励ましの言葉を送る。


「まあ、兄上殿の性格なら嫌われても仕方がないのではないですか」


「それはフォローのつもりなのか?」


「もちろん」



 ♢



 俺は校舎前の花壇に座り込み、このまま帰ろうかどうか真剣に考えていた。決意して学校に来たもののさすがにこれは、傷が大き過ぎる。一週間くらい療養した後、また来ればいいのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、トントンと肩を叩かれた。振り向くと、大きな瞳に桃色のショートカットをしている少女が立っている。


 彫の浅い顔立ちはこれまで会って来た中でも最上級に可愛いのだが、それよりも注目すべきはその全身から溢れ出る雰囲気。ナタリアもミリアリアも、そしてリーナも人を寄せ付けないような、威圧にも近い雰囲気を醸し出していた。しかし、目の前の少女はそんな雰囲気とは反対の溌剌とした明るい雰囲気を醸し出している。


「ごめんね~!うちのナタリアが、失礼なことしちゃったみたいで!」


 そう言って、手を体の前で合わせる少女。


「悪気があったわけじゃないんだよ~。ただ、ちょ~とだけ貴族様が苦手でさ」


「ほ、ほんとうにすみませんでした」


 申し訳なさそうな表情をする少女の後ろから、気まずそうに小柄な男子が顔を出した。

 短い黒髪に寝起きのような癖を付け、女子よりも小柄なのではないかと思うほどの体型をした少年が伏目がちにこちらの反応を伺っている。


「あ、ああ。別に気にしてないよ」


「「よかった~」」


 俺がさほど引きずっていないことを確認すると、彼女達は心底安心したというような表情を見せた。そして、


「あ!」


 と何かを気付いたような表情をする少女。


「そういえば、自己紹介がまだだったね!私はフレイ。で、こっちの暗いのがアーサー」


「た、確かに暗いけど、ひ、人前で言うことないじゃないか」


 どうやら、ずいぶんと仲が良いようだ。さっき、ナタリアのことも親しげに呼んでいたし、もしかしたらナタリアを含めたこの三人は友人関係なのかもしれない。


「俺はロイ、よろしく」


「この国の王子と同じ名前なんだ、珍しい。よろしくね!」


 手を差し出し、握手を求めるフレイ。そして、それに呼応するように俺も手を差し出す。


「そうだな。でも、名前以外もどこか似てたりしないか?顔とか」


「う~ん。似てないかなぁ。王子様はもっと綺麗な金髪だった気がするし、もっと整った顔だった気がする」


「…そうか」


「でも、同じ名前だと分かりづらいね。下の名前、家名はなんて言うの?」


 ここで王家の名前ディアゼルを出そうものなら、萎縮どころか卒倒ものだろう。何か適当な名前を答えておかないと。


「…ロベールだ」


 ロベールとはこの国の一般貴族において、非常によく見られる家名である。


「う~ん、ロベールも一杯いるしな~。そうだ!ロベっちっていうのはどう?」


「あだ名か?」


 貴族によっては侮蔑されたと勘違いして、その場で処断しかねない。それをするっと言えてしまうとは、胆力が凄いな。それとも何か、意図があるのだろうか。


「そう!そっちの方が分かりやすいでしょ!どうかな?」


「まあ、別に良いけど」


「よし、じゃあ決まり!改めてよろしくね!」


「よろしく」


 周囲を照らすような笑顔をフレイが見せながら、改めて握手を交わす。ここまで明るい人間は周りにいなかったから、新鮮だ。

 でも、何か光の中に一筋の影が見えたような、そんな違和感を感じる。それにあだ名を提案した時、いや正確にはその後にあだ名受け入れた際彼女は少し複雑そうな表情をしていた気がする。だがまあ、気のせいだろう。


「ふ、フレイ」


 アーサーが遠慮がちにフレイを小突きつつ、何かぼそぼそと話す。


「そうだった!あ、あのさ」


 と、先ほどの明るさとはかけ離れた、か細い声で話を続ける。


「謝りに来た相手に頼み事をするのは筋違いだし、第一聞く義理もないって分かってるんだけどさ。ほんとによかったらでいいから…あーし達の部活を手伝ってくないかな?」

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