2話
磨けば宝石のように輝き出しそうな硝子の机を挟み、一組の男女が向かい合いながらソファに腰を掛けている。
「俺は、これからどう生きればいい?」
「…話が見えないのですが」
聞き方を間違えたな。いきなりどう生きればいいかかんて聞かれても、反応に困るのは当然だ。でも、どう話せばいいんだ?
正直に「何回か人生をやり直しているのだけど、全然上手くいかない。どうすれば良いと思う?」なんて聞いたら、正気を疑われるだろう。
俺だって、例え家族からだとしても死ぬごとに人生を繰り返しているんだなんて言われたら、間違いなく距離を置く。慎重に話さないと。
俺は彼女の顔色を窺いつつ、こほんと咳払いをしてから話を始める。
「婚約についての相談、というか今後の方針についての相談なんだが」
「はい」
「もしこのまま侯爵令嬢であるミリアリアと結婚したら、父の貴族路線を引き継ぐことになる。それで本当にいいのか。それとも、ミリアリアと婚約を解消して例えば平民と婚姻を結び平民重視の路線に切り替えるか」
「なるほど、どちらを選ぶべきかということですか」
俺は静かに頷く。
リーナを少し考え込んだ後、困り顔をしながら問い掛けた。
「やはり、それだけ聞かれても分かりかねます。もう少し具体的な、実行予定の施策などはないのですか?」
実行予定の施策か。既に実行済で、なおかつ失敗済のやつならあるが。
「父の方針を引き継いだ場合の話は省略して、政治指針を変える場合の施策を。まずは農作物の輸入量を増やそうと思う。我が国では年平均で数十人の餓死者を出ているし、数十年前には数百人を超える餓死者が出たからな。あとは、税率を下げたり、貨幣の鋳造量を増やしたりしようと思っている」
どれも、大衆の暮らしの向上を目指し最初の人生で行った政策である。結果は生活向上どころか、革命が起きてしまったわけだが。
「いくつか質問をしても?」
「ああ」
「その輸入量を増やすというのは、一時的なものですか?それとも、恒常的なものですか?」
「後者だ」
「税率や貨幣増産はどうやって、達成するつもりですか?」
「どうやってもなにも、宣言一つで可能じゃないか」
実際、これまでの施策はどれも王の鶴の声一つで実施されてきた。
「なるほど」
リーナは何か分かったような顔をしている。もしかして、答えに辿り着いたのだろうか。だとしたら、早くその答えを、足踏みした原因を知りたい。
しかし、少し怖くもある。彼女の回答が本当に的を射たものだったら、これまで原因に気づかず転んでいた俺は本当の間抜けだ。けれど、自分の無能さを認めてでも道が開ける可能性があるのなら。
「結論から言うと、兄上殿は父君の方針を維持した方がいいと思います」
二回目の俺と同じ結論だ。しかし、その結論に至った過程は全く異なるだろう。そして、おそらくリーナの語る理由こそが正しい。
「兄上殿、我が国の納税制度はご存じですか?」
「もちろん。領邦制を採用していて、それぞれの領主が領民から徴税し王家に収める。それが、我が国の納税方法だ」
「付け加えると、領主は領民の生産物(主に農作物)を買い取り領主はその生産物を王家に収めています。そして、その買い取りを直接的に行うのが領主専属の商会です。領民の生産物を商会が買い取り、領主に収める。それが我が国における徴税法です」
そういえばそうだった。各領主にはそれぞれ専属商会がおり、彼らが徴税から領民の普段の買い物まで領の全ての取引を管轄している。
もっとも、領主本人はもっと大きな商会から甘味や香辛料など様々な高級品を買っているみたいだが。
「輸入量増大に関する失敗の原因は、この専属商会にあります」
「というと?」
「もし、領民の生産物が予定よりも多く取れた場合、大抵は売りに行きます。どこに売却すると思いますか?」
「それは、その専属商会の所じゃないか?」
「違います。領民が売る相手は領民です」
「でも、商会に売る方が儲かるのでは?」
「いえ、むしろその逆です。二束三文にもならないでしょう」
「それだと誰も売りに来なくなり、商会は生きていけないだろう」
「そんなことはありません。何故なら、領主から徴税請負人としての給金をもらっているからです。
商人とは謳っていますが、商売は片手間で本業は徴税請負人です。商売で食っていく必要がない。その為、商いでは身分が低い者からは安く買い叩き、身分の高い者に高く売りつけるような少しでも利益を得られる手法を好みます」
一息つき、リーナは続ける。
「話を戻しますと、領民は領民同士で取引し合い生きてきました。豊作な時は不作な村に分け与え、不作の時は逆に豊作な村から分け与えてもらう。そうして助け合っているのです。ですが、もし農作物の輸入量が増え、領民の主食がそちらになってしまったらその助け合いは崩壊します」
「だが、農作物の総量は増えているのだから問題ないはずだ」
「輸入された農産物を領民に売るのは専属商会です。先ほども言った通り商人は身分が低い者からは安く買い叩き、身分の高い者に高く売りつけます。これが、輸入物と国産の農作物に適用されます。領民が自分の生産物を売る際は安く買われ、逆に作物を買う際はぼったくられることになる。作れば作る程貧乏になっていくわけです」
論理的に議論を展開していく彼女。
「つまり、食物は増加しているにも関わらず、貴族や領主、商会に占有され大衆はますます困窮状態になるわけです」
確かに、農作物の輸入量を増やしたにも関わらず餓死者は増える一方だった。あの時は原因が分からず、ただただ混乱するばかりだったがそんな事情があったとは。気づけなかった自らの愚かしさが、本当に嫌になる。
「次は税率の低下、貨幣増産についてです。こちらは比較的簡単です。本来ならば、これらの政策は国民にとって喜ばしいものでしょう。しかし、それは本当に実行されたらの話です」
前置きを置き、話を続ける。
「もし、国民から王家に税が届くまでの道が一本道ならば何の問題も無いでしょう。しかし、我が国のような領邦制ではいくつかの通過点を要します。要するに中抜きや粉飾がしやすいということです。いくら税率を下げようと、実際に税を取るのは領主になります。
貨幣増産についても同じことが言えるでしょう。いくら、金を増やしたところでそれが大衆に渡る前に全て領主や貴族のものになるのですから。
先ほど、兄上殿は税率の低下や貨幣鋳造は王の一声で決まると言っていました。しかし、それらに実行力を持たすには中抜きや粉飾を根絶させ、税の流れを可視化させる必要があります」
リーナはふうと一息つくと、締めの言葉を紡ぎ始めた。
「知らないことが悪いとは思いませんが、本気で変えたいのなら国を民を自ら見て、知って、接することをお勧め致します」
…返す言葉もない。結局俺はこの国も民も、上辺しか見れていなかった。いや、上辺だけで満足していたんだ。本気で変えようと、救おうとしていたわけじゃない。助けた気になりたかっただけだった。
まだ、どんな政策を取ればいいのか分からない。でも、とりあえずはリーナの言う通りこの身で体験してみよう。そして理解しよう。この国を、貴族を、平民を、今度こそ。
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