1話
目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。どうやら、また死んだらしい。最初のうちは恐怖と驚きでしばらく現実を受け入れられなかったが、二度目となると慣れてしまった。
「この先、どうするか」
この国では十歳になると精霊の加護が与えられ、手の甲に文様が浮かび上がる。文様こそが貴族の証であり、だからこそ持たない平民は蔑まれる。
俺も十歳になるまでは、黄金の文様が浮かぶと信じて疑わなかった。しかし一ヶ月待っても、一年待っても文様は現れなかった。
それでも王太子の座は維持された。だからこそ、誓ったのだ。侮蔑されようとも弱き者を助け、正義を貫く。貴族主義がはびこるこの国を変え、貧困に喘ぐ民を救うと。
そんな志も、今ではもう折れてしまった。今はただ、死なければそれでいい。
ベッドに横たわったまま、思考だけが動き続ける。
一度目の人生では、侯爵家との縁談を反故にして平民の少女と婚姻を結んだ。そして平民と貴族が共に暮らせる国を目指した。結果革命が起き、斬首。
二度目は婚約を維持したまま、父の貴族重視の方針を継いだ。それもまた革命を招き、斬首。生き残る上で、革命を防ぐことは必須条件だ。その為にも、もう少し丁寧に振り返ろう。
学園には貴族主義が蔓延っていたが、平民の入学は許可されていた。そんな中で貴族にも引けを取らない才覚を見せつけたのが、最初の人生での妻ナタリアだった。
数十年ぶりに現れた光属性の使い手である彼女は、それだけで学園中から一目置かれる存在となった。だがナタリアを快く思わない貴族も多く、俺の婚約者であるミリアリアもその一人だった。彼女は立場を盾に嫌がらせを繰り返し、俺が咎めても止む気配はなかった。
そんなミリアリアへの失望と、屈しないナタリアの強さに惹かれやがて婚約破棄へ。そして平民重視の政策を進めたが、革命が起きた。しかも、平民の手によって。
婚約者の身分が政策の方向を縛る。どちらを選んでも、片方の反感を買う。つまり婚約破棄するかどうかがターニングポイントのはずなのに、どちらを選んでも失敗する。
正直、もうお手上げだ。…ならば、何もしなくていいのではないか。このままベッドで過ごしていてもどうせ結末は同じだ。
そうして起きて、飯を食い、本を読み、眠る。そんな日々を繰り返した。好きな時間に起き、好きな時間に寝る。人との関わりも、書類仕事もない悠々自適な生活。もしかしたら、今が1番幸せかもしれないな。
そんな引き籠り生活を続けること1週間。来客が訪れる。
「ロイ様、お客様がお見えです」
侍女が扉越しに声をかけてくる。
「分かった」
本を閉じ、応接間へ向かう。
「どなたかお聞きにならないのですか?」
「見当はついてる」
前の人生で一週間引きこもっていたときも、同じ人物が訪ねてきた。だから大方の予想は付いてる。
応接間の扉を開けるとその人物は黄金の髪をたなびかせながら、優雅に紅茶を飲んでいた。
「思ったよりお元気そうで、安心しました。兄上殿」
予想通り。
リーナ・エドワード。黄金の髪に翡翠色の瞳、絵画と見紛う美貌を持ち王族の分家ながら、頭脳も剣も一流。全てを持つ才女だ。
かつての俺は彼女を疎んでいた。王家であるにも関わらず加護も才も持たない自分と、分家であるにも関わらず何もかも持つ彼女。嫉妬が生まれるのは当然の流れだった。
そんな俺の内心を察していたのだろう。彼女は俺に必要以上に関わろうとしなかった。接する機会といったら王家主催の舞踏会や学内でのイベントごと、そして王族の人間に緊急事が起きた時くらいだ。
いくら優れていると言っても彼女は分家であり、それゆえ本家に何かあった時は顔を出さざるを得ない。今回の訪問も背景にはそんな事情があったりする。
もっともそんな確執は二度も革命を起こされた今となっては、微塵も残ってはいないが。
「病気というわけじゃないからな」
「では、なぜお休みに?」
「…少し、な」
俺が言葉を濁すと、リーナはポットを手に取り静かに紅茶を注ぎながら言った。
「私でよければ、お話を聞きますよ」
彼女の才覚は、誰よりも俺が知っている。この行き詰まりを打開するきっかけをくれるかもしれない。
昔の俺なら、虚栄心が邪魔をして助けを求めるという発想すら持てなかっただろう。だが今は違う。これで少しでも違う未来へ進めるなら、劣等感もプライドも要らない。
「少し、話を聞いてほしい」
リーナは静かに頷いた。
「…俺は、これからどう生きればいい?」
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