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プロローグ

 王になって5年が経過した頃、それは起きた。


「ロイ様!大変です!!」


 執務室の扉を勢いよく開け、役人が血相を変えて飛び込んでくる。


 俺が王になってからトラブルらしいトラブルは起きていなかった。だからこそ、これから役人が伝えるであろう事態がかなりの緊急事態だと分かる。


「どうしたんだ」


 声は穏やかに保った。内心で、嫌な予感が胸の奥を締め付けていたとしても。


「実は農民達が次々と減税を求めてきておりまして……」


 思わず眉がわずかに寄る。


 妙だな。

 減税ならば嘆願されずとも既に施行していたはずだ。父が王であった時に比べ、明らかに税率は下がっている。

 となると、何か異常な事態が起きているということか。


「原因は分かるか」


「は、はい……実は害虫が大量発生したらしく……その影響で作物が充分に育たないということが多発しているようです。このままでは最悪、大飢饉になる恐れも……」


 大飢饉。その言葉が脳裏に重く響る。

 確か17年前にも今回と同じように大規模な飢饉が起きていたな。あの時はこの国の人口の実に1割もの人々が犠牲になった大災害となってしまった。飢えで腹を押さえ道端に次々と倒れた人々の話を、幼い頃に父から聞かされた記憶がある。

 あの時のような悲劇は繰り返させない。王として、この国を預かる者として絶対に1人の犠牲者も出さずに抑えてみせる。


「人員を総動員し、煙を焚いて害虫を追い払え。それから王家の備蓄を全て解放しろ」


「はっ。しかし、備蓄だけでは飢饉を抑えるには——」


「ならば近隣国からの輸入で補う。指示が理解できたなら、今すぐ動け」


「承知いたしました!」


 役人は深く頭を下げ、足音を立てながら廊下へ消えた。その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。


 門戸の解放、害虫駆除は役人に任せておけばいいだろう。

 俺は近隣諸国からの輸入に着手しないと。


 王になり前代未聞の危機。そんな非常事態を前に俺の心は少しだけ高鳴っていた。


 これを乗り越えられれば、王としての名声は絶対のものになる。これまで反抗的だった貴族も、俺の方針を受け入れるようになるだろう。

 そうなれば、貴族と平民が平等である世界が達成できる。やっと、夢が叶う。

 それに、今まで散々無能だとレッテルを貼ってきた奴らを見返すことも。


 国の存続の1大事。そんな局面を前に、ロイの口角は上がっていた。

 対処法、被害規模、輸入交渉、様々な事柄が彼の頭を駆け巡る。

 そうして次の一手を打とうと外務官を呼ぼうとした彼を、とある少女が呼びかける。


「兄上殿」


「……リーナ」


 扉の脇に、一人の少女が立っていた。

 リーナ・エドワード。俺の従妹であり武術でも学問でも魔法でも、常に頭一つ抜けた結果を残してきた人物だ。


 そんな彼女を前に、俺は思わず内心で身構える。この従妹の前では、どうしても気が張る。

 自分が一か月かけてたどり着く答えに、彼女は一時間で到達する。そういう人間だと知っているからこそ、向き合うたびに胸の奥に何かがくすぶるのだ。


「兄上殿。飢饉の対処法として輸入に頼るのは、辞めた方がよろしいかと」


 可憐な容姿の中に秘められた意思の塊のような瞳。

 まるで、彼女にはこの非常事態の対処法が分かっているかのようだった。


「俺の方法が間違ってるというのか」


「はい」


 こともなげに言ってのける少女。


 いくらリーナといえども、俺の方法が間違っていると断言できる正当な根拠などないはず。

 言いがかりか、もしくは俺を否定したいだけのいちゃもんに違いない。そうに決まってる。


「俺が王であり、王の決定は絶対だ。輸入は行う」


 自分でも意固地になってしまっている感覚はあった。だが、これは俺の試練で俺が王として1人で乗り越えるべき局面なんだ。

 放っておいてくれ。


 そんなロイをリーナは呆れとも憐れみともつかない眼差しを静かに向けていた。



 ♢



 害虫駆除、門戸解放、輸入増大。飢饉対策として様々な施策を行った。

 では結果はというと、餓死者は17年前の飢饉と変わらず仕舞い。

 俺が救うべき平民達の犠牲が日に日に広がっていき、見事無能のレッテルを貼られることになった。


「くそっ!」


 椅子が床を蹴るような音が響き、書類が散乱した。


 なぜだ!何が間違っていた!?害虫の駆除か、備蓄の放出か、輸入の判断か——それともそもそも平民と貴族の格差を埋めようとしたこと自体が、不釣り合いな野望だったのか!?


 考え続けても、答えは出なかった。飢饉はもう起きてしまった。後悔は過去にしか向かわず、現実は何も変わらない。

 そんな中廊下を駆ける足音が近づき、扉が開かれた。


「ロイ様!大変です!」


「今度は何だ!!」


「飢饉の被害を受け、各地で小規模な反乱が起きております!」


「なっ……!」


 役人の言葉を聞いて、俺は息を飲む。


 今回の飢饉は乗り越えたとは言いづらく、むしろ最悪の展開になったといっていい。

 だからといって、反乱まで起こすのか!

 減税の実施、貨幣鋳造の増加。平民のために、できる限りのことをしてきたはずだ。それなのにたった一つの失態で、民は俺に刃を向けるのか。

 やっぱり、平民と貴族の格差をなくそうなんて願うべきじゃなかったのか?


 そんなことはない。ないはずだ……くそっ!

 今はとりあえず事態の沈静化が先決だ。


「輸入量を増やし、国民に行き渡らせろ!それから飢饉が続く間追加で減税、貨幣鋳造の増加を行う!」


「はっ!」


 役人がまたも慌てて執務室を出ていく。その様子を尻目に、俺は祈るように天を仰いだ。



 ♢



 結果として、飢饉は収まることなくむしろ犠牲者をいたずらに増やすことになった。

 この事件をきっかけに大衆のロイへの信頼は地に落ち、ほどなく国全体を巻き込む革命へと発展していく。


 そうして処刑されてしまったロイが最後に思ったのは、抱いた夢・これまで歩んできた道のりへの後悔であった。


 もし次があるのなら、夢も大義も捨てよう。そして、父の歴代の王の方針を継承し、静かに残酷に貴族の横暴を目を瞑りながら過ごしていよう。


 かくしてロイには2度目の生が与えられた。しかしそれまでの貴族重視の方針を引き継いだロイ王政は、またもや平民達の反乱により転覆することとなる。


 そうしてロイの3度目の人生が始まる。

 次こそは最後まで生き残れるのか、革命を防げるのか、彼の最後の物語が幕を開ける。

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