074 レベルアップ?
「おえぇぇ。ま、まずい。こんなの、埜乃たちも飲んだのか?」
アシモに貰ったポーションは、ひたすらに不味かった。
川魚の内臓を生で咀嚼したら、こんな味かもしれない。
アンヌが運転席から、気遣うように声をかけてきた。
「津神さんが飲んだのは、物理耐久を回復させるタイプのポーションですわ。埜乃ちゃんたちが飲んでたのとは、味が違うんですって」
「涼、これ、水」
「サンキュ。助かる。うぇっ」
ペットボトルの水をエルに飲ませてもらう。後味は消えなかった。
俺は、ハーフパンツタイプの海パンを履いている。上半身はペンションで売っていた派手なアロハシャツだった。
『肘木と色違いのお揃いじゃん。お前が赤で、肘木が黄色。ちょっとだけ派手かもなぁ』
エルが用意してくれた着替えだった。
「似合ってる」
「え? ほんと? マジで言ってる?」
「うん」
無表情で言われてもなぁ。
後で、生涼に本音を聞かせてもらおう。
「エルってさ。『縮地』を使うとき、一歩だけで止まったりできるよね」
「うん」
「あれ、どうやってんの? 俺、止まれないんだけど」
「えっと。うーん。ダッってしてギュッって感じ?」
「ダッでギュ?」
「うん。そう」
わからん。
エルの縮地は何度か見せて貰ったのだが、エルの説明を聞くと更に分からなくなった。
「まぁ、いいか。それは、おいおいで」
ワゴン車がペンションの駐車場に停まった。
JKZとアシモを乗せて先に着いたらしい、自衛隊のトラックが2台停車している。
銃声と爆発音。他にも、交通事故の衝突を思わせる音が響いていた。
車内からは、音の方向は見えなかった。トラックと建物が死角になっているのだ。
「着きました。裏手のビーチで戦闘が始まってます。津神さんは、後方に控えてください」
「行きますよ、俺も」
アンヌの気遣いを遮り、ドアを開けて外に出る。
「うわっ」
こけた。
なんか、ふわふわして足が地につかない。
「ほらぁ。言わんこっちゃない。
津神さんは致命傷を超えるダメージだったんですよ。回復したからって、すぐに動けるわけないじゃない。半ゾンビ化のおかげで逆に救われるなんて」
アンヌは、俺の腕を肩に担いで立たせてくれる。
右手のひらがアンヌの胸に触れてしまう。
アンヌは、それが気にならないようだ。そのまま移動の補助をしてくれた。
えへっ。ラッキー。
『おい。またリオに怒られるぞ』
俺は手先に、指先に触れる物質に意識を集中している。
だが、決して、指は動かさないのだ。
また、「責任」問題が発生しそうだから。
『マジで人間の器が小さいよな。考え方がセコイ』
うるせー。
「津神さん、こちらの方をお願いします! 回復を!」
「任せてください!」
ペンションの庭は、野戦病院のような様相になっている。
アンヌと桃花、晶が中心になって、負傷者たちの手当てを行っていた。
倒れているのは、自衛隊員たちだ。
退魔師たちのポーションが足りていない。
俺は、松葉杖を使って、ぎごちなくも負傷者たちの間を移動する。
俺の低レベル回復魔法でも、ギリギリで命をつなぐことくらいはできるはずだ。
「応援の要請は、どうなっているんだ!」
「特戦の冒険者部隊が、こちらに向かっています! F2の支援爆撃も用意ができたようです!」
自衛隊員の怒号のような会話は続いている。
晶が、俺に携帯食料と水を差し出してきた。
「津神さんは、これを。少し休憩してください」
「いいって」
「ここは最後の砦です。自分の身くらいは守れる程度に回復を急いでください」
「あ、うん。わかりました」
俺は、ペンションに到着後、簡易的な食事をとらされる。
食事後のトイレで、うんざりする量の血尿と血便を垂れ流した。
俺には、すでに傷はない。
今は、体力の回復を急がなければならない。
物理耐久値は戻っている。だが、戦うには、もう少し体力が欲しい。
ペンションから崖のような坂を下りると、プライベートビーチになっている。
JKZとエルが、ビーチバレーで対決した場所だった。
建物の間、ビーチへと繋がる通路で腰を下ろした。
『アシモ、伝えろ! 等々力の背後に二体の小型が迫ってるぞ!』
「えっと、等々力さん、後ろ!」
『猪木くん、名前に似合わず可愛いのね。今夜、どう?』
「リ、リオさん、今はそのような話をしている状況では」
「僕は、今夜空いてます!」
ビーチには、百体を超える小型夾人虫。小型と呼んでいるが、足を入れて2m〜3mの大きさだ。
JKZの埜乃と亜美、退魔師の朱姫と等々力、そして自衛隊員たちが小型夾人虫の相手をしている。
波打ち際では、俺を攫った巨大夾人虫が一体。縦穴の夾人虫よりふた回りはデカイ。
エルと肘木に向けて、巨大なハサミを振り回していた。
縦穴の巨大夾人虫のようにはいかないらしい。エルの触手では動きを止められていない。
肘木の攻撃が見事だった。あの強固な甲殻が破られ、ところどころ剥がれている。
エルは牽制に努めることにしているようだった。
退魔師たちと、小隊規模の自衛官たち、とても相手をできる数ではないように思えた。
それでも、味方から死者は出ていない。わずかだが、優勢に思える。
生涼とリオが、全体を俯瞰し、生霊の声を聞けるアシモと猪木に伝え、指示を出していたのだ。
「あいつら、意外に役に立ってるのな。リオさんが余計なことしそうで怖い」
「津神の孫か? よく生きていたな。カナメはどうなった?」
男の声が、俺に話しかける。
ドアが開いた部屋の奥、椅子に縛られたサカキだった。
「あいつなら、生首になって海に沈んだよ」
「そうか、それなら、こっちに向かっているはずだ」
「カナメが? まだ生きてるって?」
「グールは頭だけになっても、すぐには死なない。俺の力がなければ、そのうち腐って死ぬだろうがな」
「どうやって、生首状態で動けるんだよ?」
「ふん。夾人虫は、あれがすべてではない。モンスターを操る方法は、俺が教えてある」
「もしかして、対木野用の、もっとデカイのが、まだいるのか?」
「どうしてそれを。ちっ、カナメか。あのバカ」
俺は自分でスマホの操作を行う。スマホは、エルが海に飛び込んで回収してくれていた。
銀狼革の手袋、ヘルメット、プレートキャリア、そして左手にトンファーを装備する。
「戦うのか? 青白い顔をして、とても万全には思えんが」
俺は、携帯食料を口に押し込んだ。少し咀嚼して、水で胃に流し込む。
そして、松葉杖を放り捨てた。
「窓から、お前の戦いを見せてもらおう。お前の祖父の戦いを一晩中見ていた時のようにな」
「けっ」
坂を下りる頃には、足のふらつきはなくなっていた。
ビーチサンダルを蹴り捨てる。
裸足で『縮地』は使えるだろうか?
俺は、砂を踏み、足元を確かめてみた。
『涼、ひさしぶりだね。ゾンビ化しかけたって聞いたけど、もう大丈夫?』
「お、お前、なんで?」
崖に腰掛けるローブの少女。
TS魔法少女・カオルだった。
トントントンと、船のエンジン音が近づいて来る。
沖を見ると、彼方に屋形船の姿が。
『リョウから応援要請が入ったんだ。エルが時間を戻すのを止めてくれたんだってね』
「あ、あぁ」
『エルを、後悔させないために、涼は生き残ってくれた。
あきらめて、死を受け入れる方が楽だったと思う。嬉しいよ。さすがだね。
ここからは、ボクたちに任せて』
マジかぁ。
まぁ、言ってることに間違いはないけど、ちょっと気持ち良かったのは黙っておこう。
カオルは、俺の思考を読めないし。
「ゴジモン! 君に決めた!!」
屋形船から、木野の叫びが響き渡った。
雲が線を空に引いていく。F2戦闘機の編隊が通り過ぎて行った。
爆発音が轟く。波打ち際の小型夾人虫の群が、木っ端微塵に爆散していった。
突然現れた複数の巨大夾人虫。それに対峙するのは、たったひとつの肉食恐竜的シルエット。
対艦ミサイルの一発が、ゴジモンに命中した。
血を吹き上げるゴジモン。その牙から、一体の巨大夾人虫が自由になる。
「ギャアオオオオ!」
恐ろしい咆哮をあげるゴジモン。だが、その瞳は、キラキラ輝いている。
「ワカちゃんは! ワカちゃんは我々の味方です! ワカちゃんに当てるんじゃねー! 馬鹿野郎!」
無線機を握る自衛隊員が、盛大に涙を流しながら叫んでいた。
ゴジモンをワカちゃんと呼ぶのは、テレビの影響だろうか。
新たに上陸した大量の小型夾人虫は、航空自衛隊の支援爆撃によって、大半は沈黙していた。
数は減ったが、それでも戦いは終わらない。
巨大夾人虫は、ゴジモンに任せて、こいつらは俺たちが倒さないとな。
小型夾人虫が振るうハサミを、トンファーでずらすようにガードする。
パリィが発動。俺に自爆ダメージはない。
ハサミが、砕け散った。
小さく震脚を撃ち、腰だめの拳を打ち込んだ。
衝撃魔法で目の前の小型夾人虫が爆散する。
わずかに遅れて、4体の夾人虫が誘爆した。
アンヌが坂の上から、人口魔石を撃ち混んでくれていたのだ。
自衛隊員たちは、89式小銃ではなく、より威力の高い64式小銃を使っていた。
小型夾人虫の甲殻なら、貫通可能な威力はある。だが、小さな穴が開く程度でしかない。
足止め程度の効果しか期待できない。
俺の衝撃魔法と組み合わせて倒せるのは、アンヌの使う89式小銃だけだった。
「さすがですね。でも、身体は大丈夫ですか?」
「今、無理しないで、いつ無理するって言うんですか? でしょ?」
「ふふ。違いない」
若い退魔師・猪木は、「火槍」と呼ぶ二連水平バレルの大口径ハンドガンを使っている。
石火矢という武器で、銃弾ではなく、人口魔石を直接発射する機構だと晶に教えられていた。
一発で小型夾人虫を倒し、大型夾人虫でも甲殻を大きく破壊できる。
威力は高いが、連射はできなかった。
雀来と、彼の弟子・等々力は、五鈷斧と呼ばれる手斧を使っている。
雀来は、中型夾人虫を単独で撃破していた。
以前、彼の腕を切断した夾人虫と同レベルのサイズだった。
「津神、辛くなったら下がれ! 遠慮するな! お前が切り札になる。そんな予感がするんだ」
「津神翔一を思い出すわ。ホント、ムカつく!」
朱姫の弓が、複数の夾人虫の影を縫い止めた。
動きが止まった小型夾人虫に、無数の銃撃が襲う。
それを、等々力の手斧がトドメを刺していった。
「ギャアオオンーン。ゴゴゴゴ」
ゴジモンの咆哮。
その方向を見ると、ゴジモンが巨大夾人虫を噛み砕いていた。
「うわぁぁ。ワカちゃーん。つえぇ!」
歓声が聞こえた。
「あれが、最後の一体か。やるな。ゴジモン!」
「あ、あれは!!?」
海水が盛り上がる。
白い波を立てて、さらに巨大な夾人虫が現れた。
今までの数倍の大きさ。
高さだけなら、約50mのゴジモンと変わらない。
だが、足を広げた幅は、数百mにも及ぶだろう。
「サカキー!」
よく見ると、超巨大夾人虫の眼球が一つ、歪に変形していた。
「人の顔ね。人間の頭が目になってる」
朱姫の言葉で、思い出す。あの声はカナメの声だ。
超巨大夾人虫の起こす波に紛れ、ビーチに小型の群が新たに打ち上げられた。
「くそ! デカイのはワカちゃんに任せるしかない。行くぞ!」
雀来が叫ぶ。
これは、終わるのか?
ん? そういえば、生涼たちって、何をしてんだ?
『涼、やっと気づいたか! なんとかして、俺の拘束を解いてくれ!
頼む! カオルが危ない!』
「はぁ。無理だろ。それに、そんな暇ねーよ」
『カオルちゃん、お姉さん、もうこんなになってるのよ』
俺は、小型夾人虫のハサミを叩き折りながら、リオのささやきに怯える。
見ちゃいけない。絶対に見ないぞ!
『う、動けない。リオお姉様、離して。そ、そこはダメ。弄らないでぇ!』
『リオ、やめろ! やめてくれ!』
ポコ、ポコ、ポコポコ、ポコ、チン!
な、なんだ、この効果音は!?
スマホが不思議な効果音を鳴らした。
小型夾人虫を一気に数体撃破しながら、スマホの画面を覗く。
『な、なんてことだ。。。』
ど、どうしたんだ?
スマホに、特にメッセージも来てないぞ。
俺は、新たな小型夾人虫にパリィを決める。
『いやー!』
『きゃー、生えてきた! カオル、すごーい。いやーん』
な、な、何が生えたんだ?!
くそ、狂人中との戦いが忙してくて、カオルたちに何が起こっているのか確認できない!
『どういうことだ? 見た目はそのままで、なんで、そこだけ生えてくるんだよ! 台無しだろ!』
『いやぁ。リョウ、見ないで〜!』
『きゃー。かわいい! ポコポコしてるよ。ほーら』
『あーん! お姉様ダメー』
『ほら、アンタもちゃんと見てあげなさい。ほーら』
『やめろ〜、リオ、やめてくれ〜。いや、待てよ』
『リョウ、ボク、もう。。。』
『うーん。コレはコレでアリだな』
「アリなのかよ!」
ピコーン。
ん? また、ギルドアプリのメッセージか?
ゴジモンと超巨大狂人中の戦いは続いている。
現状では互角に思えた。
だが、分厚い装甲に包まれた超巨大狂人中の防御力に比べ、ゴジモンの鱗の硬度は低い。
よく見れば、無数の傷がゴジモンの体表に走っている。
『おい、涼。俺のレベルが上がったようだ』
「ど、どんなレベルが上がったのか? 詳しく、いや、いいや」
『ふっ、俺の器が大きくなった。またひとつな』
「そ、そうか。すごく、どうでもいい」
『ふ、自分の右腕を見てみろ』
生涼の言う通りに、自分の右腕を見る。
重なるように、もう一つの腕がスケルトンな感じで浮かんでいた。
「こわっ。何? 幽霊? お化けの手?」
『それは、俺だ。俺の右腕なんだよ』
「え?」
『お前は、俺の右腕を、俺の力の一部を、現実世界で使えるようになったんだ』
「マジかよ」
『重ねてみろ。お前の右腕と、俺の右腕が入れ替わるから。武器と同じようにな。
そうすれば、その腕だけ俺の意思で現実世界に干渉できるようになる』
「レベルアップの余地って、お前には、そういう部分しか残ってないわけ?」
俺は、孔雀院の闘技場で聞いた、生涼の攻撃力を思い出した。
孔雀院を地下から破壊するほどのエネルギー。
片手だけで、それほどのパワーが使えるとは思えない。
だが、超巨大狂人中にダメージを与える程度なら出来る気がする。
『とりあえずさ。アンヌのおっぱい、もう一回、触らせてもらおうぜ』
そっちかよ。
『いやぁ。お姉様、そこはダメー!』
ポコポコ、ポコーン!