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075 10cmの爆弾

異世界の夜。宿の一室。

木野への欲情を抑えられなくなった自分に、俺は戸惑っていた。


「ダ、ダメだよ。僕たち男同士だろ、で、でも、どうしてもって言うなら」


少女のように震える唇。俺と木野の間は、白い糸を引いて繋がっている。


「それで、涼の気が収まるなら」


俺は、ベッドに木野を押し倒してしまう。いいのか? 本当に!

俺は何をやっているんだ。まだ、戻れそうな気がする。戻りたい。も、戻れるのか?


異世界の生活が辛いのは、俺だけじゃない。

木野の優しさに甘えて、俺は何をしようとしてるんだ!


転移する前から、何一つ変わらない美少女のような容貌。

抱きしめる小さな身体は柔らかい。

もう少し力を入れれば、クシャっと潰れてしまいそうなほどに。

木野にも、いつか男としての成長期が来るのだろうか。

できれば、いつまでもこのままでいて欲しい。


俺は、木野のシャツのボタンを外していく。

無抵抗に手を枕元に挙げる木野は、潤んだ瞳で俺に言った。


「『責任』とってくれるよね?」


俺は、鈍器で後頭部を強打されたような錯覚を覚えた。


慣れない酒が、急激に酔いとなって襲って来る。

薄れゆく意識の中で俺は思った。


『今夜のことは、な、なかったことに』







『カオル、遅くなって悪かった。あの夜の「責任」は、これから果たしていくぜ!』

『リョウ、嬉しい!』

『ふふ。アナタたち、私に感謝しなさい』


『『リオおねーさま!』』


ウゼー。


俺は、生霊たちの会話を、右から左に聞き流すことにする。


重なるように浮かんでいる、生涼の右手。

武器を装着する感覚で、二つの右手を重ねていく。


突然、右手は、握力を確かめるように拳を繰り返し握り始めた。

そして、俺の意思を無視したまま、手首を振り回している。


「この右手、生涼が動かしてるのか? 俺の右手はどこに行ったんだ?」


『これ、ホントに涼くんの手なの? じゃ、ここ触って!』


だれかが俺の手首を握って、手のひらに何かを押し付ける感覚が湧き起こった。

柔らかい膨らみを揉みしだいている触覚が、俺の脳内で再生される。


『いやーん。涼くんって大胆! じゃあ、次はコッチ』


『きゃー! リョウ助けて! 涼の手が!』

『涼、テメェ! アレ? 残念なようで、あんまり残念でもない』

『リョウ、ひどい! これもリョウの物なんだよ。ボクの全部がリョウの物なんだから』

『え? そうなの? なんていうか、冷静になるとリアクションに困るな』


『冷静になっちゃダメ! さっきの勢いに戻って!』


何か、芯の固いウインナー的な物体をリオに握らされたのだった。

生霊たちから目を反らしている俺は、かすかな恐怖に襲われる。

リオの手を振りほどき、ウィンナーから手を離した。


『リョウ、今度はボクの番だよ!』

『わたしも〜!』


『ま、待て! そんな場合じゃないから!』


生涼、やっとそれに気づいたのかよ。


俺の腕より、一回りは太い生涼の右腕。肩を軸に、腕を大きく回し始める。

生涼の力は、片腕だけでも遠心力でまともに立っていられないほどのモノだった。

俺は、足を開き踏ん張って耐えるしかできない。


『時間がねぇ。この状態を維持できるのは、3分だけだ』


「分かった」

『急ぐぞ。さっさとバケガニを倒そう』

「ああ」

『じゃないと、アンヌとJKZを触る時間がなくなってしまう!』


「触らせねーよ!」


『え〜? お前はリオとカオルを触ったじゃん。ずるくね〜』

「勝手に変な物を握らせるんじゃねー!」

『『ひどい〜!』』


俺は、頭を振って目眩が覚めるのを待った。雑音が多すぎる!


「で、どうすんだ?」


一瞬、右腕が眩い光に覆われた。

光が消えた後には、黄金のガントレットを装備した右腕。


「こ、これって」

『ぶっとばす!』

「お、おう!」


『「縮地」を使ってバケガニに向かって走れ。最後の一歩で前方にジャンプして右手を地面に付けるんだ。そこからは俺がやる。任せろ!』


「わかった!」

『タイミングはお前に任せた。だが、時間はないぞ。わかってるな?』


俺は、超巨大狂人中を見上げる。

長い10本の脚。超巨大狂人中は、巨大化したタカアシガニだった。


すでに、大中小の狂人中は倒され、自衛官と冒険者たちはペンションに上がる坂道に集まっている。

海上の屋形船は、2体の怪獣が立てる波の中、見事な操船で超巨大狂人中の脚の間を駆け回っていた。


タカアシガニとゴジモンは、横を向いて相対している。

上体を上げ、ハサミでの刺突を繰り返すタカアシガニ。

ハサミだけではなく、先端の尖った足先でも攻撃を繰り返していた。

2本のハサミと、爪のついた脚が2本。

ゴジモンは、器用に頭を左右上下に振って攻撃を避けている。


時折、空自の爆撃がタカアシガニに直撃している。それも、甲殻をわずかに傷つける程度の効果しかない。

脚の関節を狙って、地上から撃たれる対戦車ミサイルは、傷すらつけられていなかった。

タカアシガニは、ゴジモンの爪攻撃すらも容易にガードする強固な防御力なのだ。


ビーチは狭く、扇状に広がる岩崖に囲まれている。

高さ50m、全長100mのゴジモンは尾を小さく折り曲げて、窮屈そうに戦っている。

この場所では、ゴジモンの必殺技、ゴジモンテールは使えそうにない。


俺の位置からタカアシガニの脚までの距離は、100m程度あるだろう。

そこは、すでに海の上である。砂浜の奥行きは50m程度だろうか。

脚の位置から胴体の場所までは、さらに50m近く距離があった。

ゴジモンとタカアシガニ胴体は、海の上にあり、水深は10m程度だろう。


『タメの時間が作れなくて、超必殺技「ゴジモンブレス」が使えないんだ。リョウ、なんとかできる?』

『カオル、任せろ。涼、そろそろ行くぞ!』


「マジか。仕方ない。行くか! ハァァ!!」


俺は、大きく気合いの声をあげる。

そうすることで、タカアシガニのデカさに怖気付きそうな自分を奮い立たせた。


「涼!」「涼さん!」「ツガミン!」「お兄ちゃん!」「津神さん!」


女性陣の声が背後から聞こえる。俺は自由に動かせる左手を上げて応えた。




俺は全速力で砂浜を走る。波打ち際まで約10mの場所で、奥歯の突起を噛み締めた。

助走の勢いもあり、縮地中の速度は早く、流れる風景さえ目に捉えられない。

縮地の最後の一歩を強く蹴り出し、ビーチフラッグを取るように前方に大きく飛び出した。


右手から波打ち際に突っ込んだ。

俺は肩周辺に魔力をまとわせ、衝撃に耐える。

波が引いた砂を掴む生涼の右手。

生涼は肘を大きく曲げる。俺は、前転するように逆立ちになった。


「え? おい!」


バネで跳ね上げられるような衝撃が俺の全身を襲う。

魔力をまとわせ耐久力をあげた肩の接続部分が音を立てて軋んだ。


俺は、逆立ち姿勢のままで空中に飛び上がって行く。

視界には、驚愕の表情のJKZが見えていた。


「うぉおおおおおお! ヤメて〜!」


俺は、ゆっくりと前転しながら舞い上がる。

すでに視界には砂浜もJKZも見えなかった。青い空、白い雲が下から上に流れていく。


「お、おい、飛びすぎだろ! 脚を殴るつもりじゃなかったのかよ! どーやって降りるんだよ!」


回転し、頭が上になった俺の目前には、タカアシガニの胴体。

そして、その左目に寄生するように融合したカナメの生首。


生涼は右手の力だけで、高さ50m、距離50mを飛んだのだった。

縮地を使った助走があったとはいえ、信じがたい状況である。これが本当のチートなのだ。


「ツガミ!!」


カナメが叫ぶ。ハサミの刺突を俺に向けようとするが、間に合わない。


生涼は肘を折って右腕を腰だめで構える。

俺は、それに合わせて上体を反らしてやった。


「貴様ぁ!!」


近づいていくカナメに向かって、拳が繰り出される。

ガントレットは再び眩く輝いていた。


拳が接触した瞬間、カナメの生首は蒸発するように消滅してしまう。

ジャンプの勢いは落ちない。

生涼の拳は、タカアシガニの甲殻に向かって進む。

そして、接触面の10cm奥を貫くように、拳は突き出された。


ズブリとめり込む拳。

そこから、幾つものヒビが甲殻表面を走っていった。

ヒビは大きく割れ広がり、その中からもガントレットの光が溢れ出す。


『ちっ。やっぱ片腕じゃ、これが限界か』


俺の視界を共有している生涼の声が、俺の脳内で聞こえる。

生涼の右腕は引き戻され、俺をかばうようにガードの姿勢を取った。


ズズッ ゴガァァァァン!!


タカアシガニ胴体は爆発した。

俺に向かって飛砕するのは、小石レベルに細かく粉砕された甲殻の破片。

そして、大量のカニの身とカニミソだった。

だが、大きく割れた甲殻の部品は、遠くに飛散している。

胴体から外れた数本の脚が、崩れ落ちるように海に沈んでいく。


「痛い痛い。飛んでくる破片が痛いって。で、倒したのか?」

『いや、だが、胴体の左前方は潰した。だいたい四分の1ってところだな。やっぱ硬いわ』


タカアシガニを見ると、大きく後方へと姿勢を仰け反らしていた。

このまま、岩の崖に打ち付けられるかもしれない。


『後は、ゴジモンに任せよう。超必殺技ってヤツのタメくらいは作れただろ』

「だといいな。って、これから、俺が海面まで50mも落ちることを、お前考えてた?」

『まぁ、なんとかなるだろ。お前、半ゾンビ化のおかげで、ずいぶんと耐久力上がったからな』


「へぇ。マジか? やったぜ! って、そういう問題じゃねーーー!」




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