073 言い訳もできない。
基地に駐屯する自衛隊員が、縦穴に吊り下げられた担架ごと、俺を引き揚げていく。
しばらくすると、密林の少し開けた場所に降ろされた。
アシモが近寄り、スマホの操作を始めている。
「呪いを解いた瞬間に、蓄積されたダメージが、一気に痛みを放ち始めます。後で、桃花ちゃんに診てもらいましょう。あまりにも辛いようなら、これを」
アシモは、ポーションの小瓶を俺に渡してくれた。
「ま、マジでか? わかった。頼むよ」
「イタタ」
声がした方を見る、埜乃が担架の上で頭を押さえていた。
強力な魅了への拒絶反応が、頭痛となって埜乃を襲っている。
「大丈夫? 回復魔法かけるね」
「うん。桃花、ありがと」
「亜美は?」
「私とエルは、後でアシモにもらったポーションを飲むよ。桃花のMPは、まだ必要だから」
「だったら、私も」
「埜乃と、お兄ちゃんは桃花に回復してもらうの。重症だからね」
桃花は、埜乃の手当をしている。俺に背を向けたままだった。
「桃花、何かあったの?」
「埜乃は心配しなくていいの。桃花は大丈夫。それより自分の心配が先だよ」
亜美は、ため息をつきながら言っていた。
俺と桃花を交互に見ている。亜美にも戸惑いが残っているのかもしれない。
ニヤニヤ笑う余裕もないようだった。
「亜美、桃花のMPを温存するってことは、まだ終わってないんだな?」
「ペンションが、夾人虫に襲われてるって。サカキって男を奪い返そうとしているみたいだね。肘木さんたちが、ここに来れなかった理由」
「そっか、なら早く治さなきゃな」
「だ、ダメだよ。涼さんは!」
声を荒げた桃花が振り返った。
俺と目が合う。すぐに、赤面した顔をそらしてしまう。
「り、涼さんは、ひどい状態だから」
ゾンビ化しかけた状態で、巨大夾人虫に海底を連れ回され、あちこちをぶつけられた。
命令に無駄に抗った俺は、カナメに何度も蹴られている。
呪いを解除された瞬間に、身体中の傷から血が吹き出すかもしれない。
関節が外れていた右腕、右腕のパリィの自爆ダメージ、さらに足腰も、縮地を使った震脚がダメージになっている。
『見た目は、もう立派なゾンビだな』
そ、そんなにひどいのかよ。
あらためて、自分を見る。
左肩に大きな傷が、パックリと開いていた。
「解呪、行きますよ!」
「お、お、おお」
紫色の煙が俺の全身から立ち上った。アシモのスマホに吸収されていく。
じわじわと、痛みが現実感のある物に変わっていった。
「ぐあ! がぁ、やめ! ギャァああああああ!」
「涼さん!!」
意識が、、途切れた。
『いやいや、あれは、不可抗力だって。どうしようもないだろ』
『涼くんが、桃花って娘を抱こうとしたのは事実でしょ! たとえ、未遂だからって見過ごせない! それにグール女! 絶対に許さない!』
『いや、だからさぁ』
うるさいなぁ。
なんだ、ここ?
あ、夢の中か?
「やっぱり、リオか? 生涼もいるんだな。どういう状態だ、これ?」
『おっ、気づいたか。ごめん。今回のことをリオに全部バラしちゃった』
「ちょ、マジで? いや、まぁいいや。ちょうどいいかも。リオの意見も聞きたいし」
『だろ』
『桃花って娘のことを私に聞こうとしてるでしょ?』
「う、うん。ダメ?」
『本人も状況は理解してるでしょ。でも、恥をかかせちゃったわね。キスくらいしてあげたらよかったんじゃない?』
「え、いいの? キスしても?」
『しちゃってたら、涼くんを本気で好きになってたかもね。初心な少女を巻き込んじゃダメよぉ』
「できれば、今までの関係くらいがいいんだけどなぁ」
『今までの関係でだって、十分脈はあると思うわ。行っちゃう?』
「マジで? えー、そっかぁ。困ったなぁ。へへっ」
『あのさ、涼くん。一度くらいはいいと思ってない? 他の女と寝ても、他の女を愛しても、愛理は許してくれるって』
「えっと、どうだろう」
『少しでも、そう思うなら、愛梨のことは忘れなさい。私のことも。二度と愛梨に会おうと思わないで』
「それは」
『桃花って娘。いい子みたいね。涼くんが真剣に口説けば、上手くいくと思うわ。亜美って娘でも、もしかしたら埜乃って娘でも』
「そ、そうかな。マジで? いやいや。何で、そんなこと急に言うんだよ?」
『私は、涼くんを試し続けるために、涼くんの近くに居るの。涼くんに忘れさせないために、愛梨のことを、愛梨の過去の姿も』
「な、何で?」
『愛梨はね、自分に愛される資格がないことを、純粋なままの涼くんに気づかれるのが怖いのよ。だから、涼くんから逃げたの』
「俺から逃げるって、愛梨が? 純粋って、それは愛梨の思い込みで」
『そう。その癖に、涼くんの気持ちを試したいのよ。そんな面倒な女より、若くて可愛い女の子を選べばいい。でもね、上手く行かなかった時に、まだ愛梨がいるなんて思わないで欲しい』
『逃げた愛梨に、涼を試す資格なんてないだろ』
『あんたは黙ってて!』
『うるせえ! 俺にも、愛梨のことで言いたいことはあるんだ!』
「いいよ。生涼。わかった」
『何がいいんだよ!』
「ムキになるなよ」
『なってねーわ!』
「あのさ、リオ。それって要は、今でも愛梨は俺を忘れてない。だから、リオがここにいるってことか?」
『だ、誰もそんなこと言ってないでしょ!』
『あー、なるほど。それはありえるな』
『あんたは黙ってろって言ったでしょ!』
「俺だってさ、不安になるんだよ。愛梨がどう思ってくれてるか、なんて分からないじゃん。リオさん。ありがとうな。ヒントになった気がするよ。たぶん」
『愛梨は、まだまだ涼に忘れて欲しくないんだな。たぶん』
『バカでしょ。あんたら、調子に乗りすぎ。自惚れないでよね』
『信じてあげてくれよ、リオ。いや、愛梨。
俺たちは間違いなくスケベだし、だらしない。涼は特に甲斐性もないし、度量も小さい。愛梨の過去を、たまには考えることがあるだろう。でも、知ってるだろ? そんな時でも、こいつは自分のせいだ、なんて考えるようなバカな男なんだ。過去を知っても、エルを本心から救いたいと考えちゃう野郎なんだぜ。それとも、リオは、エルが愛梨より不幸だから、側にいることを許してるのかよ』
『エ、エルは関係ないでしょ! 涼くんが、そういう人だから、悩むんじゃない。
言っておくけど、私の存在を愛梨が知らないのは事実だからね。忘れちゃダメよ』
「リオは愛梨が、今どうしてるかも知ってるんだよな?」
『教えてあげないけどね』
『俺にくらいは教えてくれても良くね? 愛梨だけじゃない。リオのこともさ』
『あ、あんた、カオル~とか言ってたじゃん!』
『俺は、カオルと同じだけ、お前を愛せるぞ。俺はお前を汚いなんて、一度も思ったことはない!』
「えー? お前のことは、今どうでも良くない? でも、そんなこと思ってたの?」
『うるせえ! 俺は、異世界で愛梨を忘れたことはなかったんだ! お前なんか、顔すら忘れてただろうが!』
『そ、そうよ。薄情者! 最低!』
「ご、ごめん」
『俺が、リオに反抗できないのも、愛梨に何か理由があるはずだ。違うか? お前は知ってるだろ?』
『あ、あんたがドMなだけよ! もういい! じゃあね!』
『俺がドMだと。バカめ。余裕でSM両方イケるぜ。なぁ?』
「何の同意を求めてんだよ? それ、お前のハーレムの話? すげえな」
『わ、私は、ハーレムになんて入らないからね! そういうの絶対嫌だから! カオルって小娘と手を切るなら考えてあげなくも、って、うるさい!』
『ちょっと待てって』
『だけど、あのグール女だけは許さない。涼くんを手篭めにするなんて! トドメは私が刺すからね! また出てきたら、絶対に呼びなさいよ!』
リオは、どこかへと去って行った。
でも、どうやってトドメをさすつもりなんだろう。
「えーと、今のって?」
『知るか!』
気がつくと、エルが隣に座っていた。
アンヌのワゴン車の中、後部座席を倒したベッドで、俺は寝かされている。
車は、雀来のペンションに向かっているようだ。
車内には、JKZはいない。エルと、運転手のアンヌだけだ。
生涼は車内に浮かんでいる。リオはいなかった。
エルは足を崩して座り、俺を見ていた。
「気がついた? これ、飲んだ方がいいって。物理耐久の数値を戻すポーション」
「俺と生涼とリオの話、聞こえてたりするのか? 夢の中だったんだけど」
エルは、小さくうなずいた。
生霊召喚を限定的に利用できるエルは、夢の中の会話でも、召喚中なら聞き取れるらしい。
「知覚強化(中)」が使えるアンヌの様子を見る。特に反応はなかった。
「ごめん。生涼に悪気はないんだ」
「涼は、愛梨が大事なんだね」
「うん。でも、俺を試してるのは、ホントは俺自身なんだと思う。たぶん」
「難しい」
「うん。マジで難しいよ。でも、愛梨とリオだけじゃない。エルもいる。JKZだって。以前の引きこもってた時とは違うんだ。もう、一人でイジけてる俺じゃない」
「私は、何も」
「俺は、俺に納得できる形で『責任』を取れるようになるよ。
爺ちゃんみたいには、絶対になれないけどな」
『ハーレムは諦めるのか?』
「異世界だったら、お前みたいに、頑張って目指したかもしれんな。でも、愛梨がいない世界かぁ」
『俺は、愛梨が引っ越す直前に会えなくなったんだ。お前と違って折り合いをつける余裕も時間もなかった』
「こっちの世界なら、会えなくたって、同じ空の下にいて、同じ大気を呼吸してるんだ。それだけで、幸せなのかもな。ありがたい。そう考えよう、エルもさ」
エルは、戸惑いながら、うなずいた。
彼女は、まだ木野に思いを残しているはずだ。
『ああ。今なら、リオもいるしな』
「まぁね。ん? エル、どうした?」
「少しだけ、愛梨が羨ましいかも」
エルは、ハニカムように笑っていた。
しかし、リオは、カオルのことを気にしてたんだな。気づかなかったよ。
生涼も、リオを意識してたんじゃん。あそこまで無抵抗だったのは、それが理由か?
『おい、寒気がしてきたぞ。リオとカオルが、リアルで遭遇したらって』
ジョーカーが、二枚揃ってしまう。
いずれ起こるかもしれない。いや、必ずあるだろう。
すべてのゲームが、音を立てて破綻する。そんな恐怖を俺は感じていた。




