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072 もったいない!

「津神! その女とまぐわれ! すぐに呪いを感染させるのよ!」


パン!パン!パァン!


「グァ!」


カナメの胸部に3発の弾痕。縦穴の中を銃声が鳴り響いた。


撃ち下ろしの銃弾が一発だけ、カナメの背側、腰あたりから貫通する。

2発はカナメの体内に残ったようだ。

胸の傷を押さえて、たじろぎながらカナメは見上げている。


「津神さん、JKZは大丈夫なの?!」


穴の上部でアンヌが叫んでいた。木の幹に押し当て銃を固定している。

構えるのは89式小銃。

軽量の弾を超高速に打ち出す5.56mm NATO弾は、意外にも人体を貫通しにくい。

不安定に飛ぶ弾頭は、着弾直後に横転。その際の圧力により、破砕して体内に散らばるのだ。


「くっ。まだ敵がいたのか。バケガニども! 手当たり次第、喰い殺せ!」


カナメの上空に光の鱗粉が舞う。そして、突然、光った。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


電撃を食らったカナメは、カニの背に倒れる。

全身から煙を漂わせたカナメは、痙攣しながら上半身を起こそうとする。

煮えた眼球から液体が溢れ出していた。

その目で、飛び去るピクシーを追っていく。


ピクシーの持つMPは少ない。全力の電撃は一発しか撃てないのだ。

威力も、亜美の電撃魔法より低いように思えた。


小型の夾人虫が、横歩きで海中から姿を現した。

俺と桃花が居る場所は、水面から近い。真っ先に狙って近づこうとしている。

地を這う夾人虫の高さは、俺の腹程度。幅は脚をいれて3mくらいだろうか。


夾人虫の攻殻をアンヌの銃撃が穿つ。小さな穴が空くだけで、夾人虫の動きは止まらない。


俺は、突き出された夾人虫のハサミを、左手で叩き落とすように払いのけた。

夾人虫のハサミが砕ける。同時に俺の手首を激しい衝撃が襲った。


パリィが発動していた。


通常の状態なら、俺は腕の痛みでのたうち回っていたかもしれない。

パリィの反動は大きい。夾人虫は複数の脚で体を支えているのだ。

半ゾンビ化のおかげで、今の俺は痛みに鈍感だった。


鈍痛に痺れる左手を見ると、スケルトン状態の銀狼革の手袋に覆われている。

それを意識して、拳を握りしめる。安定された銀狼革が腕に装着された。


足を小さく開き構える。俺の魔力がナックルガードを光らせていく。


『衝撃魔法もセット済みだ。行け、涼!』


震脚を撃てるほどに身体の自由はなかった。

ストレートパンチのように回る拳。

狙うのは、夾人虫の顔面、両目の中間。

インパクトの瞬間、拳に預けるように全身の力を抜き放った。


バン!


大型ダンプカーの高圧タイヤが破裂する。例えれば、そんな音だろうか。

縦穴の中に響く、キーンという高音だけがいつまでも収まらない。

共鳴のせいなのか、俺には複数の破裂音が聞こえていた。


夾人虫は足だけを残して消滅していた。足の後方には、渦を巻くように飛び散った残骸。


「ギャァ!」


カナメの悲鳴が聞こえる。カナメの生首が宙を舞っている。


「え?」


ドプンと、音を立てて海に落ちる生首。


「北条さんに教えてもらった津神さんの衝撃魔法を弾丸に設定してたの! グール女の体内に残った一発が反応したのね!」


誘爆って感じだろうか? 夾人虫が、大きく爆散したのも、そのおかげだろう。

複数に聞こえた破裂音は、縦穴の共鳴だけではないようだ。


「カナメを倒したのか?」


ミラーボールは、まだ回っている。BGMも音量は小さくなったが聞こえていた。


大型夾人虫の背には、カナメの下半身が倒れている。

生首が沈んで行った暗い海中の様子を、俺は見ることができなかった。


「うわぁぁぁ!」

グシャ!


アシモの悲鳴の後、固い物が踏み潰される、そんな音が聞こえた。

見ると、エルが一匹の小型夾人虫を踏み潰していた。

俺が倒した夾人虫より、一回りほど小さい。


エルの腕には、アシモが抱かれていた。

アシモを抱いたまま飛び降り、質量を上げた左足で甲殻を踏み砕いたのだ。

それでも、まだ動こうとする小型夾人虫。

エルはアシモを俺に向かって投げ飛ばす。


「ひええ!」


割れた甲殻に、尖らせた右足を差し込み、右手の爪で内臓を千切るようにかき回すエル。

カニミソ的な物体が宙を舞っている。

エルは、ようやく動きを止めた夾人虫を海に蹴り飛ばした。

新たに海面から姿を現した小型夾人虫に向き直り、駆け出していく。


「ツガミン、大丈夫ですか?」


アシモは、声だけを俺にかける。

視線は、ワカメの粘液でスケスケになった桃花をガン見していた。

くそっ。ミラーボールの影響か?!


「ボケッ! 見るな! これは俺の、って、違うか。残念!」


「責任とって、お願い」、桃花の言葉を思い出してしまう。

『責任』取れなかったなぁ。取りたかったなぁ。

爺ちゃんは、どうやって責任を取ってたんだよ。

やっぱり、甲斐性の問題?


俺はアシモの視線を遮るために立ち位置を変えた。


「ちっ、ケチンボめ。桃花ちゃんをこんなにイヤラしくしたくせに。僕は、エルちゃんに貰った対魅了薬を飲んでます。だから、襲ったりしませんよ」


アシモの言葉に、エルの状態が気になってしまう。

夾人虫と戦うエルには、何一つ影響がないように思えた。

さすが、精神力チートである。


俺は、左手だけで桃花を抱き上げて、夾人虫の群から離れた場所に移動させた。

アシモが手伝おうとするが断固拒否する。

この柔らかさを味わえるのは、これが最後かもしれない。なんと、もったいないことを。


「若い女性を連れ去ろうとする、黒い手袋をつけた全裸の変質者にしか見えないんだけど」


「お前は、何のためにここに来たんだよ?」


「ツガミンの呪いを解くために決まってるでしょうが」


「え? マジで? そんなことできるの? お前に?」


「これでも、最強の退魔師・肘木さんの後方支援をしてるんです。サポート系で必要な能力は、いろいろ取得してますからね」

「そ、そっか。助かるよ」


肘木が一撃で倒した夾人虫は、俺が倒した物よりデカイ。

なぜか対抗心が湧いてしまう。




桃花を壁際に下ろした俺は、アシモに向かって言う。


「呪いを解くのは待ってくれないか。試したいことがある」


「え? でも」

「アンデッドの呪いが残っている間は、痛みが怖くないんだ」


むしろ、呪いを解いたら、全身のダメージに襲われて、正気でいられる自信がない。

呪いがなければ、さきほどのパリィの自爆ダメージで、俺は身動きすらできなくなっていただろう。


「う、うぅ」


「亜美ちゃん!」


近くで亜美が覚醒する。

アシモに気づいたようだが無視していた。

亜美は、俺を見る瞳を潤ませる。

頭を振って、正気を取り戻そうとしていた。


「亜美に、対魅了薬を!」


なぜか、アシモがジト目で俺を見ていた。

俺は股間にワカメを巻いている。ワカメふんどしは、セクシーすぎただろうか?


やる気なさげにアシモから渡された対魅了薬(小さなカプセル)を、俺は亜美に放った。

処女のJKに、むやみに近づける姿ではないのだ。

だが、左手でコントロールが効かない。


「あ、ごめん」


明後日の方向に飛んで行こうとする対魅了薬。

それが、空中で突然向きを変える。

向きを変えた対魅了薬は、亜美の小さな手のひらに、吸い付くように収まったのだった。


「え?」


「へへん」


薬を飲み込んだ亜美が、胸を張って笑っていた。

こいつ、スキルを隠してやがるな。




小型夾人虫は、しぶとい。

ゴブリンなどの魔物と比べても、ずいぶんとタフに思える。

エルの攻撃で甲殻を破られ、片方のハサミを失っても動きが止まらなかった。

野生動物のタフさを、このモンスターは失っていない。


エルは、その小型夾人虫を6体同時に相手をしている。

俺は、エルの戦闘力の高さにあらためて驚いていた。


上空からアンヌの銃撃が響く。

だが、89式小銃の小口径弾は、夾人虫にダメージを与えられていない。

新たな小型夾人虫が海から上がろうとしていた。


プシュ!


亜美が撃ったティザーガンの端子が、前方のエルを避けるように大きくカーブして飛んでいく。

夾人虫に突き立った端子。直後にワイヤーを通して、亜美の電撃魔法を伝えていった。

電撃の音が十数秒。一体の夾人虫が、ガタッと音を立てて崩れ落ちる。一撃だ。強い!


エルは、甲殻を砕いた小型夾人虫を一体、亜美の前に蹴り飛ばした。

スルスルとテイザーガンの端子が空中を舞い戻る。

亜美はその一体を狙い撃ち、再び電撃で仕留めた。


「あいつら、息が合いすぎだろ。なんだろう、嫉妬心が!」


「肘と肩は完全に外れてます。痛みますよ」

「ああ、やってくれ」


乾いた音を立てて、肘と肩が嵌っていく。

アシモが肘木に習ったという、脱臼の処置を俺の右手に施してくれる。

痛みはあるが、呪いのおかげで、悲鳴をあげてしまうほどではない。


俺は、動くようになった右手に、放り捨てられていた銀狼革を装着した。

拳を握る。魔力を流していく。淡くナックルガードが光り始めた。


大きな波と音を立てて、巨大な夾人虫が身体を起こした。

海の上にカナメを立たせていた夾人虫だ。

数体の小型夾人虫が波に巻き込まれて、打ち上げられるように現れた。


「アンヌさん、小型のに全部、人口魔石を撃ち込んでください!」

「わかりました!」


エルに巨大夾人虫のハサミが打ち下ろされる。エルは高速で下がって避けていた。

その一撃で、数体の小型夾人虫が叩き潰される。


「あいつ、片方のハサミがないですね。雀来さんが取り逃がした夾人虫かも。聞いていたより、ずいぶん大きいんですが」


アシモは冷静だった。こいつの経験は侮れないのかも。


海から這い出た巨大夾人虫は大きかった。

それでも、砂浜で俺を捕らえた夾人虫よりも、ふた周りは小さい。

ゴジモンを倒すために、こんな怪獣を呪術師は何体用意しているのか。

増やし、大きく育てていたのだろう。


生涼、頼む。


『了解。待ってたぜ』


俺は、奥歯に出現した突起を舌で舐める。


亜美は、何かを察したようだ。埜乃を抱えて俺の後方に下がっていく。

エルは小型夾人虫を蹴り飛ばして、俺と巨大夾人虫の間に道を作ってくれていた。


巨大夾人虫は、俺から10m程度の距離に近づいている。

一本しかないハサミを持ち上げて威嚇を始める。

そのハサミに、エルの触手が巻きついた。

エルは右足を杭のように地面に突き立て、質量を増やした左足を踏みしめる。

あらがう巨大夾人虫は、上体を起こした。


『今だ!』


俺は、奥歯の突起を噛みしめた。

一歩踏み出すと、急激に風景が横に流れて行く。

全身に広がったダメージにより、俺は自分の意思で強く踏み込めなくなっている。

意思を無視して動く身体は、『縮地』への抵抗をさせない。

さらに、一歩。

迫る化けガニの巨体。


そして、俺は最後の一歩に、意地を乗せた。

高速移動によるすべての運動エネルギーが震脚となる。


ガン!!


魔力により耐久力が上がった俺の足の下で、岩の地面に亀裂が走る。

突き出した右拳が、巨大夾人虫の腹部に突き刺さっていた。


ドドドドドン!


アンヌに人口魔石を撃ち込まれていた夾人虫が、連続で破裂していく。


俺は右拳を抜き、大きく後ろに飛び下がった。

拳を抜いた穴から、大量のカニミソが噴き出している。

崩れるように倒れていく巨大夾人虫。


距離を取って見てみると、巨大夾人虫の上部甲殻は消失していた。

カニの中身がゴッソリと抜かれている。

アンヌの位置からは、甲羅を外した、まな板の上のカニに見えるんじゃないだろうか。


カニミソ、もったいなかったかな?

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