071 責任
「かゆ、うま」
『おーい。しっかりしろー』
「は、俺、今なんか言った?!」
「まったく、しぶとい。なんで完全にゾンビ化しないわけ? どういう体の作りをしてるのよ」
おい、今、意識を一瞬失ったぞ。生涼、俺の状態って、どーなってる?
『一瞬、HPがマイナス5になってた。魔石で30にしておいたから、しばらく持つだろ』
マイナスって!? ゼロから下があるのかよ?!
『さぁ。どうだろ。そういう状態がアンデッドってことじゃないか? 知らんけど』
ち、ちなみにステータス表記は?
『「呪(強):アンデッド化進行中」だってよ』
こ、こえー。
HP30という状態も、非常に危険である。通常なら、放置されるだけで確実に死ぬ。
この状態で身動きに支障がないのも、アンデッド化の影響なのだろうか。
カナメと行為をするたびに、アンデッドの呪いは上積みされていく。
その度に、精力とHPが吸い取られてしまうのだ。
そして、それが強烈に快感だったりする。
どうしよう、癖になったら。普通の男の子(人間)に戻れるかしら。
『魔石で時間稼ぎをしているが、魔石が尽きれば確実にゾンビだな。仲間に解呪できる者がいればいいんだが』
退魔師の人たちがいっぱいいるし、なんとか。ってか、いつ来るの? 救助は?
「呪いを無効化しているわけではないのよね? どうやって抵抗してるのか知らないけど、無駄な足掻きよ。ここは、あなたの仲間が簡単に助けに来れる場所じゃないわ」
「はぁ」
「ここは、自衛隊の基地内にあるのよ。自衛隊員も知らない外れの隅っこだけどね」
新島には、過去にロケット発射実験場として使われた自衛隊所有の土地がある。
現在でも、一部の装備開発の研究が行われている。一般人が立ち入れる場所ではない。
国有地であり、開発がされずに自然の残った場所だ。
自然の密林の中、地上から垂直に空いた窪みの高さは10m程度だろうか。
俺が寝かされている穴の底は、平坦な岩場になっており、奥は海中洞窟につながっていた。
『このあたりは、野生のサクユリが採れるはずだって、アンヌが騒いでいた場所だな』
スマホで、この場所をアンヌさんに伝えてくれてるんだろ?
『ああ。自衛隊の諸星をツテに、基地への立ち入り許可を依頼したそうだ』
アンヌが、元・自衛隊員で助かったよ。
で、いつ来てくれるって?
『わからん』
えー
「ぶつぶつと独り言の多い男ね。ちゃんと口に出して言ってよ!」
「くそっ! もう何も出ないぞ。お願い、やさしくして」
「そっちの話じゃねー!」
『アンデッドも突っ込むレベルで最低やな』
カナメは投げつけるように、大量のワカメを俺にかぶせた。
「グールやゾンビの皮膚は乾燥に弱いのよ。一人でヌルヌルしてなさい」
「なぁ。俺がゾンビになって、何も考えられなくなる前にさ、いろいろ教えてくれ」
「ふっ。そうね。いいわよ。なんでも聞きなさい」
顔にかかったワカメを左手でぬぐいながら、俺はカナメに問いかけた。
ゾンビ化から逃れられない俺に、最後の情けで情報を教えてくれるらしい。
ちなみに右腕の脱臼した肩と外れた肘は、そのままである。プランプランしている。
ゾンビ化のせいで痛くないので、新しい芸を覚えられそうだ。
エルに会えたら、触手ごっこで遊んでみたい。
しかし、この状況。マジでなんとかなるんだろうか。
「なんで、お前らはカニで遊んでるんだ? 夾人虫を巨大化させて従えたのは、お前らだろ?」
「魔王候補・木野加穂留に、日本の闇ギルドが狙われているからよ」
「はい? なんだって? 木野がお前らを? なんで?」
「理由なんて知るわけないでしょ。木野のことは、あんたら冒険者も知ってるわよね?」
「まぁ、一応は」
「日本の闇ギルドを支配しようと考えているのかもしれない。迷惑な話よ。せっかく、再興の道筋が立って来たって言うのに」
「再興? 闇ギルドが?」
「ふっ。あんたの爺さん、津神翔一の手で暗殺者ギルドは瓦解。被害を受けたのはそれだけじゃないわ。呪術師ギルドも散々な目にあった。数ある闇ギルドで、組織力を維持できているのは、盗賊ギルドくらいかもね」
俺は、朱姫から聞かされた樹海での出来事を思い出す。
「日本の闇系ギルドは、ようやく復活するのよ。準備は整いつつある。闇系ギルド全てを統べる、デオツ様の導きによってね」
『ん? デオツだって? あぁ!?』
な、なんだよ?!
生涼の驚きの声が、俺の脳内で響く。
「そ、それで。何者なんだ、デオツって?」
「口の利き方に気をつけなさい。異世界からの転生者と噂される、黒の王・デオツ様よ」
『転生? まさか。木野はデオツのことを知ってるのか? 聞いてくれ』
お前と木野、いやカオルの方か? デオツって名に覚えがあるんだな?
『後で話す。まずは情報を』
わかった。
「木野は、デオツ様の存在を知っているのか?」
「髭面に変装した木野が、日本の闇系ギルドを嗅ぎ回っていたらしいわ。迂闊にも情報が流れてしまったようね」
「木野は魔王候補だろ。お前らが従うべきなのは、木野じゃないのか?」
「半月ほど前、突然、木野の操る巨大な怪獣が、我らの拠点の1つを襲ったの」
木野、巨大な怪獣といえば、ゴジモンだろうか。
「富士の樹海、巫女の里跡地に作った闇系ギルドの拠点が壊滅したわ」
祖父・翔一が里人を連れ出し、街に移動させたはずだ。
その空いた里を闇系ギルドが利用していたらしい。
「デオツ様は、木野との決戦の準備を命じたのよ」
「まさか、巨大夾人虫を木野の怪獣にぶつけようとしているのか?」
「ふっ。察しがいいじゃない」
今、怪獣大決戦が始まろうとしていた。
『スマホが沈んでいる海中には魔力が流れ込んでいるな。ダンジョン化しつつある海中洞窟が、魔力を魔素に変容させている。ここが魔素溜まりってヤツだ。底にはデカイカニがウヨウヨしてやがる』
「かゆ、うま。マジ卍〜」
『おっと、すまん。魔石魔石と』
「うおぉ〜。今、お花畑で、全裸のJKZがマジ卍〜って」
「ほんと、しぶといわね。なんで、戻ってこれるのかしら。もう一度、絞り取れば」
全裸のカナメが立ち上がり迫ってくる。
カナメの話も、生涼の説明も、途中から覚えていない。
すごく大事なことが、たくさんあった気がする。
俺は、犬のように腹を出してカナメを待ってしまう。くそっ! アンデッドの呪いが!
『嘘つけ。期待で目をキラキラさせるゾンビなんていねーよ』
「ねぇ。ここじゃない?」
窪みの上部から、聞き覚えのある声が。
やばい。下半身を隠す物は? とりあえずワカメの山をかぶろう。
俺は、頭からワカメに潜り込んだ。
「くっ。なぜ、ここが!」
「埜乃、落ちるよ。危ないから」
「そうよ〜。亜美の言う通りよ。気をつけないと、あっ」ズルッ!
「桃花!」
「きゃー」
ずどん!
「ぐえ」
桃花が、大量のワカメの上に落ちる。
俺は、ワカメの中から桃花を受け止めた。
ゾンビ化のおかげで痛くはないが、桃花落下の衝撃は苦しい。
「涼さん!」
「かゆ、うま」
『イカン、イカン、HPが減っちまったよ。ほれ、魔石』
「はっ。桃花、怪我はないか?」
「うん、はい! 良かった無事なのね!」
「いい女ね。どうやって嗅ぎつけたか知らないけど、私の新しい身体にピッタリじゃない」
「何をするつもりだ!?」
「キャッ、裸の女の人が! 涼さん、あれがグール? なんで全裸?」
「いや、その。なんてゆーか」
「アンタに空けられた頭の穴は、完全には塞がらないみたいなのよ。ダメージはもうないけどね。これから、男を誘惑するには不便だわ。その女の身体をもらってあげる。津神! その女を捕まえなさい!」
「え? 涼さん、離して!」
「す、すまん。アンデッドの呪いが。。。」
俺は、上位アンデッドの命令に逆らえない。
ワカメごしに桃花を強く抱きしめて捕らえた。いろいろ柔らかい。
ワカメのヌルヌルが薄着の桃花に絡みついていく。
ダン! ダン!
空中を力強く蹴る音が響く。
「させるか!」
ガン!
埜乃の高速回転キックがカナメを襲った。
吹っ飛ばされていくカナメ。ボチャンと海面に沈んで消えていく。
スキル「天歩」で何もない空中を蹴って、埜乃は穴を飛び降り、カナメを蹴り飛ばしたのだ。
「お兄ちゃん、桃花を離さないと電撃食らわせるよ」
テイザーガンのワイヤーを伸ばして、スルスルと降りながら亜美が言った。
JKZ参上である。ゴブリン戦を思い出さずにいられない。まさに、俺の救世主様だ。
「気をつけろ。あの女は、まだ生きてる。俺が奴の命令に、まだ逆らえないのが証拠だ」
困り顔の桃花を、ワカメまみれで抱きしめ続けている俺。
「桃花を感染させたら、燃やしてやる」
ガンガンと埜乃のサッカーボールキックが俺を襲う。
やめて! HPが減ってゾンビ化しちゃう!
『来るぞ!』
海面に波紋が浮かび上がる。
ゆっくりと、カニの甲羅に乗ったカナメの姿が現れていく。
いつまにか空中に現れたミラーボールの光が、穴を照らして回っている。
どこからか鳴り響く重低音のリズム。
カナメは、蹴りで首が折れたのか、頭を傾けていた。
「ミュージックスタート!」
地面に空いた縦穴を巨大なスピーカーのようにして、最新のクラブミュージックが暮れかける朱空に響き渡る。
気を失い、崩れ落ちるように倒れる埜乃。
「くぅ」
亜美は赤面し、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
何かを振り払うように頭を振る。そして彼女は、テイザーガンの端子を自らの胸に刺す。
「亜美! やめろ!」
バチッと短い電撃音と共に、亜美は倒れた。
「りょ、涼さん、私、変かも。助けて」
全身を使いワカメを押しのけて、俺の胸に顔を埋める桃花。
柔らかい凹凸が俺の全裸に擦り付けられている。
「ま、待て。やめろ、桃花」
熱い吐息、熱を持った柔肌。胸に触れる唇だけが、少し冷たかった。
まずい。俺の思考も白濁しそうだ。
なぜか自由になっていた左手のひら。
少し力を入れただけで、指が柔らかい膨らみに潜り込んでいく。
「生娘が、私に勝てるわけないじゃない」
カナメの声が聞こえた。
「私、涼さんだったら。『責任』とって。お願い」
「はっ!」
俺は、桃花を押しのけるようにして身を起こした。
左手には、いつの間にか召喚寸前の「ひつじさんハンマー」が浮かび上がっている。
ピコ!
桃花は、静かに眠りについた。
『しかし、「責任」の一言で正気に戻るかね』
いやいや。俺には愛梨がいるからね。ひつじさんハンマー、助かったよ。ありがとう。
『うーん。立派なのか、臆病なのか、最低なのか、微妙だな』
うるせえ。




