070 涼くん、姫騎士の気持ちを理解する。
あけましておめでとうございます。
「女はどこに行った?! 白人のガキだ。メイド服なんて着せやがって!」
「え? そんなのいたっけ?」
レゲエ男が、姿を消したエルの所在を問う。メイド服の「光学迷彩」機能炸裂である。
『さっきの銃弾は貫通してる。魔法で倒すために、もう一発撃つか』
「あ? なんだ? 何かいるのか?!」
レゲエ男は、自分の背後に移動した生涼の気配がわかるらしい。
こちらを向いているグール女に背を合わせて、ネックを持ってギターを振り回していた。
グール女・カナメからは、不気味な妖気が漂っている。こちらを威嚇しているのだろうか。
カナメは、貫通した銃弾により、後頭部から脳漿を撒き散らしていた。
グロック20に込めた弾丸は、すべて貫通力の高いフルメタルジャケットである。
オーガなど、強靭な敵に有効だと信じての選択だ。
だが、一般の人間、それも華奢な女性と同じ硬さしか持たないグールでは、どこを撃っても貫通してしまう気がする。
「貫通した弾が、後ろの男に当たる場所でも狙うかねぇ」
俺の言葉に、グールの背に隠れていた男がビクッと狼狽えた。
「はははっ。まぁ待て。こいつらの目的が知りたい。殺すのは、いつでもできるだろ?」
肘木が、もっともな意見を俺に伝えてきた。ってか、本気で殺すの?
俺を見て肘木はウィンクする。脅しですか? そんなところかね。
貫通させて撃つ、なんて自分で言っておいて何だけど、少し安心してしまった。
だが、おっさんのウィンクは嬉しくないのである。
「ナメやがって」
レゲエ男が振り返りながら呟いた。
『涼、エルが、触手でこいつらを拘束できるって言ってるぜ』
レベルアップした『生霊召喚』スキルの恩恵で、生涼はエルとコミニケーションが取れるようになった。
おかげで、俺も生涼を介して、エルとの無言のやりとりが可能である。
光学迷彩で姿を隠すエルの居場所は、俺にはわからない。
だが、生涼はわかっているようだ。
生涼とエルは、レゲエ男たちの後方で左右に別れて監視をしているようだった。
エルに、無理はするなって伝えてくれ。気をつけろって。それと「銀狼の手袋」の召喚を頼む。
『エル、無理はするなってよ。ふふっ、涼に言われたくないってよ。俺がエルに合図を出すから心配すんな』
公園での戦い。エルと出会った時の無茶は、生涼にも責任があると思うんだけどなぁ。
「津神、何を狙っているか知らないが、はやまるなよ。慎重に」
「え? は、はい」
肘木の言葉に返事をしながら、レゲエ男達を見る。
奴らは警戒しているようだが、特に不審な点はなかった。
生涼、エルに動くように指示を。
『了解』
レゲエ男の左方向から、生涼が覇気を迸らせた。
シュルルッ
「なんだ?!」
エルの触手がレゲエ男に絡みつく。
姿を現したメイド服のエルが、大股で腰を落として触手を巻き戻す。
レゲエ男は逆バンジーで宙を舞うように吹き飛んで行った。
俺は、カナメに向かって走り出した。同時に「銀狼革の手袋」を装着する。
カナメは飛んでいったレゲエ男に気をとられている。
「ツガミン! 止まって!」
アシモの叫びが聞こえたが、俺はもう止まれない。
大きく踏み込んだ足で砂浜に震脚を打ち込み、右拳をカナメに向かって撃ち放つ。
突然、地中が爆発するかの勢いで大量の砂が舞い上がった。
ガチンと万力に挟まれたように、俺の手首が固定される。
俺が放った突き、それの解放されなかったエネルギーが、肘と肩を壊していく。
「ぐわぁぁぁぁぁ」
『腕に纏わせた魔力を抜くな! 手首が圧壊するぞ! くそっ!』
無茶言うなっての。
俺の手首を挟んで固定していたのは、地中から生えた巨大なカニのハサミだった。
肩はおそらく脱臼している。肘にも力が入らない。手首は銀狼革のおかげか無事のようだ。
銀狼革への魔力供給を行えているのは、自分でも奇跡的に思えた。
魔力が途切れれば、すぐに手首を圧切されるだろう。
『くそ。銀狼革での火力アップが、今回はアダになっちまったな』
俺は、銀狼革で強化された突きの自爆ダメージにより、意識を保つのも必死だった。
全体重を乗せたパンチをコンクリートの壁に撃ちこんだような物だ。
普通なら、拳と手首の破壊にパンチのエネルギーが使われるだろう。
「銀狼革の手袋」が拳と手首を守り、その代わりとして肘と肩を破壊したのだ。
オリハルコンのナックルガード部分の火力は、接触した対象にだけに効果を出すようになっていた。それまで自爆ダメージに加算されていたら、右腕を失っていただろう。
膝の力が抜けていく。右手首を挟まれたまま、ハサミに抱きつくように崩れる体勢。
ハサミは巨大だった。宿で出された物よりも、ずっと大きい。
地中から出ている部分だけでも、俺の身長と変わらないほどに。
ハサミに押され倒れたのか、砂まみれになったカナメがそばに立っていた。
「涼に手を出したら、この男を殺す!」
エルの声だった。レゲエ男を人質にしたのだろう。
「くくく。やればいいじゃない。その男の代わりは、この坊やにやってもらうわ」
カナメって会話できたんだな。代わりって、俺にナニをさせるんだよ?
生涼、回復魔法の操作を。
『わ、わかった。すまん』
ったく、お前まで、地中の夾人虫に気づかなかったのか?
『すまん。魔石を持たない化物は、異世界にいないからさ。俺には、気づきにくいのかもしれん。それに、グール女の妖気に気を取られすぎた』
気づけたのはアシモだけか。それも、ちょっと遅かったけども。
生涼がスマホを操作して、俺に回復魔法をかけてくれた。少しだけ痛みが和らぐ。
肘に力が戻り、挟まれた腕にぶら下がっていた身体を起こそうとする。
『待ってろ。もう一回』
ガツッと顔面にカナメの蹴りが入った。そんな気がする。たぶん。
『やめろ! エル! アシモ、エルを止めろ!』
俺は、気絶してしまったらしい。
脳内で響く生涼の大声がうるさい。おかげで、意識をとり戻したほどに。
右腕を巨大夾人虫に挟まれたまま宙吊りにされている。
首を動かすと、砂浜から這い出た夾人虫の巨大さが目に入った。
でかい。怪獣じゃねーか。高さだけでも、10mじゃきかねーぞ。
「エルさん、大丈夫だって、まだ手遅れじゃないって!」
アシモの声をたどって、下へと視線を移す。
アシモがエルを羽交い締めにしていた。だが、それも僅かの時間で、すぐにエルに投げ飛ばされる。
解放されたエルは、変化させた右腕の爪を自分の咽にあてがった。
自害で時間を巻き戻そうとしているのだろう。
「何やってんだよ、エル。バカだなぁ」
「涼! 私がわかるの?!」
『俺に任せろ。心配するなエル! 魔石で呪いの感染を抑えられるんだ! 未使用の魔石を全部使ってでも感染を防いでやる!』
「さすが津神翔一の孫ね。思い出すわぁ、ゾンビ化するはずの女を元に戻したことを。あなた、あの男の孫なら、簡単にゾンビにならないでよね」
「どういうことだよ?」
カナメには、生涼の声が聞こえていないようだ。気配もわからないらしい。
「そこで気絶してるサカキって男は、私を強化するために自らの精も根も捧げ続けてくれたの。でも、もう還暦まじかの男は、役に立たないのよねぇ」
俺の足首辺りに、カナメの顔があった。口元は血で濡れている。
ジクジクと小さく疼くような痛みが左足のふくらはぎにあった。
カナメが口角をあげて肉を咀嚼している。
「え? マジ?」
『脚や腕の痛みは、まだあるよな?』
う、うん。でも、前より痛くないかも。
『僅かでも痛みがある間は、大丈夫だ。アンデッドは痛みを感じないからな。だが、回復魔法はアンデッドにとっては毒だ。今のお前にはかけられん』
「すまん、津神。お前を奪い返そうとした俺を阻むように、夾人虫が地中から全身を出したんだ。すまん。すまん」
「あー、なるほど。心配かけてすみません。肘木さん、その子、エルって言います。俺が戻るまで頼みます」
アンデッドの呪いのせいだろうか、俺の感情は平坦だった。危機感が薄い。
『そりゃ、お前が諦めてるからだろ。馬鹿野郎が』
そうなの?
カナメが俺の身体にしがみついて、よじ登っていく。
「サカキは真言立川流の秘術で、自分のゾンビ化を未然に防ぎながら、私を抱き続けたわ。サカキに生きた精を与え続けられたおかげで、私は進化し、強くなったのよ。すぐにゾンビ化なんてしないでよね。たっぷり楽しませてあげるから。まずは、あなたがつけてくれた頭の傷を直さなきゃね」
「ま、マジかー」
『く、ちょっと羨ましいかも』
「く、絶対に助けますから。あとで色々、報告聞かせてくださいよ!」
「涼! 涼を離して! お前は許さない。絶対に許さない!」
肘木は黙ったまま、夾人虫の甲殻の上に立つカナメを睨んでいた。
マジで心配してくれるのエルと肘木だけじゃねーか。
巨大夾人虫は海へと向かって動き出した。俺をこのまま連れて行くらしい。
俺を人質にして、肘木たちを皆殺しにされるよりはありがたい。
後頭部へと貫通したカナメの銃槍は、急ぐ必要がある程度にはダメージになっていたのだろう。
「涼! 涼!」
「エル、絶対に死ぬな。何とかして帰る。絶対に帰るから」
俺は、夾人虫と共に海に沈んでいく。
能面のように無表情だったはずのエルの顔が、今は悲痛に歪んでいた。
俺を追おうとするエルを肘木が抑えている。
あぁ、あんな顔もできるんだな。なら、きっと笑顔だって。
「ぐすん。ぐすん」
「男のくせに泣かないでよ! 気持ち良かったんだから笑いなさい!」
全裸で赤子のように足を抱えて泣いているのは誰でもない、俺である。
幾度も繰り返された逆レ○プに、俺の中の男の子が泣き出したのだ。
同じく全裸のカナメは、あぐらをかいてタバコを吸っている。
場所は、海中洞窟と繋がった地上の深い窪みの中である。
上を見ると、夜が明けたばかりの青い空が見えていた。
窪みの周囲は、木々の緑で覆われている。
海中の移動で、俺は窒息死せずにすんでいた。
アンデッドの呪いのおかげで、呼吸が多少止まっても問題ないらしい。
今なら、竜宮城にでも行けそうだ。
夾人虫から解放された俺は、カナメと戦おうとする。
だが、身体を蝕むアンデッドの呪いは、上位アンデッドへの反抗を許さなかった。
簡単に組み敷かれ、衣服を破られる。
その際、奪われたスマホを海中に放り捨てられてしまう。
「さぁ。これを食べたら、もう一戦行くわよ」
カナメが、イカの干物と水筒を放ってくる。
完全にアンデッド化していない俺には、食料は必要である。
カナメに必要な精を生産するためにも必要なのだろう。
『取り敢えず、今は従っておけ。時間稼ぎにもなる』
ほんとかよ。
『リオで慣れてるんじゃないの? こういうの?』
え? あ、そうかも。
『しかし、スマホが防水で良かったな。バッテリーも今日一日は持ちそうだぞ』
うん。
あのさ、早く助けを呼んで欲しいんだけど。まだなの?
新年もよろしくお願いします。
更新、遅れてごめんなさい。




