↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「42紙」(しにがみ)  作者: kiseki-ryu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/37

第25話「祈りの先に」後編

『42紙(しにがみ)』

第25話「祈りの先に」後編

一 祈りを受け取る男

藤堂隆志は、神社の神主だった。

参拝に訪れる人々は、さまざまな願いを胸に、この神社を訪れる。

家族の健康。

仕事の成功。

大切な人の無事。

野々村和彦と妻の由美も、この神社に通っていた。

二人が交通安全のお守りを授かったのも、この神社だった。

和彦がトラックの運転手をしていることもあり、由美は夫の無事を願って、ここで交通安全のお守りを授かっていた。

隆志はその夫婦の顔も名前も知らないし覚えてもいない。

隆志は、その参拝者達の願いを受け止める立場にいた。

だが、彼自身が何を願っていたのか。

それは、参拝者たちの願いとは少し違っていた。

隆志は、参拝者たちから納められた金を、自分のために使っていた。

神社を維持するためにも、金は必要だった。

境内を整え、建物を守り、祭事を続けていくには、費用がかかる。

そのこと自体は、何もおかしなことではない。

だが、隆志は、その金の一部を自分の贅沢のために使っていた。

欲しかったのは、高級なスポーツカーだった。

そして、ついに手に入れた。

隆志は運転席に座り、満足そうに笑った。

「ハハハハァ! 最高だな、こいつは!」

自分は神社の神主だ。

神仏に近い場所にいる人間なのだから、きっと守られている。

隆志は、そんな思いを疑いもしなかった。

二 運のいい男

隆志は、スポーツカーを走らせていた。

滑らかなエンジン音。

思いどおりに動くハンドル。

目の前に広がる道路。

隆志は、機嫌よく笑っていた。

そのときだった。

一人の子供が、道路へ飛び出してきた。

「……っ!」

隆志は、反射的にハンドルを切った。

車体が大きく揺れる。

タイヤが路面を鳴らす。

間一髪だった。

スポーツカーは子供を避け、どうにか衝突を免れた。

隆志は、荒い息を吐いた。

「……危ねぇ」

子供は、道路に立ち尽くしていた。

隆志はバックミラーを見た。

その直後、後方を走っていたトラックが、子供を避けようと大きくハンドルを切った。

トラックはバランスを崩し、道路脇へ突っ込んだ。

激しい音が響いた。

「……え?」

隆志は、目を見開いた。

そして、バックミラーの向こうの光景を見て、笑い出した。

「ハハハハァ! 後ろの車、事故を起こしてやがる!」

隆志は、自分の車を見た。

傷一つない。

「俺は無事で、あいつは事故か……。ハハハハァ! やっぱり、俺は神や仏に守られてるのかもしれないなぁ!」

隆志は、事故を起こしたトラックを気にかけることもなく、その場を走り去った。

隆志は知らなかった。

トラックを運転していた男が自分の神社で交通安全の御守りを夫婦で買っていたことも。

その男が、誰かに大切に思われていたことも。

帰りを待つ妻がいたことも。

三 避けられなかったもの

隆志は、そのまま車を走らせていた。

さっきの事故のことなど、もう気にしていなかった。

自分は助かった。

後ろのトラックは事故を起こした。

それだけのことだった。

しばらく走ったとき、道路に突然、野生動物が飛び出してきた。

「なっ……!」

隆志は、慌ててハンドルを切った。

だが、今度は間に合わなかった。

車体が大きくぶれ、制御を失う。

次の瞬間、激しい衝撃が隆志を襲った。

車は道路脇へと突っ込み、動かなくなった。

隆志は、もう動かなかった。

事故に遭った理由に、特別な意味などなかった。

神仏に守られていると信じていたことも。

人の金を自分のために使ったことも。

後ろのトラックの事故を笑ったことも。

それらが、この事故を起こしたわけではない。

ただ、隆志は事故に遭い、命を落とした。

後のトラックを運転していた和彦は、大事故で亡くなったにもかかわらず、眠るような穏やかな表情をしていた。

だが、隆志の顔には、恐怖と苦痛が刻まれていた。

見るに耐えないほど、悲惨な死に顔だった。

四 二枚の白い紙

隆志が目を開けると、そこには白い空間が広がっていた。

壁も、天井も、床もない。

ただ、どこまでも白い。

「……ここは?」

隆志は、自分の身体を見下ろした。

怪我はない。

痛みもない。

だが、事故の瞬間は、はっきりと覚えていた。

「俺……事故に遭ったのか?」

目の前に、一人の人物が立っていた。

42紙だった。

隆志は、相手の顔を見て、慌てて首を振った。

「いや、待て。俺は神仏に守られてる」

42紙は何も言わなかった。

「あ、あー、これは、これは夢だ!」

隆志は、自分に言い聞かせるように笑った。

「そ、そうなんだろ? これは夢、そうだ、夢だ!」

42紙

「いいえ、違います」

隆志

「……は?」

42紙

「あなたは死にました」

隆志は、言葉を失った。

しばらくして、かすれた声を出した。

「……死んだ?」

42紙は、静かに立っていた。

隆志

「そんなはずはない。俺は神社の神主だぞ。神仏に近い場所にいる人間なんだ」

42紙

「そうですか」

隆志

「だったら……ここは天国なのか?」

42紙

「天国も地獄も生まれ変わりもありません」

隆志は、42紙を見つめた。

「……じゃあ、俺はどうなるんだ?」

42紙は、足元にある二枚の白い紙を示した。

「一枚を選んでください」

隆志は、二枚の紙を見た。

どちらも、ただの白紙だった。

五 祈りの先に

隆志は、二枚の紙を交互に見た。

「……何なんだよ、これは」

42紙は答えなかった。

「どっちかを選べっていうのか?」

「はい」

隆志は、唇を震わせた。

「……祈っても、何にもならないのか」

42紙は答えなかった。

隆志は、白い紙を見つめた。

神仏に守られている。

ずっと、そう信じていた。

だが、目の前にいる存在は、神のことも、仏のことも語らない。

ただ、選べと言う。

「……それが、祈りなのか?」

42紙は答えなかった。

長い沈黙のあと、隆志は一枚の紙に手を伸ばした。

紙に、数字が浮かび上がった。

2。

42紙

「不幸な死です」

隆志は、その数字を見つめていた。

そのときだった。

真白な霧が、ゆっくりと消えていく。

隆志の目の前から、白い世界が失われていく。

そして――。

暗闇が広がった。

事故の衝撃が、再び隆志を襲った。

車体が大きく揺れる。

耳をつんざくような音。

身体を押し潰す衝撃。

隆志は声を上げようとした。

だが、声にならなかった。

痛みと恐怖が、全身を包み込んでいく。

何が起きたのか、理解できない。

なぜ自分が。

どうして、こんなことに。

助けを求めようとしても、身体は動かなかった。

やがて、すべてが遠のいていった。

隆志の顔には、恐怖と苦痛が刻まれていた。

六 罰はありません

透は、しばらく黙っていた。

やがて、ぽつりと口を開いた。

透

「あの神主は、罰が当たったのかなぁ……」

42紙

「罰はありません」

透

「……そうだよな」

透は、少しだけ視線を落とした。

透

「神主だからって、神様に守られるわけじゃない」

「人の金を好き勝手に使ったからって、事故に遭うわけでもない」

「……あいつが死んだのは、ただ、そういう事故に遭ったからなんだよな」

42紙

「そうです」

透

「和彦さんは、子供を助けようとして死んだ」

「神主は、自分が助かったことを神様のおかげだと思っていた」

「でも……最後は、二人とも死んだ」

透は、ゆっくりと息を吐いた。

透

「死に方が違っても、そこに誰かの裁きがあったわけじゃないんだな」

42紙

「ありません」

透は、しばらく考え込んでいた。

透

「……でもさ」

「今回の二人は、今までと少し違う気がするんだ」

「和彦さんは、大事故だったのに……4を引いて、まるで眠っているみたいな穏やかな顔で死んでいた」

「なのに、神主のほうは……」

透は、言葉を切った。

隆志の、恐怖と苦痛に歪んだ顔が脳裏をよぎる。

透

「今まで何をしてきたかは関係ない。そうなんだよな?」

42紙

「はい」

透

「それなのに、和彦さんは4で、神主は2……」

「幸福と不幸が、目で見ても分かるような形で現れることもあるんだなぁ……」

42紙は答えなかった。

透

「……不思議だよな」

「数字に意味があるのか、それとも……」

透は、そこで口を閉じた。

何かを考えかけたようだった。

けれど、その先の言葉は出てこなかった。

42紙

「……」

透

「人間は、何を頼りにして生きていけばいいんだろうな」

42紙は答えなかった。

透

「祈れば、必ず助かるわけじゃない」

「悪いことをした人間が、必ず不幸になるわけでもない」

「……そんな世界で、それでも誰かの無事を願うことに、意味はあるのかな」

沈黙が続いた。

透は、答えを求めるように42紙を見つめた。

だが、42紙は何も言わなかった。

透

「……いや」

透は、小さく首を振った。

透

「お前に聞いても、答えられるわけないか」

その言葉には、諦めにも似た響きがあった。

けれど、透は目をそらさなかった。

透

「それでも俺は……祈る人間を、笑いたくはない」

「助かる保証なんてなくても、誰かを大切に思う気持ちまで、嘘になるわけじゃないからな」

42紙は、ただ静かに立っていた。

透

「……紗季のときも、そうだった」

その名を口にした瞬間、透の表情がわずかに曇った。

透

「俺は、助けたかった」

「……でも、助けられなかった」

短い沈黙。

透

「今でも、お前を許せたわけじゃない」

42紙は何も答えなかった。

そのとき、42紙はコンビニの袋からおにぎりを一つ取り出し、何事もなかったかのように口に運んだ。

透

「……また、お前おにぎり買ったのか」

42紙は、黙っておにぎりを食べている。

透

「お前は変わらないな……」

透の口元が、ほんの少し緩んだ。

「……クスッ」

42紙は何も答えなかった。

透は、それ以上、何も言わなかった。

祈りは、命を救う約束ではない。

悪い人間に罰を与える力でもない。

それでも人は、誰かを失いたくないと願う。

その願いが何を変えるのか、透にはまだ分からなかった。

ただ、分からないままでも――人は誰かのために祈るのだ。

時計の針が進んだ。

2時26分。

――第二十五話・後編・完――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。