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「42紙」(しにがみ)  作者: kiseki-ryu


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第19話「残された問い」

『42紙(しにがみ)』

第十九話「残された問い」


一 来ない「また明日」

スマートフォンの画面が、暗い部屋の中で光っていた。

透は、ベッドの端に座ったまま、その画面を見つめていた。

画面に表示されているのは、紗季とのメッセージだった。

《もちろん。また明日》

その下には、何もない。

透は、指先で画面をなぞった。

何度も読んだ言葉だった。

それなのに、何度読んでも、最後の一言で指が止まる。

また明日。

紗季は、そう言った。

透も、そう思っていた。

明日になれば、また会える。

いつものように話して、笑って。

次の休みには、二人で海へ行く。

紗季が何を着てくるのか、透は楽しみにしていた。

そんな未来が、当たり前に続いていくと思っていた。

けれど。

「……来ないじゃん」

声に出した瞬間、胸の奥が痛んだ。

透は、スマートフォンを握りしめた。

「……また明日って、言ったじゃん」

返事はない。

もう、返事が届くことはない。

分かっている。

何度も、自分に言い聞かせた。

紗季は死んだ。

戻ってこない。

それでも、指先は画面から離れなかった。

透は、スマートフォンを伏せた。

部屋の中は静かだった。

時計の針が、淡々と音を刻んでいる。

時間だけが進んでいく。

紗季がいなくなったことなど、何も知らないかのように。

透は、顔を伏せた。

「……なんでだよ」

誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

ただ、問いだけが残っていた。

どうして、紗季だったのか。

どうして、あんな死に方をしなければならなかったのか。

そして――。

どうして、誰も助けてくれなかったのか。

二 変わらない死神

「……まだ、起きていたんですね」

突然、声がした。

透は顔を上げた。

部屋の隅に、一人の男が立っていた。

42紙だった。

透は、しばらく何も言わなかった。

驚きはなかった。

もう、こいつが突然現れることに、驚く気力さえ残っていなかった。

「……何しに来たんだよ」

42紙は、透を見ていた。

「特に、用事はありません」

「じゃあ、帰れよ」

「そうですか」

42紙は、それ以上何も言わなかった。

その態度が、透の神経を逆なでした。

「……お前さ」

透は、顔を上げた。

「なんで、そんなに普通なんだよ」

「……普通、ですか?」

「紗季が死んだんだぞ」

声が強くなった。

「俺の好きな人が、死んだんだぞ」

42紙は黙っていた。

「なのに、お前は何も変わらない。いつも同じ顔して、いつも同じ声で……」

透は、唇を噛んだ。

「……何とも思わないのかよ」

42紙は、少しだけ首を傾けた。

「何をですか?」

「……っ」

透は言葉を失った。

この男に、何を求めているのだろう。

悲しんでほしいのか。

謝ってほしいのか。

それとも、紗季を返してほしいのか。

どれも違う。

いや、どれもそうなのかもしれない。

透は、うつむいた。

「……もういい」

しばらくして、顔を上げた。

「ひとつ、聞きたいことがある」

「はい」

「お前が、死んだ人に渡す二枚の紙……」

透は、42紙を見た。

「どうして、あれを選ばせるんだ?」

42紙は答えなかった。

「4なら幸福な死。2なら不幸な死……だったよな」

「はい」

「……何を基準に決まるんだよ」

42紙は、透を見つめていた。

「分かりません」

その答えを聞いた瞬間、透の眉が動いた。

「……また、それかよ」

「はい」

「お前、死神なんだろ?」

「はい」

「だったら、知ってるんじゃないのかよ!」

透の声が部屋に響いた。

42紙は、動かなかった。

「……分かりません」

同じ言葉だった。

透は、拳を握りしめた。

知りたいことは、何ひとつ分からない。

どうして紗季が死んだのか。

どうしてあんな死に方だったのか。

どうして4と2があるのか。

何ひとつ、答えがない。

「……もういい」

透は、顔を背けた。

「お前に聞いても、無駄なんだな」

42紙は、静かに答えた。

「そうかもしれません」

透は、思わず42紙を見た。

「……お前な」

怒鳴ろうとした。

けれど、言葉が続かなかった。

42紙は、ただそこに立っていた。

透は、深く息を吐いた。

「……帰れよ」

「分かりました」

42紙は、静かに姿を消した。

部屋には、透だけが残った。

透は、しばらくその場所を見つめていた。

「……何も、分かんねえじゃん」

その言葉は、誰にも届かなかった。

三 二枚の紙

白い空間に、一人の男が立っていた。

男は、周囲を見回した。

「……ここは?」

少し離れたところに、42紙が立っていた。

「白い空間です」

「……それは見れば分かる」

男は困ったように笑った。

「私は、死んだんですか?」

「はい」

男は、ゆっくりと目を閉じた。

しばらくして、静かに息を吐いた。

「そうですか……」

42紙は、男の前に二枚の白い紙を差し出した。

「どちらか一枚を選んでください」

男は、紙を見つめた。

「これは?」

「4なら幸福な死。2なら不幸な死です」

男は、二枚の紙を交互に見た。

「……どちらになるか、分かっているんですか?」

「いいえ」

「選んだら、どうなるんです?」

「数字が現れます」

男は、少しだけ笑った。

「……なるほど」

それから、しばらく考えた。

男の人生には、いろいろなことがあった。

若い頃から働き、家族を養ってきた。

思うようにいかないこともあった。

誰かに感謝されたこともあれば、誰かを傷つけてしまったこともあった。

もっと家族と過ごせばよかった。

もっと話を聞いてやればよかった。

今になって思い返せば、後悔はいくつもあった。

けれど、男はそれを口にしなかった。

男は、二枚の紙を見つめた。

「……選ばなければ、いけないんですね」

「はい」

男は、小さくうなずいた。

そして、片方の紙を手に取った。

真っ白な紙だった。

その表面を見つめてから、男は42紙を見た。

「……どちらを選んでも、私が生きてきた人生は変わりませんよね」

「はい」

男は、ゆっくりとうなずいた。

そして、紙を手にしたまま、目を閉じた。

「……そうですよね」

男は、紙を開いた。

そこには、数字が浮かび上がっていた。

「……4」

男は、その数字を見つめた。

42紙が言った。

「幸福な死です」

男は、しばらく何も言わなかった。

やがて、ゆっくりと息を吐いた。

「……そうですか」

それだけだった。

男がどんな人生を送ってきたのか。

どんな後悔を抱えていたのか。

その人生が幸福だったのか、不幸だったのか。

数字は、何も答えていなかった。

42紙も、何も言わなかった。

白い空間には、二人だけがいた。

やがて、男の姿が消えていった。

42紙は、何も変わらない表情で、その場所を見つめていた。

四 それは、何のための数字なのか

透は、眠れずにいた。

部屋の明かりをつけたまま、椅子に座っていた。

目の前には、紗季のスマートフォンの画面を撮った写真が表示されていた。

《もちろん。また明日》

透は、画面を閉じた。

「……幸福な死」

ふと、口から言葉がこぼれた。

4なら幸福な死。

2なら不幸な死。

それは分かっている。

けれど、透にはどうしても分からないことがあった。

人は、人生の最後に何を迎えるかなんて、自分では選べない。

どれだけ努力しても。

どれだけ真面目に生きても。

誰かのために尽くしても。

その人が幸福な死を迎えられる保証はない。

反対に、誰かを傷つけてきた人間が、最後に苦しむとも限らない。

悪いことをした人間が、必ず不幸な死を迎えるわけでもない。

透は、ゆっくりと顔を上げた。

「……何なんだよ、それ」

善いことをすれば報われる。

悪いことをすれば罰を受ける。

そう考えたくなるのが、人間なのかもしれない。

そうであってほしいと、願うのかもしれない。

けれど、この世界は、そんなふうにはできていなかった。

正直に生きてきた人間が、理不尽な死を迎えることがある。

悪事を重ねた人間が、穏やかな死を迎えることもある。

そこに、必ず納得できる理由があるとは限らない。

神様が、すべてを見ているわけではない。

善人を救い、悪人を罰する存在がいるわけでもない。

死後に、人生の答え合わせをする場所もない。

天国もない。

地獄もない。

生まれ変わりもない。

透は、それを知っていた。

知っているはずだった。

それなのに。

「……じゃあ、何のために……」

声が震えた。

「……何のために、あいつは死んだんだよ」

紗季が悪いことをしたからではない。

何かを間違えたからでもない。

努力が足りなかったからでもない。

ただ、死んだ。

そして、その死には「2」という数字がついた。

それだけだった。

透は、目を閉じた。

「……そんなの、納得できるわけないだろ」

答えはなかった。

五 答えを持たない死神

翌日。

透は、部屋の中で42紙と向き合っていた。

いつからそこにいたのか、分からない。

透も、もう尋ねなかった。

「……昨日のことだけど」

「はい」

「4と2のことだ」

42紙は、黙っていた。

「幸福な死と、不幸な死……」

透は、言葉を探すように間を置いた。

「それって、何で決まるんだ?」

「分かりません」

「……じゃあ、何で二つに分ける必要があるんだよ」

42紙は答えなかった。

透は、続けた。

「4を引いた人間が、善人だったとは限らない」

「はい」

「2を引いた人間が、悪人だったとも限らない」

「はい」

「……だったら、数字に何の意味があるんだよ」

42紙は、しばらく黙っていた。

そして、いつもの声で答えた。

「……分かりません」

透は、42紙を見つめた。

怒りが込み上げた。

けれど、その怒りをぶつける言葉が見つからなかった。

この男が答えを隠しているのなら、問い詰めればいい。

けれど、42紙は本当に知らないのかもしれない。

知っていても、言わないのかもしれない。

透には、分からなかった。

「……お前は、何のためにいるんだ?」

42紙は、少しだけ首を傾けた。

「死者に、紙を選んでもらうためです」

「……それだけか?」

「はい」

透は、目を伏せた。

それだけ。

死者に二枚の紙を差し出し、選ばせる。

数字を伝える。

それだけ。

誰かを救うこともできない。

死を止めることもできない。

なぜその数字なのか、説明することもできない。

透は、小さく笑った。

笑ったというより、息が漏れただけだった。

「……何なんだよ、それ」

42紙は答えなかった。

透は、顔を上げた。

「……お前だって、何も知らないんだな」

「はい」

その返事は、あまりにもあっさりしていた。

透は、もう何も言わなかった。

42紙も、それ以上は何も言わなかった。

二人の間に、沈黙が流れた。

六 残された問い

42紙がいなくなったあとも、透は椅子に座っていた。

窓の外では、人が歩いていた。

車が走っていた。

誰かが笑っていた。

いつもの街だった。

世界は、何も変わっていない。

紗季がいなくなったことを知らない人もいる。

知っていても、いつか日常へ戻っていく人もいる。

それが普通なのだろう。

誰かが死んでも、世界は続いていく。

けれど、透の中では、何かが止まったままだった。

透は、スマートフォンを手に取った。

紗季とのメッセージを開く。

《もちろん。また明日》

指先が、画面の上で止まった。

「……紗季」

返事はない。

もう、二度と返ってこない。

透は、スマートフォンを胸に押し当てた。

「……会いたいよ」

声がかすれた。

「……もう一回、会いたい」

どれだけ願っても、紗季は戻らない。

神様はいない。

天国も地獄もない。

生まれ変わりもない。

透は、それを知っている。

それでも、会いたかった。

ただ、もう一度、声を聞きたかった。

もう一度、笑ってほしかった。

もう一度、明日の話をしたかった。

透は、ゆっくりと顔を伏せた。

「……なんでだよ」

問いは、まだ残っていた。

どうして紗季だったのか。

どうして、あんな死に方だったのか。

なぜ、幸福な死と不幸な死があるのか。

そして――。

その二つは、何のために存在しているのか。

答えはない。

少なくとも、透には分からなかった。

42紙にも、分からない。

それでも、問いだけは消えなかった。

透は、スマートフォンの画面を見つめた。

《もちろん。また明日》

その言葉は、もう未来を約束してくれない。

けれど、紗季が確かにそう言ったことまで、なくなるわけではなかった。

透は、画面を閉じた。

明日が来る。

世界は続いていく。

その明日に、紗季はいない。

透は、まだその現実を受け入れられなかった。

そして、4と2の意味も、分からないままだった。

――第十九話・完――



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