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「42紙」(しにがみ)  作者: kiseki-ryu


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第18話「隣にいない明日」第3部

『42紙(しにがみ)』

第十八話「隣にいない明日」


紗季は、ゆっくりと目を開けた。

目の前には、白い空間が広がっていた。

壁も、天井も、床も、はっきりとは分からない。

ただ、どこまでも白かった。

「……ここ、どこ?」

紗季は周囲を見回した。

少し離れたところに、一人の男が立っていた。

紗季は戸惑いながら、男に声をかけた。

「……あの」

男が紗季を見た。

「はい」

「ここは……どこですか?」

男は、静かに紗季を見ていた。

紗季は、ふと自分の手を見た。

何も変わっていない。

服も、髪も、いつもと同じだった。

けれど、何かがおかしい。

どうして自分は、こんなところにいるのだろう。

紗季は、少しずつ記憶をたどった。

帰り道。

いつもの道。

古い看板。

そして――。

「……あ」

顔から、笑みが消えた。

「私……」

言葉が続かなかった。

男が、静かに口を開いた。

「……思い出しましたか?」

紗季は、ゆっくりとうなずいた。

「……私、死んだんですか?」

「はい」

あまりにも静かな返事だった。

紗季は、しばらく男を見つめていた。

「……あなたは?」

「42紙です」

「……42紙?」

「えぇ、死神です」

紗季は、もう一度周囲を見回した。

ここがどこなのか。

どうして自分がここにいるのか。

まだ、何も分からなかった。

けれど、一つだけ分かっていることがあった。

もう、自分は死んでしまったのだ。

「……私、これからどうなるんですか?」

42紙は、紗季を見た。

「二枚の紙から、一枚を選んでください」

42紙は、二枚の紙を差し出した。

どちらも、真っ白だった。

紗季は、戸惑った。

「……これを、選ぶんですか?」

「はい」

「選んだら、どうなるんですか?」

「4なら、幸福な死。2なら、不幸な死です」

紗季は、二枚の紙を見つめた。

「……不幸な死?」

「はい」

「……それは、どういう意味ですか?」

42紙は、答えなかった。

紗季は、二枚の紙を見つめ続けた。

どちらを選べばいいのか。

何が違うのか。

どちらが自分にとっていいのか。

分からなかった。

「……どっちを選べばいいんですか?」

「分かりません」

紗季は、42紙を見た。

42紙は、いつもと変わらない顔をしていた。

紗季は、もう一度、紙を見た。

どちらも真っ白だった。

何の手がかりもない。

それでも、選ばなければならない。

紗季は、ゆっくりと手を伸ばした。

そして――。

紗季は、片方の紙に手を伸ばした。

そっと、手に取る。

真っ白だった紙に、少しずつ数字が浮かび上がった。

「……2」

紗季は、その数字を見つめた。

42紙も、紗季の手元に目を落とした。

そして――。

「……2、です」

いつもと同じ声。

けれど、その言葉が出るまでに、ほんのわずかな間があった。

紗季は、42紙を見上げた。

「……不幸な、死……?」

42紙は、答えなかった。

紗季は、紙を握りしめた。

「……私、まだ……」

言葉が途切れた。

まだ、透と行きたい場所があった。

まだ、一緒に食べたいものがあった。

まだ、伝えたいことがあった。

来週の土曜日には、二人で海へ行く。

何を着ていこうか。

どんな話をしようか。

帰りには、また一緒に笑えるだろうか。

そんなことを考えていた。

それなのに――。

紗季は、明日が来ることを疑っていなかった。

「……私、まだ来週の服も決めてないんです……」

紗季は、小さく呟いた。

「透くんと、海に行くんです……」

握りしめた紙に、力がこもった。

「……だから、まだ……」

言葉が続かなかった。

紗季は、もう一度「2」の数字を見つめた。

「……これを引いたら、もう……行けないんですか?」

42紙は、答えなかった。

紗季は、紙を握りしめたまま、うつむいた。

来週の土曜日。

二人で海へ行く。

透は、どんな顔をするだろう。

海を見たら、何を話そう。

帰りには、何を食べよう。

また一緒に来たいと、言ってくれるだろうか。

紗季の頭の中には、その先の時間が残っていた。

明日も会える。

その次の日も、きっと会える。

来週には、二人で海へ行く。

その先にも、いろいろな予定ができる。

いつか、もっと先の未来の話だってするかもしれない。

そう思っていた。

それなのに。

「……私……」

紗季は、声を絞り出した。

「……まだ、透くんと一緒にいたい……」

42紙は、何も言わなかった。

紗季の目に、涙が浮かんだ。

「……まだ、何も終わってないのに……」

誰かを傷つけたわけではない。

何か悪いことをしたわけでもない。

ただ、好きな人と明日を過ごそうとしていただけだった。

それなのに、もう明日は来ない。

紗季は、そのことを少しずつ理解し始めていた。

自分が思い描いていた未来は、もう続かない。

来週の土曜日も。

その次の休日も。

透と一緒に過ごすはずだった時間も。

どれだけ願っても、戻ってこない。

紗季は、顔を上げた。

「……透くんは、大丈夫ですか?」

42紙は、紗季を見た。

「分かりません」

紗季は、少しだけ目を伏せた。

「……そう、ですよね……」

しばらく、何も言わなかった。

やがて、紗季の唇が小さく震えた。

「……私……」

声が、かすれた。

「……本当は、ずっと……ずっと、透くんと一緒にいたかった……」

涙が、頬を伝った。

「明日も、その次の日も……来週も……」

紗季は、言葉を続けようとした。

けれど、うまく声にならなかった。

「……ずっと先まで、一緒にいられるって……思ってたのに……」

涙をぬぐっても、止まらなかった。

「……まだ、何も……できてないのに……」

二人で行くはずだった海。

これから一緒に過ごすはずだった時間。

まだ伝えていない言葉。

まだ見せていない笑顔。

その先に、当たり前のように続いていくと思っていた日々。

紗季は、唇をかみしめた。

「……透くんと、離れたくない……」

その言葉は、誰に届くこともなかった。

42紙は、何も言わなかった。

紗季は、涙に濡れた顔を伏せた。

「透くんごめんね」

その声は、白い空間に静かに消えていった。

     *

その瞬間だった。

白い空間が、かすかに揺らいだ。

紗季の目の前に広がっていた白が、ゆっくりとぼやけていく。

「……え?」

紗季は顔を上げた。

42紙の姿が、白い景色の向こうへ遠ざかっていく。

いや、遠ざかっているのは42紙ではなかった。

白い空間そのものが、紗季から離れていくようだった。

足元も、周囲の白も、少しずつ輪郭を失っていく。

「……待って……」

紗季が手を伸ばした。

けれど、その手の先に何があるのか、もう分からなかった。

白が薄れていく。

視界の端から、暗闇が広がり始めた。

それは、ゆっくりと、けれど確実に、紗季の視界を覆っていった。

42紙の姿も。

二枚の紙も。

どこまでも続いていた白い空間も。

すべてが、暗闇に呑み込まれていく。

そして――。

何も見えなくなった。

     *

次の瞬間、紗季の目の前にあったのは、いつもの帰り道だった。

少し冷えた夜の空気。

道路を走り抜ける車の音。

歩道を行き交う人々。

紗季は、いつものように歩いていた。

スマートフォンには、透からのメッセージが残っていた。

《今日の弁当、おいしかったよ。おすすめありがとう》

紗季は、その言葉を思い出して、頬を緩めた。

《よかったです! またおすすめしますね》

そう返したときのこと。

少し迷ってから、もう一度、文字を打った。

《明日も会えますか?》

送信したあと、恥ずかしくなった。

毎日会っているのに。

何を聞いているんだろう。

そう思って笑った。

返事は、すぐに届いた。

《もちろん。また明日》

紗季は、画面を見つめた。

たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が温かくなった。

「……よかった」

明日も会える。

それが、当たり前のことだと思っていた。

明日、透に会ったら何を話そう。

海に行ったら、何を食べよう。

どんな服を着ていこう。

透は、どんな顔をするだろう。

考えるだけで、自然と笑顔になった。

紗季は横断歩道の手前で立ち止まった。

信号を確かめる。

青になった。

歩き出す。

いつもと変わらない道だった。

車が通り過ぎる。

遠くから、人の話し声が聞こえる。

歩道には、家路につく人たちがいた。

紗季も、その中の一人だった。

明日も仕事がある。

透に会える。

来週には、二人で海へ行く。

その先にも、きっと一緒に過ごす日々が続いていく。

紗季は、そう思っていた。

頭の中では、まだ明日のことを考えていた。

透は海が好きだろうか。

海を見たら、どんな顔をするだろう。

帰りには、何かお土産を買おう。

また一緒に来たいと言ってくれるだろうか。

考えるだけで、自然と笑顔になった。

そのときだった。

頭上で、金属が軋む音がした。

紗季は、ふと顔を上げた。

古い建物の外壁に取り付けられていた看板が、固定具の緩みで傾いていた。

音に気づいた通行人が顔を上げる。

看板が揺れた。

紗季は、その異変を理解するより先に、落ちてくる看板を見た。

逃げようとしたのかもしれない。

声を上げようとしたのかもしれない。

けれど、何もかもが間に合わなかった。

看板が落ちた。

一瞬のことだった。

紗季が、もう一度目を開けることはなかった。

手の中にあったはずの明日の予定も。

透に伝えたかった言葉も。

来週の土曜日に着ていく服を考える時間も。

そこで、途切れた。

紗季は、明日を迎えられなかった。

透に会うことも。

二人で海へ行くことも。

もう、できなかった。

紗季が歩いていた道では、人々が足を止めていた。

誰かが声を上げた。

誰かが助けを呼んだ。

車の音が遠ざかり、ざわめきが広がっていく。

世界は、突然の出来事に揺れていた。

けれど、紗季が思い描いていた明日は、もうどこにもなかった。

明日も会える。

そう思っていた。

その約束を、疑っていなかった。

紗季は、まだ来週の服も決めていなかった。

海へ行ったら何を食べようか。

透とどんな話をしようか。

そんなことを考えていた。

その未来が、本当に続かなくなるなど、思ってもいなかった。

明日は来ない。

その次の日も来ない。

来週の土曜日も、もう来ない。

紗季が楽しみにしていた未来は、紗季の意思とは関係なく、突然、途切れてしまった。

     *

透の部屋。

透は、立ったまま42紙を睨んでいた。

「……お前、知ってたのか」

42紙は、透を見た。

「何をですか」

「紗季が死ぬことだよ」

42紙は、答えた。

「知りませんでした」

「……嘘をつくな!」

透の声が、部屋に響いた。

「…お前、俺が紗季を愛してたことも、紗季が俺を愛してくれてたことも…」

「お前だって紗季がどんな人か知っているだろう!」

「お前は死神なんだろ!」

「はい」

「だったら、何かできたんじゃないのかよ!」

42紙は、黙っていた。

透は、拳を握りしめた。

「……紗季は、何も悪いことなんかしてない」

声が震えた。

「普通に仕事をして、普通に笑って……明日も会えるって、そう思ってたんだ」

透は、顔を伏せた。

「来週、海に行く約束をしてたんだよ」

言葉が、途切れた。

「何を着ていこうかって、楽しみにしてたんだ」

透は、42紙を見た。

「……それなのに、どうしてだよ」

42紙は、何も言わなかった。

「お前が殺したわけじゃないってことくらい、分かってる」

透は、唇をかみしめた。

「紗季がどっちの紙を引くか、知ってたわけじゃないことも分かってる」

それでも。

「……分かってたって、納得できるわけないだろ」

透の目に、涙が浮かんだ。

「なんで、なんで紗季が2を引くんだよ!」

声が震えた。

42紙は、何も言わなかった。

透は、うつむいた。

「……何も、できなかったんだな」

42紙は、静かに答えた。

「はい」

透は、目を閉じた。

しばらく、何も言わなかった。

やがて、かすれた声で言った。

「……帰ってくれ」

42紙は、透を見た。

「分かりました」

それだけ言うと、42紙の姿が消えた。

透は、誰もいなくなった部屋に立っていた。

いつもの部屋だった。

何も変わっていない。

けれど、もう紗季はいない。

明日も会えると思っていた。

また話せると思っていた。

来週には、二人で海へ行くはずだった。

透は、ゆっくりと床に座り込んだ。

「……紗季」

返事はなかった。

透は、顔を伏せた。

何をすればいいのか分からなかった。

何を考えても、どこにも答えがなかった。

ただ、もう紗季に会えない。

その事実だけが、何度も胸の奥に突き刺さった。

「……なんでだよ」

小さな声が漏れた。

「なんで、紗季なんだよ……」

涙が、頬を伝った。

「……なんで神様は、紗季を助けてくれなかったんだよ」

誰に向けた言葉なのか、透にも分からなかった。

神様。

困ったときに祈る相手。

どうしようもないとき、最後にすがるもの。

もし、本当にそんな存在がいるのなら。

どうして、紗季を助けてくれなかったのだろう。

何も悪いことなどしていない。

誰かを傷つけたわけでもない。

ただ、普通に働いて、笑って、好きな人と明日を過ごそうとしていただけだった。

それなのに。

「……助けてくれたって、いいだろ……」

透は、両手で顔を覆った。

「一度くらい……奇跡が起きたって、いいだろ……」

けれど、何も起きなかった。

どれだけ願っても。

どれだけ祈っても。

紗季は戻ってこなかった。

世界は、何も答えなかった。

     *

人間は、神に祈る。

病気になれば、治ることを願う。

大切な人が危険にさらされれば、助かることを願う。

どうにもならない現実を前にしたとき、人は目に見えない何かにすがろうとする。

自分の力では、どうすることもできない。

それを認めることが、怖いからなのかもしれない。

人間は、自分の弱さを受け止めきれないとき、神という存在を作り、そこに救いを求めてきた。

祈れば、届くかもしれない。

願えば、奇跡が起きるかもしれない。

死んだ人間にも、その先があるかもしれない。

そう信じることで、どうしようもない現実の中に、希望を見つけようとしてきた。

けれど――。

この世界に、神はいない。

天国も、地獄もない。

生まれ変わりも、存在しない。

神を見たという人間はいても、その存在を確かめた人間はいない。

天国へ行った者が、帰ってきて、その場所を教えてくれたこともない。

地獄を見てきたと、誰もが認められる形で証明した者もいない。

生まれ変わりについても同じだった。

前世の記憶があるという人間がいる。

自分は、かつて別の誰かだったのだと語る人間もいる。

けれど、その記憶が本当に前世のものなのか。

本当に生まれ変わった証拠なのか。

誰にも、確かなことは分からない。

死んだあとに何があるのか。

死んだ人間がどこへ行くのか。

その答えを、知っている人間は誰一人としていない。

それでも人間は、死後の世界を思い描いてきた。

善い行いをした者は、天国へ行く。

悪いことをした者は、地獄へ落ちる。

大切な人は、どこかで自分を見守ってくれている。

いつか、また会える。

そんな物語を信じ、失ったものの先に、何かがあることを願ってきた。

それが本当なら、どれほど救われるだろう。

もう会えない人にも、いつか会える。

失った命にも、その先がある。

今は届かない言葉も、いつか届くかもしれない。

そう考えられたなら、人は悲しみの中でも、少しだけ前を向けるのかもしれない。

けれど、それは希望であって、確かめられた事実ではなかった。

神を信じること。

死後の世界を信じること。

生まれ変わりを信じること。

人間は、そこに希望を見いだしてきた。

明日を生きるために。

失ったものを受け入れるために。

どうしようもない現実に、意味を与えるために。

けれど、どれだけ祈っても、奇跡が起きるとは限らない。

どれだけ願っても、失った命が戻ってくることはない。

祈りが届いたのか。

願いがかなったのか。

それを確かめることさえできないまま、人間はまた明日を迎える。

     *

透は、スマートフォンを手に取った。

画面には、紗季とのメッセージが残っていた。

《もちろん。また明日》

自分が送った言葉だった。

何気なく送った、いつもと変わらない返事。

明日も会える。

そう思っていた。

透は、画面を見つめたまま動かなかった。

「……また明日、って……」

声が途切れた。

続きは、言葉にならなかった。

もし、神様がいるのなら。

もし、祈りが届くのなら。

もし、奇跡というものが本当にあるのなら。

今からでもいい。

紗季を返してほしい。

もう一度だけでいい。

あの笑顔を見たい。

声を聞きたい。

明日、会いたい。

来週、一緒に海へ行きたい。

透は、何も言わずにスマートフォンを握りしめた。

けれど、画面の向こうから返事が来ることはなかった。

神様からも。

紗季からも。

何も。

透は、スマートフォンを握りしめたまま、うつむいていた。

もう、返事は来ない。

明日になっても、紗季から連絡が来ることはない。

いつものコンビニに行っても、あの笑顔を見ることはできない。

来週の土曜日に、二人で海へ行くこともできない。

透は、目を閉じた。

ふと、紗季の声が頭の中によみがえった。

いつか、二人で話していたときのことだった。

「……もし、生まれ変わっても、透くんに会えるよね……?」

紗季は、少し不安そうに笑っていた。

そのとき、透は何と答えただろう。

きっと、深く考えずに答えたのだと思う。

また会えるよ。

そんなふうに。

いつか、どこかで。

何度生まれ変わっても。

また二人で出会える。

そう言えば、紗季は安心したように笑ってくれたのかもしれない。

透は、唇をかみしめた。

「……生まれ変わったら……」

声が震えた。

「……また、紗季に会えるよな……?」

誰に尋ねているのか、自分でも分からなかった。

42紙は、生まれ変わりはないと言った。

神様もいない。

天国も、地獄もない。

死んだあとに何があるのか、誰も知らない。

それでも。

「……会えるって、思いたいんだよ……」

透の目から、涙がこぼれた。

「……もう一度だけでいいから……」

紗季に会いたかった。

声を聞きたかった。

笑ってほしかった。

また明日、と言いたかった。

生まれ変わりなどない。

そう分かっている。

信じたところで、紗季が戻ってくるわけではない。

それでも、もし。

もし、どこかでまた出会えるのなら。

もし、もう一度だけ、あの笑顔を見られるのなら。

今度こそ、もっとたくさんの言葉を伝えたい。

もっと一緒にいたい。

当たり前だと思っていた明日を、一日も無駄にしたくない。

けれど、その願いが叶うことはない。

透は、それを分かっていた。

分かっていても、願わずにはいられなかった。

叶わないと分かっているからこそ、信じたかった。

紗季と過ごした時間が、これですべて終わってしまうのだと思いたくなかった。

どこかに続きがあると。

いつか、また会える日が来ると。

そう思わなければ、明日を迎えることさえできそうになかった。

透は、スマートフォンの画面を見つめた。

そこには、紗季との最後のやり取りが残っていた。

《もちろん。また明日》

自分が送った言葉だった。

もう一度、その言葉を読んだ。

また明日。

今度は、返事をする人がいない。

それでも透は、心の中で願っていた。

いつか。

もし、いつかがあるのなら。

もう一度、紗季に会いたい。

――叶わないと分かっていても。

     *

白い空間に、42紙だけが残った。

42紙は、紗季が選んだ「2」の紙を見た。

それから、手に取った。

そして――。

力強く、握りつぶした。

紙に、深い皺が刻まれた。

42紙は何も言わなかった。

しばらくして、手を開いた。

皺だらけになった紙を、元に戻すことはできなかった。

42紙は、それを静かに置いた。

やがて、その場を離れた。

戻ってきたとき、手には小さなプリンがあった。

42紙は、誰もいない白い空間の片隅に、それを置いた。

スプーンを添えた。

容器の向きを、ほんの少し直した。

それから、何事もなかったかのように、その場を離れた。

誰も見ていなかった。

透も知らない。

紗季も、もう知らない。

そこにプリンが置かれていることを。

◇

明日は、もう来ない。

紗季が楽しみにしていた明日。

透と会って、話して、笑うはずだった明日。

来週の土曜日。

二人で行くはずだった海。

何を着ていこうかと考えていた時間。

一緒に歩く未来。

そのどれもが、確かに紗季の中にあった。

紗季は、何も間違っていなかった。

誰かを傷つけたわけでもない。

何かを失敗したわけでもない。

ただ、明日が来ると思っていた。

透も、そうだった。

二人とも、明日が来ることを疑っていなかった。

だから、約束した。

また明日。

その言葉に、特別な意味などなかった。

明日も会える。

そう思っていた。

それだけだった。

けれど――。

世界は、何事もなかったかのように続いていく。

朝が来る。

人が起きる。

仕事へ向かう。

いつもの店が開く。

誰かが笑い、誰かが話す。

その中に、紗季だけがいない。

透の明日にも。

もう、紗季はいない。

それでも人は明日を生きていかなければならない。

――第十八話・完――



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