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眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
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第9話 【校外学習】

「校外学習、ですか?」


「ええ」


 睡眠部・部室。中央の机では、宮下(みやした) 真琴(まこと)が本を広げていた。部屋の奥に置かれたソファには眠目(さっか) 玲夢(れむ)が腰掛け、スマートフォンを眺めている。


「なので明日は、二年生は校内にいません。部活動もありませんから、わざわざ来なくてもいいですよ」


「……先輩、まるで普段は健全な活動をしているみたいな言い草ですけど。ただ学校の部屋を私物化して寝てるだけですよね〜?」


「私物化ではありません。学校から正式に許可は得ていますから」


「なんで許されてるんでしょうね、この部活……。というか、先輩ってスマホとか触ったりするんですね」


「……? 何かおかしいですか?」


「いや、なんというか……先輩みたいな人って、そういうテクノロジーを嫌うタイプかな〜って」


「それはまた、随分な偏見ですね。今どきそんな人間、絶滅危惧種でしょう」


「ですよね〜、あははっ! で? 何見てるんですか?」


「明日の校外学習で訪れる、『月見ヶ原(つきみがはら)ARミュージアム』について調べてるんですよ」


「えっ!? あそこ行くんだ〜!? いいな〜」


「AR技術開発の第一人者、氷室(ひむろ) 豪(ごう)が手掛ける最新鋭のAR展示場。来館者数はすでに百万人を突破。SNSでも連日話題に──」


「知ってますよぉ! 私だって行こうとしたんですから! でも、予約争奪戦が地獄なんですよ!? この前なんて、深夜二時の更新と同時に予約ボタンを押したのに、予約取れなかったんですから〜!」


「それはなんというか……ご愁傷様です。まあ、あなたも来年になれば行けるんじゃないですか? ……知りませんけど」


「う〜、私も行きーたーいー! ゲームクリエイター志望としては、一回は訪れておきたい場所なんですぅ〜!」


 足をばたつかせ、駄々っ子のように騒ぐ宮下をよそに、眠目はスマホの画面から目を離さない。


 すると──つい先ほどまで向かいにいたはずの宮下が、いつの間にか眠目の隣へ移動していた。そのまま身を乗り出し、ひょいっとスマホの画面を覗き込んでくる。


「……勝手に人のスマホを覗かないでいただけますか? 行儀のなっていない人ですね」


「えへへっ、すいませ〜ん。……って、なんですか? これ」


「何って……月見ヶ原ARミュージアムのフードコーナーの情報ですが?」


 画面には、SNSに投稿された月見ヶ原ARミュージアムのフード写真がずらりと並んでいた。


『江戸時代のお団子・羊羹(ようかん)』

『ダヴィンチケーキ』

『ダイナソーパフェ』


 ……見事に甘いものばかりだ。


「……先輩。フードなんか調べてどうするんです?」


「明日食べるんですよ。それ以外に何があるんです?」


「食べるって……修学旅行じゃないんですよ? そこまで自由に動ける時間ありますかね〜?」


「なければ抜け出せばいいでしょう。こんな機会、そうそうありませんからね」


「…………」


 宮下は呆れを含んだ目を眠目へ向ける。当の本人はというと、画面に並ぶ甘味を前に、今にもよだれを垂らしそうな顔をしていた。


「……なんだかんだ、楽しみにしてるんですね〜。先輩なら『校外学習なんてくだらない』とか言いそうなのに」


「さっきから、あなたは私をなんだと思っているんですか?」


「……ま、そういうことなら。レム先輩がいない間は、私がこの部室を守っておきますよ。よからぬ存在が入り込まないようにね〜」


「……すでによ(・)か(・)ら(・)ぬ(・)存(・)在(・)は入り込んでいますけどね」


* * *


「…………」


 校内の駐車場には二年生たちが集まり、そこかしこで話し声が飛び交っていた。そんな喧騒の中、柊(ひいらぎ) 蓮司(れんじ)は一人、所在なげに立っている。


 転校してきたばかりの柊には、まだ友人と呼べる相手がいなかった。二年生ともなれば、すでに人間関係の輪はある程度出来上がっている。今さらそこへ柊が割って入る余地はなかった。


(……はぁ。早くバス来ねぇかな……。つうか、座るときどうすっかな)


 気の滅入る思いで、小さくため息を吐く。何気なく辺りへ視線を巡らせると──


「……あっ!」


 ──見覚えのある姿が目に入った。


 眠目 玲夢。漆黒の杖を手に佇み、艶やかな白髪を風になびかせている。その横顔は、誰もが目を奪われてしまうほど綺麗だった。思わず、胸がどきりと跳ねる。


「…………」


 一瞬ためらった末、柊は眠目のもとへ歩み寄った。数歩の距離まで近づいたところで、眠目が人の気配に気づく。薄青色の瞳が、ちらりと柊を捉えた。


「……ああ。お久しぶりです、柊さん」


「お、おう。久しぶり」


「何かご用ですか?」


 それだけ言うと、眠目は再び正面へ視線を戻した。まるで柊には興味がないといった様子で、ただ静かに佇んでいる。


「えーっと……」


「……当ててあげましょうか? あなたの目的」


「えっ!?」


「──柊 蓮司は転校生。すでに出来上がった人間関係の輪の中へ今さら飛び込んでいくのは容易ではなく、友人はゼロに等しい。そんなところへ、顔見知りの女子が一人でいるのを見つけた」


「…………」


「そこであなたは考えた。『こいつも一人なら、話しかけるチャンスなんじゃないか』──とね」


「ぐっ……!」


「……生憎ですが、私は友人を必要としておりません。それに、そんな見え透いた魂胆で声をかけられるのも不愉快です。さっさと消えていただけますか?」


「……わ、わかったよ……」


 柊は恥ずかしさに顔を赤くしながら、すごすごと踵を返す。この場から一刻も早く立ち去ろうとしたのだが──


「おはよーございまーす!」


 弾むような声が正面から飛んできた。見ると、一人の少女がこちらへ駆けてきている。


 頭には黄土色の鹿撃ち帽を載せ、その身には同色のインバネスコートを纏っている。その出で立ちは、古典推理小説に登場する某探偵を彷彿とさせた。


「なっ、なんだ? ……って、お前は……」


「どもども〜。お久しぶりです〜。宮下 真琴で〜す!」


(この間の盗難事件の被害者、だよな? こんなキャラだったっけ……?)


「はぁ……。宮下さん、何をしているんですか? それに、その珍奇な装いは?」


「え〜? 見て分かりません?」


「……あれだろ? シャーロック・ホームズの──」


「ジョン・H・ワトソンの格好ですよ〜!」


 宮下は得意げに胸を張ると、インバネスコートの裾を翻して、その場でくるりと一回転してみせた。


「……は?」


「なんせ私は、女子高生探偵・眠目 玲夢の助手ですからね〜。それにふさわしい格好をしてきたというわけです!」


「……じょ、助手? いやいや! つーか、その格好、どう見てもホームズだろ!」


「えっ、そうなんですかぁ? でも私が調べたところ、ワトソンがこの格好をしてたんですよねぇ。……まあ、そのワトソンは金髪の美少女でしたけど」


「どこから仕入れた情報だよ……」


「……まあ。原作小説にはホームズがそのような格好をしていたという明確な描写もありませんし、別にいいんじゃないですか?」


 眠目は興味なさげにそう言うと、宮下へ冷ややかな視線を向けた。


「それよりも、なぜあなたがここにいるんです? そろそろ一限が始まりますよ?」


「それはですね〜。実は私も、今回の校外学習に同行させてもらうことになったんです〜!」


「同行って……確か一年だったよな、お前」


「はい〜! 私、ゲームクリエイターを目指してるんです。だから、月見ヶ原ARミュージアムには、どうしても一度行ってみたくて……。そのことを先生方に熱弁したら、今回だけ特別に参加させてもらえることになりました〜!」


(……『睡眠部』といい。色々緩すぎだろ、この学校……)


「……そうですか。まあ、私には関係ありませんし、どうでもいいですけど」


「ええ〜!? 関係ありますよぉ! 同じ睡眠部の仲間じゃないですかぁ〜!」


「同(・)じ(・)睡(・)眠(・)部(・)? もしかしてお前、入部したのか?」


「はい! 私、睡眠が趣味なので!」


(……類は友を呼ぶってやつか?)


「えっと……お名前、なんでしたっけ〜?」


「ああ、俺? 柊 蓮司だよ」


「蓮司くんね、よろしく〜!」


(……なんでいきなりタメ口? まあ、別にいいけど……)


「それでですね。私、唯一の一年生で完全アウェーなので、お二人とも一緒に回ってくれませんか?」


「あ、ああ。俺はいいけど」


(つーか、一人で回らずに済むなら、こっちとしても願ったりだ……)


「……私はお断りします。面倒ですし、一人で行動しますよ」


「まあまあ、そう言わずに〜。もし、こっそり抜け出したくなったときは、私が手伝ってあげますから」


「……抜け出す? なんだよ抜け出すって?」


「…………」


「どうです?」


「……はぁ。本当に面倒というか、厄介な人ですね」


 どうやら観念したらしく、それ以上眠目が拒むことはなかった。

 

 そうこうしているうちに、一台のバスが駐車場へ入ってくる。バスは生徒たちの前に、ぷしゅーと音を立てて停車した。


「ではでは〜、いざ! 月見ヶ原ARミュージアムへ〜!」


 なぜか宮下が高らかに号令をかけ、真っ先にバスへ乗り込んでいく。その背中を追うように、柊と眠目もバスへ乗り込んだ。

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