第8話 【悪魔の子】
「霞池高校附属中学校……この霞池高校と中高一貫になっている私立中学校です。裕福な家庭の生徒も多く、校内も比較的平穏だった……はずなんですが」
「…………」
「どうやら三年ほど前から、急に校内でトラブルが相次ぐようになったそうです。警察沙汰になったものも何件か……中には、刃傷沙汰にまで発展したものもあるとか。私は高校から編入してきたので、聞いた話でしかありませんが」
「……はい。確かに、あの頃はやけに事件が多かったです。私もずっとビクビクしてました」
「そして、いつしか妙な噂が広まり始めた。ちょうど事件が増え始めた年に入学した、六十六期生。その学年にちなんで──この学校には『悪魔の子』がいる、と」
「うーん……そういうの好きですよね〜、みんな。失礼だと思わないのかなぁ、六十六期生の人たちに」
宮下はそう言うと、眠目の隣へ腰を下ろした。その勢いでソファが揺れ、二人の身体が小さく跳ねる。
「……で? どうなんですか?」
「誤解ですよ〜。そんな都合よく、瞳子を思い通りに動かせるわけないじゃないですかぁ〜。眠目先輩って理知的な人だと思ってましたけど、案外そういう都市伝説みたいな話、好きなんですね。あっ、別に馬鹿にしてるわけじゃないですよ〜!」
「…………」
「あ、そうだ。私も先輩に用があったんですよ〜」
「私に……?」
「はい! えっと……これです!」
宮下はスカートのポケットから、小さく折り畳まれた紙を取り出した。眠目はそれを受け取ると、ゆっくりと開いていく。
「……入部届? 睡眠部に?」
「はい! 実は私、睡眠が趣味でして」
「……そんなわけない、と言い切れないのが辛いところですね。……部員は募集していません。お断りします」
「いやいや〜。先輩にそんな権限はないですよ? もう顧問の先生から入部の許可はいただいてますから。眠目先輩が何と言おうと、今日から私も睡眠部の一員です」
「……はぁ……何が目的なんです?」
眠目は心底面倒くさそうに宮下を睨む。対する宮下は、驚くほど屈託のない笑顔を浮かべていた。
「──私、ゲームクリエイターになりたいんですよ」
「……は?」
「え? だから、ゲームクリエイターです。ゲームを作る人のことです」
「それくらい知っています。いきなり何の話ですか?」
「将来の夢の話ですよ。眠目先輩は、自分が将来どうなりたいとか考えてます?」
「……私は小説家になりたいですね。小説は好きですし、身体を動かさなくて済みますから」
「あー、いいですねぇ、小説家。やっぱりミステリですか〜? 探偵さんみたいですもんねぇ、眠目先輩」
「……話が逸れているようですが」
「ああ、私の話ですか〜? 私、小さい頃から自由帳とかを使って、すごろくとかカードゲームを自作するのが好きだったんです」
「ふむふむ。それで、ゲームクリエイターですか」
「はいっ! 何より喜びを感じるのは、自分が作ったゲームを誰かが遊んでくれる瞬間なんです。だから──」
宮下は身体を眠目へ向け、笑顔のまま目を合わせる。
「私のゲームで遊んでくれる人が欲しかったんです。なので、瞳子に軽い事件を起こさせて、眠目先輩がどれくらい遊べる人なのか、味見してみました〜」
「……さっきまで否定していたわりには、随分あっさり認めるんですね」
「そりゃあ、これから長い付き合いになりそうですからね」
「勘弁してくれませんかね。私は安眠を邪魔されたくないんです。それに、あなたのようなネジの外れた人間の相手も遠慮したい」
「まぁまぁ、そう言わないで。……眠目先輩だって、本当は事件を解くの、好きでしょう?」
「…………」
「ここに並んでる本。アガサ・クリスティに、江戸川乱歩。探偵もののミステリが多いですもんね」
「まぁ、否定はしませんが。あなたの作ったゲームに関しては、あまりに退屈でしたよ?」
「あははっ。まぁまぁ、あれはお試しですから。次はもっと楽しくなりますよ。約束します」
宮下はソファから立ち上がり、本棚の前まで歩いていく。そして、何気なく一冊の本を手に取った。
「『アクロイド殺し』。これ、読み直そうかな。私、初めて読んだときはあんまり楽しめなかったんですよねぇ。ネットのレビューで『どんでん返しがある』って知っちゃって、身構えながら読んじゃって」
「まさか、このまま部室に居座る気ですか? 美術部はどうするんです?」
「美術部は月曜日だけ出ることにします。あとは睡眠部に来るので、よろしくお願いしますね、先輩!」
「……まぁ。騒がないのなら、別にいいですよ」
「騒ぎません、騒ぎません! 大人しく本を読んでますから、先輩はどうぞ安眠なさっていてください。なんなら、先輩の睡眠を邪魔する人がいれば、私が排除しますよ〜?」
「……やれやれ」
眠目は呆れたように大きくため息をつくと、座ったまま目を閉じた。数秒後には、部室の中にすーすーと寝息が響き始める。
「……やっぱり面白い人」
宮下は眠目の寝顔を見つめ、くすりと笑った。
「これから楽しくなりそうだなぁ」
音を立てないよう静かに椅子を引き、腰を下ろす。そして、本を開いた。
──睡眠部の部室には、二人の少女。夕日が差し込む静かな部屋に、穏やかな寝息と、ページをめくる音だけが響いていた。




