第7話 【心理的密室の鍵】
「そもそも、なぜ私たちは、事件が起きたのは体育の授業中だと思ったのでしょう?」
「そりゃあ……体育の授業中に下着がなくなってたからだろ?」
「本当にそうでしょうか?」
「……? 着替える前にはあって、授業が終わって戻ったらなくなってたんだろ? だったら、その間に盗まれたってことじゃ……」
「いえいえ。必ずしもそうとは限りません」
「どういうことだ? 眠目君」
「……宮下さん」
「は、はい。なんですか?」
「事件が発覚するまでの流れを、もう一度確認したいのですが」
「……女子更衣室で着替えて、体育の授業を受けました。それで、授業が終わってから更衣室へ戻ったら、私のロッカーが荒らされていました」
「そして、下着がなくなっていた」
「は、はい……」
「……あっ」
柊は顎に手を当て、目を見開いた。
「……そう。犯人は密室が完成する前に犯行に及んだんです。それができたのは──斉賀 瞳子さん。あなたしかいません」
「えっ!? ひ、瞳子が……?」
「…………」
「犯行の流れはこうです。まず、日直だった斉賀さんは、他の生徒が着替えを終えて更衣室から出ていくのを待つ。そして、自分一人になったところで宮下さんのロッカーを荒らし、下着を盗み出した。そのあと、何食わぬ顔で更衣室を出て施錠する。これで現場は密室の完成です」
「なるほど……」
「そして体育の授業が終わる。斉賀さんは東雲先生から鍵を受け取り、更衣室を開ける。そこで荒らされたロッカーと、下着がなくなっていることに気づいた宮下さんは──犯行は、当然授業中に行われたものだと思い込んだ」
「そうか……その方法なら、そもそも授業中に鍵を使う必要なんてないのか」
「そういうことです。これなら鍵もいらないし、密室に入る方法を考える必要すらない。最初から密室窃盗ですらなかったんですよ。……どうですか? 斉賀さん」
「……はい、私です……」
斉賀は力なく俯いた。
「ずいぶんあっさり認めるんですね」
「だって……否定したってしょうがないですから……うう……」
斉賀はがっくりと肩を落とす。その隣で、宮下が心配そうに彼女を見つめていた。
「なぜ、このようなことを?」
「……悪気があったわけじゃないんです。その……いわゆるドッキリのつもりで」
「ドッキリ、ですか」
「は、はい。ほんの少し驚かせて、すぐに種明かしするつもりでした」
「それで、下着を?」
「……私、昔から友達がいなかったんです。真琴は、中学に入って初めてできた友達で……。中学の頃は、よく二人きりで遊んでました」
「…………」
「でも最近は、他の子も一緒に遊ぶようになって。二人きりでいることも、だんだん減ってきて……」
「……なるほど」
「それで、ちょっとだけ困らせてやろうって……。でも、本当にすぐ返すつもりだったんです。なのに、真琴が更衣室を飛び出しちゃって……。どんどん大ごとになって、今さら私がやったなんて言えなくなって……」
「それで、黙っていようと?」
「……はい。このまま誰にも分からなければ、それでいいかなって……」
「そ、そうだったんだ……」
真琴は安堵したように息を吐いた。
「ご、ごめん、真琴……。私、最低だよね……」
「ううん。びっくりしたけど……嫌がらせしたかったわけじゃないって分かったから」
「……まぁ。ずっと黙っていては、罪悪感が募ってしまうでしょうからね。誤解が解けたなら、それでよかったんじゃないですか?」
眠目はそう言うと、退屈そうにソファへもたれかかり、小さくあくびをした。
「……とまぁ、以上ですかね。実につまらなくて退屈な事件でした」
「お、お前なぁ……」
「さすがは眠目君だな。かくもあっさりと解決してしまうとは」
「柊さん。これで満足ですかね?」
「あ、ああ。助かったよ、ありがとう」
「ありがとうございました」
宮下が眠目に向かって、深々と頭を下げる。
「……いえいえ。この程度なら、別に私が出るまでもなかったでしょう」
(……正直、みくびってたけど……会長が頼るだけのことはあったってことか)
柊は感心したように眠目を見る。しかし当の眠目は、なぜか腑に落ちないような表情を浮かべていた。
「さて、そろそろ下校時刻であるぞ?」
「……そうですね。では、解散ということで」
眠目がそう告げると、柊たち四人は部室の扉へ向かっていく。やがて全員が部屋を出ていき、眠目だけがぽつりと残された。
「…………」
事件は解決した。犯人も、方法も、動機も分かった。それなのに──眠目の表情から、引っかかるものは消えていなかった。
* * *
数日後。眠目は相変わらず、睡眠部のソファですやすやと眠っていた。
そんな静寂を破るように、部室の扉が開く。入ってきたのは、宮下真琴だった。
「お邪魔します……あらら」
眠っている眠目を見つけると、宮下はそのままソファへ歩み寄る。そして、肩を叩こうと手を伸ばすと──
「──すみません、また呼び出してしまって」
「うわぁ!? お、起きてたんですか?」
「いや? 寝てましたよ。あなたが私の体に許可なく触れようとしたところで目覚めました」
「あははっ……ごめんなさい、起こそうと思って」
「んん……しょっと……」
眠目はゆっくりと身体を起こし、ソファに座り直した。そして、宮下の目をじっと見つめる。
宮下は、長い黒髪をサイドテールに結い、大きな茶色の瞳をこちらに向けていた。
「ありがとうございました。下着も、ちゃんと返してもらいました。眠目さんのおかげです」
「…………」
「それで……お話ししたいことがあるって言ってましたけど、何ですか? 事件は、もう解決したんですよね?」
「……実は、いくつか気になることがありまして」
「……? 気になること?」
「まず一つ。あなたが、なぜ警察への通報を拒んだのかということです」
「ああ……そのことですか」
宮下は眠目から目を逸らし、結んだ髪へ指を絡めた。
「実は……先生に報告したあと、瞳子の様子が少しおかしいことに気づいたんです。なんというか、妙に落ち着かない感じで。もしかしたら……って思って」
「なるほど。友人が犯人かもしれないと思ったから、警察沙汰にはしたくなかったと?」
「……はい。結果的には、警察沙汰にならなくてよかったです」
「……そうですか。では、もう一つ」
「はい。なんですか?」
「斉賀瞳子さんのドッキリについてです。『少し困らせてやりたくて、下着を隠した』……という話でしたが。イタズラにしては、少々度が過ぎていると思いませんか?」
「う〜ん……そうですかね? その辺は、人によるんじゃないですか?」
「ええ。私もそう思います。何を悪質と感じるかは、人それぞれですから。なので……本人に尋ねてみました」
「……瞳子に?」
「ええ。すると、以前にも似たようなドッキリをされたことがあったそうですね。他の友人が、あなたの着替えを隠したことがあるとか」
「…………」
「ですが今回は、下着がなくなっていると分かった途端、あなたはすぐに東雲先生へ報告に向かった。……思いませんでしたか? 今回も、誰かのドッキリなのではないかと」
「……あのときは気が動転してて。言われてみれば、確かにそうですね。そこまで騒ぐようなことじゃなかったのかもしれません」
「ちなみに、このノリを最初に始めたのは、あなたらしいですね。友達同士で着替えを隠すドッキリを仕掛けて、あとで種明かしをして笑い合う。それを見た斉賀さんは、『自分も混ざりたい』と思ったそうです」
「…………」
「これくらいなら、自分がやっても許されるだろう、と。そして──斉賀さんとあなたのチャット。失礼ながら、拝見しました」
「……ホントに失礼ですよ〜?」
「ええ、すみません。それを見て一つ、気になることがありまして」
「何ですかぁ〜?」
「あなたは斉賀さんと撮った写真ではなく、他の友人たちと遊んだときの写真を、わざわざ斉賀さんに送っていましたね。それも、何枚も。まるで見せつけるように」
「…………」
「なぜ、そんなことを?」
「……なぜだと思います〜?」
「……私の勝手な推測ですが」
宮下はなぜか、口元を緩めて笑っていた。そんな宮下を見上げながら、眠目は告げる。
「あなたは──わざと斉賀さんの嫉妬心を煽り、今回の事件が起こるように仕向けた。私は、そう考えています」




