第5話 【目覚め】
「話……ま、真琴の下着が盗まれた件ですよね?」
「はい。施錠したときのこと、詳しく話していただけますか?」
「え、えっと……まず職員室へ、更衣室の鍵を取りに行きました。そ、それから更衣室を開けて、みんなが中に入って……。着替えが終わって全員が出たあと、窓の鍵を確認してから、入口の扉に鍵をかけました」
「鍵をかけ忘れたということは?」
「なななっ、ないです! 鍵をかけたあと、ちゃんとドアノブを引いて、開かないことまで確認しましたから!」
「なるほど、分かりました。では、体育の後は?」
「東雲先生から鍵を受け取って、そのまま更衣室へ戻って鍵を開けました。そしたら──」
「宮下さんのロッカーが荒らされていた、と」
「は、はい……。私と真琴のほかにも、何人か一緒にいました。真琴がロッカーを確認したら、下着がなくなってて……。そのまま慌てて更衣室を飛び出して、東雲先生に報告しに行ったみたいです」
「うむ。ひどく慌てた様子であったゆえ、何事かと思うたわ」
「ふむふむ」
「窓の鍵まで確認してたってことは、やっぱ授業中に鍵を使って忍び込んだやつがいるってことだよなぁ」
柊はちらりと東雲へ視線をやる。当の東雲は、何食わぬ顔で話を聞いていた。
「もう一つ。体育の授業中、体育館から出た人はいましたか?」
「え? ……うーん。ずっと全員を見てたわけじゃないから、分からないですけど……真琴は一度、トイレに行くって言って、五分くらいいませんでした。一緒にサーブの練習をしてたので、それは確かです」
「……そうですか。宮下さんの他には?」
「さっきも言った通り、断言はできないです。ただ、私たちは出入口に近いコートにいたので、他に体育館を出ていった人はいなかった……と思います」
(……そうなると。やっぱり怪しいのは……この変態教師だよなぁ。『鍵は体育館に置いていった』という証言が嘘で、実際には鍵を持ち出して更衣室へ忍び込んだ。……今のところ、それが一番辻褄が合う)
柊は再び東雲へ疑いの視線を向けた。当の東雲は話に飽きたのか、我関せずとばかりに、その場で妙なポーズを決めている。
「……ところで。一つ、気になることがあるのですが」
「……? なんですか?」
「斉賀さんと宮下さんは、親しいのですか? 先ほどのお話から、そう感じただけなのですが」
「あっ、は、はい……。真琴とは同じ中学で、その……親友みたいなものです」
「そうですか。すみません、踏み込んだことを聞いてしまって」
「い、いやいや。大丈夫です」
「放課後も、ご一緒に?」
「は、はい。私たち、美術部なので……放課後は、いつも美術室にいます」
「では、私たちも伺ってよろしいですか? 宮下さんにも、もう少しお話を聞きたいので」
「はっ、はい。分かりました……」
* * *
美術室には、四人の部員がいた。皆それぞれキャンバスに向かい、黙々と筆を走らせている。室内には、絵の具特有の匂いが漂っていた。
「まっ、真琴〜?」
「……?」
声をかけられ、宮下が振り返る。その手前には、一枚のキャンバスが置かれている。
深い青を中心に、赤や黄、白といった色が複雑に絡み合っている。人物でも風景でもない。少なくとも、柊には何を描いているのかまるで見当がつかなかった。
(……抽象画ってやつか?)
「芸術には造詣がありませんが……この絵には、何かあなたの感情のようなものが滲んでいる気がしますね」
「……何か分かりましたか?」
「ええ。もう九割方、真相は見えたといったところです」
「は!? う、嘘だろ?」
「嘘ではありませんよ」
驚く柊とは対照的に、眠目は涼しい顔をしている。
「今は、残りの一割を埋める作業をしているといったところです。宮下さん、協力していただけますか?」
「は、はい。でも……何を話せばいいですか? 大体のことは、もうお伝えしたつもりですけど……」
「あなたの普段のことです。放課後は、いつもどのように過ごされていますか?」
「……月、水、金は部活があるので、ここにいます。それ以外の日は、みんなと帰ったり、遊んだりしてます」
「みんな、というと?」
「瞳子とか、クラスメイトとか……普通に友達と過ごしてるだけです。……ね?」
「う、うん……」
宮下に同意を求められ、瞳子が小さく頷く。しかし、その表情はどこか浮かない様子だ。
「……そうですか。よく分かりました。では、私たちはこれで失礼します」
「え? あ、あの……もう大丈夫なんですか?」
「ええ」
「なんだよ。そんなこと聞くために来たのか? 事件と関係なくね?」
「…………」
眠目は何も答えず、そのまま美術室を出ていく。
「お、おい!」
柊も慌てて、その後を追った。
* * *
二人は睡眠部の部室へ戻っていた。眠目はふらふらとソファまで歩いていくと、そのまま倒れ込むように仰向けになった。
「……九割方、事件は解けたとか言ってたけど。犯人は分かったのか?」
「…………」
「授業中、更衣室は施錠されてた。体育館を出たのも、確認できた範囲じゃ宮下さんだけ……となると、やっぱりあの体育教師が嘘をついてるとしか……」
「…………」
「なあ、聞いてんのか?」
「…………すー…………すー…………」
「……う、嘘だろ……寝てやがる……!」
柊は眠目の顔を覗き込み、頬を引きつらせた。幸せそうに眠るその姿は、まるでおとぎ話の眠り姫のようだった。
「や、やっぱり、こいつに頼んだのは間違いじゃねぇか? 会長はどういうつもりなんだよ……」
柊は頭を抱えた。ふと時計へ目をやると、すでに十七時を回っている。
「…………」
もう帰ろうかとも思ったが、眠っている眠目を一人残していくのも気が引ける。柊は諦めたように息をつき、眠目が目を覚ますまで待つことにした。
* * *
「……んん……」
「……起きたか?」
眠目は寝そべったまま、小さく声を漏らした。うっすらと瞼が開き、薄青色の瞳が覗く。
「……おはようございます」
「『おはようございます』じゃねぇよ。急に寝やがって」
「できれば、温かい緑茶と甘いお菓子を用意していただけると幸いです」
「ねぇよ、そんなもん!!」
「冗談の通じない人ですねぇ」
眠目は悪びれる様子もなく、ゆっくりと上体を起こす。そのままソファに座り直すと、両腕を上げて大きく伸びをした。
「もうそろそろ下校時刻だぞ?」
「……そうですか。では、東雲 総二郎、斉賀 瞳子、宮下 真琴の三人をここへ呼んでいただけますか?」
「は? な、なんで?」
「なんでって……あなたが依頼してきたんでしょう?」
眠目は小さくあくびをした。そして、薄青色の瞳を柊へ向ける。
「事件の真相をお話しするためです」




