第4話 【東雲の秘密】
「失礼します。二年の眠目 玲夢です」
「二年の柊 蓮司でーす」
「はい、何の用ですか?」
「東雲先生から、プリントを取ってきてほしいと頼まれまして。どこに置いたか忘れてしまったそうなので、机を少し探しても構いませんか?」
「はい、了解です。入っていいですよー」
(こいつ……よくもまあ、こんなすらすらと嘘がつけるな……)
柊は感心すべきか呆れるべきか分からないまま、眠目の後に続いた。
やがてたどり着いた東雲の机は、書類や私物が雑然と積まれ、ひどく散らかっていた。調べる側としては、むしろ好都合といったところだ。
「よいしょっと……ふぅ……」
「……? 何してんだ?」
「何って、椅子に座っていますが。見て分かりませんか?」
「いや、そうじゃなくて……机を調べるんだろ?」
「……面倒なので、あなたにお任せします。私はここで見ていますから、何か気になるものがあったら教えてください」
(こいつ……!)
柊は眉をひくつかせる。文句の一つでも言ってやりたいところだが、ぐっと堪えた。
「……分かったよ」
渋々、東雲の机の上から調べ始める。小テストの答案用紙や学校だよりの束が、無造作に積み重なっていた。それらを一つずつ退かしていくと、下に埋もれていた卓上カレンダーが姿を現した。
「……えっ!? お、おい! 眠目さん、これ……!」
「カレンダーですか。何か変わったことでも?」
「昨日の日付、見てくれ!」
柊は卓上カレンダーを眠目へ手渡した。眠目は気怠げに受け取ると、昨日の日付へ視線を落とした。
「『14:30〜15:00』……六限は14時25分から15時15分ですから、ちょうど授業中の時間帯ですね」
「それってもしかして、犯行時刻をメモしてたとかじゃないか? 最初からその時間を狙って、更衣室に忍び込むつもりで……」
「だとしたら、このカレンダーを処分していないのは間抜けすぎる気がしますね。それに、わざわざ犯行時刻をメモしておく理由も分かりません」
「……まあ、それもそうだな」
「他に気になるものは?」
「うーん、机の上にはなさそうだな。学校関連の資料が散らかってるだけで」
「では、引き出しの中も漁ってみてください」
「……なあ、これっていいのか? その……人として」
「私たちはプリントを探しているだけですよ? ほら、早くしてください」
(……なんだかなぁ)
釈然としないまま、柊は一番上の引き出しを開けた。
「……ん?」
そこにはなぜか、個包装された飴がぎっしりと詰め込まれている。
「なんだこりゃ……?」
「飴、ですか。一つ、こちらに寄越してください」
「……? ほらよ」
柊は目についたメロン味の飴を、眠目へ向かって放った。眠目はそれを片手で受け止めると、まじまじと眺める。
「その飴……何かあるのか?」
「…………」
眠目は答えない。そのまま包みを開けると──飴を口の中へ放り込んだ。
「んん……なんなんでしょうね、この飴」
「…………」
(……もしかして、食いたかっただけか?)
「まあ、大方予想はつきますけど。聞いてみましょうか。……すみませ〜ん!」
「はい、どうしたの?」
眠目は近くにいた若い女性教師へ声をかけた。
「東雲先生の机に、飴がたくさん入っていたんですが、これは?」
「ああ、それ? 東雲さん、今禁煙中なんだって。口が寂しいから、飴が欠かせないって言ってたよ」
「なるほど、なるほど。禁煙中ですかぁ」
(おいおい……じゃあ、さっきの『煙草を吸ってた』って話、嘘だったのか……?)
「……というか、レムちゃん?」
「……? なんです?」
「ダメでしょ? 人のもの、勝手に食べちゃ」
(まあ、そりゃ怒られるよな……)
「ああ、すみません。私は常人の数十倍頭を使うので、糖分を摂らないでいると眠気に襲われてしまうんです」
「……さっき糖分たっぷり摂った直後に寝てたけどな」
「……まあ、いいか。可愛いから見逃してあげるっ!」
女性教師は笑顔で眠目の頭をぽんぽんと撫でると、手を振りながら去っていった。
(……ホントにそれでいいのか? 教師として……)
「さて。調査を続けましょうか」
「はいはい……」
柊は続けて引き出しを開けていく。中には、用途のよく分からない書類が雑然と並んでいた。
「うーん。めぼしいものはなさそうですね」
「どうする? そろそろ引き上げるか?」
「いえいえ。まだそこを調べてないでしょう?」
眠目は小さくあくびをしながら、机の上に置かれた黒い鞄を指差した。
「い、いやいや! さすがにそれは……」
「はぁ……甲斐性のない男ですね。それをこちらへ」
「えっ!? ま、マジかよ……」
柊はためらいながらも、黒い鞄を眠目へ差し出した。眠目は受け取るや否や、何の迷いもなく中へ手を突っ込み、ごそごそと漁り始める。
「……ん? これは……」
眠目は鞄の中から、一枚のクリアファイルを取り出した。表面には、派手な衣装に身を包んだアニメの少女たちが描かれている。
「な、なんだそれ?」
「『魔法少女・プリティーマギア』、通称プリマギ。知りませんか? 今、ネットでも結構話題になってますよ?」
「知らね」
「そもそもは女児向けに作られたアニメですが、練り込まれたシナリオや手の込んだアクションシーンは、大人が見ても楽しめる作品なんだとか」
「へぇ。で? そのアニメのクリアファイルが、なんで先生の鞄に?」
「……ふむ」
眠目はクリアファイルの隅へ目をやる。
「名前欄に『しののめ みく』とありますね。東雲先生は既婚者ですし、おそらくお子さんのものでしょう」
「ほーん。あんなのでも結婚できるもんなんだなぁ」
「まあ、世の中いろんな人がいますからねぇ」
「他には?」
「うーん……面白そうなものはなさそうですね」
(……なんか目的が変わってないか……?)
「……この辺にしておきましょうか。柊さん、そこの学校だよりを持っていってください」
「え? なんでだよ?」
「一応、ここへ来た口実が必要でしょう? 何も持たずに帰ったら不自然です。あとで東雲先生に渡せば問題ありません」
「なるほど……」
(……なんか嫌だなぁ。悪いことしてるみたいで)
柊は渋々、学校だよりの束を手に取った。眠目も椅子から立ち上がり、二人で職員室の出口へ向かう。
「見つかった?」
「はい。失礼しました」
声を掛けてきた教師に眠目がぺこりと頭を下げる。二人は何食わぬ顔で、職員室を後にした。
* * *
「二人ともっ! いったいどこへ行っておったのだ!? 探したのだぞ!?」
校舎の中庭で、東雲とばったり鉢合わせた。東雲はなぜか妙なポーズを決めており、その隣には眼鏡をかけたおさげの女子生徒が立っている。
「どこって……先生に頼まれて、プリントを取りに行ってたんじゃないですか。ほら、これ」
眠目は柊が抱えている学校だよりの束を指差した。
(さすがに通らないだろ、それは……)
「う、うむ……? 我が頼んだのであったか?」
「はい。なので、取ってきましたよ」
「な、なるほど……すまぬな。受け取っておこう」
東雲は腑に落ちない顔をしながらも、柊からプリントの束を受け取った。
(……バカでよかった……)
「それで? その人が?」
「うむ。昨日の日直を務めておった婦女子だ」
「あっ、えっと……一年の斉賀 瞳子です。は、初めましてぇ……」
「二年の眠目 玲夢です。昨日のことについて、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」




