第3話 【密室の謎】
「おーい、取ってきたぞー……って」
体育館の一階へやってきた柊は、思わず足を止めた。眠目が壁に背を預け、目を閉じている。
(……この短時間で、もう寝たのか?)
呆れながら近づいてみると、すーすーと穏やかな寝息を立てていた。──やはり、本当に寝ているらしい。
そして、柊との距離が一メートルほどになったとき。眠目がうっすらと瞼を開き、こちらを見上げた。
「……お父さん?」
「誰がお父さんだ! そんな歳に見えるか!?」
「……冗談ですよ。つまらない男ですね」
(……今の、俺が悪いのか?)
「よいしょっ……うっ……!」
「お、おいおい。大丈夫か?」
立ち上がろうとした眠目の身体が、ぐらりと傾く。柊は咄嗟に肩へ手を添え、その身体を支えた。
「…………」
すると眠目は、なぜか不機嫌そうに柊を睨みつけた。
「……なんだよ?」
「はぁ……手、離してもらえますか? 余計なお世話なんですよ」
「なっ……! そ、そうかよ。悪かったな!」
言われた通り、柊は肩から手を離す。眠目は触れられた肩をぱしぱしと払うと、傍らの杖を手に取った。
「……同情、憐れみ。そういったものが、かえって人を傷つけることもあるんですよ? 覚えて帰ってくださいね?」
「…………」
柊は何も言い返さず、ただ黙り込んだ。
「さて。それでは調べてくるので、鍵を渡してもらえますか?」
「調べてくるって……一人で?」
「ええ、当然ですが? ……あっ、もしかして。『調査を口実に女子更衣室へ入れるかも』なんて考えてました? やれやれ、どうしようもない人ですね」
「別に思ってねぇよ!! ただ──」
「ただ?」
「…………いや、なんでもない」
「そうですか」
眠目は気まずそうに俯く柊から鍵を受け取った。
「では、少し調べてきます。そこに座って、睡眠でもとっていてください」
(そんな簡単に寝られるか!!)
* * *
「お待たせしました」
「……ん。どうだった?」
「窓はありましたが、縦に格子が取り付けられていました。細工された形跡もありませんし、そこから侵入するのは難しいでしょうね。他にも、出入りできそうな場所は見当たりませんでした」
「そうか……つーかさ」
「……? なんです?」
「女子更衣室、入ったことあるだろ? それくらい知らなかったのかよ」
「いえ? ありませんよ? 私は体育を免除されていますし、健康診断のときも睡眠部の部室で着替えていますから」
「完全に部室を私物化してんじゃねぇか……よく許されてるな」
柊は呆れ混じりにため息をつくと、腰を上げた。
「さてと。やはり、更衣室に入るには鍵が必要ということでしょう」
「ってことは、やっぱ体育教師以外に犯行は不可能か?」
「まあ、その辺も含めて──」
「おやおや、二人とも。そこで何をしておる?」
不意に、野太い男の声が響いた。二人が振り返ると、二階へと続く階段から、一人の筋肉質な男が降りてくる。──なぜか、妙なダンスを踊りながら。
(な、なんだ? あの変質者は……)
「……噂をすれば。こんにちは、東雲先生」
「えっ!? あ、あれが?」
東雲は階段を降り切ると、そのまま軽快なタップを踏みながら二人のもとへ近づいてきた。
「久しいな、眠目君。それと、そなたは確か……柊君、であったかな?」
「どうも」
「こ、こんちわー……」
(……なんか、むず痒くなる喋り方だな……)
「ちょうど先生に伺いたいことがあったんです。少し、お時間よろしいですか?」
「もちろん。愛らしい生徒の頼みとあらば、断る理由などあるまい? 何なりと聞いてくれたまへ」
「あの〜、その前に一ついいすか?」
「何だね?」
「その……独特ですよね、喋り方。それって、どういう……?」
「…………」
東雲は何も答えず、しばし柊を見つめた。
「──淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人と栖と、またかくのごとし」
「は? え、えっと……?」
「我らの存在もまた、うたかたのごとく儚く脆きもの。つまりは、そういうことよ」
「……要するに、『細かいことは気にするな』と、そう言いたいのでしょう」
「うむ。さすがは眠目君。話の分かる婦女子よ」
(……まるで意味が分からん……)
「東雲 総二郎先生。体育と古文を兼任されている方です。なので、普段の口調にも多少影響が出ているようで」
「多少ねぇ……」
「それで? 我に聞きたきこととは何かな?」
「ええ。例の下着盗難事件についてです」
「……ああ、なるほど。またそなたが駆り出されておるのか」
「不本意ながら。……女子更衣室の鍵ですが、昨日は先生が預かっていたんですよね?」
「うむ。さようだ」
「そして昨日の体育は、バレーの自主練習だった。その間、先生は授業が終わる頃まで体育館を離れていたと、宮下さんから聞いています」
「う、うむ……」
「先生は女子更衣室の鍵を管理していた。そして、盗難が起きた時間帯には体育館を離れていた。授業が終わり、宮下さんが更衣室へ戻ると下着がなくなっていた。……さて、犯人は?」
「ま、待ちたまへ! わ、我は盗んでなどおらぬ!」
「では、体育館を離れていた間、何をしていたのか伺っても?」
「うぬぬ……」
東雲は苦々しい顔を浮かべ、視線を逸らした。
(……怪しいなぁ。何かやましいことでもあるようにしか見えないぞ)
「どうされました? 答えられない理由でも?」
「……た、煙草を吸っておった。自販機の隣の腰掛けでな」
「煙草? 校内で吸っていいんだっけ?」
「いえ。学校の敷地内は禁煙ですよ」
「う、うむ。分かっておる。どうにも我慢できなくてな……」
「それで、わざわざ授業中に抜け出して煙草を?」
「授業中なれば、生徒もおらぬ。受動喫煙にもなるまい。当然、吸い殻は持ち帰ったぞ」
(なるほど……それで言い淀んでたのか。一応、筋は通るな)
「……それを証明できる人は?」
「お、おらぬ。授業中ゆえ、生徒も教師も通り掛かりはせなんだ」
「そりゃそうか」
「なるほど、なるほど。まあ、私は信じますよ? その話」
「いやいや、なんでだよ!?」
「やれやれ、柊さん。先生が生徒に嘘をつくわけないじゃないですか」
(……もしかしてこいつ、ポンコツなのか? 大丈夫かよ、これに任せて……)
「それで、鍵についてですが。当然、持っていったんですよね?」
「そ、それが……鍵は体育館に置いてきたのだ。このようなことになろうとは思いもせず……」
「あらっ! それだと、下着が盗まれたのは先生の責任でもあるということですねぇ」
「ぐっ……返す言葉もないわ……」
「先生の証言によって、密室の前提が崩れました。授業中に誰かが鍵を持ち出せば、更衣室へ侵入することは可能だったということです。いや〜、素晴らしい!」
「何が素晴らしいんだよ……犯人候補が増えただけじゃねぇか」
「せっかく私が動いているのに、『鍵を持っていた体育教師が犯人でした』では、あまりにつまらないじゃないですか」
「つまらないって……はぁ……」
柊は呆れたように額へ手を当てた。
「あ、そうそう。お話は以上なんですが、先生に一つお願いが」
「な、何かな?」
「昨日、更衣室の施錠を担当した日直の女子生徒を、ここへ連れてきてもらえますか?」
「う、うむ。それくらいならお安い御用よ」
「ありがとうございます。私たちはここで待っていますので」
眠目は笑顔で手を振る。東雲は頷くと、再び妙なステップを踏みながら体育館を後にした。
「……さてと。では、行きますか」
「え? 行くってどこへ? 先生を待つんだろ?」
「待ちませんよ。彼が日直を呼びに行っている間に、職員室へ向かいます」
「な、なんで?」
「はあ? 東雲 総二郎のデスクを調べるために決まっているでしょう?」
「……眠目さん、さっき先生の話を信じるって言ってなかったか?」
「信じるも何も、そもそもあの証言は不自然でしょう」
「不自然……? 一応、筋は通ってると思ったけどな」
「……もしかしてあなた、ポンコツですか?」
「ぽ、ポンコツ……!? 俺が……?」
「宮下さんの証言では、彼が体育館を離れていたのは四十分ほど。その間、ずっと煙草を吸っていたと? 一服するだけなら、四十分も必要ありませんよね?」
「あっ……! そ、それは……そうか。じゃあ、やっぱり更衣室に?」
「それを確かめるために、わざわざ彼を動かしたんです。無駄な時間を取らせないでください。行きますよ」
「ぐっ……!」
(悔しいけど、何も言い返せないな……)
柊はぎりっと奥歯を噛み締めた。
一方の眠目は、そんな彼などどこ吹く風。杖をつきながら、さっさと先へ進んでいく。柊は苛立ちを飲み込み、その後を追いかけた。




