第31話 【ドッペルゲンガー】
月見ヶ原ARミュージアム。三人は再び、その館内を歩いていた。事件の影響で施設は休館中。昨日の喧騒が嘘だったかのように、館内は静まり返っている。
「……いいのか? 勝手に入って」
「勝手にも何も、ここにいるというのですから仕方ないでしょう」
「それにしても〜。AR映像がないと、一気に寂しい施設に感じますね〜」
しばらく歩いていると、館内のあちこちに警察官の姿が見えてきた。眠目はそのうちの一人の方へ、迷うことなく歩いていく。
「すみません」
「……ん?」
「眠目 玲夢です。音無 雫さんは、どちらにいらっしゃいますか?」
「ああ、キミが。彼女なら今、館長室にいるよ」
「分かりました。ありがとうございます」
眠目は小さく頭を下げると、再び歩き出す。柊と宮下もそのあとに続いた。
* * *
館長室の扉は自動ドアのようなスライド式になっており、今は開いたままになっていた。中には、数人の警察官と音無 雫。音無はモニターの操作盤を触りながら、警察官たちに何かを説明しているようだった。
「音無さん、こんにちは」
「……?」
眠目の声に、音無が手を止める。そして、目を丸くしながらこちらへ振り返った。
「こんにちは。どうして、またこちらに?」
「少し、お話を伺いたくて」
「ええ、構いませんよ」
「それと……少々個人的なお話になりますので、皆さんは席を外していただけますか?」
眠目はそう言って、周囲の警察官たちを見回した。
(……いや、さすがにそれは厳しいだろ……)
柊は呆れた顔で眠目を見る。だが──柊の予想に反し、警察官たちは三人と音無だけを残して、次々と館長室を出ていった。
「……えぇ……」
「……さてと」
眠目は何事もなかったように近くの椅子へ腰掛ける。音無もそれに続くように対面の椅子へ座った。
「茅野さんが自首した件は、ご存じですよね?」
「ええ、驚きました。とても真面目な方だったので……」
「真面目な方、ですか」
「……? 何か?」
「いえ。実は、茅野さんと音無さん──あなた方に以前から接点があったことは、もう分かっているんです。茅野さんのPCに保存されていた、昔の動画を見ました。そこには、彼の妻である茅野 瑞稀さん、氷室 輝夜さん、そして──あなたも映っていましたから」
「そ、そうですか」
「まあ、その話はいったん置いておいて。茅野さん──彼には、犯行は不可能だったんです」
「ふ、不可能?」
「ええ。事件発生時、茅野さんはこの館長室にいました。そこの操作盤とモニターから音響システムを操作し、村上 狼さんの声を掻き消した。そして、代わりに自分の声を挿入した。そうすることで、あたかも自分が犯行現場にいたかのような偽の目撃証言を作ったんです」
「そうだったんですね……」
「では次に考えるべきは──村上さんのカメラに映っていた、赤いレインコートの人物は誰だったのか? その人物は赤いレインコートを着て、館内を誰にも気付かれることなく移動していた。つまり実行犯は、館内のシステムを熟知した関係者だったと考えられます」
「え、ええ。ですが……茅野さん以外の職員には、全員アリバイがあります。やはり、彼以外には犯行は不可能なのでは?」
「……では、結論から申し上げましょうか」
「……?」
「氷室 輝夜さんを殺害した、赤いレインコートの人物。それは──音無 雫さん。あなたです」
「えぇ!?」
音無が目を見開いた。同時に、柊が身を乗り出す。
「い、いやいやいや! それはないだろ! だってその人、事件が起きたときは俺たちと一緒にフードコーナーにいたじゃねぇか!」
「そうですよ〜。私たち三人が、音無さんのアリバイの証人ですよ〜? 明智さんだって、そう言ってたじゃないですか〜」
「…………」
眠目がすっと宮下へ顔を向けた。そして、ジト目で彼女を見上げる。宮下は眠目としっかり目を合わせたまま、いたずらっぽく笑っている。
「……とりあえず。あなたの犯行を、順番になぞってみましょうか」
眠目は音無へ向き直った。
「まずあなたは、村上さんに中世ヨーロッパエリアで待機するよう伝えました。『特別なイベントがある』と言ってね」
「は、はい……それを伝えたのは、確かにわたくしですが……」
「事件当日、赤いレインコートを着たあなたは、カメラを構えて待っていた村上さんの前に姿を現した。そしてそのまま、氷室 輝夜さんをナイフで刺殺しました。犯行を終えたあなたは館長室へ戻り、そこで待機していた茅野さんと合流して、ナイフやレインコートといった証拠品の処分を彼に任せた」
「えっと……すみません。先ほども申し上げましたが、事件が起きた時間……私は皆さんと一緒にフードコーナーにいましたよね?」
「ああ。お前の推理だと、音無さんが二人いたことになるぞ?」
「……二人、ですか」
眠目はゆっくりと柊へ振り返った。柊は不思議そうな顔で彼女を見つめ返す。
「そうですね。音無さんは──二人いたんですよ」
「……?? 何言ってんだ、お前? まだ寝ぼけてんのか?」
「もう一人の自分……“ドッペルゲンガー”ってやつですか? 私も会ったことあります〜! 会うと死んじゃうんですよ〜?」
(……じゃあなんで生きてんだ? こいつ)
「……柊さん。あなたは昨日、恐竜の展示に驚いて転倒し、恥をかいていましたね」
「だあああああ!! いきなり何の話だよ!!」
「耳が真っ赤になっていましたよ?」
「うるせぇな! あんなもん、誰だってびっくりするだろ!」
「私はそうでもなかったよ〜?」
(……お前は例外だろ。人として)
「まあ、柊さんの恥の話はどうでもいいんですよ」
「なら掘り返すなよ」
「私が話したいのは、その直後のことです」
「直後?」
「ええ。あのとき、柊さんはポケットからスマホを落としましたよね?」
「あ? あー、そうだったな」
「そしてそのスマホは、音無さんの足元付近に落ちた。それこそ、少ししゃがみ込めばすぐに拾える程度の距離に」
「…………」
「こういった施設のキャストなら、拾ってくれてもよさそうなものだと思いましたが」
「まぁでも、誰もがそこまで親切とは限りませんしね〜」
「失礼だろ。本人目の前にして」
「もう一つあります。柊さん。あなたは昨日、ゆでたまごを頭の悪い持ち方で食べようとして、床へ落として恥をかいていましたね」
「……なんでさっきから俺が詰められてんの?」
「そのゆでたまごも、音無さんの足元へ落ちました。ですが彼女は──一歩後ろへ下がっただけで、拾おうとはしませんでしたね」
「……申し訳ございません。わたくしの配慮が足りておらず。まだまだ未熟者ですので……」
「未熟者、という割には。宮下さんから椅子に座るよう勧められた際には、『勤務中ですので』と断っていましたね」
「…………」
「……言われてみれば。俺も思ってたんだよな。この人、ずっと突っ立ってるだけで何もしねぇなって」
「蓮司くん、失礼だよ? 本人目の前にして」
「お前が言うな」
「……音無さん。もしかしてあなたは、スマホやゆでたまごを拾わなかったのではなく──拾えなかったのではありませんか?」
「ひ、拾えなかった……? それは……どういう意味でしょう?」
「……ジョギングのやりすぎで足を痛めてたとか?」
「それなら、私が椅子を勧めたときに座るんじゃない?」
「…………」
「音無さん。あなたは確かに、事件発生時、私たちと一緒にフードコーナーにいました。ですが、そのときのあなたは──」
眠目は立ち上がり、杖を突きながらゆっくりと室内を歩き始める。そして、無数のモニターが並ぶ操作盤の前で立ち止まった。そして、音無の方へ振り返る。
「──AR映像で作られた、実体のない偽物だったんです」
「は、はぁ!? AR映像って……あの魚とか恐竜とかと同じだったってことか?」
「そういうことです」
「…………」
「でも、そんなこと可能なんですかね〜?」
「一人では難しいでしょうね。だからこそ、共犯者──茅野さんがいた。あの“音無 雫”は、ただ決められた動きを繰り返す映像ではありませんでした。私たちの言葉にもその場で応答していた。彼がリアルタイムで映像を操作していたんです」
眠目は操作盤を杖でコンッと軽く突いた。
「そしてあなた自身は、ARコンタクトを介して私たちの様子を確認する。例えば──防犯カメラの映像を、常に視界の一角へ表示しておくとか、ですかね? さらに、通話用のマイクやイヤホンを使えば、こちらの状況に合わせて会話することもできます。館内の音響システムを利用してね」
「……凄いですね。そこまで分かっちゃうんですか?」
「今の発言、認めたということでよろしいですか?」
「違いますよ? よくそこまで妄想を重ねられますね、という意味です」
「妄想、ですか」
「ええ。あなたの推理はすべて、証拠のない憶測でしかありません」
「そうですか……ですが、あなたが犯人だと考えれば、辻褄が合うことがあるんですよ。目撃者──村上さんの存在です」
「彼が、何か?」
「おかしいと思いませんか? 犯人は館内のARシステムを利用して姿を消していた。にもかかわらず、殺害の瞬間だけはシステムを解除し、村上さんの前へ姿を現した。まるで──彼に犯行を目撃させたかったかのように」
「なるほど〜! だから事前に村上さんを中世ヨーロッパエリアへ呼び出して、カメラまで回させたんですね〜! 殺害の瞬間を撮影させれば、犯行時刻がはっきりする。そして、その時間に私たちと一緒にいれば、自分にはアリバイがある──そう見せかけられる!」
「そういうことです」
「……はぁ。何度も言いますが、あなたの推理には──」
「証拠ならありますよ?」
「……え?」
「あなたが昨日、AR映像として存在していた証拠です」
「証拠って……システムの操作履歴とかか?」
「仮にそんなものが残っていたとしても、真っ先に消しているに決まっているでしょう」
「蓮司くん、おバカさんだね〜」
「……じゃあ何なんだよ、その証拠って」
「──あなたですよ、柊さん」
「……は? お、俺?」
「ええ。その証拠は──あなたが持っています」




