第29話 【復讐】
留置所・面会室。アクリル板の向こう側に、茅野 悟は座っていた。
「こんにちは、茅野さん」
「…………」
(……動画のときも思ったけど……前に会ったときと、全然雰囲気が違うな……)
茅野はふてぶてしい面持ちで椅子に座り、眠目を見上げながら片眉を上げた。
「……話が聞きたいって?」
「ええ。来ていただき、ありがとうございます」
「いいよ。もう全部、終わったことだから」
「終わったこと、ですか……ひとまず、事件を最初から振り返ってみてもよろしいですか?」
「どうぞ?」
「まずあなたは、実の父親である氷室 豪さんを、月見ヶ原ARミュージアムへ呼び出した」
「……そのことはもう知ってるんだな」
「あなたは氷室さんと一緒に館長室へ入り、何らかの方法で彼を眠らせた。本人の証言と照らし合わせれば……コーヒーに睡眠薬でも入れていたのでしょうか?」
「ああ、その通り。何の疑いもなく、ごくごくと飲んでたよ」
「そうして眠りについた氷室さんの懐からカードキーを抜き取った。そして、館長室に保管されていた赤いレインコートを羽織り、ナイフを用意しました。やがて“心の血液”が尽き、例の轟音が鳴り響きます。それを合図に、あなたは館長室を出ました。その際、館内のARシステムを利用し、ARコンタクトを装着していた来館者の視界から自分の姿を消していた」
「映像を現実に重ねるだけじゃなくて、現実にあるものまで消しちゃうなんて。とんでもない技術ですね〜」
「中世ヨーロッパエリアへたどり着いたあなたは、その場にいた氷室 輝夜さんの前で姿を現した。その瞬間を、村上さんがカメラを回しながら目撃していました」
「ああ。手元のボタン一つで、システムのオンとオフを切り替えられたからね」
「輝夜さんについても、同じ仕掛けですか?」
「ああ。心の血液がなくなると同時に、輝夜の拘束は解除された。そして、あいつはレインコートを脱ぎ、その場に姿を現した」
「なるほど。あなたはそうして現れた氷室 輝夜さんを、ナイフで刺殺した。それを目撃した村上さんは逃走。その際に落としたカメラを、あなたが回収した」
「ああ」
「輝夜さんが着ていたレインコートは?」
「それも回収したよ。館長室に戻してある」
「そうですか。村上さんのカメラと、輝夜さんのレインコート。この二つを回収したあと、あなたは再びシステムを起動し、姿を消したまま館長室へ戻った」
(……ん? なんか引っかかるな……)
柊が顎に手を当てる。まるで、魚の骨が喉につっかえたような感覚がした。
「そして、眠っている氷室 豪さんの髪を数本抜き取り、赤いレインコートに付着させた。次に、館長室に保管されていたコインロッカーのマスターキーを持ち出し、赤いレインコートとナイフを清掃カートへ隠して移動。村上さんのロッカーをマスターキーで開け、その中へ二つを入れた後、血のついた清掃用の袋をゴミ収集車へ隠した。最後に館長室へ戻り、防犯カメラの映像を削除。犯行時刻に映っていた、自身の姿を消し去った。そして、マスターキーと氷室 豪さんから奪ったカードキーを元の場所へ戻し──あなたは館長室をあとにした」
「ふっふっふ〜。レム先輩、やっぱり私の推理通りだったじゃないですか〜。これはもう、私の勝ちってことでいいですか〜?」
「……何の勝ち負けなのかは知りませんが、興味がないのであなたの勝ちでいいですよ」
「やった〜!」
「……すべてその通りだ。大正解だよ」
「……なんで、妹を殺したんだ?」
「輝夜は──俺の協力者だ」
「きょ、協力者? どういう意味だよ?」
「あいつはすべて同意の上で、殺人計画を受け入れていたんだよ」
「??」
(……何言ってんだ、こいつ……)
「やっぱり動機は、茅野 瑞稀さんの復讐って感じですか〜?」
「ああ、そうだ」
茅野は深く椅子へ座り直し、ポケットに手を突っ込んだ。
「瑞稀は……自殺したんじゃない。殺されたんだ。ある日突然、無数の人間から悪意を浴びせられてな」
「確か、握手会での態度を撮影されて、SNSに晒されたんでしたっけ? いや〜、怖い時代になりましたね〜」
「瑞稀は言われた通りに仕事をしただけだ。与えられた仕事を、真面目にこなした……それだけだった。なのに──無数の“言の刃”を投げつけられ、血を流し続けていた」
「バイトの女の子に指示されたって、宇賀神さんも言ってましたね〜。その子が一番悪い気もしますけどね」
「そんな事情はネットには伝わらない。自分にとって都合のいいように真実を補完して、それを娯楽のように消費していった。一人の女の人生をな」
「その復讐のために、氷室 輝夜さんを意図的に炎上させ、それを可視化するシステムをミュージアムに組み込んだ」
「そういうことだ。表向きは、ミュージアムの監修は父さんが行ったことになっている。だが、実際に監修を行なっていたのは俺だ。ARの映像から音響システムに至るまで、何もかもな」
「もしかして……最初から、そのために作った施設だったってことか?」
「ああ」
(…………)
「……そんなことをしても、何も変わらないでしょうに。ここへ来る途中、ネットの反応を確認しましたが、いつもと何も変わりませんでしたよ」
「そうですね〜。計画の実行犯である茅野さんを責め立てる人。氷室 輝夜さんへ誹謗中傷を行った人たちを責め立てる人。そして、騒動をまとめてお金にしようとする人。いや〜、かなり盛り上がってましたね〜」
「ええ。この騒動もまた、一つのコンテンツとして消費される。そして、飽きられれば忘れ去られる。あなたがしたことに、それほど大した意義があるとは思えませんね」
「そんなことは承知の上だよ。俺は、あいつらに変わってほしいなんて思っちゃいない。殺人者を作りたかっただけだ。やつらはミュージアムの入り口で、心の血液を削った。魔女狩りのエリアでは、輝夜を電流で拷問した。そして昨日、ついにあいつを殺すための条件を満たした。明確に殺人へ加担してるんだよ。だが、実際に罪に問われるわけじゃない。俺だけが殺人犯として捕まって、あいつらは何食わぬ顔で日常へ戻っていく。……面白いだろ?」
「いや〜、面白いですね〜!」
「面白くねぇよ……」
「……なるほど。これ以上、この話を続けても不毛そうですね」
眠目は、大して興味がないといった様子だった。それどころか瞼は半分ほど落ち、今にも眠ってしまいそうな顔をしている。
「ふわぁ……眠くなってきました。何か甘いものが食べたいですね」
「あっ、それなら。これでよければ、どうぞ〜!」
宮下が懐から棒付き飴を取り出し、眠目へ差し出した。眠目は黙って受け取ると、包装を剥がし、そのまま口にくわえる。そして──包装紙を床へ投げ捨てた。
「おい、ポイ捨てすんなよ」
「…………」
眠目は半眼で柊を見上げた。それから、床に落ちた包装紙を指先で何度かツンツンと指さす。
(……拾えってことか……?)
柊の眉がぴくぴくと動く。だが結局、何も言わずに屈み込み、包装紙を拾い上げた。
「……さてと。では、おかしな点を一つずつ指摘していきましょうか」
「……おかしな点?」
「①なぜあなたは、村上さんの前でシステムを解除したのでしょう? 姿を消したまま犯行を行うこともできたはずです。それなのに、わざわざ彼の目の前で姿を現した。村上さんに事件を目撃させる必要が、何かあったのでしょうか?」
「ああ、それだ! なんか腑に落ちない感じがしてたんだよな〜」
「殺す瞬間は実体化しないと刺せなかったとか〜? そうしないとナイフがすり抜けちゃうんですよ」
「いや、見えなくなってただけで、マジで消えてた訳じゃないんだろ?」
「冗談に決まってるじゃん。マジレスしないでよ〜」
「…………」
「②なぜ、村上さんのロッカーへ証拠品を入れたのでしょう? あなたの犯行は、全体として氷室 豪さんへ疑いが向くよう計画されているように見えます。ですが、そこだけが妙にちぐはぐです。村上さんのロッカーへ赤いレインコートとナイフを入れる。その一方で、レインコートには氷室 豪さんの毛髪を付着させる。村上さんを犯人にしたいのか、氷室 豪さんを犯人にしたいのか──どちらなのかが曖昧に思えます」
「そうですかね〜? 結局ロッカーのマスターキーは館長室にあったんですから、最終的には、『館長しか証拠品を入れられない』って方向に持っていくつもりだったんじゃないですか〜?」
「③なぜあなたは、削除したはずの防犯カメラ映像を、自分で保存していたのでしょう? しかも、犯行時刻の一部だけを不自然に切り取って。わざわざ大掛かりな偽装工作までして氷室 豪さんへ疑いを向けたのに──その一方で、彼を庇うような映像を残している」
「でも〜、犯行時刻そのものはカットされてましたよね〜? だったら、豪さんのアリバイ証明にはなってませんよ〜。本気で庇うつもりなら、むしろそこを残すんじゃないですか?」
「では、④です。これはかなり致命的な矛盾なので、お邪魔虫も介入しづらいと思いますよ?」
「虫扱いされちゃいました……うえーん」
「致命的……?」
「村上さんが撮影した、犯行の瞬間の映像です。あの映像には、あなたの声が入っていた。一方で、撮影していた村上さん自身の声は消えていました。そのカラクリは、館内の特殊な音響システムです。村上さんの声を逆位相の音で打ち消し、代わりに立体音響を利用して、あなたの声をその場に挿入した」
「ああ、そうだよ。それがどうした?」
「このシステム。かなり高度なものではありますが、当然ながら制限もあったそうですね。『効果を及ぼせる範囲が狭いうえ、対象となる人物の位置をリアルタイムで把握し、指定し続ける必要があった』」
「──っ!」
「い、いやいや! そりゃおかしいだろ。だって──」
「ええ、おかしいです。あなたはそのとき、赤いレインコートを着て、中世ヨーロッパエリアの犯行現場にいたはず。いったい誰が、館長室から村上さんの位置を追いながら、音響システムを操作していたのでしょう?」
「…………」
「茅野さ〜ん。ほらほら、早く反論しないと〜」
(唐突にはしご外しやがった……)
「それと──館長室の防犯カメラ映像。最後に、少し面白いものが映っていましたね」
「面白いもの? 赤いレインコートの人ですか〜?」
「ええ。ただし、見るべきなのは人物そのものではありません。その動きです」
「動き?」
「映像の最後。その人物は、顔を右側へ向けかけていました。ほんの一瞬ですがね。まるで──カメラの死角に誰かがいたかのように」
「う〜ん……ちょっと飛躍してるというか、なかなかぶっ飛んだ考察ですね〜」
「茅野さん、私の考えはこうです。事件当時、あなたは中世ヨーロッパエリアにはいなかった。──館長室にいたんです。そして、赤いレインコートの人物が最後に視線を向けた相手──それが、あなただった」
「あ〜、なるほど! だから犯行時刻の防犯カメラ映像を削ったんですね〜! そこには、モニターを見ながら音響システムを操作してる茅野さんが映っちゃってたから!」
「……まさしくその通りですが、勝手に先回りされると腹が立ちますね」
「…………」
茅野は素っ気ない顔をしていた。まるで、「だから何だ」とでも言いたげな表情だ。
「さっきも言ったけど、俺にとってはもう終わったことなんだよ。正直、その辺の細かいことは割とどうでもいいね」
「では、話していただけますか?」
「……村上に罪をなすりつけることは、当日になって咄嗟に思いついた。没になっていたアクティブノイズコントロールシステムを利用してな。村上のロッカーにナイフとレインコートを入れたのも、その場で考えたことだ。本来は、別のロッカーに入れる予定だった」
「別のロッカー、ですか?」
「ああ。鍵を紛失したコインロッカーが一つあったんだ。マスターキーを使えば開けられる。ただ、予備の鍵がなかったから、貼り紙をして使用禁止にしてあった」
「なるほど〜。そこに証拠品を入れておけば、マスターキーを使える人間が疑われる。そして、そのマスターキーは館長室に保管されていた。つまり、氷室 豪さんへ疑いを向ける予定だったってことですね〜」
「つまり……システムの構築、犯行の補助、証拠品の処分と偽装工作。そこまでは、あなたが行った。ですが──氷室 輝夜さんを実際に刺した人間は、あなたではない」
「…………」
「防犯カメラの映像を保存しておいた理由は?」
「……保険だよ」
「保険?」
「ああ。万が一、父さんが本当に犯人として捕まるようなことがあったときのためのな。そうなったら、あの映像を持って俺が自首するつもりだった。もっとも──犯行時刻には、館長室で音響システムを操作している俺自身が映っていた。だから、そこだけはカットせざるを得なかったけどな」
「なるほど……もう十分です。お話しいただき、ありがとうございました」




