第27話 【おみやげ】
月見ヶ原警察署。三人は署内のエントランスへ足を踏み入れていた。すぐ隣にある刑事課は騒がしく、刑事たちが慌ただしく出入りしている。
「あはは〜。楽しそうですね〜」
「楽しくはねぇだろ」
「ふむ」
眠目はその様子を一瞥すると、何の躊躇もなく刑事課へ足を踏み入れた。
「お、おいおい……」
「さすがレム先輩。大胆ですね〜」
柊と宮下も、その後に続く。
室内では、電話をかける者、資料を抱えて走る者、数人で何かを話し合う者。どこを見ても、忙しそうな人間ばかりだった。
時折、刑事たちが眠目たちへちらりと視線を向ける。だが、誰一人として声をかけてこない。すぐに何事もなかったかのように、仕事へ視線を戻していく。
(……なんで誰も止めないんだよ)
柊が訝しげに辺りを見回す。すると、少し離れたデスクに座る明智の姿が目に入った。眠目もすぐに気づいたらしく、杖をつきながらそちらへ向かって歩いていく。
「明智警部補」
眠目が声をかけると、明智はこちらを向いた。そして三人の姿を確認するなり、小さくため息を吐く。
「……何しに来た?」
「ちょっとしたおみやげを持ってきたんですよ」
眠目はポケットからUSBメモリを取り出し、明智の机へ置いた。
「……なんだ、これは?」
「茅野さんの元勤務先に残されていたPCのデータです。事件に関係しそうなものをまとめてあります」
「…………」
明智はUSBを手に取り、訝しげに眠目を見上げた。
「……そうか」
「代わりと言ってはなんですが、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「いや──それはこっちのセリフだ」
「……? というと?」
「音無 雫のアリバイの話だ。音無は事件発生時、お前らと一緒にいたと証言してる」
「はい〜。音無さんが私たちをフードコーナーまで案内してくれたんですよ。そのあと騒ぎが起きるまで、私たち三人と音無さんは一緒にいましたよ〜?」
「そうか。なら、悪いが調書を取らせてもらう。向こうの部屋に行くぞ。そんなに時間はかからねぇ」
「……なぜ、今になって急にアリバイなどと?」
立ちあがろうとした明智に、眠目が問いかける。明智は再び椅子に腰を下ろし、三人の方に身体を向けた。
「──茅野 悟が自首してきた。証拠品を持ってな」
「ふーん、そうですか。証拠品というのは?」
「清掃カートに使われていた青い袋と、防犯カメラのデータだ。袋には血痕が付着している。今は鑑識に回してるが、本人いわく被害者の血だそうだ」
「……防犯カメラのデータはともかく、そんな袋をどこに隠してたんだよ」
「ゴミ収集車の中だ。事件後に清掃カートを走らせて車へ向かい、中へ隠していたらしい」
「カメラには何が映ってたんです?」
「見てみるか?」
明智はデスクのPCを操作し、モニターを三人の方へ向けた。
映し出されたのは、とある一室の防犯カメラ映像だった。入口の正面の壁際には、用途の分からない操作盤と大量のモニターが所狭しと並んでいる。さらに右奥の壁には、色の異なるレインコートが何着かハンガーに掛けられていた。
そして、部屋の真ん中に置かれた机に、一人の白髪混じりの男性が突っ伏して眠っている。おそらく、氷室 豪だろう。
しばらくして──音声に雑音が混じった。その奥から、聞き覚えのある低い轟音が微かに聞こえてくる。
「……ん?」
眠目はそれを見て、眉をしかめる。
──表示されていた時刻が、なぜか不自然に飛んだ。その直後、手前の扉が開き、赤いレインコートを着た人物が室内へ入ってくる。その人物が右側へ顔を向けたところで──映像は途切れた。
「……これは、館長室の映像ですか?」
「ああ、そうだ」
「妙な点がいくつかありますね。まず、この赤いレインコートの人物は、どうやって館長室へ入ったのでしょう? この部屋は、氷室 豪さんのカードキーがなければ入れないはずでは?」
「それについては、茅野が供述してる。事件当日、氷室をミュージアムへ呼び出したのは自分だとな。呼び出された氷室と一緒に館長室へ入ったあと、茅野は氷室を薬で眠らせた。そしてカードキーを抜き取り、犯行後にカードキーを氷室の元へ戻して部屋を出た」
「なるほど。では、もう一つ。途中、映像が途切れ、時刻が飛んでいたようですが? ちょうど、例の轟音が鳴った直後です」
「ああ。切り取られてるのは、ちょうど事件が起きた時間帯だ。茅野によれば、『不必要な部分だったから』だそうだ」
「不必要ですかぁ〜!? むしろ、一番大事なところな気がしますけどね〜」
「ええ。むしろ、切り取る必要があったと考えるべきでしょうね。ま、だいたい想像はできますが」
「え〜? 勿体ぶらないで教えてくださいよ〜!」
「それで、明智さん。この映像と音無さんのアリバイ確認に、どういう関係があるんです?」
「……なんかもう、無視されちゃうのにも慣れてきました〜。えへへっ」
「この映像にも映ってるだろ?」
明智は映像の中に並ぶ大量のモニターを指差した。
「こいつは館内の防犯カメラ映像を映してるモニターだ。その防犯カメラのデータが、事件後に全て消されてた。映像は毎週日曜日に自動で消去される仕組みらしい。だが、事件が起きたのは昨日──木曜日だ」
「消した理由については推測可能ですね。例の赤いレインコート。AR加工の施されていない防犯カメラには、普通に映ってしまう。ですから犯人は事件後に、防犯カメラの映像を消す必要があった」
「ああ、茅野もそう供述してる。ただし、防犯カメラシステムへアクセスするには、登録された職員の指紋認証と顔認証、その両方が必要らしい」
「なるほど〜? それで職員さんたちのアリバイを確認してるんですね〜」
「ああ。音無と茅野以外の職員からは全員、事件発生時のアリバイが取れた。音無のアリバイが確かなら、より茅野の容疑を固められる」
「ちなみに、アクセス履歴は?」
「認証時刻のログは残るが、利用者を特定できる情報までは記録されない仕様らしい。昨日の認証履歴は一件のみ。時刻は事件発生後だ」
「……そうですか」
「……つーかさ。なんで防犯カメラのモニターが、館長室にあんだよ」
「例の色覚補正技術を応用したシステムと、特殊な音響システム。それらを管理するための設備なのでしょう。防犯カメラでの監視が主目的というより、それらの操作が本来の用途なのでは? おそらく、手前の操作盤を使うのでしょうね」
「……特殊な音響システムだと?」
明智が眉をひそめる。その反応を見て、眠目は少しだけ勝ち誇ったような顔をした。
「そのUSBをご覧になれば分かりますよ?」
「……そうかい」
明智は片眉を上げ、USBを胸ポケットへしまった。
「とにかく、そういうわけだ。音無のアリバイについて、調書を取らせてもらうぞ」
「…………」
眠目は左手を顎へ添え、何かを考え込む。同時に、右手でぐりぐりと杖を地面に押し付けた。
「……別に構わないのですが……もう少しだけ、時間をいただけますか? 一応、任意ですよね?」
「……? ああ、構わんが……」
明智は不思議そうに眠目を見つめる。眠目は左手の親指と人差し指で頬を挟み、ぷにぷにと交互に押していた。
「──あっ! あの人〜! 氷室 豪さんだ〜!」
不意に宮下が声を上げ、奥を指さした。見ると、奥の部屋から一人の刑事が出てくる。その後ろを、氷室 豪がついて歩いていた。
「ちょうどよかったです。彼にもお話を伺いたいと思っていたところですので。明智さん。少しだけ、時間と部屋を用意していただけませんか?」
「……あのなぁ、仔猫ちゃん。このオフィスを見てみろ。俺たちは今、お前らとじゃれてる暇はねぇんだよ」
(……そりゃそうだわな……)
柊は辺りを見渡す。電話は鳴り続け、刑事たちは今も慌ただしく動き回っている。
「──そのUSBについてですが」
「……?」
「中のファイルには、パスワードを設定してあります。当然、知っているのは私だけです」
「…………」
明智は無言で眠目を見つめる。眠目も、澄ました顔で見返していたが──
「……はぁ」
明智が大きくため息を吐き、額に手を当てた。
「分かったよ……ちょっと待ってろ」
「ありがとうございます」
眠目はワンピースの裾を摘まみ、軽く持ち上げた。そして、優雅に一礼する。
「……やれやれ」
明智は立ち上がり、氷室 豪のもとへ歩いていった。




