第26話 【百万人の共犯者】
「どういうことですか? 自白した、というのは」
眠目は椅子から立ち上がり、宮下のもとへ歩いていく。柊と宇賀神も、その後に続いた。
「動画サイトに上がったんですよ〜。茅野 悟さん本人が投稿した動画がね」
「動画?」
「これです〜」
宮下がスマホの画面をこちらへ向ける。そこには、一つの動画が表示されていた。
『氷室 輝夜殺害事件の犯人について』
投稿されたのは、わずか三十分前。にもかかわらず、再生回数はすでに百万回を超えている。サムネイルに映っていたのは、茅野 悟だった。
「見てみますか〜? 面白いこと言ってますよ〜?」
「ええ、お願いします」
眠目は宮下の隣へ腰を下ろす。そのままポケットへ手を入れ、羊羹を取り出した。封を開け、ぱくりとかじりつく。そして、宮下が画面をタップし、動画を再生した。
『こんにちは、みなさん。私は、月見ヶ原ARミュージアムの設備設計を担当した、茅野 悟という者です』
動画の中の茅野は、昨日会った印象とはまるで違っていた。背筋を伸ばし、真っ直ぐにカメラを見つめている。声にもいつもの頼りなさはない。
『結論から言います。氷室 輝夜を殺害したのは──月見ヶ原ARミュージアムを訪れた、みなさんです』
「……は?」
柊は目を丸くした。そして同時に──自分たちがつい昨日、そのミュージアムを訪れていたことを思い返し、顔が青ざめていく。
『入館時、エントランスに巨大な心臓のマークが表示されていたのをご覧になったと思います。あれは、“心の血液”という名の殺人装置です』
茅野の横に例の心臓の映像が現れた。三人が昨日見たものとは違い、赤く満たされている。
『みなさんは入館時、専用アプリに表示した電子チケットを読み取り機へかざしたはずです。その際、アプリに連携されたSNSアカウントから、みなさんが過去に投稿した内容を収集させていただきました』
「……ふむ。私がかき集めたスイーツ情報が、筒抜けになっていたというわけですか」
「言ってる場合か!!」
『そして、取得した投稿内容を数値化させていただきました。数値の基準は──氷室 輝夜への誹謗中傷です』
茅野の横にいくつものSNS投稿が表示される。そのどれもが、氷室 輝夜に対する誹謗中傷めいた投稿だった。その隣には、それぞれ異なる数字が浮かんでいる。
『投稿の内容を分析し、悪意の度合いに応じて数値化──その合計値を、心の血液から差し引かせていただきました。そして、心の血液が尽きた瞬間──それを、殺害実行の合図としていたのです。私はナイフを使い、氷室 輝夜を刺殺しました』
心臓を満たしていた赤い液体が、少しずつ減っていく。そしてついには、心臓全体がすっかり透明になった。
『確かに、彼女を直接刺したのは私です。ですが──彼女を殺したのは、みなさんです。はっきり言っておきます。心の血液が尽きなければ、私は彼女を殺しませんでした──絶対に。……あなたたちが書き込んだ言葉。その一つ一つが、彼女を殺したんです』
「私は例の数値、ゼロでしたね〜。ちなみに、お二人はいくつだったんです?」
「……俺も眠目さんもゼロだったよ」
「お〜! よかった、よかった。安心したね〜」
「…………」
『ですが、ご安心ください。みなさんが逮捕されることはありません。逮捕されるのは、私一人だけです。氷室 輝夜を殺した、百万人を超える殺人者たちは、何事もなかったように生きていくというわけです』
(…………)
『あっ、ちなみにですが。例の氷室 輝夜のいじめ動画については、私がAI等を用いて作成した偽の動画です。作成過程については、別の動画にまとめてあります』
「に、偽……? あの動画、どう見ても本物にしか見えなかったぞ?」
「茅野さんは、ミュージアムのAR映像も手掛けていました。それなら、本物と見分けがつかないほど精巧な映像を作れても不思議ではありません」
「なるほど? つまり〜……氷室 輝夜さんは、ねつ造されたいじめの事実を元に、誹謗中傷を受けていたってことですかね〜?」
「……なんのために、そんな動画作ったんだよ」
「さあ?」
『それと、もう一つ。館内の魔女狩り展示エリアについてです。磔にされた女性が炎に焼かれる演出。あの炎の大きさも、みなさんの投稿に応じて変化する仕組みになっていました。そして──』
画面の横に、例の磔の展示映像が映し出された。そこには、柱に縛り付けられ、白いレインコートを身に纏った氷室 輝夜の姿。来館者が彼女の前へ来るたび、炎が大きく燃え上がる。同時に、空中へSNSの投稿が浮かび上がった。氷室 輝夜は顔を歪め、身体を捩り、小さく呻いている。
『来館者にはAR演出の一部として認識されるよう処理していました。ですが、あの場にいたのは本物の氷室 輝夜です。炎の大きさに応じて、彼女の身体には電流が流れる仕組みになっていました』
「ひ、ひでぇ……」
「…………」
『私からは以上です。親愛なる──共犯者のみなさんへ』
そこで動画は終わった。一瞬、オフィスが静寂に包まれる。その沈黙を破ったのは宮下だった。
「……ふっふっふ〜。つまりこの事件は、茅野さんという主犯と、ミュージアムを訪れた大勢の共犯者による殺人事件だったってことですね〜! いや〜、素晴らしいですぅ〜!」
「す、素晴らしい……? 要するに、何の罪もない人間に、大勢で寄ってたかって石を投げてたってことじゃねぇか。胸糞悪いな……」
「彼の主張がすべて事実だとすれば、かなり悪質ですね。あのような動画を制作して流布すれば、世間がどう反応するかくらい予想できたでしょうに」
「そうだよ〜。蓮司くんだって、例の動画を初めて見たときは、氷室 輝夜さんに悪印象を抱いたでしょ?」
「そ、それは……」
柊は虚を突かれ、目を逸らした。胸にずきりと鋭い痛みが走る。
「……とにかく。月見ヶ原警察署へ行きましょうか」
「もう茅野さん、逮捕されてますかね〜?」
「どうでしょう? まぁ、ここで調べられることも、もうほとんどありませんし。それに、氷室 豪さんにも改めて伺いたいことがあります」
「……面会って、一日に何度もできるんですか〜?」
「まあ、そのあたりは向かいながら考えましょう」
(……そればっかだな……)
「宇賀神さん、お忙しい中失礼しました。後日、お詫びを送らせていただきます」
「ああ、いや。別にいいヨ。普通に暇だったしネ」
「…………」
柊はオフィスを見渡した。社員たちは皆、忙しそうにパソコンへ向かっている。
(……俺もなりてぇな。社長に)
「では、車を呼びましょうか」
「……? 歩いて来たんじゃなかったのカナ?」
「そんなわけないでしょう。私は歩くのが嫌いなんですよ」
眠目はさも当然のように答えた。そして、ポケットからスマホを取り出そうとして──
『カシャ!』
「……?」
突然、シャッター音が響いた。見ると、スマホのカメラが勝手に起動している。内カメラには、下から見上げるような角度で眠目の顔が映っていた。
「あははっ! レム先輩、変な顔〜!」
「…………」
撮影された眠目の写真は、下アングルから撮られた、なんとも間の抜けた一枚だった。
「たまにあるよな。ポケットの中で勝手にカメラ起動してること」
「設定すれば起動しないようにできますよ〜。レム先輩、教えてあげましょうか〜?」
「…………」
眠目は何も答えない。無言でスマホのロックを解除し、写真アプリを開く。
「……食いもんの写真ばっかだな……」
画面には、色とりどりのスイーツの写真がずらりと並んでいた。その一番下に、先ほど撮影された眠目の間抜けな顔。それを、さっとゴミ箱に放り込んだ。
「……よし、と」
眠目は小さく頷き、何事もなかったようにチャットアプリを開いた。そして、迎えを呼ぶメッセージを送信した。




