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眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
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第25話 【HImuro0925】

「……真犯人って、何のことカナ?」


「ああ、気にしないでください。彼女、今ちょうどそ(・)う(・)い(・)う(・)時(・)期(・)みたいで。ほら、この格好」


 眠目は宮下のインバネスコートの裾を掴み、パタパタとはためかせた。


「やっぱり、あの動画を撮影したのは村上さんだったんです〜! 茅野さんはなんらかの方法で動画内の音声を偽装した。そして、村上さんのロッカーに凶器とレインコートを入れ、さらに嘘の証言をすることで、村上さんへ罪を着せようとしました。動機は例のファイルにあった、村(・)上(・)さ(・)ん(・)が(・)削(・)除(・)し(・)た(・)茅(・)野(・) 瑞(・)稀(・)さ(・)ん(・)の(・)動(・)画(・)で間違いないです!」


「……はぁ。突っ込みどころが多すぎて、何から話せばいいやら」


「え〜? 結構いい線いってないですか〜?」


「では、順番に。①茅野さんはどうやって動画内の音声を偽装したんです?」


「……さあ?」


「②村上さん本人が鍵を持っていた施錠済みのロッカーへ、どうやって証拠品を入れたんです?」


「……ピッキングとか?」


「③仮に茅野さんが村上さんを恨んでいたとして、なぜ殺されたのは、村上さんではなく氷室 輝夜さんだったんですか?」


「……はぁ」


 宮下は大きくため息を吐き、帽子を脱いだ。そして、小さく頬を膨らませる。


「なんか萎えちゃいました。頑張って考えたのに。……もういいです。私がやりました」


「……何言ってんだ?」


「だ・か・ら! 私が氷室 輝夜さんを殺したの! 動機はそこにナイフが落ちてたからなんとなく!」


「……そうですか。では、警察に連絡しますね。短い付き合いでしたが、今までありがとうございました」


 眠目は淡々とスマホを取り出し、電話をかけようと画面を操作し始める。


「……なんで優しくしてくれないんですかぁ〜。え〜ん」


「何が『え〜ん』だよ。面倒くせぇな、お前」


「……やれやれ」


 眠目はスマホをしまい、宮下へ視線を向けた。宮下はわざとらしく泣き真似をしている。


「宮下さん。私は別に、あなたの推理が間違っているとは言っていませんよ? 先ほど挙げた三つの問題点。それさえ解決できれば、茅野さん犯人説は十分に成り立ちます」


「う〜……」


「……宇賀神さん」


「ン? 何カナ?」


「茅野さんがこの会社で働いていた頃、具体的にどのようなプログラムを設計していたのか教えていただけませんか?」


「具体的に、と言われてもネ。本当に色々ダヨ。クライアントから依頼されたものを、その都度設計してただけだからネ。ただ──」


「ただ?」


「退職する少し前……ちょうど、奥さんが亡くなった頃だったカナ。彼、業務とは別に何か作ってたみたいなんダヨ」


「何を作っていたかは確認していないんですか?」


「ウン。そこまではネ」


「何か残っていませんかね?」


「彼が使ってたPCなら、まだあるヨ」


「PC? 残してあるんですか?」


「残してあるというより、使えないんダヨネ。茅野クン本人しか知らないパスワードがかかったままでネ。管理者側から開こうとしても、弾かれちゃってサ」


「なるほど。そのPC、見せていただいてもよろしいですか?」


「ウン。いいヨ。こっちダヨ」


 宇賀神は立ち上がり、そのまま奥へ歩いていく。眠目も続いて腰を上げ、ついでのように宮下の羊羹を手に取った。そのままポケットの中に入れ、宇賀神の後に続く。


「ふわぁ……なんか私疲れちゃったから、ここで待ってるね〜」


「…………」


 宮下は大きくあくびをして、そのままソファへ深く身体を沈めた。柊は何も言わず立ち上がり、眠目たちの後を追う。


「これダヨ」


 宇賀神が空いているデスクを指差した。そこには、一台のデスクトップPCが備え付けられている。


「ふむ」


 眠目は椅子へ腰を下ろし、PCの電源を入れた。しばらくして画面が開き、パスワードの入力欄が表示される。


「……どうすんだ? パスワード、分かんねーだろ?」


 柊が後ろから画面を覗き込む。眠目は柊を一瞥し、ポケットからスマホと一本のケーブルを取り出した。


「少々、失礼します」


 眠目はスマホをPC本体へ接続した。そして、スマホのマイクに口を近づける。


「……ノイマン。茅野 悟さんについて収集したデータをもとに、パスワードの候補を検証してください」


 その声に反応して、スマホの画面が点灯する。映し出されたのは、床に気だるげに座り込むノイマンの姿だった。


『……めんどくせぇな。それくらい自分で考えろよ』


 ノイマンはそう吐き捨てると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。


「こ、これはすごいネ。キミ、これをどこで?」


「私が作りました。優秀な子なのですが、時折言うことを聞かなくなるのが玉に瑕です」


「ホホ〜……」


 宇賀神は興味深そうに、眠目のスマホを覗き込む。


「お前がプログラムしたんだろ? なんで作った本人が歯向かわれてんだよ」


『…………』


 ノイマンの肩が、ぴくりと動いた。ゆっくりと振り返り、柊を見る。


「……? なんだ? やる気が出たのか?」


『……ま。別にそこまで大変な作業でもねぇし』


 ノイマンは少しだけ頬を膨らませながら立ち上がると、その姿がスマホの画面からふっと消えた。その直後、茅野のPCの画面にノイマンの姿が現れる。


『んじゃ、始めるぞー』


 ノイマンはそう言うと、懐からアサルトライフルを取り出した。そして、パスワードの入力欄目掛けて乱射し始める。そこへ勝手に文字が打ち込まれ始めた。一つ入力しては弾かれ、また別の文字列が入力される。それを、目で追うのも難しいほどの速さで何度も繰り返していく。


『……お?』


 しばらくして、入力が止まった。画面が切り替わり、『ようこそ』という文字が表示される。


「……まさか、解除できたのカナ?」


「マジかよ……すげーな」


『べ、別にこれくらい……』


 柊が感嘆の表情を浮かべると、ノイマンは僅かに頬を赤らめ、ぷいっとそっぽを向いた。しばらくして、画面がデスクトップへ移行する。


「それで? パスワードは何だったんですか?」


『ああ、これだよ』


 ノイマンがモニターへ軽く手を触れる。すると、一つのウィンドウが表示された。


【HImuro0925】


「『HImuro0925』? ……氷(・)室(・)?」


「ノイマン。このPCの中から今回の事件に関係しそうな情報を抽出して、ファイルにまとめてください」


『へいへい』


 ノイマンは面倒くさそうに指を鳴らした。すると、画面上に机と大量の書類が現れる。ノイマンは椅子へ腰を下ろし、気だるげな様子でそれらを仕分け始めた。


「……なぁ、このパスワードさ」


「『0925』という数字は、おそらく茅野 瑞稀さんの誕生日、九月二十五日が由来でしょうね。案外セキュリティ意識の低い方だったようで」


「いや、そっちじゃなくてさ。この『HImuro』って……」


「……ふふっ。面白くなってきましたね」


 眠目は不敵な笑みを浮かべた。女子高生のものとは思えない、悪辣さを感じさせる笑みだ。


『──ほい。終わったぞ〜』


「ありがとうございます」


「はえーな……」


 ノイマンが一枚の書類を放り投げる。それは画面の中で一つのウィンドウへと変わった。眠目はウィンドウを拡大し、内容へ目を通していく。


「ふむふむ……なるほど」


「なんか分かったか?」


「ええ。どうやら茅野 悟さんは、月見ヶ原ARミュージアムから仕事を請け負っていたようです。主に館内の音響システムと、ARシステムの設計ですね」


「マジ? じゃあ、あの恐竜の映像とか、立体音響とかもあの人が作ったってことか?」


「ええ、そういうことになりますね。……それにしても。なかなか面白いですね、この設備設計は」


「そりゃ、めちゃくちゃ人気なんだろ? あのミュージアム」


「そういう意味ではありません。例えば、この音響システムです。柊さん。ノイズキャンセリングというものをご存知ですか?」


「ああ、あれだろ? なんか騒音を消してくれる、みたいなやつ」


「ええ。イヤホンやヘッドホンによく使われています。周囲の音をマイクで拾い、その音とは逆位相の音波を発生させることで、騒音を打ち消す技術です。最近では、自動車なんかにも搭載されていますね。アクティブノイズコントロールと呼ばれるシステムです」


「それがどした?」


「このミュージアムの音響設備にも、それに近い仕組みが組み込まれています。ただし、規模も精度も比較になりません」


 眠目が設計図をクリックし、拡大した。


「特定のスピーカーが担当する領域内で、来館者に聞かせたくない音だけを打ち消す。そうすることで、展示の音だけをより鮮明に聞かせることができる」


「……そんなことできんのか?」


「少なくとも、この設計書ではそうなっています。一般的な設備として考えれば、かなり高度な技術ですね」


「へぇ……」


 柊は何かを考え込むように、顎へ手をやった。


「……とはいえ、この技術はかなり試験的なものだったようです」


「試験的?」


「ええ。効果を及ぼせる範囲が狭く、対象となる位置をリアルタイムで指定する必要があった。ですから、正式採用には至らなかったようですね」


「じゃあ、使えなかったってことか?」


「いいえ。作動させること自体は可能だったようです。館長室にある防犯カメラのモニターから、効果範囲を指定することでね」


「……なぁ、それってさ」


「ええ。村(・)上(・)さ(・)ん(・)の(・)声(・)を(・)掻(・)き(・)消(・)し(・)、代(・)わ(・)り(・)に(・)茅(・)野(・)さ(・)ん(・)の(・)声(・)を(・)聞(・)か(・)せ(・)た(・)。そう考えれば、村上さんの証言と、あの映像に残された音声。その両方に説明がつきます」


(……ってことは、犯人は……)


「もう一つ、面白いシステムがありますよ」


「まだあんのかよ」


「色覚補正技術を応用したシステムです」


「色覚補正? 何それ?」


「人間の色覚には個人差があります。例えば、赤色のリンゴと緑色のリンゴの区別がつかない人などもいるわけです。そこで、特定の波長を調整することで、識別しづらい色同士の差を強調して見せる技術があります」


「ふーん……」


「このシステムは、その考え方をARへ応用したものです。カメラで指定された色を検出し、その領域へ周囲の景色を再構成したAR映像を重ねる。例えば──赤を指定色に設定しておけば、赤いレインコートを羽織った人間を、ARコンタクト越しの視界から消すことができる」


「えぇ……そんな魔法みたいなことが出来んのかよ」


「あれだけ目立つ赤いレインコート。事件当時犯人がそれを着ていた理由は、返り血を防ぐためだけではなかったということですね。犯人はこのシステムを利用して現場へ向かい、犯行を終えそのまま立ち去った。──村上さん以外の、誰にも見つかることなく」


「……なぁ。やっぱ犯人ってさぁ──」


「……ま、こんなところですか。いい収穫になりましたね」


 眠目は柊の言葉を遮るように、スマホを手に取った。画面を操作すると、PC上にいたノイマンがのそのそと歩き出し、そのまま眠目のスマホへと戻ってくる。


 ノイマンはぱちんと指を鳴らした。すると、どこからともなく布団が現れ、そのまま中にくるまってしまった。


「……ん? なんかまだ続きがあるっぽいぞ」


「……?」


 眠目はスマホをポケットにしまい、再びファイルへ目を通す。その最下部に、一つの動画ファイルが添付されていた。クリックすると──


『ソージソージ♪ オソウジソウジ♪ ソージソージ♪』


「──!」


 楽しそうに妙な歌を口ずさみながら、部屋の中を掃除している女性がいた。見覚えのある女性だ。


「……茅野 瑞稀さん」


 そしてその後ろには、二人の少女がいた。こちらもまた、見覚えのある少女だ。


「氷室 輝夜。それに──音無 雫ですか」


「な、なんでこの二人が……?」


「…………」


 氷室 輝夜は楽しそうに茅野 瑞稀を眺めている。一方の音無 雫は、少し離れた場所で仏頂面のまま、退屈そうに窓の外を眺めていた。


「…………」


 眠目は眉を寄せ、映像をじっと見つめる。画面の中にいる音無 雫。その目元には──泣きぼくろ。


 ふと、モニターへ手を伸ばした。指先が、その顔に触れようとしたとき──


「──あーっはっはっは! あーっはっはっは!」


「──!」


 けたたましい笑い声が、オフィス中に響き渡った。三人が振り返る。ソファに座っていた宮下が、スマホを片手に腹を抱えて笑っていた。


「そーゆーことだったんだぁ! 面白いこと考えるなぁ〜! ……あっ! レム先輩! 蓮司くん!」


 宮下がこちらに気づき、大きく手を振る。


「なんだよ、いきなり笑い出して」


「いや〜、面白いことになってきたよ〜?」


「面白いこと……?」


「ええ。犯人──茅野 悟さんが、自白したんです。その犯行方法とともにね」

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