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眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
23/34

第23話 【容疑者】

「まずは──村上 狼。彼のデータですね」


 眠目が開いたファイルには画面いっぱいに文章と画像が並び、過去のSNSへの投稿や、動画のサムネイルらしきものまでまとめられていた。眠目はそれをゆっくりとスクロールしながら、目を通していく。


「村上 狼、二十七歳、動画配信者。二十二歳の頃から動画投稿を開始。主に時事問題へ意見したり、それをネタにした動画を作ったりするスタイルだったようですね」


「そうですね〜。活動を始めた頃は、かなり過激な発言も多かったんですけどね。最近は、話題になってる炎上案件なんかに正(・)論(・)を(・)言(・)っ(・)て(・)く(・)れ(・)る(・)人(・)みたいな扱いになってますね〜」


「正論、ですか。……くだらない。そんなものは、インターネットのどこにも存在していません」


「……?」


「自分に都合の良い意見には“正論”と札を貼る。都合の悪い意見には“逆張り”や“非常識”と札を貼る。そして、自分で考える代わりに、誰かの言葉を借りて殴り合う。この手の配信者は、彼らにとって便利な凶(・)器(・)でしかありません」


「あー……まぁ、確かにいますよね〜。『○○さんがこう言ってた!』みたいな投稿する人」


「捻じ曲がった意見であっても、大衆が支持すれば是とされます。しかし、その多(・)数(・)派(・)そのものすら、いとも容易く作り出すことができる。“世論”も“真実”も加工できる世界。それが、インターネットという場所です」


「ん〜……ちょっと偏りすぎな気もしますけど。言いたいことは分かりますよ〜」


「……何の話してんだ?」


「村上という配信者は、おだてられるまま宇宙まで飛んでいったチンパンジーだという話です」


「言い過ぎだろ……」


「さて、続きを読みましょうか。……ん?」


「どうしました〜?」


「……ふっふっふ。柊さん。どうやら、私の決(・)め(・)つ(・)け(・)は当たっていたようですよ」


「マジで?」


「ええ。氷室 輝夜。彼女の炎上について、村上さんはいくつか動画を投稿していたようです。炎上について意見を述べるもの。それから、彼女をネタにして嘲笑するような動画もありますね」


「……なんで関係ない人間が、そんな動画出すんだよ?」


「簡単です。それでお金が生まれるからですよ。話題になっている人物を取り上げれば、再生数が伸びる。その人物が嫌われていれば、攻撃的な内容も受け入れられやすい。屍肉に群がるハイエナのようなものです」


「てことは、やっぱり村上さんは、被害者の氷室 輝夜さんを知っていたんですね〜」


「ええ。彼は『特別なイベントがある』と言われて、あの場所へ呼び出されていました。もし目の前に現れたのが本当に見知らぬ女性だったなら、刺されるところまで含めてARの演出だと考えてもおかしくありません」


「──でも実際は違った。彼は目の前の人物を氷室 輝夜だと認識した。だから演出だと思わず、本物の人が刺されたと思って、すぐに逃げ出した──そういうことですね〜!」


「なるほどな」


「……それと、ミュージアムについて面白い情報がありますね」


「面白い? どんなですか〜?」


「村上さんが以前の生配信で話していた内容です。同じく宣伝案件でミュージアムに招待された、別の動画配信者から聞いた話だそうで──館内で撮影を行う際、まず持ち込んだカメラをミュージアム側へ預けます。そして、カメラに専用のARレンズを取り付けてもらうそうです」


「ARレンズ?」


「ええ。おそらく、館内のAR映像をカメラにも記録するためのものでしょう」


「ああ、なるほど」


「そして、撮影が終わったあとは、再びカメラをミュージアム側へ預ける」


「預けるって……じゃあ、撮った動画はどうすんだよ?」


「動画の投稿作業も、ミュージアム側が行うそうです。投稿後に専用レンズを取り外し、カメラ内の動画データは削除。カメラ本体は後日返却される──という話でした」


「なんか……やけに厳重というか。まるで、撮られちゃまずいものでもあるみたいですねぇ〜」


「ええ。まあ、大体の察しはついていますが」


「え〜、ホントですか!? なんなんですか〜?」


「それは、また後ほど」


「え〜! 気になりますぅ〜!」


(……こいつの場合、嘘なのか本当なのか、イマイチ判断つかねぇんだよな……)


「──!」


 不意に、眠目の指が止まった。画面をスクロールしていた手が、その場でぴたりと静止する。珍しく、その表情には僅かな驚きが浮かんでいた。


「……? どうした?」


「……茅野(かやの) 瑞稀(みずき)?」


「え? か、茅野って……」


 宮下も眠目の後ろからぐいっと画面を覗き込んだ。 


「どうやら、村上さんのアンチ掲示板から拾われた情報のようですね。この茅野 瑞稀という女性について扱った動画を、村上さんが過去に削除したという書き込みがあります。そして、この女性は──すでに自殺しているそうです」


「じ、自殺……?」


「ええ。報道された形跡はありません。ですので、大きな話題にはならなかったようですが……彼女の周囲にいた人間を通じて情報がネット上に出回り、アングラな場所ではそこそこ知られた話になっているようですね」


「…………」


「じゃあじゃあ〜! 次は、茅野 悟さんの情報を見てみましょう〜!」


「あっ──」


 宮下が身を乗り出す。眠目の後ろから手を伸ばし、強引にマウスを奪った。二人の頬が触れ合い、むにっと潰れる。


「…………」


「えーっと……茅野 悟さん、二十六歳。さすがに一般人ですから、配信者の村上さんほど情報は残ってないみたいですね〜。ただ──彼にも一つ、興味深い情報がありますよ〜」


「なんだ?」


「この人、以前は『株式会社フィロソフィー』っていうIT企業で働いてたみたいです」


「IT? あの人が?」


「はい〜。会社のホームページに掲載されてた社員の集合写真に、彼が写ってたみたいですね〜」


「へぇ……IT企業から清掃員って、随分変わったキャリアしてんな」


「他には、これといって目立った情報はなさそうですね〜。まあでも、これだけでも結構な収穫じゃないですか〜?」


「ええ、そうです──ねっ!!」


「うわわっ!?」


 眠目が宮下の肩に手をやり、ぐいっと押しのけた。宮下はそのまま弾かれ、横へよろめく。


「……さて。最後に、音無 雫さんですが」


「……そういや、さっき一(・)人(・)を(・)除(・)い(・)て(・)とか言ってたよな?」


「ええ。彼女自身に関する情報は、一切見つかりませんでした。まあ、それ自体は別に珍しいことでもありません。ですが──これは、どういうことでしょうね」


「……? なんかあんのか?」


「この写真を見てください」


 眠目は椅子を引き、横へずれた。空いたスペースから、柊と宮下がモニターを覗き込む。


「……子ども?」


 画面に映っていたのは、幼い子どもの写真だった。年齢は二、三歳といったところだろうか。しかし、その顔に笑みはなく、幼児にしては妙に大人びて見えた。


「ええ。どうやら氷室 輝夜さんの幼少期の写真のようです。氷室 豪さんが昔SNSへ投稿していたものを、ノイマンが拾ったようですね」


「あ。右目の下に、泣きぼくろがありますね〜。かわいいですぅ〜」


「……では、隣に並べた画像を見てください。私が盗撮した、音無 雫さんの写真です。ノイマンには、これを参考に調査してもらいました」


(……しれっととんでもないこと言わなかったか?)


「あ! 同じ位置に泣きぼくろがありますね〜!」


「あ? ……ほ、ほんとだ」


「そして、こちらが現在の氷室 輝夜さんの写真です」


「……あれ〜? こっちには、泣きぼくろがないですよ〜?」


「……ど、どういうことだ、これ?」


「…………」


 眠目は何も答えず、三枚の写真をじっと見つめる。柊と宮下もまた、困惑した表情で画面を眺めていた。


「……被害者の氷室 輝夜さん。彼女についても、まだ謎が残っていますね」


「謎、ですか〜?」


「ええ。そもそもなぜ彼女は、事件現場となった月見ヶ原ARミュージアムの中世ヨーロッパエリアにいたのでしょうか」


「あー……確かに。言われてみりゃ、そうだな」


「彼女、炎上中はずっと雲隠れしてましたからね〜。それで殺されたってニュースが流れたもんだから、世間は大騒ぎですよ」


「……まあ、ひとまず関係者についてはこんなところでしょうか」


 そう言って椅子から立ち上がり、傍らの杖を手に取った。


「次はどうするんですか〜?」


「そうですねぇ……ひとまず、株式会社フィロソフィーを訪ねてみましょうか」


「茅野 悟さんの元勤務先ですね〜。何か分かりますかね〜?」


「どうでしょうね」


「つーか、訪ねるって……いきなり行って大丈夫なのかよ?」


「……その辺のことは、向かいながら考えましょう」


 眠目はPCをシャットダウンする。画面が一つずつ暗転していく、その間際──右側のモニターにいたノイマンが、ちらりと柊へ視線を向けた。

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