第23話 【容疑者】
「まずは──村上 狼。彼のデータですね」
眠目が開いたファイルには画面いっぱいに文章と画像が並び、過去のSNSへの投稿や、動画のサムネイルらしきものまでまとめられていた。眠目はそれをゆっくりとスクロールしながら、目を通していく。
「村上 狼、二十七歳、動画配信者。二十二歳の頃から動画投稿を開始。主に時事問題へ意見したり、それをネタにした動画を作ったりするスタイルだったようですね」
「そうですね〜。活動を始めた頃は、かなり過激な発言も多かったんですけどね。最近は、話題になってる炎上案件なんかに正論を言ってくれる人みたいな扱いになってますね〜」
「正論、ですか。……くだらない。そんなものは、インターネットのどこにも存在していません」
「……?」
「自分に都合の良い意見には“正論”と札を貼る。都合の悪い意見には“逆張り”や“非常識”と札を貼る。そして、自分で考える代わりに、誰かの言葉を借りて殴り合う。この手の配信者は、彼らにとって便利な凶器でしかありません」
「あー……まぁ、確かにいますよね〜。『○○さんがこう言ってた!』みたいな投稿する人」
「捻じ曲がった意見であっても、大衆が支持すれば是とされます。しかし、その多数派そのものすら、いとも容易く作り出すことができる。“世論”も“真実”も加工できる世界。それが、インターネットという場所です」
「ん〜……ちょっと偏りすぎな気もしますけど。言いたいことは分かりますよ〜」
「……何の話してんだ?」
「村上という配信者は、おだてられるまま宇宙まで飛んでいったチンパンジーだという話です」
「言い過ぎだろ……」
「さて、続きを読みましょうか。……ん?」
「どうしました〜?」
「……ふっふっふ。柊さん。どうやら、私の決めつけは当たっていたようですよ」
「マジで?」
「ええ。氷室 輝夜。彼女の炎上について、村上さんはいくつか動画を投稿していたようです。炎上について意見を述べるもの。それから、彼女をネタにして嘲笑するような動画もありますね」
「……なんで関係ない人間が、そんな動画出すんだよ?」
「簡単です。それでお金が生まれるからですよ。話題になっている人物を取り上げれば、再生数が伸びる。その人物が嫌われていれば、攻撃的な内容も受け入れられやすい。屍肉に群がるハイエナのようなものです」
「てことは、やっぱり村上さんは、被害者の氷室 輝夜さんを知っていたんですね〜」
「ええ。彼は『特別なイベントがある』と言われて、あの場所へ呼び出されていました。もし目の前に現れたのが本当に見知らぬ女性だったなら、刺されるところまで含めてARの演出だと考えてもおかしくありません」
「──でも実際は違った。彼は目の前の人物を氷室 輝夜だと認識した。だから演出だと思わず、本物の人が刺されたと思って、すぐに逃げ出した──そういうことですね〜!」
「なるほどな」
「……それと、ミュージアムについて面白い情報がありますね」
「面白い? どんなですか〜?」
「村上さんが以前の生配信で話していた内容です。同じく宣伝案件でミュージアムに招待された、別の動画配信者から聞いた話だそうで──館内で撮影を行う際、まず持ち込んだカメラをミュージアム側へ預けます。そして、カメラに専用のARレンズを取り付けてもらうそうです」
「ARレンズ?」
「ええ。おそらく、館内のAR映像をカメラにも記録するためのものでしょう」
「ああ、なるほど」
「そして、撮影が終わったあとは、再びカメラをミュージアム側へ預ける」
「預けるって……じゃあ、撮った動画はどうすんだよ?」
「動画の投稿作業も、ミュージアム側が行うそうです。投稿後に専用レンズを取り外し、カメラ内の動画データは削除。カメラ本体は後日返却される──という話でした」
「なんか……やけに厳重というか。まるで、撮られちゃまずいものでもあるみたいですねぇ〜」
「ええ。まあ、大体の察しはついていますが」
「え〜、ホントですか!? なんなんですか〜?」
「それは、また後ほど」
「え〜! 気になりますぅ〜!」
(……こいつの場合、嘘なのか本当なのか、イマイチ判断つかねぇんだよな……)
「──!」
不意に、眠目の指が止まった。画面をスクロールしていた手が、その場でぴたりと静止する。珍しく、その表情には僅かな驚きが浮かんでいた。
「……? どうした?」
「……茅野 瑞稀?」
「え? か、茅野って……」
宮下も眠目の後ろからぐいっと画面を覗き込んだ。
「どうやら、村上さんのアンチ掲示板から拾われた情報のようですね。この茅野 瑞稀という女性について扱った動画を、村上さんが過去に削除したという書き込みがあります。そして、この女性は──すでに自殺しているそうです」
「じ、自殺……?」
「ええ。報道された形跡はありません。ですので、大きな話題にはならなかったようですが……彼女の周囲にいた人間を通じて情報がネット上に出回り、アングラな場所ではそこそこ知られた話になっているようですね」
「…………」
「じゃあじゃあ〜! 次は、茅野 悟さんの情報を見てみましょう〜!」
「あっ──」
宮下が身を乗り出す。眠目の後ろから手を伸ばし、強引にマウスを奪った。二人の頬が触れ合い、むにっと潰れる。
「…………」
「えーっと……茅野 悟さん、二十六歳。さすがに一般人ですから、配信者の村上さんほど情報は残ってないみたいですね〜。ただ──彼にも一つ、興味深い情報がありますよ〜」
「なんだ?」
「この人、以前は『株式会社フィロソフィー』っていうIT企業で働いてたみたいです」
「IT? あの人が?」
「はい〜。会社のホームページに掲載されてた社員の集合写真に、彼が写ってたみたいですね〜」
「へぇ……IT企業から清掃員って、随分変わったキャリアしてんな」
「他には、これといって目立った情報はなさそうですね〜。まあでも、これだけでも結構な収穫じゃないですか〜?」
「ええ、そうです──ねっ!!」
「うわわっ!?」
眠目が宮下の肩に手をやり、ぐいっと押しのけた。宮下はそのまま弾かれ、横へよろめく。
「……さて。最後に、音無 雫さんですが」
「……そういや、さっき一人を除いてとか言ってたよな?」
「ええ。彼女自身に関する情報は、一切見つかりませんでした。まあ、それ自体は別に珍しいことでもありません。ですが──これは、どういうことでしょうね」
「……? なんかあんのか?」
「この写真を見てください」
眠目は椅子を引き、横へずれた。空いたスペースから、柊と宮下がモニターを覗き込む。
「……子ども?」
画面に映っていたのは、幼い子どもの写真だった。年齢は二、三歳といったところだろうか。しかし、その顔に笑みはなく、幼児にしては妙に大人びて見えた。
「ええ。どうやら氷室 輝夜さんの幼少期の写真のようです。氷室 豪さんが昔SNSへ投稿していたものを、ノイマンが拾ったようですね」
「あ。右目の下に、泣きぼくろがありますね〜。かわいいですぅ〜」
「……では、隣に並べた画像を見てください。私が盗撮した、音無 雫さんの写真です。ノイマンには、これを参考に調査してもらいました」
(……しれっととんでもないこと言わなかったか?)
「あ! 同じ位置に泣きぼくろがありますね〜!」
「あ? ……ほ、ほんとだ」
「そして、こちらが現在の氷室 輝夜さんの写真です」
「……あれ〜? こっちには、泣きぼくろがないですよ〜?」
「……ど、どういうことだ、これ?」
「…………」
眠目は何も答えず、三枚の写真をじっと見つめる。柊と宮下もまた、困惑した表情で画面を眺めていた。
「……被害者の氷室 輝夜さん。彼女についても、まだ謎が残っていますね」
「謎、ですか〜?」
「ええ。そもそもなぜ彼女は、事件現場となった月見ヶ原ARミュージアムの中世ヨーロッパエリアにいたのでしょうか」
「あー……確かに。言われてみりゃ、そうだな」
「彼女、炎上中はずっと雲隠れしてましたからね〜。それで殺されたってニュースが流れたもんだから、世間は大騒ぎですよ」
「……まあ、ひとまず関係者についてはこんなところでしょうか」
そう言って椅子から立ち上がり、傍らの杖を手に取った。
「次はどうするんですか〜?」
「そうですねぇ……ひとまず、株式会社フィロソフィーを訪ねてみましょうか」
「茅野 悟さんの元勤務先ですね〜。何か分かりますかね〜?」
「どうでしょうね」
「つーか、訪ねるって……いきなり行って大丈夫なのかよ?」
「……その辺のことは、向かいながら考えましょう」
眠目はPCをシャットダウンする。画面が一つずつ暗転していく、その間際──右側のモニターにいたノイマンが、ちらりと柊へ視線を向けた。




