第22話 【ノイマン】
「レームせんぱ〜い? 捜査するんじゃなかったんですか〜?」
三人は再び、眠目の家へ戻ってきていた。宮下が、ずらりと並んだソファの一つへどさりと腰を下ろす。
「ええ、そのつもりですよ。まずは、事件の関係者について調べたいので」
「調べるって……家でか?」
「そうですよ」
眠目も宮下とは別のソファへ腰を下ろす。手に持った杖を、ソファのふちに立てかける。
「今の時代、足で飛び回ることだけが捜査ではありません。家にいながらでも、得られる情報はいくらでもありますから」
眠目はソファの背もたれへ深く身体を預けた。全身真っ黒なリボン付きのワンピース。ソファまで同じ黒色のせいで、白い顔と髪だけが妙に浮かび上がって見える。
「……だらけてるだけじゃねぇか」
「少し休息を取っているだけです。あなたと違って、私は脳みそを使っていますので」
(……俺も頭使うのは好きなんだけどな……ゲームの攻略とかで)
「それに、捜査ならもう始めていますよ。今は結果待ちといったところです」
「あ〜、もしかして。さっき先輩が入っていった部屋で、何かしてたんですか〜?」
「ええ、そうです。“彼”に事件関係者の素性を調べてもらっています」
「か、彼!?」
柊が目を見開く。しかし眠目は、そんな柊を一瞥すらしない。そのまま身体を横へ倒し、備え付けの枕へ頭を乗せた。
「調査対象は、村上 狼、茅野 悟、音無 雫の三人です」
「……村上って、犯人じゃないんだろ?」
「ええ。少なくとも、警察はそう判断しているようですね。ですが、彼には少し引っかかるところがありましたので」
「引っかかるところ?」
「昨日の、宮下さんの“推理ショー”です。あなた、最初になんと言っていました?」
「え? ん〜と……『あなたはまず、被害者を中世ヨーロッパエリアへ呼び出した』?」
「そうです」
「それがどうしたんですか〜?」
「村上さんは、被害者のことを知らない女だと主張していました。本当に面識がないのであれば、まずそこを簡単に否定できそうなものだと思いませんか?」
「う〜ん。言われてみれば、そうですねぇ」
「私は彼の反応から、村上さんと被害者の間には、何らかの関わりがあったのではないかと考えています」
「……決めつけすぎじゃねーか? 単にそこまで頭が回ってなかっただけかもしれねぇだろ」
「別に決めつけでいいんですよ。捜査なんて、最初はそんなものです。それに、私の決めつけは六割ほど当たりますから」
(……まあまあ不安になる数字だな)
「……茅野 悟。あの清掃員も調べんのか?」
「ええ。昨日は宮下さんのせいで上手く追及をかわされましたが、私は彼が事件の瞬間を撮影したという話を疑っています」
「ってことは……あの動画を撮ったのは村上ってことか?」
「ちょっと〜! 私のせいでって何ですかぁ〜! まるで私が先輩を邪魔したみたいに聞こえるんですけど〜!」
「仮に、動画を撮影したのが村上さんだったとしましょう。そうなると、茅野さんの行動は一気に不自然になります」
「無視しないでくださーい!」
「事件直後、茅野さんは村上さんが落としたカメラを拾った。そして、目の前には被害者が倒れていたにもかかわらず──誰にも知らせず、そのまま現場を立ち去った」
「……まあ、そう聞くとだいぶ怪しいな」
「ですけど〜、動画には村上さんの声が入ってなかったんですよ〜? その代わり、茅野さんの声はしっかり録音されてました。だったら、やっぱり茅野さんが撮影してたって考えるほうが自然じゃないですか〜?」
「その論が通るのは、昨日までの話です。事件発生の一分後、村上さんは館内にいた女性と遭遇している。少なくとも、犯行直後の彼の行動については裏付けが取れたと考えていいでしょう。一方で茅野さんは、『赤いレインコートを着て被害者を刺したのは村上さんで、顔もはっきり見た』と証言している」
「でも村上には、ロッカーにナイフとレインコートを入れるのは無理だったんだろ?」
「ええ。つまり、茅野さんの証言には嘘が含まれている可能性が高い」
「むむむ〜。仮に氷室 豪さんが犯人だったとしても、茅野さんは嘘の証言をしてたってことになるんですかね〜?」
「そういうことです。やはり、彼についても改めて調べる必要があるでしょう」
「んで、最後は音無 雫。あの案内役の人か」
「ええ。彼女はまあ……その二人のついでですね」
「いやついでかよ!」
「あははっ! まあ、音無さんは事件が起きたとき、私たちと一緒にいましたからね〜。ついで扱いでも問題ないです〜」
「ふわぁ……とにかく、調査が終わるまでの間、しばらく眠ります」
(……こいつ、一日何時間寝てんだ……?)
眠目はあくびで滲んだ涙を拭うこともせず、ゆっくりと瞼を閉じていく。そのまま、今にも眠りに落ちそうになっていたが──
『ピピピッ! ピピピッ!』
「…………」
眠目のポケットから電子音が鳴った。眉間に皺を寄せながらスマホを取り出し、乱暴に音を止める。
「……柊さん」
「……? なんだよ」
「私が、この世で最も忌み嫌う行為をご存知ですか?」
「あ? 知らねぇよ」
「眠りに落ちる──その直前。あと数秒で意識を手放せるという瞬間に、睡眠を邪魔されることです。昨日に続いて二度目ですよ!?」
「俺に言われても知るか。その音、もしかして調査が終わったってことか?」
「ええ、そういうことです。私の睡眠時間も終わりましたよ?」
(こんだけすぐ終わるなら、そもそも寝ようとすんな!)
眠目は不機嫌そうな顔のまま、ソファから腰を上げた。そして杖をつきながら、二人を置いて先ほど入っていった部屋へと向かっていく。
「……何勝手にイラついてんだ、あいつ」
「まあでも、気持ちは分かるかも〜。もう少しで寝られそうってときに起こされたら、ちょっと嫌じゃない?」
「……くしゃみが出そうで出ない的なアレか?」
「そ、それはまた別かもだけど……」
宮下は苦笑いしながら、ソファから立ち上がる。
「とにかく、行ってみようよ。“彼”の正体も気になるしね」
「あ、ああ」
(……彼、か。あんなやつにも、彼氏がいんのか……?)
柊は片眉を上げ、眠目が消えていった扉へ目を向ける。先に歩き出した宮下の後を追い、柊もその部屋へ足を踏み入れた。
「……おお。なんかすげぇな」
部屋の中は照明が落とされていた。その代わりに、壁や天井にはピンク色の幾何学的なラインが走り、淡い光を放っている。
そして部屋の中央には、大きな机と三台のPCモニターが並んでいた。その光に照らされながら、ゲーミングチェアに腰掛けていたのは──“彼”ではなく、眠目だった。
「…………」
机の上には、ソフトキャンディの入った透明な容器。眠目はそこからいくつか取り出し、一つの包みを開ける。そのまま口へ放り込み、くちゃくちゃと噛み始めた。
「へぇ〜。かなり近未来的な部屋ですね〜。なんか、レム先輩のイメージとは真逆かもです〜」
「勝手に私を偶像化しないでいただけますか? むしろ、機械は得意な方なんですよ」
「……んで? 調査させてた彼ってのは、どこにいんだ?」
「そこにいますよ」
眠目はそう言って、右側のモニターを指差した。
「……?」
──画面には、一人のキャラクターが映し出されていた。
ピンクと黒のツートンカラーで、ぼさぼさに乱れた髪。ピンク色のトップスに、黒いスカート。いわゆる地雷系の少女を思わせる格好で、画面下部に力尽きたように寝そべっている。
「彼が、インターネット上の調査を行った人工知能──ノイマンです」
「か、彼……?」
柊は、調査をしていたのがAIだったことよりも、そのビジュアルに気を取られてしまう。
(お、女じゃないのか……?)
「かわいいですね〜! この子、レム先輩が作ったんですか?」
「ええ、そうです。スマートフォンの普及に伴い、インターネットが一般化した現代社会。本人が望む・望まないにかかわらず、ネット上には個人に関する情報が残されています。学校や勤め先の集合写真、昔使っていたSNSへの投稿、アングラな掲示板に晒された個人情報──」
「確かに、ネットを使わない人と、ネットに情報がない人はイコールではないですね〜」
「そういうことです。その態様はさまざまですが──そうした断片的な情報を拾い上げ、整理・集約するための人工知能が、このノイマンというわけです」
「すごいです〜! レム先輩、プログラミングまでできるんですね〜! 今度一緒にゲーム作りましょうよ〜!」
「お断りします。私にとってゲームは、自分で遊ぶためのものですから」
「え〜、そう言わずに〜!」
「……ちなみにさ、別にどうでもいいけど。男なのか? こいつ」
「ええ、そうですよ。ですので、余計な劣情は抱かないでくださいね」
「抱かねぇよ!!」
『──うるせぇなぁ。静かにしろよ。疲れてんだよ、こっちは』
「え?」
モニターから響いたのは、見た目からは到底想像できない野太い声だった。画面下で寝そべっていたノイマンが、面倒くさそうに身体を起こす。
『いきなり三人分も調べさせやがって』
「すみません、ノイマン。後ろの男がどうしても調べてほしいと言うもので……」
「息をするように嘘をつくんじゃねぇ」
『あ? 後ろの男?』
ノイマンが、画面の向こうから覗き込むように柊を見る。
『…………』
「……?」
『……あっそ。まあ、別にこれくらい朝飯前だけどな』
なぜかノイマンの頬が、僅かに赤く染まった。そっぽを向き、再び画面の下へ寝そべってしまう。
「……で? 情報は得られたのか?」
「ええ。一人を除いて、情報は揃ったようです」
「一人を除いて?」
「では、順番に見ていきましょうか」
眠目はマウスを操作し、ノイマンがまとめたファイルを開いた。




