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眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
20/34

第20話 【スイーツヘヴン】

「…………」


 柊は、ぽかんと口を開けながら上を見上げていた。


 首が痛くなるほど高い、高層マンション。ガラス張りの自動ドアの向こうには、いかにも高級そうなエントランスが広がっている。


「……すげぇな。ホントにここに住んでんのかよ」


「はい! いや〜、圧巻ですね〜」


「で? どうすんだ?」


「とりあえず、中に入ってみましょうか」


 宮下は臆する様子もなく、マンションの入口へ歩いていく。


「…………」


 柊も半信半疑のまま、その後に続いた。そのまま、二人は自動ドアを抜ける。


 エントランスは大理石を基調とした豪奢な造りで、中央には小さな水盤が設けられていた。周囲には観葉植物が整然と配置され、まるで高級ホテルのロビーのようだ。


 そして、正面にあるカウンターに、スーツ姿の女性が姿勢よく待機していた。おそらく、マンションのコンシェルジュだろう。コンシェルジュは二人に気づくと、丁寧に一礼した。


「こんにちは。いかがなさいましたか?」


「3702号室に住んでる、眠目 玲夢さんの友達です! 遊びに来ました〜!」


「お友達でございますね。お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?」


「宮下 真琴です! それで、こっちの男の子が柊 蓮司!」


「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 コンシェルジュは受話器を取ると、どこかへ電話をかけた。


「──お休みのところ失礼いたします。お友達がお見えになっております」


『…………』


「はい。宮下 真琴様と、柊 蓮司様です」


『…………』


「はい」


『…………』


「……ご存じない?」


『…………』


「はい……承知いたしました。失礼いたします」


(……おいおい)


 柊は半眼で受話器を見つめた。呆れた顔で宮下へ視線を向けようとした、そのとき──


「ちょーっと待ったー!!」


 宮下が突然、声を張り上げた。その声が、静かなエントランスに響き渡る。


「……一つ、伝えてほしいことがあります」


「……なんでしょうか?」


「『スイーツヘヴン』の食べ放題について、話があると伝えてください」


(……なるほど)


「……承知いたしました」


 コンシェルジュが再び受話器へ向き直る。


『…………』


「──えっ? 聞こえていた?」


『…………』


「はい」


『…………』


「では、お二人をお通ししてもよろしいと?」


『…………』


「承知いたしました。失礼いたします」


 受話器が静かに置かれた。


「お二人とも、お通ししてよいとのことです」


「ふっふっふ〜。やりましたね〜」


「……本当なのかよ? スイーツヘヴンの話」


「ええ、本当ですよ〜。ただまあ、条(・)件(・)付(・)き(・)ですけどね」


 偉そうに胸を張る宮下へ、コンシェルジュは来訪者用のカードを差し出した。


「こちらを、あちらのインターホンにかざしてください。カメラを通して、入居者様にご確認をいただいた後、扉のロックが解除されます」


「はーい。ありがとうございました〜!」


 宮下は雑に一礼すると、さっさとインターホンへ向かう。柊も遅れて頭を下げた。コンシェルジュも変わらぬ笑顔で、丁寧に一礼する。


「よっと……」


 宮下がカードをかざすと、小さな電子音が鳴る。しばらくの間、二人は静寂に包まれた。そして──


『ウィーン』


 自動ドアが静かに開く。二人はそのまま、マンションの奥へ足を踏み入れた。


* * *


『テレレッ…テレレッ…』


 軽快なチャイムが鳴る。しばらくすると、玄関の扉がゆっくりと開かれた。


「…………」


「こんにちはー、レム先輩!」


 そこに立っていた眠目は、真っ黒でふわふわとした寝巻きに身を包んでいた。頭には、先端にポンポンの付いた、同じく真っ黒な三角形のナイトキャップ。全身を黒で統一したその格好が、眠目の白い肌と髪を、かえって際立たせている。


「きゃ〜! 先輩、かわいすぎます〜!」


「……無駄話をしに来たのなら、今すぐ帰らせますが? 私は忙しいんです」


(……寝てただけだろ……)


「あははっ、すみません。とにかく、中でお話ししましょう」


「はいはい。どうぞ」


 眠目は小さくあくびを漏らしながら、二人を中へ招き入れた。玄関で靴を脱ぎ、長い廊下を抜ける。そして、リビングへ足を踏み入れた。


「……すげ〜」


 まず目に入ったのは、窓だった。壁一面を覆う巨大なガラス窓。眼下には、月見ヶ原の街並みが小さく広がっている。そして──


「…………」


 ──部屋の中は、別の意味で壮観だった。


 形も大きさも違う、様々な種類のソファがずらりと並べられている。まるで、インテリアショップの展示場のようだった。


「……なんだこりゃ」


「情緒も風情もないですねぇ。これ、もしかして全部寝るためのものですか〜?」


「そうですが? すべてオーダーメイドで作られています。さらに、それぞれ専用の枕も用意してあります」


 言われてみると、確かにどのソファにも一つずつ枕が置かれていた。


「……ここまでいくと、ちょっと狂気を感じますね〜」


 宮下が珍しく、顔を引き攣らせている。


「親は何も言わねぇのか? この部屋」


「両親は東京で暮らしていますから。私はここで一人暮らしですよ」


「ああ、そっか。親父さん、警視総監なんだっけ?」


「ええ」


(……にしても。こんなバカでかい部屋に一人暮らしって、どんだけ金持ちなんだよ……)


「ちなみに、この寝巻きも特別仕様です。最新の睡眠科学に基づいた──」


「ああっ! 分かった分かった! とにかく、すごいパジャマなんだな!」


「……で? 『スイーツヘヴン』の食べ放題について話がある、とのことでしたが。嘘だったら承知しませんよ?」


「嘘じゃありませんよぉ〜! ちゃーんと連れていってあげます。ただし、条件を聞いていただければですけどね〜」


「…………」


「つーかさぁ。こんだけ金持ちなら、食べ放題くらい普通に行けんだろ」


「そうでもありません」


「なんで?」


「私の月のお小遣いは、三千円ですので」


「……俺でも五千円なんだけど。なんで小遣いだけ少ねぇんだよ……」


「……私の話はもういいです。それで、条件というのは?」


「あ、はい。実は私──氷室 豪さんに面会してきたんですよ〜」


「……は? なんでだよ?」


「ん〜……私、あの人は犯人じゃないと思ってるんです。だから、レム先輩にもう一度、この事件を調べてほしくて」


「……それは私の仕事ではないでしょう。事件の捜査は、警察に任せておけばいいんですよ」


(……昨日あんだけ好き勝手しておいて、よく言うよ……)


「え〜! でもレム先輩だって、氷室 豪さんが犯人だとは思ってないでしょ?」


「…………」


「と・に・か・く〜! 氷室 豪さんに会いに行きましょ〜? 向こうも、レム先輩に会いたいって言ってましたよ?」


「……私に?」


「はい。レム先輩の名前を出したら、『ぜひ会いたい』って。レム先輩、結構有名人みたいですね〜」


「…………」


「だからまあ、話くらい聞いてあげてもいいんじゃないですか〜?」


「……はぁ。まあ、話だけなら聞きに行きましょうか」


「やった〜!」


「ただし! ──スイーツヘヴンの件、忘れないでくださいね?」


「もちろんですとも〜! 名探偵・眠目 玲夢、再始動ですね〜!」


「着替えてくるので、二人は先に下へ降りていてください」


「はーい。そのまま寝ちゃわないでくださいよ〜」


「寝るわけないでしょう」


(……説得力ねぇなぁ……)


 眠目は眠そうに目を擦りながら、奥の部屋へ消えていった。


「……じゃ、降りよっか」


「……大丈夫か、あれ? マジでそのまま寝そうだぞ」


「ん〜……じゃあ、覗いて確認してみる?」


「覗かねぇよ!! 行くぞ!!」


「あーはっはっはっ!!」


 柊がさっさと踵を返す。宮下は楽しそうに笑いながら、その後を追った。二人はそのまま玄関を抜け、眠目の家を後にした。

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