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眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
19/34

第19話 【氷室 輝夜】

 ──翌日、金曜日。事件の影響で、学校は休校となっていた。


 柊は自宅のリビングでソファに寝転がり、スマホを弄っていた。画面に映っているのは、柊が日課にしているソシャゲだ。


「おにーちゃん、そこどいてー。テレビ見たいから」


 突然、頭上から声が降ってくる。柊がスマホから目を離して見上げると、茶髪のボブヘアの少女が、こちらの顔を覗き込んでいた。


 柊(ひいらぎ) 凛(りん)──中学三年生の妹である。


「テレビって……何見るんだよ」


「競馬だよ、競馬」


「は? 競馬って……お前、まだ十四だろ?」


「うん。だからパパに買ってきてもらったんだよ。もうすぐレース始まるから、どいてどいて!」


(……いいんだっけ? 法的に……)


 柊は顔を引き攣らせながら身体を起こし、ソファに座り直した。空いた隣へ、凛がすぐさま腰を下ろす。


「──つかお前、学校は?」


「霞池附属も休みだよ。事件の対応しないといけないからって」


「あっそ」


 凛がリモコンを操作すると、テレビに競馬場の様子が映し出された。そして、持ってきたポテチとコーラを順番に開けると、ばりぼりと音を立てながら食べ始める。


(……休日のじじいか、こいつ)


「……おにーちゃんさぁ。たまには外に遊びに行きなよ」


「てめーにだけは言われたくねーよ!!」


「彼女とかいないわけ? ……いるわけないか」


 凛は悪態をつきながら、さらにポテチを口へ放り込む。細かな破片が、ソファや床へぽろぽろと落ちていた。そしてコーラを勢いよくあおったかと思えば──


「げふっ」


(……こいつこそ、絶対彼氏できねぇ……)


 柊はじっと凛を睨んだあと、再びスマホへ視線を戻した。そのとき──


『ピンポーン!』


「……あ?」


 家のインターホンが鳴った。


「……? パパとママ、なんか来るとか言ってたっけ?」


「いや? たぶん訪問販売かなんかだろ。無視無視」


「そっか」


 柊と凛は一度顔を見合わせ、小さく頷いた。しかし──


『ピンポーン! ピンポーン! ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン!』


「しつけぇな!?」


「出てみる? パパとママが鍵忘れたとかじゃないの?」


「それならメッセージ来んだろ。放っとけ、いつか諦めるから」


「まあ、変なのだったら断ればいいしさ」


「おい、待て!」


 止めようとする柊をよそに、凛はさっさと立ち上がった。そのままインターホンの前まで歩いていき──モニターボタンを押した。


「……? 誰? なんか探偵みたいな格好してるけど」


「……は?」


 柊が顔を上げる。その間に、凛は通話ボタンを押した。


『こーんにーちわー! 宮下 真琴でーす!』


「…………」


「えっと……どちらさまでしょーか?」


『その声、蓮司くんのお姉さん……いや、妹さんですかね〜?』


「れ、蓮司くん?」


『初めまして〜! 私、蓮司くんの彼女でーす! よろしくお願いします〜!』


「か、かかかっ、彼女!?」


 凛は口元を両手で覆い、目を見開いた。そして、勢いよくソファの柊を振り返る。凛の頬は、真っ赤に染まっていた。


 柊は慌ててソファから立ち上がり、インターホンへ駆け寄る。


「な、何やってんだお前!? つーか、なんで俺んちの住所知ってんだよ!」


『まあ、それは色々だよ〜。い・ろ・い・ろ! とにかく、中に入れてくれない?』


「……はぁ」


 柊は深いため息を吐いた。そのまま通話を切ると、重い足取りで玄関へ向かっていく。


「…………」


 玄関の扉を開けると、そこには黄土色の鹿撃ち帽を被り、同色のインバネスコートを羽織った宮下が立っていた。


「いや〜、突然ごめんね。そんじゃ、お邪魔しま〜す!」


 宮下は遠慮もせず玄関へ上がった。靴を脱ぎ、そのまま家の中へ入っていく。


「…………」


 柊はその背中を見送りながら、扉を閉めた。


「こ、ここっ、こんにちは……」


 リビングから顔を覗かせていた凛が、たどたどしく挨拶した。先ほどまでとは打って変わって、恭しい態度だ。


「こんにちは〜! お〜、いい家ですね〜!」


 宮下は興味深そうにリビングを見回すと、そのままソファまで歩いていき、当然のように腰を下ろした。


「……で? 何しに来たんだ?」


 リビングへ戻った柊が、宮下に語りかける。


「何って、決まってるでしょ〜? 事件のことだよ〜!」


「事件って、昨日の? もう終わった話じゃねぇか。犯人、捕まったんだろ?」


「うん。一(・)応(・)ね」


 宮下はそう言って、ポケットからスマホを取り出して何やら操作を始めた。


「あ、あの……」


「ん? どうしたの〜?」


「わ、私……自分の部屋にいたほうがいいですか? それとも……二人がおにーちゃんの部屋に行きますか?」


「あー、大丈夫大丈夫! お気遣いなく〜!」


(……なんか誤解されてんな)


 柊は、宮下と凛を交互に見やる。凛は冷蔵庫へ向かい、せっせと来客用のお茶を用意している。


(……まあ、いいか。突っ込んだら余計めんどくさそうだし)


 宮下へ半眼を向け、小さく息を吐いた。


「──氷室 豪。月見ヶ原ARミュージアムの館長である彼が、娘である氷室 輝夜殺害の容疑で逮捕された」


「父親が娘をな〜。何があったんだろーな?」


「それについては、ネットでも色々と憶測が飛び交ってるよ〜?」


「へぇ。どんな?」


「お、お茶淹れました〜。よかったらどうぞ?」


 二人の会話へ割って入るように、凛がお茶を運んできた。


「ありがとう〜! いや〜、よくできた妹さんだね〜」


(……さっきまで競馬見ながらゲップしてたけどな……)


 凛はにこにこと笑いながら、机の上に置きっぱなしだったポテチとコーラをそそくさと片付ける。ついでに馬券もしれっと回収。最後にテレビの電源まで消した。


「──で、話を戻すけど。ネットの反応を見る限り、だいたいは『氷室 輝夜側にも原因があった』って感じの憶測が多いね〜。氷室 豪さんに同情してる人も、結構いるみたい」


「……? 原因? 被害者側に? なんでそんな話になってんだ?」


「あはは〜! やっぱ知らないんだ〜。氷室 輝夜さんが生前、インターネットでどんな扱いをされてたのか」


「……おにーちゃん、自分の好きなゲームの情報とか生配信以外、ほとんど見ないから。そういう話には、めちゃくちゃ疎いんですよ」


 凛が宮下の隣へ腰を下ろし、ちらりと柊を見る。


「なるほどなるほど〜。そういうことね〜」


「……そういや昨日、氷室 輝夜は悪(・)い(・)意(・)味(・)で(・)話題になってたとか言ってたな、お前」


「うん。彼女がアーティスト活動をしてたことは言ったよね?」


「ああ」


「もともと、特別アンチが多い人ってわけでもなかったんだけど……ある動画がネットに流れたの」


「どんな?」


「これ」


 宮下はスマホの画面を柊へ向けた。


 映っていたのは、氷室 輝夜と思われる制服姿の少女だった。その向かいには、同じく制服を着た三人の少女。うち二人が、一人の少女の両腕を掴み、無理矢理立たせている。


『いやっ!! やめて!! お願い!!』


 拘束された少女は、泣きながら必死に抵抗している。しかし、二人は手を離さない。そんな様子を嘲笑うかのように、輝夜はポケットからたばこを取り出し、火をつける。


『や、やめ──』


 そして──


『──あああああああっ!!』


 火のついたたばこを、少女の顔へ押し付けた。


「……ひでぇな」


 柊は顔をしかめ、思わず画面から目を逸らした。


「この動画が流出してから、当然、氷室 輝夜さんは大炎上。SNSの反応は……こんな感じ」


 宮下はスマホを操作すると、再び画面を柊へ向けた。


『絶対に許しちゃいけない。少なくとも、表で活動していい人間じゃない』


『前からなんとなく嫌な感じがしてたけど、やっぱりなって感じ。顔に性格の悪さが滲み出てたよな』


『こいつの信者はいじめ肯定派ってことで合ってる?』


『個展は中止になるやろね。私も問い合わせしといたわ』


『こいつの絵、何がいいのか分からん。ファンも気色悪いし』


『普通に犯罪者で草。早く逮捕しろよwwww』


『誰か同じ目に遭わせてほしい。それくらいしないと反省しないでしょ』


「…………」


「……ん? どうしたの? そんな険しい顔しちゃって」


「いや……確かに、さっきの動画は胸糞わりぃと思ったけど……。なんつーか……」


「……ふふっ」


「……?」


 宮下が、いつにも増して嬉しそうに笑っていた。細められた目に、歪んだ口元。まるで、自分の胸の内をすべて見透かされているような気がして、柊は思わず視線を逸らした。


「……ところでさ」


「ん?」


「この投稿──なんか既視感ない?」


「既視感? ……ああ、言われてみれば。なんでだ?」


「あれだよ、あれ〜。月見ヶ原ARミュージアムで、事件の少し前に起きたやつ」


「あっ……! あの空中に出てきた文章か」


「そうそう。思い返してみれば、あのとき表示されてた文言──氷室 輝夜さんを叩いてた投稿っぽいものばかりだったんだよね〜」


「……なんでそんなもんが表示されたんだ?」


「さぁ? そこは犯人の氷室 豪さんに聞かないと分からないね〜」


 からかうような笑みを浮かべながら、スマホを手元へ戻す。そして、凛が淹れたお茶を手に取ると、ごくごくと一気に飲み干した。


「あ、あの〜……彼女さんって、探偵なんですか?」


「ん〜?」


「いや、なんか……さっきから事件とか犯人とか、そういう話してるから……。それに、格好も探偵っぽいし」


「ああ〜! うん、そうだよ〜。私、女子高生探偵なんだ〜!」


「お〜……!」


「で、蓮司くんは私の助手ね」


「なるほどぉ……じゃあ、一緒に事件を調べてるうちに好きになったとか?」


「そういうこと」


(……さっさと否定しときゃよかったな。どんどん設定が盛られていく……)


「……ま、それはさておき。続きはレム先輩の家で話そっか」


「あいつの家で? 俺、住所知らねぇけど」


「私が知ってるから大丈夫だよ〜」


(だからなんで知ってんだよ……)


「つーか、勝手に行っても追い返されるだけだろ。あいつ、もう事件には興味ないって言ってたし。第一、犯人も捕まってるのに、これ以上何を話すんだよ?」


「それはまあ、着いてからのお楽しみってことで〜」


「……俺も行くの?」


「当たり前でしょ? そのために迎えに来たんだから」


「はぁ……」


「それじゃあ妹さん。蓮司くん、借りていくね〜?」


「あ、はい! どうぞご自由に!」


「ほーい。じゃ、行こっか〜。また遊びに来るね〜!」


「はい! ぜひ!」


 宮下はソファからひょいっと立ち上がり、柊へ歩み寄った。


(まあ……たまには出かけるのも悪くないか)


 柊は冷蔵庫に取り付けてあるキーフックから家の鍵を手に取る。そのまま二人は並んで、玄関へと向かっていった。

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