↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
18/34

第18話 【仔猫ちゃん】

「レームせーんぱーい!! おはよー!! 起きて!! 朝だよ!! すごい朝!! 外が明るい!! カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!! おはよ!! 見て見て!! 外明るいの!! 外!! 見て!! カンカンカン!!」


 眠目のすぐそばで、宮下が絶叫した。先ほどまで静まり返っていた部屋に、その声がけたたましく響き渡る。


(うるせぇ……)


 柊はたまらず両耳を塞いだ。


「……んん……騒がしいですねぇ……もう少し静かに起こせないんですか?」


 眠目の薄青色の瞳が、ゆっくりと開く。ひどく不機嫌そうな顔で、手の甲を使い目元を擦った。


「あははっ、すみませ〜ん。一回やってみたかったんですよ、これ。あと、音無さん来てますよ〜」


 宮下が視線を向ける。その先には、明智と音無が立っていた。音無は眠目と目が合うと、丁寧に頭を下げた。眠目も座ったまま、小さく会釈する。


「ご足労いただき、ありがとうございます」


「いえ……ところで、この状況は?」


 音無は不思議そうに、柊、眠目、宮下の顔を順番に見回した。


(そりゃ疑問に思うわな……)


「実は、そちらの明智警部補から、事件解決に協力してほしいと頼まれまして」


「……頼んだ覚えはねぇが?」


「よく本人を目の前にして、そんな堂々と嘘がつけるな……」


「まぁまぁ、瑣末(さまつ)なことでしょう。とにかく、あなたにいくつかお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


 音無は眠目の対面にある椅子へ腰を下ろした。眠目は一つあくびをしてから、眠そうな目で音無を見る。


「まず──そちらの村上 狼さんについてですが、ご存知ですよね?」


 眠目が村上を示す。音無はそちらへ顔を向け、小さく頷いた。


「はい。わたくしどもが、当館の宣伝の一環としてご招待させていただきました」


「彼は今日、あなたから『中世ヨーロッパエリアで特別なイベントを行うので、そこで待機していてほしい』と言われたそうですが」


「はい。そうお伝えするよう言われておりましたので」


「え〜? 嘘じゃなかったんですかぁ〜?」


「当たり前だろ!! なんで俺がそんな嘘つかなきゃいけねぇんだよ!!」


「犯人だからに決まってるじゃないですか〜」


「ふざけんな!! このクソガキ!!」


「……くだらない言い争いなら、外でやってもらえますか? ……音無さん。もう一つ、伺いたいことがあります」


「なんでしょうか?」


「フードコーナーで私たちと別れた、その後のことです。私たちは警察と救急車を呼んだあと、すぐに先生方に集められてしまったので、それ以降のことを知りません」


「えっと……私はあの後、スタッフルームへ向かって、他のスタッフを呼びました。それから、フードコーナーへ戻って、彼女と一緒に現場へ向かいました」


「彼(・)女(・)というのは、刺された人がいると知らせに来た女性ですね?」


「はい、そうです。それで中世ヨーロッパエリアへ入ると、女性が血を流して倒れていました」


「……血(・)を(・)流(・)し(・)て(・)、ですか。そういえば、彼女は妙なことを口にしていましたよね。『血が出ていない』とかなんとか」


「ああ、そのことか」


 突然、村上が会話へ割って入った。眠目がそちらへ視線を向ける。


「俺、人を呼びに行ったって言っただろ? それで女を見つけて、とにかく来てくれって頼んだんだよ。んで、一緒にあの場所へ戻ったら──血(・)が(・)消(・)え(・)て(・)た(・)んだ」


「血が消えたぁ? 犯人が拭き取ったのか?」


「分からねぇ。あんなに血が出てたのに、全部なくなってた。でも、胸には刺された傷が残ってたな」


「ふふふ〜、謎ですね〜! さすがに犯人も、服に付着した血まで綺麗に拭き取ることはできないでしょうし。いや〜、ワクワクします〜!」


「……なるほど」


 眠目は小さく頷いた。そして、そのままぐたりと机へ突っ伏す。組んだ腕の上に顔を乗せると、頬がむにっと潰れ、薄青い瞳がさらに細くなった。


「……ちなみにですけど。先ほど、『そうお伝えするよう言われていた』と仰いましたよね。誰から言われたんです?」


「特定の誰か、というわけではありません。ミュージアムの運営から届いたメールに、村上さんへそう伝えるよう書かれていたんです」


「そのメール、まだ残ってますか?」


「あっ……すみません。私、読んだメールはすぐに削除してしまう癖があって……」


「あー、分かる分かる。俺もそういうメールって定期的に消さねぇと気が済まないんだよな。なんなら読まないまま消しちまうこともあるし」


 柊は腕を組み、何度か頷いた。


「……そうですか。分かりました」


 眠目は腕に頬をぐりぐりと押しつけた。その仕草はどこか、眠たげな猫が毛繕いでもしているかのように見えた。


「……それで? 仔猫ちゃん。そろそろ確(・)証(・)は得られたのか?」


「…………」


 眠目は腕に頬を乗せたまま、視線だけを明智へ向ける。細められた瞳と、むにっと潰れた頬。それだけで、ひどく不機嫌そうに見えた。


「これだけの話で、確証まで得られるわけないでしょう」


(最初と言ってることが違うな……)


「ですが、おおよその真相は見えましたよ。犯人も、だいたい見当はつきました」


「はあ!? い、いや、嘘だろ!?」


「こ(・)れ(・)は(・)嘘じゃありませんよ?」


「おお〜! ということは、ついに名探偵・眠目 玲夢の推理ショーが始まる感じですか〜!?」


「いえ? 始まりませんよ?」


「……え? なんでですか〜!?」


「言ったでしょう? 確証がありません。それに、私としてはもう満足しました。ここまでにしておきます。少し仮眠を取ったら、生徒の一行に戻りましょう」


 そう言うと、眠目は腕へ顔を埋めた。そして間もなく、小さな寝息が響き始める。


(……さっき起きたばっかだよな……?)


「……仔猫ちゃんは、いつもこんな感じだぜ。勝手に捜査へ首突っ込んだかと思えば、勝手に納得して、勝手に寝る」


「……なるほど〜。それでイ(・)タ(・)ズ(・)ラ(・)ですか〜」


「滅茶苦茶だな、こいつ……」


「ふふふっ! やっぱおもしろ〜い、この人!」


 引き気味の柊とは対照的に、宮下は心底楽しそうに笑っていた。


「とはいえ──私はやっぱり、事件の続きが気になりますからね〜。何か策を考えないとですね〜」


* * *


 十分ほど経った頃。眠目は、のそりと机から顔を上げた。顔を伏せていたあたりが吐息でうっすらと湿っている。それに気づくと、眠目は自分の袖でごしごしと拭った。


「……んん……さて、戻りましょうか」


「……俺ら怒られるよな? これ」


「あはは〜、大丈夫だよ〜。『蓮司くんがどうしても現場を見たいって言った』ことにするから〜」


「何が“大丈夫”なんだ……?」


 二人のやり取りをよそに、眠目は椅子の脇に立てかけていた杖へ手を伸ばす。だが──


「──あっ!」


 ──指先が杖を弾いた。漆黒の杖はするりと床を滑り、机の下へ潜り込んでしまう。


「……すみません。拾っていただけますか?」


 眠目は音無へ申し訳なさそうに小さく頭を下げた。


「ええ」


 音無は小さく頷くと、机の下へ身を屈める。そして、床に転がった杖を拾い上げると、眠目へ差し出した。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 眠目が杖を受け取る。すると音無は、その杖へちらりと視線を落とした。


「……その杖、どうなさったんですか?」


「幼い頃に、事故に遭いまして。まあ、大したものではありませんよ。お気遣いなく」


 眠目は再び小さく頭を下げると、杖をついて椅子から立ち上がった。


「…………」


(……気のせいかな。今、こいつ……)


 柊は怪訝そうな目で眠目を見る。その視線に気づいたのか、眠目がこちらを向いた。そして、二人の目が合う。


「…………」


「…………」


 ──数秒後。眠目は何事もなかったかのように、すっと前へ向き直った。


「ふわぁ……災難な一日でしたねぇ。帰ったら、ぐっすり眠れそうです」


「まだ寝んのかよ……」


「え〜! 私は寝られないですよ〜! 消化不良です〜!」


「……明日にでも、犯人逮捕のニュースが流れるでしょう。それを見ればいいんじゃないですか?」


「そんな〜!」


 宮下ががっくりと肩を落とした。眠目はそんな彼女の横をすり抜け、そのまま部屋の出口へ歩いていく。


「あっ! レム先輩、待ってくださーい!」


 宮下は慌てて、その後を追った。


「…………」


 残された柊は、明智たちへ申し訳程度に頭を下げる。


「……失礼しましたー……」


 そして、逃げるように二人の背中を追いかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。