第17話 【宮下 真琴の推理ショー】
「ふっふっふ〜……謎はすべて解けました!!」
映像が終わるなり、宮下が高らかに声を張り上げた。そして懐から棒付き飴を取り出すと、封を開けて口に咥える。まるで、タバコでも吹かしているつもりのようだった。
「……いきなりなんだよ」
「だからぁ〜。事件の謎が解けたって言っているんですよぉ〜。レム先輩のお手を煩わせるまでもありません。この私が、事件の真相をお話ししましょう!」
「ほう? いいぜ、聞かせてみな」
「…………」
明智が興味深そうに宮下を見る。一方、眠目はジト目になり、心底面倒くさそうな顔をしていた。
「犯人は──村上 狼さん! あなたです〜!」
宮下は棒付き飴を咥えたまま、もごもごと喋りながら村上を指差した。
「はぁ!? お、俺じゃねぇよ!!」
「否定したって無駄ですよ〜? 証拠も証言も、きっちり揃っていますからね〜?」
宮下はつかつかと歩きながら、偉そうに胸を張る。右手の指で、口元から伸びた飴の棒を挟んでいる。
「あなたはまず、被害者を中世ヨーロッパエリアへ呼び出した。そして、赤いレインコートで全身を覆い、ナイフで被害者を刺殺しました。ところが──不運にも、その瞬間を目撃されてしまったのです〜」
びしっ、と茅野を指差す。続いて、反対の手で帽子のつばをくいっと直した。まるで舞台上の俳優のような、大げさな動きだ。
「このミュージアムに勤める清掃員──茅野 悟さんにね!」
「だ、だから! それはそいつの嘘で……!」
「それは通りませ〜ん! あの映像には、確かに茅野さんの声が入っていました。となれば、撮影者は茅野さんだと考えるのが妥当です〜」
「…………」
「さらに! あなたのロッカーからは、映像に映っていた赤いレインコートと、凶器と思われるナイフまで発見されました。……ちなみにですが、ロッカーの鍵は〜?」
「……この男が持っていた。こいつから押収した鍵でロッカーを開けたところ、レインコートとナイフが出てきた」
「……だそうです。あなたは犯行後、ロッカーに殺人の証拠を隠した。あとでこっそり処分するつもりだったのでしょう。ところがその前に警察に鍵を押収され、隠していた証拠まで見つかってしまったのです〜!」
「…………」
「──以上! 名探偵の名助手による、推理ショーでした〜! ご清聴、ありがとうございました〜!」
宮下が推理を披露し終えると、室内に短い沈黙が落ちた。その静けさを破ったのは、柊だった。
「……まあ、そりゃそうだろって感じの推理ではあるけど。ぶっちゃけ、当たってんじゃねぇの?」
「ち、ちげーよ!! そもそも、その映像は俺が撮ったんだ!!」
「苦しいですね〜? 映像からは、あなたの声なんて一度も聞こえてきませんでしたよ〜?」
「だから、それは──」
「──はぁ。くだらない」
「──!」
眠目の冷たい声が、村上の言葉を遮った。一斉に彼女へ視線が集まる。気怠げに椅子から立ち上がると、杖をつきながらゆっくりと宮下の前まで歩み寄った。
「……宮下さん。あなたも本気でそんな推理をしているわけではないでしょう?」
「え〜? 本気ですよぉ〜? それとも──私の推理に何か問題でも?」
「ええ、ありますよ。──気持ちの悪い穴がね」
「ふーん。俺は普通に納得したけどなぁ……」
「…………」
柊が首を傾げる。それとは対照的に、明智は目を細め、眠目をじっと見つめていた。
「さてと……」
眠目は宮下の口元へ左手を伸ばした。宮下が咥えていた飴の棒を掴む。そのまま引き抜き──
「──えっ!?」
眠目は、宮下の口から奪った飴をそのまま自分の口へ咥えた。
「……お前、マジかよ」
「きゃ〜! レム先輩、大胆ですね〜!」
宮下は両手で頬を押さえた。その頬が、ほんのりと赤く染まる。眠目はそれを一瞥すらせず、口元に飴を咥えたまま茅野へと向き直った。
「……茅野さん」
「はい。なんでありますか?」
「そもそも、なぜあなたはカメラを持っていたんです?」
「ええ、ええ。そのことでありますか。中世ヨーロッパエリアを清掃していた際に、落ちているのを拾ったのでありますよ。どうやら、この方のものだったようでありますが」
そう言って、ちらりと村上へ目をやる。
「事件後、この清掃員がカメラを所持していたこと自体は確かだ」
明智の言葉に、眠目は横目だけで反応した。だが、すぐに茅野へ視線を戻す。
「……まあ、それはいいでしょう。問題があるのは、あの映像です」
「ふむ? 何が問題なのでありますか?」
「被害者──氷室 輝夜さんは、刺される瞬間を撮影されている。つまり、犯人に襲われるよりも前から、カメラは回っていたということです」
「ええ、ええ。その通りであります」
「そこで、当然の疑問が浮かび上がります。……なぜあなたは、刺される前の被害者を撮影していたのか?」
「──! ……ふむ?」
「あ〜……確かに変だな? 事件が起きてからカメラを回すならともかく、事件が起きる前から撮ってたってのは」
(……まあ、俺はその映像見てねぇけど)
「なるほど〜! まるで、茅野さんは事件が起こることを知っていたようにも思えますね〜! ただ──」
宮下は眠目の正面へ歩み寄り、少し見下ろすようにして視線を合わせた。
「──カメラを回す理由、ないことはなかったかもしれませんよ〜?」
「…………」
「何も起きてないのに、彼女を撮る理由なんてあるのか? しかも、拾ったカメラなんだろ?」
「蓮司くん、そうじゃなくてさぁ〜。ちょっと発想をずらしてみなよ」
「発想をずらす?」
「……なるほど。そういうことですか」
眠目はジト目で宮下を見つめながら、口の中で飴をころころと転がした。
「要するに──茅野さんは、氷室 輝夜さんを撮影しようとしていたわけではないってことだよ〜」
「……? じゃあ、何を撮ってたんだ?」
「事件が起きた十二時頃。このミュージアムでは、とある異常事態が起きてたでしょ〜?」
「……! あ、ああ。変な音が鳴って、天使やら文字やらが出てきたやつか」
「そ! 茅野さんはあの異常な現象を記録しようとして、カメラを回したんだよ〜。それで撮影していたところ、たまたま事件に遭遇しちゃったってこと〜」
宮下が言い終わると、茅野が何度も大きく頷いた。
「ええ、ええ。まさにその通りなのであります! 突然のことで動揺し、思わずカメラを回してしまったのであります」
「だそうです! やはり私の推理通り、犯人は村上 狼さんということですね〜!」
「ちげーよ!! このポンコツ探偵!!」
「私は探偵じゃなくて助手です〜!」
(助手にしては、主張の強いやつだな……)
「レム先輩〜。結局、映像には茅野さんの声が入っていて、村上さんの声は一度も聞こえなかったのは事実です。だったら、村上さんが嘘をついていると考えるのが妥当じゃないですか〜?」
「……それについては、考えがないわけではありませんが」
「ん〜? ホントかなぁ〜?」
「ひとまず、村上さん側の話をもう少し聞きましょうか。あなたは、この映像を自分が撮影したと主張していますよね?」
「あ、ああ。そうだよ」
「では、そのときの状況を詳しく教えていただけますか?」
「詳しくっつっても、映像のまんまだよ。俺はカメラを構えて、あの女を撮ってた。そしたら赤いレインコートのやつが急に出てきて、女を刺したんだよ」
「その後は?」
「……びびって、カメラを落としちまった。そんで、そのまま誰か呼ばなきゃって思って、現場を離れたんだ」
「なるほど? ……いくつか気になる点がありますね。まず、なぜあなたは、事件が起きる前から被害者を撮影していたんです?」
「ああ、それね。実は俺、この月見ヶ原ARミュージアムのPR案件で呼ばれてたんだよ。館内の動画を撮って、宣伝に協力してほしいってな」
「ああ。だから撮影禁止なのに、堂々とカメラ回してたのか」
「そゆこと。んで、ミュージアム側から『中世ヨーロッパエリアで特別なイベントをやるから、そこで待機しててほしい』って言われてたんだ」
「特別なイベントですか〜。まぁ、そういう話はネットにもありましたからね〜」
「……言われた通り待ってたら、知らねぇ女が出てきてさ。こっちをじーっと見てるから、てっきりそのイベントが始まったんだと思って、カメラを回したんだよ」
「……そうですか。ちなみに、ミュージアム側からその指示を受けたという証拠はありますか? 例えば、メールなどは残っていませんか?」
「い、いや。案件そのものの依頼メールならまだ残ってるけど……その件については今日、スタッフから直接言われただけだからな。ただ、その人に話を聞いてもらえば確認は取れると思うぜ?」
「そのスタッフの名前は?」
「えっと……音無とか、そんな名前だったかな」
「ああ〜! 音無 雫さんですね〜! 今日、私たちの校外学習を案内してくれた人です〜」
「……明智さん」
「……ん? なんだ?」
「音無 雫さんを、こちらへ呼んでいただけますか?」
「やれやれ。わがままな仔猫ちゃんだな」
明智はそう言いながらも、素直に部屋を出ていった。
(……結局呼びに行くのかよ……)
柊は呆れた顔で、その背中を見送る。
女子高生が警部補を当然のように使い走りにする。はたから見れば、なかなか異様な光景だった。
「もう一つ、伺いたいことがあります」
「なんだ?」
「あの映像に入っていた声についてです。あなたの声は一度も聞こえなかった。代わりに、茅野さんの声が入っていました」
「当然であります。なにせ、あの映像を撮影したのは僕でありますから」
「そ、それは俺にも分からねぇんだよ! 俺、動画撮りながら結構喋ってたんだぜ? なのに、俺の声だけなぜか録音されてなかったんだ。んで……そいつの声に関しては、俺もあの時聞いてるんだよな」
「つまり、彼も現場にいたと?」
「い、いや……それが……あそこにいたのは、俺とあの女。それから途中で現れた、赤いレインコートのやつだけだった……はずなんだよ。でも、声が聞こえたのは俺のすぐ近くで……」
「あはは〜。嘘を重ねすぎて、支離滅裂になっちゃってるじゃないですか〜」
「嘘じゃねぇよ! 本当に、突然そいつの声が聞こえてきたんだ! たぶんそいつがレインコートのやつで、俺よりデカい声で喋ってたんだよ!」
「なんだそりゃ……。意味分かんねぇぞ」
「苦しい言い訳なのであります」
「……なるほど。ありがとうございます。もう充分です」
眠目はふわぁ、と退屈そうにあくびをする。
「私は少し仮眠を取ります。音無さんが来たら、起こしてもらえますか?」
「いいですよ〜! あっ! なんなら、私の膝枕で寝ます〜?」
宮下がその場で正座し、自分の膝をぱんぱんと叩いた。
「…………」
眠目は何も言わず、宮下の元へ歩いていく。
「お! どうぞどうぞ〜?」
宮下は嬉しそうに両手を広げた。眠目はそのまま、広げられた両腕の間に入り込む。そして、自分の口から棒付き飴を引き抜き──
「──むぐっ!」
そのまま、宮下の口の中に強引に捩じ込んだ。
「…………」
眠目は何事もなかったかのように踵を返し、近くの椅子へ腰を下ろす。そのままこくり、こくりと頭を揺らし始めた。そして数秒もしないうちに──
「すぅ……すぅ……」
小さな寝息が、部屋の中に響き始めた。




