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眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
16/34

第16話 【赤いレインコート】

「レム先輩、お知り合いなんですか〜?」


「ええ。父親の関係で、少々縁がありまして」


(そういやこいつ、警(・)視(・)総(・)監(・)の(・)娘(・)とか言ってたな……)


「……帰んな。ここは俺たちの領域(テリトリー)だ。猫ちゃんたちの集会所じゃあねぇんだぜ」


 眠目は自分を見下ろす明智に対し、挑発するように片眉を上げた。


「……実は私には、犯人が誰なのか見当がついておりまして」


「えっ!? ほんとですか!? さすがですね〜、先輩!」


(いや、絶対嘘だろ……)


「現場を確認すれば、確証が得られると思ったのですが……」


「……誰なんだ、犯人は? 言ってみな」


「確証がないうちは、無責任に犯人扱いなどできませんね」


「…………」


 二人の間に、短い沈黙が流れた。


 明智は眠目をじっと見下ろしていたが、やがて諦めたように目を閉じ、小さく息を吐く。


「……いいぜ、入んな。ただし、現場を引っ掻き回すのはナシだ」


「ありがとうございます。後ろの荷(・)物(・)持(・)ち(・)を同行させても?」


「ああ、問題ない」


「荷物持ちだって、蓮司くん」


「お前もな」


 明智が規制線を持ち上げ、三人はその下をくぐり抜けた。そのまま明智に先導され、現場の奥へと進んでいく。


 やがて辿り着いたのは──中世ヨーロッパの“魔女狩り”のエリアだった。


「うっ……」


 柊は思わず口元を押さえた。


 ──地面に打ち込まれた杭。その足元に積み上げられた薪よりもさらに手前に、一人の女性が倒れている。


 純白の衣服。その胸元から流れ出た鮮血が、白い布地を赤く染めていた。鉄錆びのような臭いが、鼻を掠める。


 死体の周囲では、鑑識と思しき捜査員たちが作業を続けていた。現場の写真を撮ったり、小型のライトを当てながら床や死体の周辺を調べたりしている。


「…………」


 柊が顔を背ける一方で、眠目は興味深そうに死体をまじまじと観察している。宮下に至っては、まるで子どものように無邪気な笑みを浮かべている。


「……この女性、見覚えがありますね」


「被害者は氷室(ひむろ) 輝夜(かぐや)、十九歳。死因は胸部の刺創による失血死。犯行時刻は十二時八分頃だ」


「あー、この人! 氷室 豪の娘さんですよね?」


「氷室 豪って……このミュージアムを作ったやつだっけ?」


「うん。氷室 豪の娘、氷室 輝夜。アーティストとして活動してた人だよ〜。個展とかも、そこそこ話題になることもあったりして。……まぁ、最近は悪い意味で話題になってたけどね〜」


「……? 悪い意味?」


「明智さん。それよりも、気になることがあるのですが」


「なんだ? 言ってみな」


「なぜ、犯(・)行(・)時(・)刻(・)が十二時八分頃だと? ずいぶんと正確に分かっているんですね」


「簡単な話だ。目撃者……それも、決定的な場面に立ち合ったやつがいた。そいつが撮影していたのさ──事件が起きた、その瞬間をな」


「なるほど? 映像に撮影時刻が?」


「ああ、そういうことだ」


「え〜! 見たいです〜! その映像!」


 宮下が勢いよく手を上げ、その場でぴょんぴょんと跳ねる。まるで、おもちゃをねだる子どものようだ。


「……俺がおかしいのか? 全然見たくないんだけど……」


「その方は、今どちらに?」


「奥の部屋で事情聴取を受けてる」


「案内していただけますか?」


「やれやれ……『犯人の見当がついてる』って話は、どうなったんだ?」


「まだ確証が得られていないだけで、嘘はついてませんよ?」


(ホントかよ……)


 明智はそれ以上追及することなく、奥へ向かって歩き出した。三人もその後に続き、事件現場を後にした。


* * *


「だ・か・ら! 知らねーって言ってんだろーが!」


 段ボールや、用途の分からない機材が積まれた部屋。その中央には白いテーブルが雑に置かれ、男が警官から話を聞かれていた。


「……あなたでしたか。村上 狼さん、でしたっけ?」


「ん? ……ああ、さっきの」


 村上は僅かに驚いた顔をした。だが、すぐに明智の姿へ気づき、露骨に顔をしかめる。


「目撃者というのは、彼のことですか?」


「いいや、違う。こいつはむしろ、目(・)撃(・)さ(・)れ(・)た(・)側(・)だ」


「目撃された側? それって、村上さんが犯人ってことですか〜? な〜んだ。もう事件、解決してたんですね〜」


「……彼を目撃した人物というのは?」


「もう一つ奥の部屋で、事情聴取中だ」


「ふむ……そうですか。では、まずは彼からお話を伺ってもよろしいですか?」


 眠目は不遜にも、右手に持った杖で村上を指し示した。


「ああ。好きにしな」


(いいのかよ……ただの女子高生に、こんな好き勝手させて……)


 柊は横目で明智を見る。明智はその視線に気づく様子もなく、村上の向かいに座っていた警官へ何かを伝えた。警官は素直に席を立ち、空いた椅子へ当然のように眠目が腰を下ろした。


「な、なんだ……? なんでキミが?」


「すみません。少々、お話を伺いたいのですが」


「……まあいいけど。何?」


「目撃者がいるそうですね。あなたが犯行に及んだ──その決定的瞬間を、目撃したとのことですが」


「ち、ちげーよ!! マジで大嘘ついてやがんだ、あの清掃員!!」


「清掃員?」


「ああ!! あいつ、俺の顔をはっきり見たとか適当言いやがって……。おまけに、なぜか俺のコインロッカーにナイフが──」


「明智さん。凶器は、この方のロッカーから?」


「そうだ。こいつのロッカーから、凶器とみられるナイフと、犯行時に使用されたと思われる赤いレインコートが見つかった。どちらにも、被害者のものらしき血痕が付着している」


「ありゃりゃ〜。目撃者もいて、証拠まで揃ってるんじゃ、もう諦めたほうがいいんじゃないですか〜?」


 眠目の背後に立つ宮下が、口元へ手を添える。からかうような笑みに、村上の顔が怒りで歪む。


「俺じゃねぇ!! 俺はハメられてんだよ!! 犯人はあの清掃員だ!!」


「あはは〜、必死ですねぇ。かわいい〜」


「でもよ……仮にこの人が犯人だとして、なんで自分のロッカーに凶器とレインコートなんか入れとくんだ? 血だって付いたままだろ?」


「咄嗟のことで、焦っちゃったんじゃないですか〜?」


「……突発的な犯行なら、そもそもレインコートを用意していること自体が不自然ですね。本日は快晴ですし」


「そ、そうそう!! 第一、俺(・)の(・)カ(・)メ(・)ラ(・)に(・)あ(・)る(・)映(・)像(・)を、あいつは自分が撮ったって言ってんだぞ!? それがまずおかしいだろーが!!」


「……明智さん」


「なんだ?」


「その目撃者は、なんと証言しているんですか?」


「……説明すんの面倒だな。本人、連れて来てやろうか?」


「お願いします」


(……すっかり馴染んでんな、こいつ。大丈夫なのか? 色々と)


* * *


「連れて来たぞ」


 明智が、一人の男を連れて戻ってきた。


 ぼさぼさの黒髪に、伸びた無精髭。どこか清潔感に欠ける風貌をしている。しかし、本人の身なりとは対照的に、着ている清掃員の制服だけはしわ一つなく綺麗に整っていた。


「あっ! この人! 中(・)世(・)ヨ(・)ー(・)ロ(・)ッ(・)パ(・)の(・)妖(・)怪(・)だ〜!」


 宮下が男を指差した。男は首を傾げ、宮下を見つめる。


「ふむ? 妖怪ですか? この僕が、でありますか?」


「お、おい! 失礼だろ……」


「……事件の瞬間を目撃したというのは、本当ですか?」


「ええ、ええ。本当ですとも。間違いなく、この目で見たのであります。この男が赤いレインコートを着て、あの女の人を刺したのであります。顔もはっきりと確認したのであります」


「ふむ。その証言が本当なら、確かに決(・)定(・)的(・)と言えるでしょうね」


「あっ、申し遅れました。僕はこのARミュージアムで清掃員をしております、茅野(かやの) 悟(さとる)であります。よろしくであります」


 茅野はそう名乗ると、ビシッと敬礼してみせた。


「おい!!」


 村上が勢いよく身を乗り出した。机を思い切り叩き、鈍い音が部屋に響く。


「てめぇ、好き勝手言いやがって!! お前が犯人なんだろーが!!」


「好き勝手、と言われましても。見たものは見ましたし。なんなら、証拠だってあるのであります」


「証拠……先ほど話に出ていた、動画のことですか?」


「ええ、ええ。僕(・)が(・)撮(・)っ(・)た(・)事件の瞬間の映像であります」


「見せていただいてもよろしいでしょうか?」


「もちろんであります。……とはいえ、カメラは現在、警察に押収されておりますので」


「明智さん」


「へいへい……これだよ」


 明智は少し離れた机の上からカメラを手に取り、ケーブルで隣のテレビへ接続した。


「お〜! 事件の瞬間が見れるんですね〜! 高まりますぅ〜!」


「俺はいいや……見なくて」


 興奮する宮下とは対照的に、柊はテレビから顔を背ける。やがて画面が切り替わり──映像が再生され始めた。


 ──映像の冒頭に映っていたのは、一人の女だった。真っ白な衣服を身に纏った氷室 輝夜が、正面に立っている。彼女は身じろぎ一つせず、ただじっとカメラのほうを見つめていた。


 しばらくすると、画面の端から人影が現れた。頭から足元まで、全身を真紅のレインコートで覆った人物だった。顔も隠れており、誰なのかは判別できない。


 その人物は輝夜の前まで来ると、懐へ手を入れる。そして、一本のナイフを取り出した。


『や、やめるのであります!』


「──!」


 カメラの手前から、聞き覚えのある男の声が響いた。おそらくは、茅野のものだろう。


 だが、レインコートの人物は止まらない。ナイフを手にしたまま輝夜へ迫り──その胸元へ、刃を深々と突き立てた。


『ひいぃ!!』


 犯行の瞬間、再び茅野らしき声が響く。直後、画面が大きく揺れた。画角が跳ね上がり、それ以降、映像にはただ天井だけが映し出されていた。

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