第16話 【赤いレインコート】
「レム先輩、お知り合いなんですか〜?」
「ええ。父親の関係で、少々縁がありまして」
(そういやこいつ、警視総監の娘とか言ってたな……)
「……帰んな。ここは俺たちの領域だ。猫ちゃんたちの集会所じゃあねぇんだぜ」
眠目は自分を見下ろす明智に対し、挑発するように片眉を上げた。
「……実は私には、犯人が誰なのか見当がついておりまして」
「えっ!? ほんとですか!? さすがですね〜、先輩!」
(いや、絶対嘘だろ……)
「現場を確認すれば、確証が得られると思ったのですが……」
「……誰なんだ、犯人は? 言ってみな」
「確証がないうちは、無責任に犯人扱いなどできませんね」
「…………」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
明智は眠目をじっと見下ろしていたが、やがて諦めたように目を閉じ、小さく息を吐く。
「……いいぜ、入んな。ただし、現場を引っ掻き回すのはナシだ」
「ありがとうございます。後ろの荷物持ちを同行させても?」
「ああ、問題ない」
「荷物持ちだって、蓮司くん」
「お前もな」
明智が規制線を持ち上げ、三人はその下をくぐり抜けた。そのまま明智に先導され、現場の奥へと進んでいく。
やがて辿り着いたのは──中世ヨーロッパの“魔女狩り”のエリアだった。
「うっ……」
柊は思わず口元を押さえた。
──地面に打ち込まれた杭。その足元に積み上げられた薪よりもさらに手前に、一人の女性が倒れている。
純白の衣服。その胸元から流れ出た鮮血が、白い布地を赤く染めていた。鉄錆びのような臭いが、鼻を掠める。
死体の周囲では、鑑識と思しき捜査員たちが作業を続けていた。現場の写真を撮ったり、小型のライトを当てながら床や死体の周辺を調べたりしている。
「…………」
柊が顔を背ける一方で、眠目は興味深そうに死体をまじまじと観察している。宮下に至っては、まるで子どものように無邪気な笑みを浮かべている。
「……この女性、見覚えがありますね」
「被害者は氷室 輝夜、十九歳。死因は胸部の刺創による失血死。犯行時刻は十二時八分頃だ」
「あー、この人! 氷室 豪の娘さんですよね?」
「氷室 豪って……このミュージアムを作ったやつだっけ?」
「うん。氷室 豪の娘、氷室 輝夜。アーティストとして活動してた人だよ〜。個展とかも、そこそこ話題になることもあったりして。……まぁ、最近は悪い意味で話題になってたけどね〜」
「……? 悪い意味?」
「明智さん。それよりも、気になることがあるのですが」
「なんだ? 言ってみな」
「なぜ、犯行時刻が十二時八分頃だと? ずいぶんと正確に分かっているんですね」
「簡単な話だ。目撃者……それも、決定的な場面に立ち合ったやつがいた。そいつが撮影していたのさ──事件が起きた、その瞬間をな」
「なるほど? 映像に撮影時刻が?」
「ああ、そういうことだ」
「え〜! 見たいです〜! その映像!」
宮下が勢いよく手を上げ、その場でぴょんぴょんと跳ねる。まるで、おもちゃをねだる子どものようだ。
「……俺がおかしいのか? 全然見たくないんだけど……」
「その方は、今どちらに?」
「奥の部屋で事情聴取を受けてる」
「案内していただけますか?」
「やれやれ……『犯人の見当がついてる』って話は、どうなったんだ?」
「まだ確証が得られていないだけで、嘘はついてませんよ?」
(ホントかよ……)
明智はそれ以上追及することなく、奥へ向かって歩き出した。三人もその後に続き、事件現場を後にした。
* * *
「だ・か・ら! 知らねーって言ってんだろーが!」
段ボールや、用途の分からない機材が積まれた部屋。その中央には白いテーブルが雑に置かれ、男が警官から話を聞かれていた。
「……あなたでしたか。村上 狼さん、でしたっけ?」
「ん? ……ああ、さっきの」
村上は僅かに驚いた顔をした。だが、すぐに明智の姿へ気づき、露骨に顔をしかめる。
「目撃者というのは、彼のことですか?」
「いいや、違う。こいつはむしろ、目撃された側だ」
「目撃された側? それって、村上さんが犯人ってことですか〜? な〜んだ。もう事件、解決してたんですね〜」
「……彼を目撃した人物というのは?」
「もう一つ奥の部屋で、事情聴取中だ」
「ふむ……そうですか。では、まずは彼からお話を伺ってもよろしいですか?」
眠目は不遜にも、右手に持った杖で村上を指し示した。
「ああ。好きにしな」
(いいのかよ……ただの女子高生に、こんな好き勝手させて……)
柊は横目で明智を見る。明智はその視線に気づく様子もなく、村上の向かいに座っていた警官へ何かを伝えた。警官は素直に席を立ち、空いた椅子へ当然のように眠目が腰を下ろした。
「な、なんだ……? なんでキミが?」
「すみません。少々、お話を伺いたいのですが」
「……まあいいけど。何?」
「目撃者がいるそうですね。あなたが犯行に及んだ──その決定的瞬間を、目撃したとのことですが」
「ち、ちげーよ!! マジで大嘘ついてやがんだ、あの清掃員!!」
「清掃員?」
「ああ!! あいつ、俺の顔をはっきり見たとか適当言いやがって……。おまけに、なぜか俺のコインロッカーにナイフが──」
「明智さん。凶器は、この方のロッカーから?」
「そうだ。こいつのロッカーから、凶器とみられるナイフと、犯行時に使用されたと思われる赤いレインコートが見つかった。どちらにも、被害者のものらしき血痕が付着している」
「ありゃりゃ〜。目撃者もいて、証拠まで揃ってるんじゃ、もう諦めたほうがいいんじゃないですか〜?」
眠目の背後に立つ宮下が、口元へ手を添える。からかうような笑みに、村上の顔が怒りで歪む。
「俺じゃねぇ!! 俺はハメられてんだよ!! 犯人はあの清掃員だ!!」
「あはは〜、必死ですねぇ。かわいい〜」
「でもよ……仮にこの人が犯人だとして、なんで自分のロッカーに凶器とレインコートなんか入れとくんだ? 血だって付いたままだろ?」
「咄嗟のことで、焦っちゃったんじゃないですか〜?」
「……突発的な犯行なら、そもそもレインコートを用意していること自体が不自然ですね。本日は快晴ですし」
「そ、そうそう!! 第一、俺のカメラにある映像を、あいつは自分が撮ったって言ってんだぞ!? それがまずおかしいだろーが!!」
「……明智さん」
「なんだ?」
「その目撃者は、なんと証言しているんですか?」
「……説明すんの面倒だな。本人、連れて来てやろうか?」
「お願いします」
(……すっかり馴染んでんな、こいつ。大丈夫なのか? 色々と)
* * *
「連れて来たぞ」
明智が、一人の男を連れて戻ってきた。
ぼさぼさの黒髪に、伸びた無精髭。どこか清潔感に欠ける風貌をしている。しかし、本人の身なりとは対照的に、着ている清掃員の制服だけはしわ一つなく綺麗に整っていた。
「あっ! この人! 中世ヨーロッパの妖怪だ〜!」
宮下が男を指差した。男は首を傾げ、宮下を見つめる。
「ふむ? 妖怪ですか? この僕が、でありますか?」
「お、おい! 失礼だろ……」
「……事件の瞬間を目撃したというのは、本当ですか?」
「ええ、ええ。本当ですとも。間違いなく、この目で見たのであります。この男が赤いレインコートを着て、あの女の人を刺したのであります。顔もはっきりと確認したのであります」
「ふむ。その証言が本当なら、確かに決定的と言えるでしょうね」
「あっ、申し遅れました。僕はこのARミュージアムで清掃員をしております、茅野 悟であります。よろしくであります」
茅野はそう名乗ると、ビシッと敬礼してみせた。
「おい!!」
村上が勢いよく身を乗り出した。机を思い切り叩き、鈍い音が部屋に響く。
「てめぇ、好き勝手言いやがって!! お前が犯人なんだろーが!!」
「好き勝手、と言われましても。見たものは見ましたし。なんなら、証拠だってあるのであります」
「証拠……先ほど話に出ていた、動画のことですか?」
「ええ、ええ。僕が撮った事件の瞬間の映像であります」
「見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんであります。……とはいえ、カメラは現在、警察に押収されておりますので」
「明智さん」
「へいへい……これだよ」
明智は少し離れた机の上からカメラを手に取り、ケーブルで隣のテレビへ接続した。
「お〜! 事件の瞬間が見れるんですね〜! 高まりますぅ〜!」
「俺はいいや……見なくて」
興奮する宮下とは対照的に、柊はテレビから顔を背ける。やがて画面が切り替わり──映像が再生され始めた。
──映像の冒頭に映っていたのは、一人の女だった。真っ白な衣服を身に纏った氷室 輝夜が、正面に立っている。彼女は身じろぎ一つせず、ただじっとカメラのほうを見つめていた。
しばらくすると、画面の端から人影が現れた。頭から足元まで、全身を真紅のレインコートで覆った人物だった。顔も隠れており、誰なのかは判別できない。
その人物は輝夜の前まで来ると、懐へ手を入れる。そして、一本のナイフを取り出した。
『や、やめるのであります!』
「──!」
カメラの手前から、聞き覚えのある男の声が響いた。おそらくは、茅野のものだろう。
だが、レインコートの人物は止まらない。ナイフを手にしたまま輝夜へ迫り──その胸元へ、刃を深々と突き立てた。
『ひいぃ!!』
犯行の瞬間、再び茅野らしき声が響く。直後、画面が大きく揺れた。画角が跳ね上がり、それ以降、映像にはただ天井だけが映し出されていた。




