↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
15/34

第15話 【デジャヴ】

「音無さん。この現象について、何かご存知ですか?」


「…………」


「……?」


 音無は何も答えなかった。ただ呆然と、その場に立ち尽くしている。


 空中には、次々と文字が浮かび続けている。そこに表示される文面はどれも、誰かを非難し、罵るようなものばかりだ。


「……プログラムがバグったとかか?」


「う〜ん。そんな単純な感じには見えませんけどね〜」


「…………」


 眠目は、宮下へ視線を向けた。宙に浮かぶ文字を眺めていた宮下は、その視線に気づいて眠目へ向き直る。


「どうかしましたか? レム先輩」


「……宮下さん。これは、あなたのゲ(・)ー(・)ム(・)ではないんですか?」


「えっ? 違いますよ〜? 普通に考えて、一ゲストにすぎない私が、こんな大掛かりな仕掛けを用意できるわけないじゃないですか」


「……そうですか」


 眠目はそれ以上追及せず、再び空中の文字へ目を向けた。すると──


「──!」


 無数に浮かんでいた文字が、一つ、また一つと消えていく。そして、しばらくすると──そのすべてが跡形もなく消え去った。


「なになに?」

「例のイベントか?」

「なんか、デジャヴ感じたんだけど」


 周囲がざわめき始める。眠目はその喧騒に耳を傾け、僅かに眉をひそめた。


「……デ(・)ジ(・)ャ(・)ヴ(・)ですか。言われてみれば──」


「誰かああああーー!!」


「……?」


 考える間もなく、女性の叫び声がフードコーナーに響き渡った。声のほうを見ると、一人の女性が、血相を変えて走ってきている。


「どうされました!?」


 音無がすぐさま声をかける。女性は音無のもとへ駆け寄ると、膝に手をつき、荒い息を整えた。


「ひ、人が……」


「……?」


「人が、刺されてて……!」


「え!?」


「さ、刺されたって……マジかよ……」


 柊の顔から血の気が引く。一方眠目は、表情一つ変えず、女性へ身体を向けた。


「うお〜!! 事件!? 事件発生ですかぁ〜!?」


「お、お前……」


 興奮する宮下を、柊は完全に引いた顔で見つめる。


 だが女性には、そんなやり取りなど耳に入っていないようだった。荒い呼吸を繰り返しながら、必死に言葉を続けようとしている。


「で、でも……! ち、血が出てなくて……」


「……血(・)が(・)出(・)て(・)い(・)な(・)い(・)? それは、いったい……」


 眠目が訝しげに眉を寄せる。しかし、女性は返事をする余裕すらないようだった。


「と、とにかく、わたくしはほかのスタッフを呼んで参ります。それと、警察と救急車を──」


「あ、それなら私たちが呼んでおきますよ〜」


 宮下がぴょんぴょんと飛び跳ねながら、手を上げた。


「……すみません、お願いします」


 音無は小さく頷くと、急ぎ足でフードコーナーを後にした。


* * *


 しばらく経った頃。生徒たちは、海洋エリアへ集められていた。ARコンタクトレンズはすでに外しており、先ほどまで頭上を泳いでいた色鮮やかな魚たちも、今は跡形もなく消えている。


 引率の教師たちは、慌ただしく話し合ったり、どこかへ電話をかけたりしている。


 一方、生徒たちの間からは、ひそひそと囁き合う声があちこちから聞こえてきた。怯えている者もいるが、それ以上に多いのは、非日常的なイ(・)ベ(・)ン(・)ト(・)に浮き足立っている者たちだった。


「…………」


 柊、眠目、宮下の三人は、少し離れた場所で黙って立っていた。柊はげっそりと青ざめている。それに気づいた宮下が、横から顔を覗き込んだ。


「……蓮司くん、体調悪いの?」


「い、いや……」


「顔色悪いけど?」


「……俺、こういうの無理っていうか……苦手なんだよ」


「こ(・)う(・)い(・)う(・)の(・)って、事件のこと?」


「ああ……色々想像しちゃうんだよな。家族はどんな顔でこのことを聞くんだろう、とか……もし自分の周りの人間がこうなったら、とかな」


「なるほどなるほど。共感はできないけど、言いたいことは分かるよ。蓮司くん、意外と感受性豊かなんだね〜」


 宮下は目を閉じ、腕を組んだまま何度か頷いた。一方、眠目は教師陣の様子をじっと窺っている。やがて何も言わず、そちらへ向かって歩き出した。


「レム先輩?」


 宮下が目を丸くし、その背中を見つめる。そして──


「うおっ!? お、おい! なんだよ!? 引っ張るな!」


「いいから、来て来て〜」


 宮下は柊の腕を強引に引っ張り、眠目の後を追った。


「──すみません、少しだけ待っててください。……どうしたの? ちょっと今、忙しいんだけど」


 教師の一人が三人へ目を向ける。教師は電話をとっており、今は生徒に構っている余裕などないといった様子だ。


「すみません。お手洗いに行きたいのですが」


「あ、私もです〜。蓮司くんもだよね?」


「あ? いや、俺は別に──」


「トイレね。じゃあ、誰か付き添いの先生を──」


「いえいえ、大丈夫ですよ。すぐに戻ってきますから」


 眠目は丁寧に頭を下げると、そのまま集団を離れた。


「…………」


 教師は一瞬その背中を目で追ったものの、すぐに電話へと意識を戻してしまった。


「ほら、蓮司くんも行くよ〜。連れション連れション」


「だから引っ張るな! つーか、なんで俺まで──」


 柊の意思などお構いなしに、宮下は彼を半ば引きずるようにして、眠目の後へ続いた。


* * *


 三人は、中世ヨーロッパエリアまで来ていた。通路には黄色い規制線が張られ、その向こうを何人もの警察官が慌ただしく出入りしている。


「お、おい。トイレは?」


「急に尿意がおさまったので、散歩してるんですよ。ね、先輩?」


「…………」


「まずいだろ。勝手に出歩いたら……」


「さすがにあの中へ入るのは無理そうですね〜。死体、見てみたかったのに〜」


「俺は見たくねぇよ……。もう戻ろうぜ?」


「…………」


「あっ! 先輩!?」


 眠目は二人の会話など耳に入っていないかのように、一人で規制線へ向かって歩き出した。


「……ふふっ。どうするんだろ〜? 蓮司くん、行くよ〜」


「えぇ……」


 宮下も楽しげにその後を追う。柊も渋々、二人の後へ続いた。


 眠目が規制線まで近づくと、立っていた警官がすぐに気づいた。


「キミ! 何をしている? ここは今、関係者以外立ち入り禁止だ。さあ、戻って」


「…………」


「……ん? キミは……」


 警官は眠目の顔をじっと見つめ、やがてその視線を杖へと滑らせた。


「眠目 玲夢です。こんにちは」


「眠目……? ……なるほど」


 何かを察したらしく、警官は困ったように眉をひそめる。


「よろしければ、中に入れていただけませんか?」


「い、いやいや! そういうわけにはいかないよ」


「まあまあ、そう堅いこと言わずに〜。ほんのちょっと見学するだけですから〜」


 宮下がひょっこりと眠目の背後から顔を覗かせた。


「キミは……?」


「レム先輩の助手です! ちなみに、こっちの男の子は私の助手です!」


「……はーい。助手の助手でーす」


 柊は両手をポケットに突っ込んだまま、気だるそうに歩いてくる。


「……とにかく。誰であろうと、関係者以外は入れられない。おとなしく──」


「──仔猫ちゃん。まーたイタズラしに来たのか?」


「……?」


 警官の背後から、気の抜けた男の声がした。薄緑色のコートを羽織った男がこちらへ歩いてくる。


 軽薄な口調とは対照的に、その肌は透けるように白く、顔立ちも女性と見紛うほど整っていた。


「──お久しぶりです。明智(あけち) 三郎(さぶろう)警部補」


 眠目は薄く笑い、明智へ向かって軽やかにカーテシーをしてみせる。礼儀正しい所作とは裏腹に、その表情にはどこか挑発的な色が滲んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。