第14話 【アポカリプス】
中世ヨーロッパエリアを抜け、三人は再び海洋エリアへ戻ってきていた。眠目はベンチに腰掛け、館内マップを広げている。
「先輩。そろそろいい時間ですし、フードコーナーに行きましょうか?」
「ええ。ですから今、場所を確認しているんです」
「……なあ。なんか、奢るみたいな話になってたけど、あれって俺もなの?」
「……当然ですが? そういう条件で、私はあなた方に付き合っていたんですから」
「蓮司くん? まさか、女の子との約束を破ったりしないよね〜?」
(……お前が勝手に約束させたんだけどな……。はぁ……)
柊はポケットから財布を取り出した。中を確認すると、千円札が三枚だけ入っている。
「──楽しそうですね」
「……?」
三人の背後から、聞き覚えのある声がした。振り返ると、スーツ姿の女性がこちらへ歩いてきている。
「あんた……音無さんだっけ」
「ええ」
「何かご用ですか?」
眠目が地図から顔を上げ、音無を見上げた。
「我々はこれから、のっぴきならない用事があるのですが」
「……ただフードコーナーに行くだけなんで、お気になさらず……」
「……特に用という用はないんです。自由時間中、生徒のみなさんへお声がけして回っていまして」
「なるほど〜! 要するに、音無さんも暇なんですね〜!」
「ずばり言ってやるなよ……」
「……よろしければ、わたくしがフードコーナーまでご案内いたしましょうか?」
「いいんですか〜? ありがとうございます! ですって、レム先輩」
「恐れ入ります」
眠目は脇に立てかけていた杖を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。そして音無へ向き直ると、丁寧に一礼した。
「では、参りましょうか」
音無が先頭に立って歩き出す。三人も、その後に続いた。
* * *
「…………」
柊は財布の小銭入れを見下ろした。中に残されているのは、百円玉が一枚だけ。三枚あった千円札は、すでに券売機へと消えた後だ。
「お待たせしました。こちら、ダイナソーパフェになります」
「おお〜!」
眠目の目の前に、巨大なパフェが運ばれてきた。
アイスに生クリーム、色とりどりのフルーツ。それらが、これでもかというほど豪快に盛り付けられている。向かいに座る柊からは、眠目の顔がすっぽり隠れてしまうほどの大きさだった。
柊が僅かに身を傾けて覗き込むと、眠目はいつになくきらきらと目を輝かせていた。
(……これが五千円。俺と宮下さんで半分ずつ出して、俺の残金が五百円。そんで……)
「お待たせしました〜。こちら、ダイナソーエッグになります」
「…………」
目の前に置かれた小さな皿を、柊は無言で見下ろす。
──ゆでたまごが、一つ。たまごには小さな旗が刺さっており、デフォルメされた恐竜のイラストが描かれていた。
「おい……これが四百円!? さすがにぼりすぎだろーがよ!!」
「まあ、この手の施設内フードなんて、そんなもんじゃない?」
宮下はまるで気にする様子もなく、自分のゆでたまごを頬張っている。その隣では、眠目が夢中でパフェを食べ進めていた。
つい先ほどまで顔を完全に覆い隠していた巨大なパフェは、すでに眠目の顔が覗けるほどまで減っている。
「はぁ……」
柊は深いため息をついた。そしてたまごに突き刺さった旗をつまみ、そのまま持ち上げて口へ運ぼうとしたが──
「あっ……!」
──たまごが旗からすっぽ抜けた。そのまま床へ落ちていく。
「ちょっ……!」
柊は慌ててもう片方の手を伸ばした。しかし、受け止めるどころか指先で弾いてしまう。たまごはそのまま音無の足元まで飛んでいき──そのまま床へ叩きつけられ、ぐしゃりと潰れた。
「あああああああああ!! お、俺の四百円がああああああ!!」
「……柊さん。あなた、バカなんですか? そんな持ち方をすれば、落ちるに決まっているでしょう」
眠目が巨大なパフェの陰から、呆れたような顔を覗かせた。
「申し訳ございません。当館の配慮が足りておらず……」
音無は申し訳なさそうに頭を下げながら、一歩後ろへ退いた。宮下は、イタズラっぽい笑顔で柊の方を見ている。
「大丈夫ですよ〜。足りてないのは、蓮司くんの頭のほうなので〜」
「傷口に塩を塗んな!!」
柊は悲壮な顔で音無の足元へ向かい、潰れたゆでたまごを回収した。そして椅子へ戻り、小さな皿に載せた無惨なたまごの破片を見下ろす。
「……食えるかな、これ」
「食べられるわけないでしょう。……やれやれ」
眠目は小さく息をつくと、隣にある空になった宮下の皿を手に取った。そして、自分のパフェを大雑把に取り分ける。
「……どうぞ」
眠目は皿を柊のほうへ滑らせた。
「え!? い、いいのか……?」
「いらないのなら回収しますよ?」
「い、いるいる! ……ありがとな」
(……つっても、半分は俺の金だけどな……)
「レム先輩やっさし〜! 私、惚れ直しちゃいました〜!」
「んんっ……あむっ……」
眠目は宮下の言葉など意に介さず、何事もなかったかのようにパフェを食べ進めている。柊もスプーンを手に取り、取り分けられたパフェを口へ運んだ。
「……仲がよろしいんですね」
「そうなんです〜。私たちには、睡眠部のかたーい絆がありますから〜」
「睡眠部……?」
音無が不思議そうに首を傾げる。
「まあ、そういう反応になるよな……。つーか、俺は睡眠部じゃないからな」
「え〜? いつ入部するの〜?」
「入部しねぇよ!!」
「これ以上部員が増えられても困ります。あの場所は私の私有地ですから」
(とうとう私有地とか言っちゃったよ……)
「……というか、音無さん。ずっと立ってるの疲れません? 座っていいですよ〜」
宮下が自分の隣の席をぽんぽんと叩く。音無はそれを見て、小さくお辞儀をした。
「お気遣いありがとうございます。ですが、一応勤務中ですので」
「そうですかー。お堅いですねー」
(……勤務中って。さっきからただ突っ立ってるだけじゃねぇか……)
柊は心の中で悪態をつきながら、再び取り分けてもらったパフェを口へ運ぶ。驚くほど甘ったるく、とても大量には食べられそうにない。
ふと眠目のほうを見ると、巨大だったはずのパフェは、すでに残りわずかになっていた。
「お前、すげぇな……。アレが全部腹の中かよ」
「いえいえ、それほどでも」
「褒めてはねぇんだけどな……」
柊は眠目の身体を改めて見る。制服の袖から伸びる腕は、簡単に折れてしまいそうなほど細い。身体つきも華奢で、腰回りもすらりとしている。
(……こいつ、なんでこの体型維持できてんだ?)
柊は不思議そうに首を傾げた。眠目はそんな視線に気づくこともなく、パフェグラスを持ち上げる。そして、底に溜まった溶けかけのアイスまで、ごくごくと飲み干した。
「ふぅ……まあ、悪くはなかったですね」
「あっ、先輩。口元、拭きますね〜」
宮下は備え付けの紙ナプキンを手に取り、眠目の口元を丁寧に拭う。眠目も、さも当然とばかりにそれを受け入れていた。まるで、メイドとお嬢様のようだ。
「ふわぁ……眠く……なってきましたね……」
「お、おいおい。寝るなよ? コンタクトつけたままだろ? これ、つけたまま寝ちゃダメっすよね?」
「は、はい。装着中の睡眠はご遠慮いただいております。万が一、眠っているお客様をお見かけした場合は、スタッフがお声がけする決まりになっておりますので……」
「ですって、先輩。寝ちゃダメですよ〜」
口ではそう言いながら、宮下はまるで寝かしつけるかのように眠目の頭を撫でる。
「寝ま、せんよ……ちょっと目を閉じて……」
眠目は目を細め、こくり、こくりと頭を揺らし始める。今にも眠りへ落ちそうになった──そのとき。
『ゴオオオオオオオン──!』
「あ!?」
「──っ!?」
「な、なんですか〜? この音〜?」
突如、頭上から不気味な轟音が響き渡った。まるで巨大な金属同士が軋み合うような、重く低い音。
眠目も、はっと目を見開いた。三人は揃って頭上を見上げる。
頭上には、真っ白な衣を纏った、翼のある中性的な容姿の人間──いや、天使がいた。その手には、一本のラッパが握られている。
天使はゆっくりとラッパを口元から離す。そして、その姿はすうっと薄れていき、やがて跡形もなく消え去った。
「……今のは、いったい……?」
眠目が考えを巡らせるよりも早く、異変は続いた。何もなかった空中へ、次々と文字が浮かび上がっていく。
『人として終わってる。せめて被害者に謝罪しろよ』
『だんまりってことは、認めてるのと同じだろ。もし別人なら、何か声明出すだろうしな』
『甘やかされて育った女の末路。金持ちの家の娘なんて、みんなこんなもん』
『こいつが刺されて死んだとしても、誰も同情しないと思う。誰かやらないかなwww』
「な、なんだこれ……?」
柊は困惑しながら、辺りを見回す。
同じような文章が、右にも左にも、頭上にまで──見渡す限り、空間を埋め尽くすように浮かんでいた。フードコーナーにいたほかの客たちも、何が起きているのか分からず、狼狽えている。
「……!」
眠目はふと、空中に浮かぶ文字から目を離した。そして、隣にいる宮下へ視線を向ける。
宮下は、空中を埋め尽くす無数の言葉と、困惑する客たちを眺めながら──ひどく楽しそうに、口元を歪めていた。




