第13話 【魔女狩り】
「いや〜、凄かったですねぇ〜。もう私、普通の動物園じゃ満足できないかもですぅ〜」
恐竜の展示をひと通り見終え、生徒一行は再び開けた海洋エリアへ戻ってきていた。
「私は不満ですね。最新の学説と照らし合わせると、恐竜の復元には不正確な部分がいくつか見られました。もう少し考証に力を入れてほしいところです」
(……やっぱ詳しいだろ、こいつ……)
柊は不満げに口を尖らせる眠目を、呆れたように見つめる。
「みなさま、いかがでしたか? 恐竜動物園、楽しんでいただけましたでしょうか? このように、当館には最新鋭のAR技術を駆使した、さまざまな展示がございます。中世ヨーロッパ、宇宙空間、江戸時代──ほかにも多数ございますので、ここからは自由に館内をお楽しみください」
そう言って、音無は隣に設置されたエリアマップを示した。
「こちらが館内の簡易マップです。また、折りたたみ式の紙のマップもご用意しておりますので、必要な方はご自由にお持ちください」
「はーい。十四時までは自由時間です! 十分前には、この広間に戻ってきてくださいねー!」
引率の教師が声を張った。あちこちから、生徒たちの返事がまばらに聞こえてくる。そして、次々に地図を手に取り、友人同士で相談しながら各エリアへ散っていった。
「さてと……」
人が散っていくのを見届けると、眠目も館内マップのもとへ歩いていき、一枚手に取った。続いて、柊と宮下もそれぞれ地図を手に取り、広げる。
「フードコーナーはっと……」
「せんぱ〜い。フードもいいですけど〜。せっかく来たんですから、展示も見に行きましょうよ〜」
「展示を見たいのなら、お二人でどうぞ? 私はフードコーナーへ向かいますので」
「フードって……まだ十時半だぞ?」
「そうですよ〜。食べるのはあとでもいいじゃないですか。先に展示を見ましょうよ〜」
「だ・か・ら! 私は別行動を取ると言っているんです!」
眠目は苛立たしげに、杖先で床をカンカンと小刻みに叩く。
「まあまあ、そう言わないで。お昼までの少しの時間ですから。もし付き合ってくれるなら、私と蓮司くんで、先輩の好きなものを奢りますから」
「……えっ!? 俺も!?」
「…………」
眠目の杖が、ぴたりと止まった。ジト目になり、しばし考え込む。
「……まあ、そういうことなら。考えてみれば、まだ時間も十分にありますし。いいですよ、付き合ってやっても」
(……現金なやつ……)
「やた〜! じゃ、どこ行きます〜?」
「俺は中世ヨーロッパエリア見たいな。世界史選択してるし」
「そうですね。私もこの中なら、中世エリアが一番マシですかね」
「マシとか言うな!」
「ふむ。では、中世ヨーロッパエリアで決まりですね〜!」
宮下は嬉しそうにインバネスコートの裾を広げる。
「このワトソン衣装にも合いそうですぅ〜!」
「……ホームズの物語は、十九世紀末が舞台ですけどね」
* * *
三人は、中世ヨーロッパエリアへ足を踏み入れていた。
そこに広がっていたのは、荘厳な教会を思わせる空間。奥には、白く尖った帽子を被り、豪奢な赤い祭服を身に纏った男が立っている。その前では、何人もの男たちが膝を折り、頭を垂れていた。
「お〜……ホントに人がいるみたいに見えますね〜」
「心なしか、匂いまでそれっぽい気がするな。……いや、さすがに気のせいか」
「……インノケンティウス三世ですか。手前にいるのは、アッシジのフランチェスコでしょうね」
眠目はそう言うと、あろうことか杖先をインノケンティウス三世へ伸ばし、その身体をつつこうとする。
「ちょちょ! だーめですよ! 一応、歴史上の人物なんですから〜!」
(そういう問題か……?)
宮下に止められ、眠目は表情一つ変えることなく杖を下ろした。
「インノケンティウス三世は、史上最も権力をもった教皇として知られています。宗教的な指導者であるだけでなく、ヨーロッパの君主たちにも大きな影響力を及ぼしました。『教皇は太陽、皇帝は月』という彼の言葉は有名ですね」
「……要するに、自分たちのほうが王様より上だってことか?」
「簡単に言えば、そうです」
眠目はインノケンティウス三世をじっと見つめる。
彼が生きた時代に、写真など存在しない。目の前の姿は、あくまで資料をもとに再現されたものだ。それでも、目の前に再現されたその姿には、妙な迫力があった。
「西洋の中世は、一般的には西ローマ帝国が滅亡した五世紀頃から、十五世紀頃までを指します。その約千年間、特に西欧社会では、キリスト教と教会が極めて大きな影響力を持っていたんです」
「さっすがレム先輩! 先輩がいれば、学芸員さんなんて必要ないですね〜」
「この程度は常識の範囲内でしょう。専門的な歴史研究となれば、私も詳しくありませんよ」
(……今度教えてもらおうかな、勉強)
「ソージソージ♪ オソウジソウジ♪ ソージソージ♪」
「……?」
ふいに、奇妙な声が聞こえてきた。三人が後ろを振り返ると、モップを手にした男が、妙なリズムを刻みながら床を掃除していた。その後ろには、清掃用のカートが続いている。
「ソージソージ♪ オソウジソウジ♪ ソージソージ♪」
男は歌に合わせてモップを左右に滑らせながら、三人の前を通り過ぎ、そのまま遠ざかっていった。
「…………」
「……レム先輩。アレの解説は?」
「アレはそうですね……」
眠目は一秒ほど思案するように間を置き──すぐに顔を上げた。
「中世ヨーロッパに生息していたとされる妖怪でしょう」
(嘘つけ!!)
「……まあとにかく、先へ進みましょう」
「はーい」
(……何だったんだよ、今の……)
眠目と宮下は、さして気にした素振りも見せず、先へ進んでいく。柊はどこか釈然としないまま、二人の後を追った。
* * *
次の展示は、一人の女だった。地面へ打ち込まれた杭に身体を縛られ、足元には薪が積み上げられている。赤い衣服を纏ったその女は、生気の失せた顔で俯いていた。
「うわぁ……これ、“魔女狩り”ってやつですかね?」
「そうでしょうね」
女の周囲には、大勢の群衆がいた。誰もが敵意を剥き出しにし、女を睨みつけている。
「魔女狩りとは、魔女として告発された人間を裁判にかけ、罰する。場合によっては正式な裁判すら行わず、私刑に及ぶ。そういった迫害の総称です」
「へぇ……何をやらかしたら、魔女ってことになんだ?」
「何もしていなくても、です」
「……は?」
「たとえば、作物が枯れた、家畜が死んだ、誰かが病気になった、子供が亡くなった。そんな不幸が起きたとき──『あいつが魔術でやったに違いない』と疑われるんです」
「無茶苦茶かよ……」
「ええ、無茶苦茶です。ですが、人は原因の分からない災厄を、そのまま受け入れられるとは限りません。自分が理解できないものほど、何者かの悪意として説明したがるものです」
「……それで、誰かを犯人にするのか」
「特に狙われやすいのは、もともと共同体から浮いている者です。嫌われ者、よそ者、孤立した者……。そういう人間は、都合のいい原因にされやすいんですよ」
「なるほどな……」
「ちなみにね、中世末のヨーロッパ──十五世紀頃になると、魔女のイメージもちょっと変わってくるんだよ〜? それまでの魔術で人に害を与える者だけじゃなくて、悪魔と契約して、キリスト教社会そのものに敵対する存在──みたいな考え方が広がっていくの。それと同じ頃から、大規模な魔女裁判も起こるようになったんだよ〜」
「へぇ……」
(……いまいちよく分かんねぇな)
「魔女として告発されたのは女性が多かったけど、地域によっては男性も少なくなかったみたいだね」
「……お前、一年だよな? 詳しいな……」
「蓮司くんがおバカさんなだけじゃないですか〜?」
(……お前らが詳しすぎんだよ……)
柊は改めて、杭に縛られた女へ目を向ける。
「……ひでーもんだな、昔の人間は」
「何も、昔だけの話ではありませんよ?」
「え?」
「今でも、一部の地域では魔術や妖術を理由に人が迫害されることはあるんだよ〜」
「ま、まじかよ……」
柊は表情を強張らせ、再び展示へ目を向けた。女を取り囲む群衆。その誰もが、敵意に満ちた目で一人の人間を睨みつけている。
「…………」
──ただの映像だと。そう分かっているはずなのに。柊は、言いようのない不快感を覚えた。
「──次はなんだろうな〜。お? 女が縛られてんな〜」
「……?」
突然、背後から声が聞こえた。三人が振り返る。そこには、短い金髪にストリートファッションの男がいた。カメラを構え、周囲を撮影しながらこちらへ歩いてくる。
(なんだこいつ? つーか……)
柊はちらりと壁へ目をやる。『館内撮影禁止』と、そう書かれていた。
「……!」
そのとき、眠目が何かに気づいたように男から視線を外す。見つめた先は、杭に縛りつけられた女。その足元に積まれた薪から、突如として炎が立ち上った。そして、女性の苦しげな呻き声が辺りに響いた。
「お〜、めっちゃリアルだな〜。これはちょっと映せないかもな〜」
「──いてっ!」
撮影に夢中だった男の肩が、柊へぶつかった。不意を突かれた柊はそのまま尻もちをつく。
「あっ、悪い悪い。人がいたの気づかなかったわ」
男はカメラを下ろし、柊へ手を差し伸べた。柊はその手を取り、立ち上がる。
「……あの〜」
「ン? 何?」
「ここ、撮影禁止みたいっすよ」
「あ〜、そのことね〜……」
男は悪びれる様子もなく、後頭部をかいた。
「……あ〜!」
その様子を見ていた宮下が、突然声を上げた。
「あなた確か、村上 狼さんじゃないですか? 動画配信者の」
「おっ!」
村上の顔がぱっと明るくなった。
「なんだ? もしかして有名人なのか?」
「まあ、そこそこね。え? てかもしかして、ファンだったりする?」
「いえ、全然? 知ってるってだけです」
「そ、そうすか……」
村上は露骨に肩を落とした。だが、次の瞬間には顔を上げ、眠目と宮下を交互に見回した。
「てか、二人ともかわいいね〜。高校生? 名前、なんてーの?」
「ワトソンです!」
「わ、ワトソン? 外国人?」
「いえいえ〜、生粋の日本人ですよ〜?」
(これに声をかけたばっかりに……ご愁傷様)
「へ、へぇ……変わった名前だね。じゃあ、そっちの子は?」
「…………」
眠目は片眉を吊り上げ、村上を冷ややかに一瞥した。そして、何も答えないまま踵を返し、さっさと奥へ歩いていく。
「ありゃりゃ……」
「あははっ! 気にしないでくださ〜い。あの方、ちょっと照れ屋さんなので」
「……おい。追いかけなくていいのか?」
「そうですね〜。じゃ、行きましょうか。さよなら〜」
宮下は村上へ軽く手を振り、そのまま眠目の背中を追っていった。
「あっ……! ちぇっ、つまんねぇなぁ……」
村上は去っていく二人を眺め、不満げに口を歪めた。
(……ま、あんま関わらないほうがよさそうだな)
柊は横目で村上を一瞥すると、すぐに二人の後を追った。




