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眠り姫レムの事件簿  作者: ニラ
虚構少女かく語りき
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第12話 【拡張現実】

「うお〜! すげ〜!」


 部屋を抜けた途端、柊は思わず感嘆の声を上げた。


 開けた空間──その宙に何匹もの魚が浮かんでいる。もちろん水など存在しない。それでも魚たちは、まるで本当に海中を泳いでいるかのように、悠々と空中を漂っている。


「はぁ……いきなり海洋系ですか。憂鬱ですね」


「テンション低いな。どした?」


「私、魚が苦手なんですよ。あの目……何を考えているのか分からなくて、気持ち悪いじゃないですか。それに私、泳げませんし」


「あ、あっそ……」


(空気読めねぇやつだな、こいつ……)


 先ほどまでの高揚感に水を差された気分で、柊は小さく息を吐いた。


「お二人とも、来ましたね〜!」


 聞き慣れた声が飛んでくる。宮下が魚の群れの向こうから歩いてきた。


「いや〜、すごいですよ〜! まるで海の中みたいですぅ〜!」


 そう言いながら、宮下は目の前を泳ぐ魚へ手を伸ばした。しかし──その手には何も触れることはなく、魚の身体をすかっとすり抜けた。


「ははっ。まあ、あくまで映像なんで、こんなふうにすり抜けちゃいますけどね」


 そう言いながら、宮下は眠目の目の前まで歩み寄る。一学年下にもかかわらず、身長は宮下のほうが高い。自然と、眠目を見下ろす格好になった。


 そして、何を思ったのか──宮下は人差し指を伸ばし、眠目の頬をつんつんと突いた。


「……なんの真似です?」


「いやいや〜。こっちはちゃんと本物かな〜って」


「…………」


 眠目はぴしゃりと左手で宮下の手を払いのける。そして仕返しとばかりに、右手に握った杖で宮下の足を軽く小突いた。


「いたっ! ちょっとぉ〜、何するんですかぁ〜」


「どうやら、こちらも本物のようですね」


「本物ですよぉ〜。こんな格好してる人、他にいないでしょ〜?」


「こ(・)ん(・)な(・)格(・)好(・)って、自覚あったのかよ……。つーか、仲いいなお前ら」


「これが仲良く見えるのなら、一度眼科へ行くことをおすすめします」


 眠目は辛辣に言い放ち、柊をじろりと睨みつけた。


「みなさま、お揃いになりましたね。いかがですか? 少し驚かれましたか?」


 スーツ姿の音無が、生徒たちから少し離れた場所で丁寧に一礼した。


「まるで本物の魚のようでしょう? これが、月見ヶ原ARミュージアムが誇る、最新鋭のAR映像です」


 音無が片手を前へ差し出す。すると魚たちは、その手など存在しないかのように、するりとすり抜けていった。


「このように、あくまで映像ですので、驚いて転倒したりなさらないよう十分お気をつけください」


「だってさ。気をつけてね〜、蓮司くん。映像だからね〜? これ」


「……バカにしてんのか?」


「それでは、館内をご案内いたします。まずは──」


 音無が半身になり、前方を指し示す。そこには、首の長い恐竜を大きくあしらった入口があった。


「『恐竜動物園』。まずはあちらから、ご案内いたします」


 音無が先頭に立ち、生徒たちがその後へ続いていく。皆、周囲へ興味深そうに視線を巡らせながら、楽しげに言葉を交わしていた。


「恐竜ですって! ワクワクしますね〜!」


「だな。どんなの出てくるんだろうな」


「はぁ……くだらない。所詮は映像でしょう。実際に恐竜がいるわけでもあるまいし」


「お前はさっきから水を差すようなことばっか言うんじゃねぇよ!」


 声を荒らげる柊を意にも介さず、眠目は杖をつきながら一人で先へ進んでいく。


「……なんなんだ、あいつ」


「まあまあ。そうかっかしないの。ほら、行こっ!」


「……はいはい」


 宮下になだめられ、柊はしぶしぶ怒りを収める。そして二人は眠目の後を追い、そのまま『恐竜動物園』へ足を踏み入れた。


* * *


 暗いトンネルを抜けた瞬間、視界が開けた。


 目の前には、壁一面を覆う巨大なガラス。その向こうには芝生が広がり、ところどころに木々や岩が配置されている。


 柊はなんとなく、手を伸ばしてガラスに触れてみた。すると、指先に冷たく硬い感触が返ってきた。


「……これ。本物のガラスだな」


 指先で軽く叩く。すると、コンコンと音が鳴り、手にも衝撃が伝わる。


「ほんとだね。でも……」


 宮下もガラスに張りつき、中を覗き込む。吐息が触れた部分が、うっすらと白く曇った。


「肝心の恐竜がいなくない?」


「いないことあんのか? だってよ──」


 ──柊が言い終えるより早く。突然、右奥の茂みから、頭頂部がドーム状に盛り上がった恐竜が猛然と駆けてきた。


「──っ!?」


 そして──そのまま二人の目の前のガラスへ、恐竜が勢いよく頭突きを食らわせる。腹に響くような衝突音とともに、ガラスがびりびりと震えた。


「うわぁっ!?」


 柊は驚きのあまり、その場に尻もちをついた。さらに、両足をばたつかせながら、尻をついたままずりずりと後退していく。


「ぷっ……あーっはっはっはっ! 蓮司くん、びっくりして腰抜かしてやんの〜!」


 宮下が腹を抱えて笑い出した。ずり落ちそうになる帽子を右手で押さえながら、左手で柊を指差す。周囲からも、くすくすと生徒たちの笑い声が漏れた。


「…………」


 柊の顔が、一気に赤く染まった。誤魔化すように咳払いをしながら、そそくさと身体を起こして立ち上がる。


「驚かれるのも無理はございません。AR映像による恐竜の精巧な再現だけでなく、館内に設置されたスピーカーによるイマーシブオーディオ──いわゆる立(・)体(・)音(・)響(・)を取り入れております。先ほどの衝突音や、恐竜たちの鳴き声などもその一例ですね」


 音無がそう口にした直後。ガラスの向こうにいる恐竜が、甲高い鳴き声を上げた。


 音は空間全体から響いてくるようで、まるで本物の恐竜がガラス一枚隔てた向こう側で鳴いているかのようだ。


「さらに、映像に合わせて実際のガラスを振動させるなど、現実側の設備と連動した演出もございます」


「デジタルとリアルの融合! まさに拡張現実ってところですね〜!」


 宮下は嬉しそうにガラスへ張りつき、恐竜を目で追う。恐竜はゆっくりとガラスから離れると、展示スペースの中央へ歩いていった。


「……パキケファロサウルスですか」


「お? レム先輩、知ってるんですか?」


「中生代、白亜紀後期のマーストリヒチアン期。現在の北米大陸西部に生息していたとされる恐竜です。頭頂部の骨が分厚いドーム状に発達していて、その特徴が学名の由来にもなっています」


(……詳しいのかよ、恐竜)


「……詳しくありません。たまたま本で読んで知っていただけです」


「人の心を勝手に読むな」


 柊はばつが悪そうに後頭部をかいた。そして、腰に手を当てたのだが──


「……あれ?」


 そこで、ふと違和感を覚えた。ズボンのポケットへ手をやる。そこに入れておいたはずのスマホがなかった。


「……お! あったあった。危ね〜、さっき落としたのか」


 辺りを見回すと、スマホが音無の足元まで滑り落ちていた。柊はさっと歩み寄ってそれを拾い上げると、何事もなかったように元の場所へ戻る。


「…………」


「あ? なんだよ」


 宮下が、ガラスの向こうの恐竜から視線を外し、じっと柊を見つめていた。いつもの笑顔はない。どこか訝しげな眼差しが、柊の方へ向けられている。


「……蓮司くんのスマホ、すごいヒビだけど。それ、さっき落としたときについたの〜?」


「いや? 元からこうだけど」


「買い替えたりしないの〜?」


「まだ使えるからな。もったいないだろ、買い替えるの」


「そっか〜」


 自分から尋ねておきながら、気のない返事を返す。宮下はあっさりと柊から視線を外し、再びガラスの向こうの恐竜へ目を向けた。


「──それでは、次へ参りましょう。この先にも、さまざまな恐竜が展示されています」


 音無が奥へ歩き出し、生徒たちもその後に続いていく。


「蓮司くん! 映像だからね、映像! もう尻もちついちゃダメだよ!?」


「……うるさいなぁ」


「ふわぁ……退屈ですねぇ。私はこんな展示より、早くフードコーナーに──」


「はいはい。あとで付き合ってあげますから〜。ほら、行きますよ〜」


 宮下は眠たげな眠目の肩を、ぽんぽんと軽く叩いた。


「…………」


 眠目はむっと唇を尖らせ、宮下をじろりと睨む。だが、何も言わず杖をついて歩き始めた。柊と宮下もその横へ並び、三人揃って一行の後を追っていった。

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