第11話 【心臓】
月見ヶ原ARミュージアム。そのエントランスに、霞池高校の生徒たちが集まっていた。一般客も多く出入りしており、制服姿の一団へ時折、物珍しげな視線が向けられる。
「こーゆー場所独特の匂いさ〜。私、好きなんだよね〜」
「あー、ちょっと分かるかも。なんかすーすーするよな」
「…………」
なんだかんだで、柊、眠目、宮下の三人は同じ場所に固まっていた。眠目は漆黒の杖を手に、何も言わず静かに佇んでいる。
「遊園地とかもそうだけど、入り口にいるときが一番わくわくするの、あるあるじゃない?」
「分かる分かる。この時間が一番楽しいんだよな」
「…………」
柊と宮下が他愛もない話を続ける中、不意に眠目の視線が止まった。
少し奥にある、ミュージアムの入口。その上には、『月見ヶ原ARミュージアム』と大きく書かれた看板が掲げられている。そして入口には、複数のセキュリティゲート。その脇には係員が立っていた。
ゲートの手前には、読み取り台のような機械が設置されている。来館者はそこへスマホをかざし、係員へスマホを預けてから、ゲートを通過していた。ゲートを抜けた来館者は、係員からスマホを返却され、その奥にある部屋に入っていく。
「……?」
眠目が引っかかったのは、入口そのものではなかった。その上──『月見ヶ原ARミュージアム』と書かれた看板の、さらに上部。そこに、一台のモニターが取り付けられている。
画面には、心臓を象った大きなアイコン。そのほとんどは透明だった。色がついているのは、下端のほんのわずかな部分だけ。赤いそれは液体のように揺らめき、かすかな波を立てている。
さらにその横では、客が読み取り機へスマートフォンをかざすたびに、『−12』や『−23』といった数値が表示されていた。
「──レームせーんぱいっ! あれが気になるんですか?」
「……ええ。なんなんでしょうね、あれ」
「……関係ないけど、宮下さん。なんで俺にはタメ口で、眠目さんには敬語なんだ? いや、別にいいんだけどさ。一応、俺も先輩なんだけど」
「あのモニターについては、ネットでも色々考察されてるみたいですよ〜?」
(無視かよ……)
「考察、ですか。例えば?」
「えーっと、よく見かけるのはぁ……『○万人目のお客様にプレゼント!』的なアレですね。来館者数をカウントして、あのモニターに表示してるんじゃないかって」
「あ〜、なるほどな。だとしたら、そろそろか? 俺らの誰かが当たったりしてな」
「……そのための表示にしては、随分と趣味が悪いですね。なぜ心臓なんでしょう? それに、客ごとに数値が違うのも不可解です」
「もう一つ私が見た説は〜、『心臓が完全に透明になったら、何か特別なイベントを開催する』ってやつですね」
「イベントかぁ。何やるんだろうな」
「さあ? あくまでネットで見た考察だからね。話半分でよろしく〜」
「…………」
眠目は釈然としない様子で、再びモニターへ目を向ける。
『−9』、『−53』、『−32』。読み取り機にスマホがかざされるたび、表示される数値は変化している。──やはり、来館者によって値が異なっているらしい。
「──はーい、ちゅーもーく!」
引率の教師の一人が声を張る。その声がエントランスに響き渡ると、それまでざわついていた生徒たちは一斉に口を閉ざし、教師のほうへ向き直った。その隣には、一人のスーツ姿の女性が立っている。
「霞池高校のみなさま。本日は月見ヶ原ARミュージアムへお越しいただき、誠にありがとうございます。本日、館内案内を務めさせていただきます、音無 雫と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
音無がお辞儀をすると、「よろしくお願いします」と、生徒たちも声を揃えて返した。
「では、入館までの流れをご説明します」
音無は入口のゲートへ手を向けた。
「まず、お手持ちのスマートフォンからチケットを表示していただき、入館ゲートをお通りください。その後、奥の部屋にてARコンタクトレンズを装着していただきます。すでに通常のコンタクトレンズを装着されている方は、室内の係員にその旨をお伝えください」
音無の説明に、「はい」や「はーい」といった返事が、まばらに返ってくる。
「では、こちらへどうぞ」
音無が先頭に立ち、生徒たちを促した。待ちきれないとばかりに、生徒たちは楽しげに言葉を交わしながら、次々とゲートへ向かっていく。
「……俺らも行こうぜ?」
「…………」
しかし、眠目は動かなかった。返事もせず、ただ黙ってモニターを見上げている。そして──
「……? ゼロ……?」
眠目は首を傾げた。生徒たちがスマートフォンを読み取り機へかざすたび、数字が表示されている。だが──
『−0』、『−2』、『−0』、『−0』、『−8』。先ほどまでとは明らかに違う。表示される数値の中に、妙なほど『−0』が多く混じっていた。
「あ〜、もしかして! レム先輩!」
「……なんですか?」
「さっきの私の話を聞いて、狙ってるんでしょ!? アレが透明になる瞬間を〜!」
「あー、そういうことか。意外とがめついんだな、お前」
「…………」
眠目はすっと目を細め、二人を睨みつける。そして、何も言わずにゲートへ向き直ると、杖をつきながらさっさと一人で歩いていってしまった。
「あ〜、待ってくださいよ〜! 冗談ですからぁ〜! 行こっ、蓮司くん」
「おう」
宮下が慌てて眠目の背中を追う。柊も後に続いた。すでに生徒たちは全員ゲート前の列に並んでおり、三人はその最後尾についた。
* * *
しばらくして、三人の番が回ってきた。宮下がコートの裾を揺らしながら、真っ先に前へ出る。
「えっと……あなたも霞池高校の生徒さんですか?」
係員が、少し困惑した様子で宮下を見る。はたから見れば、コスプレイヤーとしか思えない服装だ。
「はい! ……あっ、この衣装ですか? お気になさらず。ジョン・H・ワトソンの格好です!」
(余計気になるだろ……)
「……そ、そうですか。では、こちらへ。その認証機に電子チケットをかざしてください」
「はーい!」
若干引き気味の係員とは対照的に、宮下は満面の笑みでスマホを取り出した。画面に表示した電子チケットを、認証機へかざす。すると、それに連動するように、認証機と頭上のモニターへ数字が表示された。
『−0』
「あの〜、すみません。この数字って、なんなんですか?」
「も、申し訳ございません。私どもも詳しいことは聞かされておらず……」
「へぇ〜、そうなんですね。……ですって、レム先輩!」
宮下はくるりと振り返る。視線を送られ、眠目は礼を言うでもなく、片眉を吊り上げた。
「では、スマートフォンを一旦お預かりします。そちらのゲートをお通りください」
「了解でーす!」
宮下はスマホを係員へ渡し、意気揚々とゲートをくぐる。係員は、表示された電子チケットが有効かどうかを確認していた。どうやら、読み取り機と係員による二重チェックの体制らしい。
「はい、大丈夫です。では、スマートフォンをお返しします。続いて、あちらの部屋で──」
「ひゃっほ〜!!」
スマホを受け取るやいなや、宮下は説明も最後まで聞かず、奥の部屋へ駆けていった。
「……あいつ……この間の事件の時とは、まるで別人みたいなんだけど……」
柊は答えを求めるように、眠目へ視線を向ける。
「あれが彼女の本来の姿ということでしょう。いわゆる、変人・奇人といった類の人間ですよ」
「…………」
「……なんです?」
「い、いや。なんでも……」
(『お前が言うな』、とか言ったら怒られるよな……)
柊は眠目の視線から逃れるように、そそくさとゲートへ向かった。スマホを取り出し、認証機へかざす。
『−0』
「……俺もゼロか。いいのか悪いのか分かんねぇな」
柊は係員へスマホを預け、ゲートをくぐる。ゲートを通過後、スマホを受け取り、そのまま少し先へ進んで眠目を待った。
「…………」
眠目は「先に行け」とでも言いたげに柊を睨む。しかし当の柊は気づかない。ぼけーっと明後日の方向を向いて突っ立っている。
「……はぁ……」
やがて諦めたように小さく息を吐き、眠目もゲートへ進んだ。スマホを認証機へかざす。
『−0』
「……私もゼロですか」
ぼそりと呟く。係員へスマホを預け、ゲートを通過。スマホを受け取ると、柊のもとへ歩いていった。
「結局、三人ともゼロかよ。……ハズレってことかな?」
「さあ? まあ、ミュージアムの演出の一部でしょう。大した意味はないと思いますよ」
「そうか。じゃ、行こうぜ。俺ら最後っぽいし、急がねーと」
「はいはい」
* * *
二人は部屋の前まで来ていた。入口には、最新鋭の施設には似つかわしくない、紫色のカーテンが垂れ下がっている。まるで、占い師の館の入口のようだ。
柊はカーテンを無造作にかき分け、その奥へ足を踏み入れた。眠目も、その後に続く。
──部屋の中は、意外にも明るかった。椅子と、その正面に置かれた鏡がずらりと並んでいる。
「どうぞ」
入口付近に控えていた係員が、二人へコンタクトレンズのケースを差し出した。
「こちらがARコンタクトレンズになります。鏡を使って装着してください。方法については、机のガイドをご覧ください。分からない場合は、お近くの係員までお声がけください」
「了解でーす」
「どうも」
柊と眠目は係員に軽く会釈し、近くの椅子に腰を下ろした。
「……俺、コンタクトって入れたことねぇんだよな」
「私もありませんが、説明をざっと読めば分かるでしょう?」
そう言いながら、眠目は早くもコンタクトレンズを装着し始めている。
(ざっと読めばって……座ってから三秒も経ってねぇぞ……)
柊は慌てて机に貼られた装着ガイドへ目を通した。そして説明通りに、慣れない手つきのままレンズを目に入れていく。
「……ふぅ。これで入ってんのか? なんか全然変わって見えねぇけど……」
鏡を覗き込む。目を凝らしてみると、瞳の表面にうっすらとレンズが乗っているのが見えた。
「よしっ、入ってんな。んじゃ、行くか」
「すっとろいですねぇ。思わずこのまま眠るところでしたよ」
「……一応言っとくけど、コンタクト入れてる間は居眠りすんなよ?」
眠目の悪態に、柊は呆れた声で返した。二人は出口に掛けられた紫色のカーテンをくぐり抜ける。そして、その先に広がるミュージアムへと足を踏み入れた。




