零時の幽霊
「この学校、夜になると出るらしいよ」
お昼休み。
教室の机を向かい合わせてお弁当を食べているときに、ミオが唐突にそんなことを言い出した。
「出るって何が? ネズミ?」
サクラが箸を止めて、気のない声を返す。
「違うよ、幽霊だよ、幽霊! 零時ぴったりに暗い廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられるんだって」
「見回りの先生とか警備員さんじゃないの?」
「違うってば。この学校の古い制服を着た女の子でね……幽霊だから、足がないんだってさ」
「ふ~ん」
あまり興味がなさそうなサクラに、ミオは身を乗り出してさらに言葉を続ける。
「ねえねえ! 今日の夜、学校に来てみない?」
「えー、めんどくさい」
サクラが眉をひそめる。
「やめといたほうがいいよー。夜の学校なんて、不法侵入で怒られるだけだって」
面倒くさがるサクラに続き、私も口を挟む。
わざわざ夜の学校に行くなんて、どうせろくなことにならない。
「お、肝試し? 俺らも混ぜてよ」
「うぇえ、マジかよ……やめようぜ……」
その時、昼食を終えたレンとユキヤが、空いている椅子をガラガラと引きずって私たちの輪に加わってきた。
ユキヤは幽霊という単語が聞こえただけで、すでに顔が青く、結構ビビっている。
「いこいこ! よーし、今日の夜11時45分ごろに正門集合ね!」
「えー、まあ、ミオが行くならいいけど」
「ねえ、やっぱりやめとこうよー。本当に怒られるって」
私がもう一度なだめようとするが、盛り上がった空気は止まらない。
「よっしゃ! OK!」
「ま……マジで行くのかよ……。俺は留守番じゃダメか?」
怯えるユキヤの肩をレンが笑いながら叩く。
「よし! 賛成多数で決定! 遅刻厳禁、絶対来てよ!」
最後にミオがパンッと手を叩いて締めくくり、昼休みの会話は終わった。
◇
その日の夜、11時45分。
街灯がまばらに照らす正門前に、結局全員が集まった。
昼間あんなに嫌がっていたユキヤも、なんだかんだ文句を言いながら、懐中電灯を握りしめて震えている。
「なあ、来たのはいいが、どうやって中に入るんだ? 鍵閉まってるだろ」
レンが大きな鉄製の正門を見上げながら尋ねる。
ミオは不敵に笑って、人差し指を立てた。
「ふふん、リサーチ済み。とりあえず正門は、横の生垣からよじ登る。校舎には、科学室の前の窓の鍵がちょうど壊れているところがあるの。そこから入れるわ」
「すげー下調べしてんじゃん。犯罪者かよ」
レンが呆れ半分に感心しながら、最初に生垣へと足をかけた。
みんなが順番に敷地内へと忍び込み、ミオの言った通り、科学室の鍵の緩んだ窓をそっと押し上げて、静まり返った校舎へと入っていく。私もそれに続いた。
昼間あんなに賑やかだった廊下は、まるで別世界のように暗く、冷え切っていた。
月明かりが窓から差し込み、長い影を床に落としている。
「さて、零時まであと10分くらいか。とりあえず、そのへんブラブラ歩くか」
レンがスマートフォンのライトを足元に照らしながら、意気揚々と歩きだす。
「どうせ何も出ないって。ミオのオカルト好きにも困ったもんだよね」
サクラがため息をつき、ユキヤがそれにすがるように頷いた。
「そ……そうだよなあ……! ただの噂だよな……!」
他愛もない話をヒソヒソと交わしながら、私たちは一列になって夜の校舎を歩いていく。
コツコツと、静かな廊下に奇妙な足音が響いていた。
やがて、レンがスマートフォンの画面を確認する。
零時まで、残り1分。
「そろそろだな……。ほら、幽霊が声を掛けやすいように、全員黙って歩くぞ」
「なにそれ、意味わかんない。逆に声かけづらいんじゃない?」
レンのくだらない提案にサクラが呆れて応える。
残り、30秒。
その時だった。ドスン、と下から突き上げるような衝撃が走り、床がガタガタと揺れた。
「な、なんだ!? 地震か!?」
レンが慌てて近くの壁に手を突く。
地震はほんの数秒、小さく揺れただけですぐに収まった。
けれど、静寂の中での揺れは、想像以上に私たちの心臓を跳ね上がらせた。
「ちょっと、でかい声出すんじゃないわよ! びっくりするじゃない!」
ミオも負けじと声を荒らげるが、その声は少し震えている。
ユキヤにいたっては、恐怖のあまり言葉も出ないようで、ガタガタと歯を鳴らしていた。
(……あ、ちょうど、零時だ)
スマートフォンの微かな光で腕時計を確認した私は、みんなの後ろから声を掛けた。
「ねえ、危ないからもう帰ろう」
その瞬間。
前を歩いていた4人が、まるで操り人形のように、ギチギチと硬い動きで一斉に振り返った。
スマートフォンのライトが、激しく揺れて私を照らす。
ミオ、サクラ、レン、ユキヤ。
4人は全員、血の気の引いた驚愕の顔で、私の「足元」を凝視したまま、硬直していた。




