都に響く鵺の影
都。
鹿島から戻った新右衛門たちは、再び京へと入っていた。
しかしその都は、見た目だけが以前と同じで、中身だけがじわじわと“別の世界”へ侵食されていた。
夜が深くなるほど、人々の顔から表情が消えていく。
「……嫌な空気」
雪桃が呟く。
ハチマンは鼻をひくつかせる。
「都の雰囲気がなんだか重たいっす」
◆
陰陽寮。
安倍泰親は巻物を静かに開いた。
「鹿島の件は聞いた」
「武御雷大神より剣を授かったか」
「はい」
新右衛門の答えは短い。
「さっそくだが、解決してもらいたい案件がある」
泰親の声が低くなる。
「都に“鵺”が出ている」
空気が変わる。
「鵺……」
「まず鵺とは何か説明しよう」
泰親は巻物を叩く。
「鵺は“力の怪物”ではない」
「三方向から人を壊す存在だ」
「一つ――黒煙(瘴気)」
「現れると必ず黒雲を伴う」
「その中に身を隠し、姿を失う」
「空そのものが“隠れ蓑”になる」
「さらに、その黒雲は移動する」
「飛んでいるのではない」
「雲ごと動いている」
「二つ――精神侵蝕」
泰親の声が重くなる。
「鵺は鳴くだけで人を病ませる」
「恐怖ではない」
「“理由のない不安”だ」
「かつて帝は夜ごとに鳴き声を聞き、原因不明の病に伏した」
「姿を見ていないにも関わらず、だ」
「三つ――音」
「ヒョーヒョーという鳴き声」
「それは死の予感を植え付ける毒だ」
「そして四つ目」
泰親の目が鋭くなる。
「本体は“キメラ”だ」
「猿の頭」
「狸の胴」
「虎の足」
「蛇の尾」
「複数の獣の生存本能が融合している」
「つまり――一撃で倒せる相手ではない」
新右衛門は静かに息を吐く。
「音で位置を取る」
「雲を裂く」
「地に落とす」
「その後制圧」
泰親は頷く。
「そういうことになる」
その時。
空気が揺れた。
「……ふふ」
声。
どこにもいない声。
空間の奥、一瞬だけ女の影が現れる。
東西が混ざった豪奢な衣。
金糸の刺繍。
宝石の装身具。
フリュギア帽。
魔女メディア。
だが彼女は空に映像のように姿があるだけ。
そして見ている。
観測しているようであった。
「あなたたち」
「随分と張り切っているようね」
新右衛門が目を細める。
「メディアか」
「ええ」
「あなた、私を倒すつもりなんでしょ?」
「当然だ」
メディアは微笑む。
「でもいいわ」
「どこまで“抗えるか”見せてごらんなさい」
「楽しみ……」
「コルキスで待っているわ」
「お侍さんと、お嬢さん」
そのまま消える。
「……今のは本体ではない」
泰親が言う。
「投影魔法だ……」
ハチマンが叫ぶ。
「あの女、おいらを完全にスルーしやがった!?」
「許せない!」
「おいらがアイツにとって最大の難関だってことを思い知らせてやる!!」
ハチマンはメディアにスルーされたことに怒り心頭だった。
その瞬間。
空に黒雲が広がる。
ヒョーヒョー。
「来たか……」
新右衛門が刀に手をかける。
その時、
「おおおおおお!!」
金太郎が飛び込んでくる。
「間に合ったか!!」
「なんか嫌な予感しかしないわ」
雪桃は金太郎の前掛け姿を見て、いろんな意味で不安を覚えた。




